赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第36話  引き籠り

(リーナちゃん、大丈夫かな)
「ラザールくん! 前を見て!」
「わっ」


 ベルの声で我に返った僕は、大きな剣を振って敵を薙ぎ払う。切先を地面につけ、其処を支点にして回り、敵の居ない方へ移動する。
 戦闘中に関係のない事を考えるなんて、戦士としては失格だろう。でも、どうしても、リーナちゃんの事は頭から抜けない。ティアが亡くなってから四日。今も、部屋に引き籠っているリーナちゃんの事が……。


 あの時、ティアは相当頑張ったらしい。人間族ニヒツの戦力は大幅に減らされていて、このままなら勝てそうだ。という訳で、今日も全滅させようと戦っているところだ。
 ただ、リーナちゃんは戦うどころか、あれ以来、部屋から出てすら来ないんだ、当然この場には居ない。いい加減体が心配。大丈夫なのかな……。


「ラザール! 危ないわよ!」
「あっ」


 ユリアの魔法が目の前で弾ける。またやっちゃった。残りの周りに居る兵士は僕が倒すけど、さっきのは本当に危なかった。
 このままだと、迷惑を掛けるだけになってしまう。今度こそ集中。だけど、リーナちゃんが居ないだけで此処まで集中できないなんて。僕の中で、リーナちゃんは大きな存在だったんだなって改めて気付いた。


(って! 集中しなきゃ!)


 また迷惑を掛けちゃう。流石にもう駄目だよね。一度強く目を瞑ってから、剣を握って敵に突っ込む。
 鎧を着た兵士は動きが遅い。けど、VS剣として作られている為、剣の攻撃に効きにくい。その上防魔効果まで付けられていると、なかなか倒し辛い。
 出来るだけ首を狙う。鎧の形的に、唯一、隙間が出来るからだ。もしくは、魔法の能力を上げて鎧を通すようにしてダメージを与えるというのもありかな。
 ミアちゃんが居れば、もう少し楽に戦えるんだけど……。
 ああ、どうしてもリーナちゃんの顔が浮かんでしまって駄目だ。










(また、今日もやってしまった)


 本当だったら、みんなと一緒に戦いに行きたい。けど、どうしてもティアの顔が浮かび、ベッドから出る勇気が湧かない。このまま此処に居たい、と思ってしまう。そうして、出掛ける時間になっても、ベッドの中に居るままだった。
 みんな、無理やり起こそうとしたりはしなかった。でも。我が儘言うよ? 無理やり、此処から出して欲しい。そうでもしないと、外に出れない。勇気が足りないの。誰か、背中押して。
 みんなが出掛けた後、何もやる気が起きなくて、結局ベッドから出ないまま過ごしてしまう。もう、何日も経ってしまっている。


(これじゃ駄目だって、分かってるのに)


 分かっていても、それを実行するには、勇気が足りないようだった。
 また、目の前で誰かを失いたくない。自分のせいで誰かに死んでほしくない。
 あまりにも自分勝手だと、分かっている。けれど、やっぱり駄目だった。
 頭まで布団を掛けて、そっと目を閉じた。










「あ~っ! もう、ラザールは端で見てなさい!」
「ご、ごめん」
「リーナの事ばかり考えて集中できない様な人は邪魔でしかないわよ!」
「う……」
「ユリアちゃん! 其処まで言わないであげてよっ!」


 もう一度危ない目にあった僕に向かってユリアが叫ぶ。そんなユリアの瞳は、少しだけ潤んでいた。ユリアを止めたベル姉も同じだ。
 みんなも、リーナちゃんの事が心配なのは、一緒なんだ。それだというのに、自分は一体、何をしているのだろう……。
 ああ、もう限界、これ以上は此処に居られない。だって、他の人には、見られたくない。


「ごめん」
「あっ! まっ、まあ、私も言い過ぎたわ。どうしてもって言うなら、此処に居ても……」
「ううん、ちょっと抜ける。大丈夫そうなら、また入るから」
「あっ! ご、ごめんなさい、私、其処まで言うつもりじゃなかったのよ」
「ユリアのせいじゃないんだよ。ごめん」


 声が震えるのが気になって、早口にそう言う。素早く戦闘から抜け、遠くから戦いの様子を眺める。僕の抜けたグリフィンは、少し戸惑ったようではあったけれど、戦いを続けて行く。
 でも、やっぱり、細かいところで誰かがミスをして、危なくなる時が何度もある。
 僕は手で顔を覆った。こんなことではいけないと分かっているのに……。いつものメンバーが揃わないと、此処まで士気が下がるのか。


(みんな、誰もが、代わりのない大切な人)


 分かっているようで、分かっていなかった。特に、それがリーナちゃんである事も大きかった。
 人見知りで、あまり強くなくて、それでも、みんなに愛されていたリーナちゃん。この場に彼女が居ないだけで、誰もが実力を発揮できていないのだ。


(……今すぐ会いたい)


 この場に来て欲しい。それは無理だと、分かっていても。
 やはり、妹ではない、別の感情で、リーナちゃんを見ている。リーナちゃんの事が好きだ。血の繋がった姉だった、リアナとは違う。愛している。恋人として、一緒に居たい。こんなところで、引き籠らないで。






「ラザール」


 はっとして顔を上げると、ユリアが心配そうに見つめていた。くっと涙を拭うと、出来るだけ自然なように笑顔を作り、立ちあがる。見られたくなかったのに……。遅かったかな。
 もう、戦闘の音は聞こえない。人間族ニヒツの兵士も見当たらない。終わった、のか。全部。これも全て、ティアのおかげ、だろう。


「もう、倒し終わったわ」
「ん、そっか。ご、ごめんね、最後まで……。入れなくて……。」
「ラザール。声、震えてるわ。……無理、しないで良いのよ」


 ユリアは視線を逸らしながら、呟く様な小さな声でそういう。そんな事を言われたら、もう、止まるはずもない。ユリアは黙って僕の頭を撫でる。
 お姉ちゃんみたいなところがあるんだね、ユリア。リーナちゃんが、気に入るわけだ。


「ああ……。会いたい、リーナちゃん。今すぐ笑顔で、ラザールお兄様って、呼んで欲しい」
「ラザール」
「ぎゅって抱きしめたい。いつもみたいに、少しだけ戸惑ったように、抱きしめ返して」
「……」
「とにかく、隣に居てくれるだけでも良いんだ。早く出て来てよ……」


 辛そうな顔をして、片方の腕をもう片方の手で掴んだ。少しだけ、震えている。でも、僕が居るから。必死に泣かない様にしてるのが分かる。だって……。
 いくら僕が小さいからと言っても、性別が違う分、流石にユリアよりは大きい。見上げるユリアの瞳は、太陽の日を反射させ、キラキラと光っている。


「分かってる。さっきはごめん。ラザールが一番リーナちゃんの事を愛しているって、分かってたのに」
「ユリア……?」
「私もリーナの事が心配だったからね、つい」
「僕も、悪かった」
「そうね……。取り敢えず、帰りましょう。いいわね?」






「じゃあ、もう何日も部屋から出て来ていないのね?」
「流石に不安なんだ……。どうしよう」
「そりゃ、突撃するしかないんじゃないの?」
「え?」


 突撃? と言うと、一体何処に? ユリアは何を言っているのだろう。暫く考えて、やっと、答えが出た。そういう事か。
 ふざけて言ってるのかと思ったけど、ユリアの顔は至って真面目。


「リーナちゃんの部屋、開けて」
「無理やりベッドから引き摺りだすのよ」
「……」
「いいの? このままで?」
「駄目」
「でしょう?」


 分かってはいても、少し抵抗がある。
 リーナちゃんの許可なしに部屋に入った事は、一度も無かった。今回は、許可がないどころか、嫌がるだろう。そんな異性の部屋に、無理やり……。


「大丈夫、仮にも『まだ』兄妹よ」
「そうだけど……」
「あわよくば恋人になっちゃいなさい」
「え」
「嘘よ。私も心配なの。上手くやってよね」
「ま、待って、ユリアがやればいいでしょ」
「私じゃ駄目なのよ」


 ユリアじゃ駄目……? それなのに、僕に出来るの……?


(でも)


 一刻も早く、いつも通りのリーナちゃんが見たい。頑張ってみる価値はある。
 それに、このまま放っておいたら、それこそ死んでしまうかもしれない。だったら。


(やってみる、か)


 バクバクと音を鳴らす心臓を押さえつけ、リーナちゃんの部屋に向かって廊下を歩きだした。 

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