赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第30話  片思いと両思い

「ミルヴィナが、ドMだった」
「「……。え?」」


 ジェラルドの困ったようなその言葉に、ラザールお兄様と私は同時に声を上げた。ミルヴィナはまだ寝ている。私とラザールお兄様はジェラルドに叩き起こされたところだ。
 御蔭で何もする事が出来ないままジェラルドに向かっている。ちょっとくらい時間をくれたって良かったでしょ……。


「で、ええと、どういう事なんですか?」
「どういう事も何も……! もっと痛めつけて、だとか、首絞めて、だとか……。知らなかった」
「意外、ですね」


 にしても、どうしてそんなに困っているのかよく分からない。


「そりゃあ、俺がミルヴィナの要望に沿えないからですよ。Sって訳でもないですし」
「そうですか……」


 確かに、可愛い彼女を痛めつけるなんて、普通の人には出来ないだろう。いや、出来るのかもしれないけど、ともかく、ジェラルドには出来なかった、と。
 普通にやってもまあ、普通に気持ちいいと言ってはくれたらしいが、逝ったのかどうか定かではないと。
 あ、そっか。この前言ってた癖って。この事だったんだ。


「どうせだったら、逝かせてあげたいじゃないですか」
「まあ……。でも、僕も知らなかったよ」
「そうは、見えない、です」


 取り敢えず、話を聞いて貰って満足したのか、部屋に帰してくれた。さっさと身だしなみを整えたかったんだ。
 本当の家族だったらよかったかもしれない。だが、意識して『恋してる』と思うと、どうにも今まで通りでよくはない。






「ミルヴィナ。入っていい?」
「リーナ。いいぞ」


 そっと開けてみると、其処は昨日と全く変わらないミルヴィナの部屋だった。
 少し緊張してしまった自分が馬鹿らしい。一夜くらいで何かが変わるはずもなかった。


「昨日は……」
「リーナもそういうの興味あるのか?」
「えっ? あ、いや、その……」
「リーナにはラザールが居るもんな。そうかそうか」
「やめて、やめて」


 ほんのりと熱を帯びた顔を両手で隠すと、ミルヴィナは笑って頭を撫でる。
 想定外の事に、手を退かしてミルヴィナを見つめた。


「まあ、フランが居るとはいえ、焦らなくても大丈夫だと思うぞ。十分脈あり」
「そうだと、良い、ですね」
「何を他人事みたいに。にしても、この数カ月で、リーナは随分可愛くなったな」
「え?」
「表情が増えた」
「ああ」


 なんだ、そう言う事か。うん、そうだよね、うん。私は軽く頷いた。
 可愛くなったかどうかはさておき、表情は格段に増えたと思う。というか、元に戻った、という方が正しいのかもしれない。元々、こんなに表情がなかったわけではなかった。あの時のせい。
 あ、そう言えば最近、ミアやティアを召喚しないでも寝れるようになった。これも、変化だと思う。この短い間で、みんな、いい刺激ばかりで、とてもいい経験が出来て、良かった。
 それもこれも、全部、ラザールお兄様の御蔭……。


「っ?! どうした、リーナ?」
「私……。ラザールお兄様の事、好き……。でも、どうしよう……」
「兄妹だから。伝えたら、今の生活さえ」
「でも、このままじゃ私、壊れちゃいそうだ……」


 王子様との幸せな恋愛。憧れない乙女が居るものか。でも、まさか。こんなに、気持ちを伝えるという事が大変なことだなんて、思いもしなかった。


『伝えて全て壊すくらいなら、いっそのこと、このままで……』


 それで良いなら、こんなことにはならなった。
 そう、確かに、今までは、そう思ってた。でも、それではもう、堪えられない。だって、隣に居るのに、其処に居るのに、私の物じゃないなんて……。


「全部聞いてやるから。大丈夫。誰にも言わない」
「はい」
「リーナの王子様、振り返らせなくちゃだな」
「……はい」


 頷くと、ミルヴィナはにこりと微笑んだ。滅多に見ない表情に、思わず目を奪われてしまう。
 恋をすると美しくなる、というけど、本当なのかもしれない。それほどジェラルドが好きで、好いてもらう、そのための努力は惜しまないんだろう。


「私はリーナのことが好きだから、幸せになってもらいたい。協力、しようか?」
「ん……。どうしよう」
「できるだけ努力をする。今すぐでなくてもいい。絶対、幸せになろう」
「! 今すぐでなくても……。わかり、ました」


 今すぐでなくてもいいんだ。ゆっくり、やれば……。
 そっか、私、焦り過ぎてたのかもしれない。まだ時間はある。ちょっとは辛い思いをするけれど、それでも、焦って失敗するくらいなら、落ち着いてやった方が良い。
 ラザールお兄様の事を、諦められるはずもない。必ず、伝えなくちゃ……。










「ねえ……。リアナは居ない。僕、家継がなくちゃいけないじゃん。なのにフランと結婚するの?」
「親どうしの取り決めを解除できるのは、親ですから」
「……。いないけど」
「なら、王様と女王様です」


 人間族ニヒツ王国に王と女王が向かってから、もう一年以上経っている。それだというのに、帰って来れないという事、また、連絡すらないという事は、何かあったのだろうか。
 フランもいい加減寂しがっている。それを隠して、隠して。強く強く、在ろうとして。そろそろ、壊れてしまうかもしれない。
 あと、それとは別件でも、早く帰って来て欲しい。出来れば、許嫁を破棄したいんだ。


「王女様の事、お嫌いですか?」
「いや? でも、何か違うんだよ。フランは、その、例えるなら、僕の妹だ」
「へえ? では、リーナ様は?」
「……。リーナちゃんは、僕の、妹……。違う、違うんだよ……」


 僕は唇を噛んで俯いた。泣きそうな顔をしているかもしれない。アンジェラは小さく溜息を吐く。
 此処は僕の部屋。偶々部屋に来たアンジェラと喋っていたところ。丁度暇で、何でもない事を話していたはずだったんだけど、いつの間にかこんな話題になっていて。


「なんであの時、妹なんて言っちゃったんだろう」
「リアナ様が居なくなって。両親も居なくなって。家族が欲しかったからでしょう」
「でも。今は、後悔してる。だって、もし、僕の事を兄だって思ってたら、リーナちゃん……」


 分かっている。リーナちゃんの事が好きだ。恋愛感情で。
 でも、家族という関係である以上、それは許されない事。まあ、血は繋がっていないわけだから、問題はないのかな。だとしても、リーナちゃんが兄妹だと思い込んでいたら。そのような感情を抱く事はまず、ないだろう。
 だから困っているんだ。もしあの時、もっと違う関係を提示していれば……。


「分かっていますよ。リーナ様の事が好きだって。でも、自業自得じゃないですか」
「そうだよ。そうだ。でも……」
「でも?」
「常に隣にいるんだよ?! それが堪えられないの! 色々やりたくなっちゃうでしょ」
「犯罪」
「アンジェラの馬鹿! そういう事を言ってるんじゃ……」


 最後まで、言えなかった。そうだけど、そうじゃない。
 出来るだけ気付かれない様に。そう振る舞うのも、もう嫌だ。
 好きな人と結ばれるのは、幸せなことだ。でも、その道のりは、思っていたより、ずっと長い……。
 堪え切れなかった涙がポロリと落ちる。と、アンジェラは意外そうに大きく目を見開く。少し考えるような仕草をした後、一人、納得したように笑みを浮かべ、僕の頭に手を置くと、優しく撫でてくれた。こんなの、いつぶりだっけ。でも、結構落ち着く。


「自分の物にしたい。妹じゃなくて。彼女にしたい」
「なら、少しずつ、変えて行きましょう」
「え?」
「意識させるのですよ。家族ではなく。男として」
「え……」
「リーナ様が、欲しいのではなかったのですか?」


 そう。本当に幸せになりたいなら、リーナちゃん以外では駄目だ。
 頑張るしかない。時間が掛かってもいい。何が何でも、リーナちゃんを手に入れる。 

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