赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第25話  アリス

 涙が止まらない。さっきの分、全部返ってきちゃって、もうどうしていいのか。


「フランセット女王様とラザールの事、知らなかった、んだね」
「知らない、知るわけない」
「もう……。泣かないで?」
「やだ。やだ、やだ」


 赤い目をして、駄々をこねる様にそう繰り返す私は、幼い子供のよう。自分でも幼稚な事してるって分かってるけど、だからって止める事も出来ない。しかも、ユリアが全部受け止めてくれるんだもん。甘えたくもなる。
 髪を撫でられる感触。ユリアの香りと、体温。ちょっとずつ、落ち着かせてくれる。


「ねぇ……。ラザールの事、どう思ってるの?」
「え……。あ、それは、その……。よく、分からない」
「でも、好きなんだよね?」
「う、でも……」


 それは、言えなかった。言ったら、全て崩れてしまいそうな気がしたから。


 兄妹だから。この気持ちが、許されないものだから。
 全部封じ込めて、伝えない方が、幸せなはずでしょ……。






 次の日、街に出た私は、小さく声を上げる。


「凄い……」


 確かに、王城の中でも、私たち以外はみんな獣人だった。でも、それでも、町中を普通に獣人が歩いていると言うのは、驚かざるを得ないと言うか……。
 猫獣人、犬獣人、狐獣人、狼獣人。鳥獣人のセイレーンや、蜥蜴のリザードマンも居る。


「凄く……。可愛い」
「ふふ。私達からすると、白魔族ヴァイスの方々って、とっても可愛い人種ですよ?」
「え?」
「薄い髪の色に肌の色。尖った耳に、ちんまりしたこの大きさ。何とも愛くるしくって」


 馬鹿にされてるような気がしないでもないけど……。案内係の侍女メイドは小さく笑う。そんなつもりはないみたい。
 因みに、彼女も当然獣人。褐色の肌に、赤い髪。大きな猫の耳と尻尾が揺れてる。露出度の高いメイド服と、首輪のようなチョーカーが良く似合ってる。
 両脇にリボンが付いたヘッドドレス。胸は半分くらいしか隠れてない。スカートはあまりにも短い。股が半分も隠れてない。ちらちら見えるガーターベルトがなんでか似合う。
 でも、なんか、露出度の多い服を着てる人が多いんだよね。こういう種族なのかな? ただ、真冬なんだけど……。


「皆さんは知らないかも知れないですが、白魔族ヴァイスは美しい人種、って呼ばれる事もありますし。でも、どちらかと言えば、可愛いって感じですね」
「そう、なんですか? 知らなかった」
「ですよね~」


 私は今、この案内係の猫耳侍女メイドビアンカさんと二人だけで回ってる。と言うのも、五人はみんなバラバラに行動してるから。全員に侍女メイドが一人ずつ付いてる。
 そうやって、二人で歩いているんだけれど、見慣れないものが沢山目に飛び込んでくるあたり、やっぱり外国なんだな、って思う。


 お菓子が売っているお店に入って、私は驚いて足を止めた。嘘でしょ? 色鮮やかなお菓子が並んでるけど、いや、これはお菓子?
 だって、お菓子って、フワフワ甘くて、淡い色をしてる。こんなに濃い色のお菓子って……。どうなの?
 しかも、青まである。あまりの文化の違いに、軽くショックを受けた。


「ん~、白魔族ヴァイスだと、こういうのないですか?」
「はい」
「そうですか。じゃあ、試しに買ってみませんか? 値段も手頃ですし、食べてみましょう?」
「あ……。じゃ、じゃあ」


 色を付ける物の味なのか、少し変わった味が混ざる。それに、甘過ぎる。好みじゃ、ない、な。
 どうも、獣人は色が見え辛い人が多いらしく、どうしても濃くなっていったとか。味も、私達に比べて感じにくいのかも。
 白魔族ヴァイスの象徴である『白』は、正式には色じゃない。だからなのか、街の色は淡くて、落ち着いた印象がある。
 これが普通だよ、って言われたら、そうなのかもしれない、でも、とにかく白魔族ヴァイス王国との違いに驚かされてばかり。


 彼女は、獣人族べスティエ王国の料理を食べてみよう、といい、ソーセージに衣をつけて揚げた料理の店に寄る。
 ビアンカさんは一つ購入すると、何処からかナイフを取り出して、口に入る大きさに切ってくれた。
 油っぽくて食べ慣れない味。美味しくない、とは言わないけど。でも、これはちょっと飽きるかも。
 その後も、様々な料理を食べてみた。フライドチキンやフライドポテト、ピザ、ドーナツやワッフルなども。揚げ物が多いなぁ。此処の国では、全体的に量が多いみたいで、二人じゃ、色々食べるのは無理。ミアとティアも呼んで、みんなで少しずつ食べてみた。


 空が暗くなり始めた。この国は、あんまり治安が良くないらしいから、もう帰る事にする。遅くなると、危ない事に巻き込まれちゃったりするらしい。
 でも。悲鳴が聞こえた気がして、私は足を止めた。


「リーナさん? どうしたんですか? 早く帰りましょう」
「ビアンカさん……。ごめんなさい。気付かない振りは、出来ません」
「っ……!」
「ご主人さま、行こう」
「間違いでは、ありません」


 ミアとティアが、私を守るように立ち、頷く。ビアンカさんはきっと、私を面倒な事に巻き込みたくないはず。国賓に何かあったら、大ごとだから。でも、ごめんなさい。見捨てられないタイプなんだ。
 躊躇うことなく、路地裏を進む。やっぱり、こっちだ。女の子の悲鳴のような声。注意しないと、聞き逃してしまうくらいの大きさ。でも、ティアは耳が良いから聞こえるみたい。先導してくれる。ちょとずつ、声が大きくなっていく。近い。
 足音をたてないように注意しながら歩き。壁に身を隠し、顔だけ覗いて声のする場所へ。


 その光景は、目を疑うものだった。


「いっ、痛い、止めてえええっ!」


 髪持って引き摺ってる?
 そんなの、ないでしょ。
 一体、何をしているの?


 私が怒った事に気が付いたミアとティアは、驚いたような顔をする。確かに、こういう感情は、随分久しぶりみたい。
 でも……。まだ、七歳か八歳位だよ。許せるわけない。許すものか。男の数は三人。これくらい、簡単に始末できる。ネージュを召喚しようとした、丁度その時。私のすぐ横を駆け抜けたのは、ビアンカさん。
 頭突きだけで一人の男を吹き飛ばすと、鋭い目で残りの男を見る。それだけで、二人は慌てて逃げて行った。ビアンカさんに飛ばされた男は置いてけぼり。薄情な奴ら。


 私はすぐに少女に駆け寄る。ええと、怪我は……。数はあるけど、切り傷、擦り傷みたいなもので、致命傷になりえる物はない。すぐに治癒出来る。これはティアに頼む。
 一体この子をどうしようととしてたのかわかんないけど、捕らえられたら、間違いなく、危険な目に遭う。そんなの、見捨てられないでしょ。
 ……声聞いた時は、こんなに小さな子だと思ってなかったけど。


「この国の、課題ですよね。まだまだ、治安が悪い」


 そう呟くビアンカの目は、とても辛そうだった。






 目を覚ました少女を見て、私は小さく息を吐いた。すぐに目を覚ましてくれてよかった……。
 頭のてっぺんに大きな三角の耳が付いているから、猫獣人だね。髪は真っ白でふわふわ。肌は白い。同じ猫獣人でも、ビアンカさんとはだいぶタイプが違う。


「う……」
「大丈夫?」
「は、はい……」


 少女は泣き出してしまった。怖かったよね、痛かったよね。知らない男三人に攻撃されたら。ギュッと手に力を込める。
 本当に、可哀想。こんな小さいのに、あんな怖い目に……。


「怖かったよね、痛かったよね」
「うっ……」
「もう大丈夫だよ……」


 私はそっと少女を抱きしめる。本当に小さくて、軽い。
 話を聞いてみると、この少女は親に捨てられた子供らしい。望まれない子供だったよう。捨てられたのは二か月前。名前は無い。
 一見活気もあって凄くよさそうな国だけど、まだ課題があるんだね。でも、それは白魔族ヴァイス王国も同じ。そうでなきゃ、私が逃げてくるようなことにはならなかったと思う。


「今まで、どうしてたの?」
「何とか、恵んで貰ったり、してた」
「そっか、大変、だったね」


 ポンポン、と優しく頭を撫でる。小さく震える少女。もう、離したりなんて、出来るはずがない。
 その時、扉が開く音で、私は顔を上げた。入ってきたのは、ラザールお兄様、アンジェラさん、ユリア、ミレ。それから、その案内係の侍女メイドさん達。


「え? あれ、この子、どうしたの?」
「拾っちゃい、ました」
「そ、そう」
「ごめんなさい、ラザールお兄様……」


 無責任な事、しちゃったよね。私達は、この国に住んでるわけじゃない。それに、私の住んでいる家は、正式には、私の家じゃない。だから……。
 私が俯くと、ラザールお兄様は此方に歩いて来て、私の隣に座る。少女はちょっと顔を上げて、ラザーお兄様を見る。


「行く場所、ないんだね?」
「はい」
「僕たちは白魔族ヴァイス王国から来たんだけどね」
「はい……」
「もしよければ、僕の家で侍女メイドやって貰いたいな」
「えっ?」
「衣食住は全てそろえるよ。それに足して給料を出すけど」


 ただ、問題は、この国を離れなくちゃいけない事。ラザールお兄様はそう言った。この年で外国に住むなんて、不安しかないよね。
 少女はしばらくグルグルを視線を動かしていたけれど、コクっと頷いた。


「助けて、くれるなら。何処にでも、行きます」
「そっか。じゃ、ビアンカちゃん、王にこの事伝えて来て。メイド長だよね?」
「え? あ、はい、そうです、行ってきます!」






 その後、ラザールお兄様が交渉をしてくれて、連れだす事が許された。
 彼女の名前はアリスに決まり、私の専属侍女メイドとして、グリフィン家で働くこととなった。

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