赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~
第31話 迷子
三月。春休み。
そして、この休みが明ければ進級。中等科三年になる。本当だったら、楽しみな事ばかり……、の、はずだったと、言うのに。
頭の痛い問題に悩まされてる。
「うあああ……。そっか、そっか」
「困りましたね……。まあ、選択肢はほぼないのですが」
獣人族族が、人間族王国と戦争を始めたようだ。
条約によって、援軍を出さなくてはいけないのだが、なにせ、外国。なかなか人選が出来ない。
それもこれも、全て、優しい二人だからこそというか。ラザールお兄様も王女様も、子供が生まれたばかりだから……、怪我してるから……、と、なんだかんだ言って『行かせられない』という結論を出してしまう。
そんな事、気にしないのが普通じゃないの?
「やっぱりみんな行かせないと。ああ、僕も行きたいけど、学校が……」
「そうです、ラザールお兄様は残って下さい。此方にもしですが、兵が来た時の戦力が足りなくなってしまうのもありますし」
「そうだよねぇ……。じゃあ、みんな……。ごめんね」
ラザールお兄様は、前よりももっと激しい鍛え方をし始めた。もっと早く、強くなれば。少しは役に立てるだろうと。
それは、間違ってるよ。それに、気付けてないくらい、焦ってる。私にも、止める事は、出来ない。
でも、このままじゃ……。身体を壊さないか心配だ。
「ラザールお兄様。今日も行くんですか?」
「うん。リーナちゃんはどうする?」
「……。行きます」
途中で倒れられたらどうしよう。その気持ちが強くて、ひとりには出来なかった。本当は、休みたいのだけれど。でも……。
そうして、結局、毎日のようにギルドに出向いている。
(……。寒い)
私はそっと、自分の肩を抱いた。小さな洞窟の中で、震えながら空を見上げる。少し先も見えないほどの雨。そんな中で、ラザールお兄様とはぐれてしまった。
何があったのか、よく覚えてないけど、魔物と戦ってて、雨が降り始めて、気が付いたら、ラザールお兄様を見失ってた。慌てちゃって、とにかく雨に当たらない場所を探して見つけて、何とか今、此処にいる。
びしょびしょの洋服は冷たく、体温を奪っていく。でも、替えもなければ、乾かす術もない。まさか雨が降るとは思っていなかったから、雨に対応できる魔服を持っていなかった。こんなことになるなら、ちゃんと準備をしておけばよかった……。
使い魔を呼べればまだいいのだけれど、こんな状況じゃ集中する事も出来ないし。さっきから魔法が使えない。せめて呪文が唱えられれば魔法を使う事が出来たかもしれないけれど、何処かでペンダントを落としてしまった。
ラザールお兄様は今、どうしているだろう。探してくれているのかな……。
じわりと涙が滲む。どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
ただ、ラザールお兄様が心配で、ついて来ただけなのに、私は、ただの、お荷物だったの……?
結局、こうやって、人の役に立つ事が出来ない。悔しかった。
それに、とても怖い。
一人きりで。
暗い洞窟の中で。
寒さに震えながら。
来るかも分からない助けを待つ。
そっと唇を噛む。泣いたところで仕方がない。だけど……。
(怖い……。寒い……。ラザールお兄様……。助けて……)
「?! リーナちゃん……?」
声が聞こえた気がしたんだけど、気のせいだったのかな……。
それにしても、この状況は本当にまずい。この大雨の中、リーナちゃんとはぐれてしまったのだから……。
さっきまで綺麗に晴れていたというのに、急に降りだした雨は、あっという間に勢いをつけ、気が付けば辺りが川のようになっている。
何とか木の上に登り、枝に座っているのだけれど、これは、急いでリーナちゃんを見つけた方が良いかもしれない。
(……。リーナちゃん、寒いよね、ごめんね……)
寒さと疲労から、手足が小刻みに震える。木に寄り掛かって、座っているのがやっとだった。
はぐれた事に気が付いて。すぐに森の中を駆け回り、リーナちゃんを探し回ったけれど、見つからなかった。
一体、何処に居るのだろう。早く見つけてあげたい。でも、僕の体力ももうほぼ無い。
(今日……。来なければよかった)
リーナちゃんの表情を見れば、行かない方が良い、と言いたそうなのは分かっていた。それでも来てしまった、僕が悪い。ちゃんと分かっていた。
焦り過ぎたんだ。今、どれだけ頑張ったところで、どうする事も出来ない。たった一人の力では、小さ過ぎる。それを、ちゃんと理解していなかった。
頬を雨が伝っていく。それが、ほんの少し、口に入って……。
――しょっぱい味がする事に気が付く。
両手で顔を覆い、そっと俯いた。泣いたところで、どうにもならないというのに……。僕に泣く資格などない。早く、リーナちゃんを見つけてあげなくてはいけない。温もりを与えたい。
それだというのに……。止まる気配はなかった。
「あれ、君はもしかして……」
「そ、その声は!」
(もう、だめかもしれない)
ぼんやりと、そんな事を思った。
自分の体が、とても冷たくなっていることなど、疾うに気が付いていた。
体の震えが止まった事が。もう時間がないという事を知らせていた。
体育座りの姿勢で、膝に顔を埋める。朦朧とした意識の中で、ラザールお兄様の顔を思い浮かべる。
きっと、酷く泣くよね。自分のせいだ、って。リアナも、私も、居なくなって。ラザールお兄様は、どうするかな……。
もし神様が居るのなら。もう一度、ラザールお兄様の傍に行かせて欲しい……。
その時、急にあたりが温かくなった。私は驚いて顔を上げる。洞窟の入口が、光っている。温かな光は、だんだんと近づいて来て、私を優しく包み込む。
その時、気が付いた。光だけがあるんじゃなくて、人を光が包んでいる、もしくは人型の何かが光を放っているってことに。
「大丈夫かな……。ラザールお兄様が、心配してたよ」
(無事、ですか? あ……。)
私はそっと喉の辺りを触れる。ペンダントを落とした事を、今、思い出した。
紙もなければペンもない。声が出なければ、相手と話が出来ないというのに……。
「あ、ペンダント、拾ったよ。ほら」
「あ! ありがとうございます」
「へえ? こんなに距離があっても平気なんだ、結構魔力の扱いは慣れてるね」
そういいながら、綺麗に拭いてあるペンダントを渡してくれた。
此処まで近づいて、分かった。光に包まれているのは男の子だ。緑の髪をして、緑の目をして、緑の、肌を、して……。
「って、え?!」
「ん? あ、僕、白魔族じゃないからね?」
「そう、ですか。え、えっと、あの、ラザールお兄様、無事、ですか?」
「お兄様! 笑えるや。って違う。ごめんごめん。うんうん、無事だよ。心配しないで」
ほう、とそっと息を吐くと、男の子は少しだけ笑って人差し指を回す。
一瞬で着ていた魔服が乾き、体が温まっていく。
ふと洞窟の外を見れば、雨もやんでいる。
「え……?」
「まあまあ。あとでちゃぁんと説明するから、とにかくおいで」
「は、はい……」
連れてこられたのは、大きな木が生えている場所。随分と神聖な雰囲気が漂い、その上、大きなこの木は、この男の子と同じ光を放っている。
其処に、ラザールお兄様が居た。遠目でも、分かる。とても、心配そうな顔をしている事に。
「リーナちゃん!」
「ラザールお兄様」
ラザールお兄様は軽く地面を蹴って立ち上がると、そのまま私の所まで走ってきた。背中に回された手は、いつも通り温かくて、けれど、少し震えていて。
ラザールお兄様の胸に頭を当てる。片手を背中に回し、片手を首に添え。いつものように、抱きしめてくれる。
抱きしめ方も、温度も、香りも、この声も……。
嗚呼、ラザールお兄様だ……。
「良かった……。無事でよかった……。ごめんね、リーナちゃん、ごめんね」
「あ、謝らないで……」
「違う、違う。僕の事心配で、毎日、ついて来てくれたんでしょ? それなのに、はぐれちゃって、ごめん」
思わず涙が零れてしまう。もう、会えないかと思った。だからこそ、愛おしい。
もう、何を考えているのかも分からないくらいの幸せ。私もラザールお兄様の背中に手を回す。
「……。幸せそうなところ悪いんだけど……」
「「あ」」
さっきの少年が、困ったように笑う。
「僕の事、忘れてる?」 
そして、この休みが明ければ進級。中等科三年になる。本当だったら、楽しみな事ばかり……、の、はずだったと、言うのに。
頭の痛い問題に悩まされてる。
「うあああ……。そっか、そっか」
「困りましたね……。まあ、選択肢はほぼないのですが」
獣人族族が、人間族王国と戦争を始めたようだ。
条約によって、援軍を出さなくてはいけないのだが、なにせ、外国。なかなか人選が出来ない。
それもこれも、全て、優しい二人だからこそというか。ラザールお兄様も王女様も、子供が生まれたばかりだから……、怪我してるから……、と、なんだかんだ言って『行かせられない』という結論を出してしまう。
そんな事、気にしないのが普通じゃないの?
「やっぱりみんな行かせないと。ああ、僕も行きたいけど、学校が……」
「そうです、ラザールお兄様は残って下さい。此方にもしですが、兵が来た時の戦力が足りなくなってしまうのもありますし」
「そうだよねぇ……。じゃあ、みんな……。ごめんね」
ラザールお兄様は、前よりももっと激しい鍛え方をし始めた。もっと早く、強くなれば。少しは役に立てるだろうと。
それは、間違ってるよ。それに、気付けてないくらい、焦ってる。私にも、止める事は、出来ない。
でも、このままじゃ……。身体を壊さないか心配だ。
「ラザールお兄様。今日も行くんですか?」
「うん。リーナちゃんはどうする?」
「……。行きます」
途中で倒れられたらどうしよう。その気持ちが強くて、ひとりには出来なかった。本当は、休みたいのだけれど。でも……。
そうして、結局、毎日のようにギルドに出向いている。
(……。寒い)
私はそっと、自分の肩を抱いた。小さな洞窟の中で、震えながら空を見上げる。少し先も見えないほどの雨。そんな中で、ラザールお兄様とはぐれてしまった。
何があったのか、よく覚えてないけど、魔物と戦ってて、雨が降り始めて、気が付いたら、ラザールお兄様を見失ってた。慌てちゃって、とにかく雨に当たらない場所を探して見つけて、何とか今、此処にいる。
びしょびしょの洋服は冷たく、体温を奪っていく。でも、替えもなければ、乾かす術もない。まさか雨が降るとは思っていなかったから、雨に対応できる魔服を持っていなかった。こんなことになるなら、ちゃんと準備をしておけばよかった……。
使い魔を呼べればまだいいのだけれど、こんな状況じゃ集中する事も出来ないし。さっきから魔法が使えない。せめて呪文が唱えられれば魔法を使う事が出来たかもしれないけれど、何処かでペンダントを落としてしまった。
ラザールお兄様は今、どうしているだろう。探してくれているのかな……。
じわりと涙が滲む。どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
ただ、ラザールお兄様が心配で、ついて来ただけなのに、私は、ただの、お荷物だったの……?
結局、こうやって、人の役に立つ事が出来ない。悔しかった。
それに、とても怖い。
一人きりで。
暗い洞窟の中で。
寒さに震えながら。
来るかも分からない助けを待つ。
そっと唇を噛む。泣いたところで仕方がない。だけど……。
(怖い……。寒い……。ラザールお兄様……。助けて……)
「?! リーナちゃん……?」
声が聞こえた気がしたんだけど、気のせいだったのかな……。
それにしても、この状況は本当にまずい。この大雨の中、リーナちゃんとはぐれてしまったのだから……。
さっきまで綺麗に晴れていたというのに、急に降りだした雨は、あっという間に勢いをつけ、気が付けば辺りが川のようになっている。
何とか木の上に登り、枝に座っているのだけれど、これは、急いでリーナちゃんを見つけた方が良いかもしれない。
(……。リーナちゃん、寒いよね、ごめんね……)
寒さと疲労から、手足が小刻みに震える。木に寄り掛かって、座っているのがやっとだった。
はぐれた事に気が付いて。すぐに森の中を駆け回り、リーナちゃんを探し回ったけれど、見つからなかった。
一体、何処に居るのだろう。早く見つけてあげたい。でも、僕の体力ももうほぼ無い。
(今日……。来なければよかった)
リーナちゃんの表情を見れば、行かない方が良い、と言いたそうなのは分かっていた。それでも来てしまった、僕が悪い。ちゃんと分かっていた。
焦り過ぎたんだ。今、どれだけ頑張ったところで、どうする事も出来ない。たった一人の力では、小さ過ぎる。それを、ちゃんと理解していなかった。
頬を雨が伝っていく。それが、ほんの少し、口に入って……。
――しょっぱい味がする事に気が付く。
両手で顔を覆い、そっと俯いた。泣いたところで、どうにもならないというのに……。僕に泣く資格などない。早く、リーナちゃんを見つけてあげなくてはいけない。温もりを与えたい。
それだというのに……。止まる気配はなかった。
「あれ、君はもしかして……」
「そ、その声は!」
(もう、だめかもしれない)
ぼんやりと、そんな事を思った。
自分の体が、とても冷たくなっていることなど、疾うに気が付いていた。
体の震えが止まった事が。もう時間がないという事を知らせていた。
体育座りの姿勢で、膝に顔を埋める。朦朧とした意識の中で、ラザールお兄様の顔を思い浮かべる。
きっと、酷く泣くよね。自分のせいだ、って。リアナも、私も、居なくなって。ラザールお兄様は、どうするかな……。
もし神様が居るのなら。もう一度、ラザールお兄様の傍に行かせて欲しい……。
その時、急にあたりが温かくなった。私は驚いて顔を上げる。洞窟の入口が、光っている。温かな光は、だんだんと近づいて来て、私を優しく包み込む。
その時、気が付いた。光だけがあるんじゃなくて、人を光が包んでいる、もしくは人型の何かが光を放っているってことに。
「大丈夫かな……。ラザールお兄様が、心配してたよ」
(無事、ですか? あ……。)
私はそっと喉の辺りを触れる。ペンダントを落とした事を、今、思い出した。
紙もなければペンもない。声が出なければ、相手と話が出来ないというのに……。
「あ、ペンダント、拾ったよ。ほら」
「あ! ありがとうございます」
「へえ? こんなに距離があっても平気なんだ、結構魔力の扱いは慣れてるね」
そういいながら、綺麗に拭いてあるペンダントを渡してくれた。
此処まで近づいて、分かった。光に包まれているのは男の子だ。緑の髪をして、緑の目をして、緑の、肌を、して……。
「って、え?!」
「ん? あ、僕、白魔族じゃないからね?」
「そう、ですか。え、えっと、あの、ラザールお兄様、無事、ですか?」
「お兄様! 笑えるや。って違う。ごめんごめん。うんうん、無事だよ。心配しないで」
ほう、とそっと息を吐くと、男の子は少しだけ笑って人差し指を回す。
一瞬で着ていた魔服が乾き、体が温まっていく。
ふと洞窟の外を見れば、雨もやんでいる。
「え……?」
「まあまあ。あとでちゃぁんと説明するから、とにかくおいで」
「は、はい……」
連れてこられたのは、大きな木が生えている場所。随分と神聖な雰囲気が漂い、その上、大きなこの木は、この男の子と同じ光を放っている。
其処に、ラザールお兄様が居た。遠目でも、分かる。とても、心配そうな顔をしている事に。
「リーナちゃん!」
「ラザールお兄様」
ラザールお兄様は軽く地面を蹴って立ち上がると、そのまま私の所まで走ってきた。背中に回された手は、いつも通り温かくて、けれど、少し震えていて。
ラザールお兄様の胸に頭を当てる。片手を背中に回し、片手を首に添え。いつものように、抱きしめてくれる。
抱きしめ方も、温度も、香りも、この声も……。
嗚呼、ラザールお兄様だ……。
「良かった……。無事でよかった……。ごめんね、リーナちゃん、ごめんね」
「あ、謝らないで……」
「違う、違う。僕の事心配で、毎日、ついて来てくれたんでしょ? それなのに、はぐれちゃって、ごめん」
思わず涙が零れてしまう。もう、会えないかと思った。だからこそ、愛おしい。
もう、何を考えているのかも分からないくらいの幸せ。私もラザールお兄様の背中に手を回す。
「……。幸せそうなところ悪いんだけど……」
「「あ」」
さっきの少年が、困ったように笑う。
「僕の事、忘れてる?」 
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