赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第23話  ラザールとリアナ

 三人は、驚いたように顔を見合わせる。やっぱり、訊かない方が良かったのかな。


「……。ど、どうして、でしょう?」


 アンジェラさんの声に、ちょっとだけ俯いて言葉を探す。でも、良い言葉が見つからない。
 それどころか、全く違う映像が頭の中に溢れて、零れる様に、ペンダントから言葉が流れ出す。
 両手で顔を覆う。こんなつもりじゃなかったけど……。でも、どうしようもない。
 言葉が震える事はないけど……。感情に合わせて強弱がはっきりする。


「私、ラザールお兄様の事、何にも知らない」


「だから? ラザールお兄様との関係は、違う。家族じゃない」


「大切にし合ってるけど、家族は、それだけじゃ、ない。……何しても、許せるもの」


「壁があるの。透明で、見えないけど。近くに行くのを、拒まれる」


「今の状況は……、そう、傷の舐め合い。このままじゃ、お兄ちゃんとは、思えないよ」


「これじゃ……。兄妹だって、思えない……ッ!」


 そうなの、私達、家族って言ってるだけで、実は違う。この関係に、名前なんてない。近くに居るだけ。ううん……。近くに居る様に見えて、遠くに居る。
 震える体を抱き締める。お湯の温度を感じない。寧ろ、寒い。ぽたぽたと雫が垂れ、静かな水面を乱す。逃げ出したい気分に駆られるけど、そんな事は出来なくて。俯いたまま、言葉を待つ。
 そうしていると、ふいに、ユリアが私の事を抱きしめた。ユリアの体温は、いつもよりちょっとだけ高め。それが、私の心を溶かして、安心させて。
 でも……。気付いてしまった。ユリアの体は、震えている。


「ユリ、ア……?」
「そうだよね、黙ってて、ごめんね」
「分かってはいました、言った方がいいと。ですが……」
「リーナちゃんが泣いちゃうと思って、言えなかった」


 そっか、そうだったんだ。みんな、隠してたわけじゃないんだ。私の為に、言わなかったんだ……。
 こんな事、言うんじゃなかった。みんなの悲しそうな顔が、胸を締め付ける。


「お話しても良いですが……。覚悟は、ありますか?」
「かく……ご……」
「ラザールの顔を見て、急に泣き出したりしないでね?」
「……分かった」




 ラザール様には、双子の姉がいました。リアナという、リーナ様にそっくりの少女でした。
 性格はだいぶ違って、家の中にいるより外に飛び出していくのが好きで、剣を掴んで森へ行ってしまうような少女です。
 二人は一見恋人に見えるくらい、小さいときから、ずっと仲良し。一緒に行動するときは手を繋ぎ、楽しみも、悲しみも、全てを共有していました。


 両親は、とても優しい人でした。怒りに来るって犯罪に手を染めてしまった私を引き取ってくれる様な、とても、優しい……。
 躾けはきちっとしていましたが、束縛はしない。優しく、正しい人でした。


 そんな幸せの絶頂に居た家族を襲ったのは、残酷な悲劇。


 リアナ様は森の中にいました。魔物狩りに出かけたからです。急に魔法によって吹き飛ばされました。
 何とか立ち上がって見つけたのは、真っ白な肌の少女。黒っぽいゴスロリを着ていて、背中からは蝙蝠の様な羽、口元は牙が光り、手には小さなナイフが握られていた。手や足、顔に包帯が巻かれている。


 リアナ様が剣を握るより前に、彼女の魔法がリアナ様を襲います。
 意識が怪しくなった時、彼女は高らかと宣言しました。


「さあ、カイタイの時間だ」


 小さなナイフで、手足を一つずつ、ゆっくりと分解していく。
 森中に悲鳴が響き、彼女は酔いしれるようにそれを聞く。
 完全に動かなくなったのを見ると、彼女はニヤリと笑い、ナイフに付いた血を真っ赤な舌で舐めた。


「ゴチソウサマ」




「えっ?!」
「これが、一か月前の話です」
「……。でも、なんで、そんなに、詳しく……?」


 それが、一番気になった。
 リアナは殺されてしまったのに、この状況を此処まで細かく知っているというのは、どこかがおかしい。
 誰か見て居たとしか思ないけれど、じゃあ、なんで助けてくれなかったの? 混乱した頭の中に響くアンジェラさんの声は、やけに頭の中にスゥッと入って行った。でも、信じたくはない。残酷すぎる。


「見ていた人が、いました」
「……。誰、ですか」
「ラザール様です」
「っ?!」
「ラザール様は、魔法で拘束され、目の前で、リアナ様を殺されました」


 私は片手で口元を隠した。


(なんて、酷い)


 泣いてしまいそうだった。深呼吸をひとつして、アンジェラの顔を見る。それを見ると、何も言わずに話を続ける。




 ラザール様はリアナ様の死にショックを受け、引き籠るようになりました。両親は、そんな姉弟の様子に、自ら命を絶ってしまいました。
 本当だったら……。ラザール様を、唯一守ってくれる存在だったはずなのに。なんて弱い、と、思わずには、いられなかったですよ……。
 幸せの絶頂に居た家族は、全て、引き裂かれ、ばらばらになってしまった……。


 更に悪化した環境。私達侍女メイドも、どうしていいのか分かりませんでした。
 そう、ラザール様が今の状態に戻ったのは、つい最近の事です。
 リアナ様の部屋を整理していて、見つけた日記。今まで、読んで下さらなかったのですが、それを、初めて、読んで下さった時。


 ――偶に、ラザールは、私が居ないと生きていけないんじゃないかって、凄く心配になる。でも、分かっても居る。あの子は強い子だし、きっと、何かで私が死んだとしても、グリフィン家を支えてくれるはずだって。


 ――最近、何者かに監視されている気がする。このままだと、殺されてしまうのかもしれない。凄く怖いけれど、家族に心配はかけたくない。このまま黙っていれば、大丈夫……。


 ――寝ている時に襲われた。目を覚ますと逃げて行ってしまったから良かったけれど、あれは一体誰なのだろう。ラザールが居るから、私に何かあっても大丈夫……、だよね? 少し、探ってみよう。


 ――分かってしまった。『運命を操る者デスティネ・ドミナシオン・ユマン』。やはり、私を狙っていたのはあの者たちか。という事は、やはり、狙いは『私』。ラザールの為。世界の人々の為。私一人の命くらい、安いものだ。


 ――明日、決着を付けよう。勘の良いラザールが付いて来なければいいのだけれど……。ラザールの事、大好き。あなたのお姉ちゃんで居れて、幸せだった……。




 ラザール様は、いつからか、調べ物をするようになり、そのあと、勉強を魔法剣術を、極めようとしているかの如くやりだしました。
 きっと、リアナ様の為に。期待していた分、全て、答えようと、思ったのでしょう。
 そうして、今のラザール様になりました。




「ですが、リーナ様が来てから、変わりました」
「え?」
「明るくなりました。あのようなラザール様は、久しぶりなのです……」


 アンジェラは涙を溢す。ずっとそばで見てきたから。だからこそ。この変化は、大きな物。
 私は俯いて今聞いた話を整理した。


 妹になって、と言ったのは、家族が一人も居なかったから。寂しかったから。
 リアナと言う子が死んでしまって、空いた穴を埋める為。その為に、私は利用されているんだろう。
 つまり、私は、リアナの代わり。似てるから、そうだと、思い込みたくて。だから、兄妹って関係を選んだんだ。


(でも……)


 私も、家族が居ない悲しみを、ラザールお兄様によって埋めている。妹になってって言われて、実は、凄く嬉しかった。もう、一人じゃなくて良いんだって。
 だったら……。私達は、二人とも、同じ事をしてたんだ。お互いには、それを隠して。


(だから、傷の舐め合いみたい、なんて、思ったんだ)


 ラザールお兄様が、私の事を頑なにちゃん付けで呼ぶ意味が、分かった気がする。
 本当の兄妹じゃないから、私は、いつラザールお兄様の傍から居なくなるか、分からない。もしそうなったら、本当に、ただの他人になってしまう。
 そうした時、今度は、取り乱さないように。自衛のための、壁なんだ。
 ……あれ? 私、敬語使ってるっけ? 気付かなかったけど、私も、壁を作ってたんだ。
 そりゃ、私達、仲良くなれるわけなんてない。


 じゃあ、どうすれば仲良くなれるの? もっと分かんなくなった気がする。だって……。ラザールお兄様の壁、取り除くの、多分無理だ。
 それに、まず、私が壁を取り除かなくちゃいけない。でも、それも難しい。急に敬語をなくす。そんな難しい事、きっかけでもないと出来ないよ。
 これ……。兄妹になるのは、難しいね。家族って、本当に特別なものなんだ……。


 アンジェラさん、ごめんなさい……。わざわざ、言いたくない事、言わせちゃった。
 泣いてるアンジェラさん、見てて辛いよ……。もう、どうすればいいのか、分かんない。

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