赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~
第35話 ティア
グリフィンのメンバーは、全員ボロボロの状態で茂みに隠れていた。
もう何度も人間族との戦いを繰り返し疲れきっている。その状態での戦闘は、当然ながら、分が悪かった。
「やばいね、これ、皆殺しにされちゃうよ」
「どうする、逃げる?」
「でも……。上手く逃げ切れるかしら」
ラザールお兄様とミレ、ユリアが、さっきからずっと繰り返している話題でもう一度話し合う。
ネージュは復活したけれど、今度はミアとティアが怪我を負ってしまい、私の使い魔も含め、あの数の人間族相手に、まともに戦えそうにない。
けど、この数の兵を掻い潜って逃げる事が出来ると思う?
「こんなところで死にたくない……。姉様……」
「エティ、気を確かに。大丈夫よ、大丈夫」
「でも、でも……」
親友ノーラの妹であるエティを、ユリアは自分の妹のように扱っている。でも、この状態で大丈夫という言葉は、信用できそうもない。
その時、黙っていたティアが不意に口を開いた。
「埒が明きませんね。ミア、バリア魔法、私達の居る場所とあちらに壁を作る様に張れますか?」
「え? 出来るけど……」
「では、私が全力で制御しますから、みなさん、逃げて下さい」
「「「「「「「「え?!」」」」」」」」
「大丈夫、五分は持つはずです」
「そ、そうじゃなくてね、ティアお姉ちゃん」
ミアの声が震えている。ティアは後ろを向くと、小さく息を吸って喋り出す。
「私が居なくても、大丈夫なはずです。治癒魔術師はエティが居ますし、あとはミアが大体私と同じ事が出来ます」
「で、でも!」
ミアがそういうと、後ろを向いたままのティアが、震える声を出した。
「ミア……。最後くらい、かっこいいお姉ちゃんで居させて下さい……」
「ティアお姉ちゃん……」
ミアの目から涙が零れる。コクコクと頭を振ると、それ以上、何も言わなかった。
誰も、止める事は出来ない。他に、策がないから……。
「ミア、頼みます」
「うん……。Сделайте стену из защиты. バリア魔法、発動」
大きな壁が出来上がった。とはいえ、透明な為、向こうが気付いているかどうかは分からない。
私達は、茂みからそっと這い出た。流石にこれには向こうも気付く。
それを見て、ティアが一歩前に出た。ミアが心配そうにしながら、もうひとつ、呪文を唱える。
「Я передаю инициативу Tia. 主導権をティアに譲るね」
「確かに主導権、受け取りました。みんな、逃げて!」
それを合図に、私達は一斉に走り出した。ティアの犠牲を無駄にするわけにはいかない。
涙で前が見えなくなって、それでも構わず走り続ける。
ごめんね、ティア……ッ!
「確かに主導権、受け取りました。みんな、逃げて!」
みんなの足音が遠くなっていくのを背後で聞きながら、私は少し安心した。もし、私の事を気にして逃げなかったらどうしようかと思っていたところだったから。
これで、私は殺されてしまうけれど、みんなは逃げる事が出来るはず。
持つのはおそらく、五分くらい。他人の魔法の維持は、とても魔力を使うの。でも、五分持てば。みんなは逃げ切れるだろう。
大体……。片足を負傷している私に、逃げられる希望は少なかったのだし。まだ、ミア、ううん、ミアちゃんの方が希望がある。……顔の傷が、残らないといいのだけれど。
一度で良いから、ミアちゃんって、呼びたかったな。なんで今まで、変に意地張ってたんだろ。……上の立場で、居たかったから、かな。
ともかく。リーナ様はミアちゃんに任せる。私が死んでも、大丈夫……。
(私は、リーナ様の為だけに、存在しているのだから……)
大丈夫。死んでしまっても、構わない。
でも、だったら何故。どうして、涙が零れてしまうの……。
こんな時に限って、リーナ様の笑顔が。ミアちゃんの笑顔が。みんなとの思い出が。溢れてくる。
嫌だ……。本当は、死にたくなんかない。リーナ様と一緒に居たい。
今までの主人より、ずっとずっと良かったから……。
ミアちゃんも言っていたけれど……。本当に、リーナ様は良い主人だ。使い魔だから、と扱き使うような事はしない。捨て駒として使おうとしない。いつもいつも、家族のように、大切に、大切に扱ってくれた……。
「……。Создайте огонь, Повинуйтесь моему заказу. 炎の精よ、私の命に従いなさい」
やっぱり、死にたくはない。最後まで抗う。無駄だって分かってるよ、でも、黙って殺されたくなんてない!
私は炎の魔法を放つ。バリアがその分早く解けてしまうけれど、実際、五分もいらないと思っていたところだったし、問題はない。
バリアの向こう側の兵を薙ぎ払う。ミアちゃんの防御魔法は誰にも劣らない。向こうの攻撃は、一切私には届かない。
「Сделайте громкое пламя. 大きな炎を作りなさい」
うまく息が吸えない。涙が次から次へと溢れてきて、呪文を唱える声が震える。
喘ぎながら、何とか呪文を唱え、溢れる涙を拭う。できるだけ努力をするんだ。死にたくない。
そして、最後までリーナ様のために……!
ふらふらとよろけながら、それでも目線は絶対に動かさない。前だけを向いて、魔法を撃つ。
本当だったら逃げたい気持ちもある。リーナ様との契約を解くなら。命令されていないけれど、異世界に帰ることだって、出来なくはない。でも、どうせ捕まってしまうなら、少しでも長く、足止めする。
それが自分の使命だと思って。今、この時の為だけに私に召喚されたと信じて。
「うああああああっ!」
もう長くは持たないって分かってる。
頭に浮かぶのは愛しい主人ばかりで。
彼女のもとに駆けつけたくて。
でも、それは許されなくて……。
「ああああああああああああっ!」
魔力不足で眩暈がする。立っている事も出来なくて、膝をつく。泣きながら、最後の魔法を放つ。
その瞬間、バリアが解けた。
生き残って居た兵士が私を目掛けて攻撃を開始する。
嫌、嫌、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! こっちに来ないでっ!
痛い、痛い、熱い、冷たい、攻撃しないで! 痛い、痛いッ!
やだ、やだ、私に武器を向けないで、怖い、怖いわ、誰かッ!
「リーナ様あああああっ!」
(ティア?! うっ……)
私は席から崩れ落ちて床に口を押さえて蹲った。吐き気がする。
馬車に乗り込む少し前あたりからの体調不良。ますます悪くなっていた。
慌てたユリアが立ち上がるより、ラザールお兄様が叫ぶ方が早かった。
「止めて下さい」
「で、ですが、敵が……」
「止めて下さい!」
御者は静かに頷くと、茂みのすぐ傍に馬車を止めた。
ラザールお兄様が私を抱えて馬車を降り、茂みの中に移動する。
水魔法で私の口を濯いでから、そっと背中に手を当てる。
「大丈夫?」
「はい……」
「大丈夫じゃない時に、肯定しちゃ駄目でしょ?」
優しそうな、淡い桃色の瞳を見ると、駄目で……。
ラザールお兄様は、そんな私を優しく抱きしめてくれる。
いつもの温かさ。何かあっても、少しだけ、安心できる。
「ティア……。私、私……」
「うん?」
「さっき、契約が、無くなっちゃって」
「うん」
「ティア、死んじゃった……。私が、頼り無くて。だから」
「だから?」
「私が殺しちゃったようなものだ……」
否定も、しなかった。
ただただ、相槌だけを打って、溢れだす言葉を受け止めてくれる。
だから、つい甘えて、いつまでも喋り続けてしまう。
最後に、ラザールお兄様はそっと囁いた。
「リーナちゃんは頑張ったよ。これで、良かったんだよ」
それでも。さっき、聞こえた様な気がしたティアの悲鳴が、頭から離れなかった。 
もう何度も人間族との戦いを繰り返し疲れきっている。その状態での戦闘は、当然ながら、分が悪かった。
「やばいね、これ、皆殺しにされちゃうよ」
「どうする、逃げる?」
「でも……。上手く逃げ切れるかしら」
ラザールお兄様とミレ、ユリアが、さっきからずっと繰り返している話題でもう一度話し合う。
ネージュは復活したけれど、今度はミアとティアが怪我を負ってしまい、私の使い魔も含め、あの数の人間族相手に、まともに戦えそうにない。
けど、この数の兵を掻い潜って逃げる事が出来ると思う?
「こんなところで死にたくない……。姉様……」
「エティ、気を確かに。大丈夫よ、大丈夫」
「でも、でも……」
親友ノーラの妹であるエティを、ユリアは自分の妹のように扱っている。でも、この状態で大丈夫という言葉は、信用できそうもない。
その時、黙っていたティアが不意に口を開いた。
「埒が明きませんね。ミア、バリア魔法、私達の居る場所とあちらに壁を作る様に張れますか?」
「え? 出来るけど……」
「では、私が全力で制御しますから、みなさん、逃げて下さい」
「「「「「「「「え?!」」」」」」」」
「大丈夫、五分は持つはずです」
「そ、そうじゃなくてね、ティアお姉ちゃん」
ミアの声が震えている。ティアは後ろを向くと、小さく息を吸って喋り出す。
「私が居なくても、大丈夫なはずです。治癒魔術師はエティが居ますし、あとはミアが大体私と同じ事が出来ます」
「で、でも!」
ミアがそういうと、後ろを向いたままのティアが、震える声を出した。
「ミア……。最後くらい、かっこいいお姉ちゃんで居させて下さい……」
「ティアお姉ちゃん……」
ミアの目から涙が零れる。コクコクと頭を振ると、それ以上、何も言わなかった。
誰も、止める事は出来ない。他に、策がないから……。
「ミア、頼みます」
「うん……。Сделайте стену из защиты. バリア魔法、発動」
大きな壁が出来上がった。とはいえ、透明な為、向こうが気付いているかどうかは分からない。
私達は、茂みからそっと這い出た。流石にこれには向こうも気付く。
それを見て、ティアが一歩前に出た。ミアが心配そうにしながら、もうひとつ、呪文を唱える。
「Я передаю инициативу Tia. 主導権をティアに譲るね」
「確かに主導権、受け取りました。みんな、逃げて!」
それを合図に、私達は一斉に走り出した。ティアの犠牲を無駄にするわけにはいかない。
涙で前が見えなくなって、それでも構わず走り続ける。
ごめんね、ティア……ッ!
「確かに主導権、受け取りました。みんな、逃げて!」
みんなの足音が遠くなっていくのを背後で聞きながら、私は少し安心した。もし、私の事を気にして逃げなかったらどうしようかと思っていたところだったから。
これで、私は殺されてしまうけれど、みんなは逃げる事が出来るはず。
持つのはおそらく、五分くらい。他人の魔法の維持は、とても魔力を使うの。でも、五分持てば。みんなは逃げ切れるだろう。
大体……。片足を負傷している私に、逃げられる希望は少なかったのだし。まだ、ミア、ううん、ミアちゃんの方が希望がある。……顔の傷が、残らないといいのだけれど。
一度で良いから、ミアちゃんって、呼びたかったな。なんで今まで、変に意地張ってたんだろ。……上の立場で、居たかったから、かな。
ともかく。リーナ様はミアちゃんに任せる。私が死んでも、大丈夫……。
(私は、リーナ様の為だけに、存在しているのだから……)
大丈夫。死んでしまっても、構わない。
でも、だったら何故。どうして、涙が零れてしまうの……。
こんな時に限って、リーナ様の笑顔が。ミアちゃんの笑顔が。みんなとの思い出が。溢れてくる。
嫌だ……。本当は、死にたくなんかない。リーナ様と一緒に居たい。
今までの主人より、ずっとずっと良かったから……。
ミアちゃんも言っていたけれど……。本当に、リーナ様は良い主人だ。使い魔だから、と扱き使うような事はしない。捨て駒として使おうとしない。いつもいつも、家族のように、大切に、大切に扱ってくれた……。
「……。Создайте огонь, Повинуйтесь моему заказу. 炎の精よ、私の命に従いなさい」
やっぱり、死にたくはない。最後まで抗う。無駄だって分かってるよ、でも、黙って殺されたくなんてない!
私は炎の魔法を放つ。バリアがその分早く解けてしまうけれど、実際、五分もいらないと思っていたところだったし、問題はない。
バリアの向こう側の兵を薙ぎ払う。ミアちゃんの防御魔法は誰にも劣らない。向こうの攻撃は、一切私には届かない。
「Сделайте громкое пламя. 大きな炎を作りなさい」
うまく息が吸えない。涙が次から次へと溢れてきて、呪文を唱える声が震える。
喘ぎながら、何とか呪文を唱え、溢れる涙を拭う。できるだけ努力をするんだ。死にたくない。
そして、最後までリーナ様のために……!
ふらふらとよろけながら、それでも目線は絶対に動かさない。前だけを向いて、魔法を撃つ。
本当だったら逃げたい気持ちもある。リーナ様との契約を解くなら。命令されていないけれど、異世界に帰ることだって、出来なくはない。でも、どうせ捕まってしまうなら、少しでも長く、足止めする。
それが自分の使命だと思って。今、この時の為だけに私に召喚されたと信じて。
「うああああああっ!」
もう長くは持たないって分かってる。
頭に浮かぶのは愛しい主人ばかりで。
彼女のもとに駆けつけたくて。
でも、それは許されなくて……。
「ああああああああああああっ!」
魔力不足で眩暈がする。立っている事も出来なくて、膝をつく。泣きながら、最後の魔法を放つ。
その瞬間、バリアが解けた。
生き残って居た兵士が私を目掛けて攻撃を開始する。
嫌、嫌、嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ! こっちに来ないでっ!
痛い、痛い、熱い、冷たい、攻撃しないで! 痛い、痛いッ!
やだ、やだ、私に武器を向けないで、怖い、怖いわ、誰かッ!
「リーナ様あああああっ!」
(ティア?! うっ……)
私は席から崩れ落ちて床に口を押さえて蹲った。吐き気がする。
馬車に乗り込む少し前あたりからの体調不良。ますます悪くなっていた。
慌てたユリアが立ち上がるより、ラザールお兄様が叫ぶ方が早かった。
「止めて下さい」
「で、ですが、敵が……」
「止めて下さい!」
御者は静かに頷くと、茂みのすぐ傍に馬車を止めた。
ラザールお兄様が私を抱えて馬車を降り、茂みの中に移動する。
水魔法で私の口を濯いでから、そっと背中に手を当てる。
「大丈夫?」
「はい……」
「大丈夫じゃない時に、肯定しちゃ駄目でしょ?」
優しそうな、淡い桃色の瞳を見ると、駄目で……。
ラザールお兄様は、そんな私を優しく抱きしめてくれる。
いつもの温かさ。何かあっても、少しだけ、安心できる。
「ティア……。私、私……」
「うん?」
「さっき、契約が、無くなっちゃって」
「うん」
「ティア、死んじゃった……。私が、頼り無くて。だから」
「だから?」
「私が殺しちゃったようなものだ……」
否定も、しなかった。
ただただ、相槌だけを打って、溢れだす言葉を受け止めてくれる。
だから、つい甘えて、いつまでも喋り続けてしまう。
最後に、ラザールお兄様はそっと囁いた。
「リーナちゃんは頑張ったよ。これで、良かったんだよ」
それでも。さっき、聞こえた様な気がしたティアの悲鳴が、頭から離れなかった。 
「赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
2,534
-
6,825
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
3万
-
4.9万
-
-
3,548
-
5,228
-
-
6,199
-
2.6万
-
-
2,860
-
4,949
-
-
6,044
-
2.9万
-
-
3,653
-
9,436
-
-
344
-
843
-
-
2,629
-
7,284
-
-
14
-
8
-
-
218
-
165
-
-
614
-
1,144
-
-
2,431
-
9,370
-
-
86
-
288
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
1,301
-
8,782
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
5,039
-
1万
-
-
220
-
516
-
-
4,922
-
1.7万
-
-
2,799
-
1万
-
-
42
-
14
-
-
88
-
150
-
-
614
-
221
-
-
51
-
163
-
-
34
-
83
-
-
164
-
253
-
-
9,173
-
2.3万
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント