赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第21話  ユリアとリーナ

 朝、目を醒ました私は、隣で寝ているユリアに目を奪われる。きっと、寝相があんまり良くないんだね。お泊まり会の時は、ほら、三人で寝てたから、動く余裕なかったし。
 乱れた衣服に、乱れた髪。すぅすぅと立てる息がやけに耳に付く。
 ちょっと待ってよ、色々危ない。思わずドキドキしちゃったよ。
 昨日のユリアの会話を思い出して、更に考えてしまう。


(い、いや、そんなつもりはない、けど)


 でも、おかげで目がバッチリ覚めちゃったよ。まだ五時なんだけど。一体、ユリアが起きるまで私は一人、此処で何をしてればいいの? 取り敢えず、ペンダントは付けておこう。なんかあった時に声が出せないのか危険だし。
 部屋に着いている洗面台で歯を磨いて顔を洗い、髪を梳かす。絡まりがない事を確認して、魔服に着替え、もう一度梳かす。二回に分けるのは、あまりに魔服のボリュームが多くて、着ちゃうと梳かし辛いから。でも、服着ると多少は乱れるし。
 一周部屋を歩いて、溜息をついて椅子に座る。朝の空気を吸ったら少しは気分が良くなるかもしれないけれど、窓開けたら寒いよね。ユリアが可哀想だし。


「リー、ナ……? もう、起きてた、の?」
「あ、ユリア。おはよう」
「おは、よ」


 あ、寝るんだ。まだガバッと顔を枕に沈めてしまう。うーん、ちょっと苛めたくなっちゃうよね。
 どうしようかな、って迷ったんだけど、やっぱ窓開けちゃおっか。私は魔服着てるから寒くないし。


「ユリア、窓開けて良い?」
「ん……? なんでもい~よ」
「ほんとだね。寒くても、文句、言わないね?」


 かちゃ、っと小さな音を立て窓を開ける。新鮮な空気とともに冷気が入り込んでくる。
 魔服によって寒さは軽減される。ユリア? 布団被ってるし、寒くないってことにしよう。


「うー、さむいー」
「開けて良いって、言ったじゃん」
「そうだけどさ」


 布団の中から、くぐもった声が聞こえてくる。朝、苦手? お泊まり会の時も起きなかったっけ。
 大きく一つ深呼吸し、新鮮な空気を体中に取り入れてから、窓を閉める。ちょっと可哀想になっちゃった。
 部屋の空気は下がったけど、切れるように冷たいくらいの空気は結構好き。気分がさっぱりする。ぼんやりと暖かいと、駄目だよね。


 お茶を準備して一人ユリアを見ながら飲んで居るとコンコン、と軽いノックの音がする。今の時間は五時三十分ちょっと前。こんな時間だからか、ノックの音はやけに小さくて控えめ。
 誰だろう、と扉を開けてみると、其処に居たのは……。えっ、誰? あ。アンジェラさんだ!
 いや、こんな格好見た事ないから。クラシックロリータとか、そんな感じかな。暗い緑が基調で、スカートは膝丈。胸元は白いリボンがあって、その下には細いリボンがクロス上に付けられている。袖とか、裾には白いレース。これ、ネグリジェ? 滅茶苦茶可愛いんだけど……。
 しかも、ほら、ちょっと毛先の乱れた感じとか、こんなアンジェラさん見た事ないし。本当に誰だか分かんなかった。


「すみません、こんな姿で。流石にまだ起きていないと思ったので。……起こしてしまったわけではなさそうですし」
「なんか起きちゃったんです」
「そうですか。ええと、一応、朝食は七時半です。侍女メイドが迎えに来ますので、それまでには……。頑張ってユリア様を起こして下さい」
「起きないですよね、これ」
「ええ、そう聞いています。あと、その、昨日言わなきゃって思ってたのに、言い忘れちゃったんですが、その……。気を付けて下さい」
「え」


 もしかして、アンジェラさん、知ってるの? え、なんで?
 まあ、それはともかく、こう言うってことは、前科があるのかもしれない……。気をつけるって、どうすればいいのか分かんないけど、まあ頑張ろう。


「私は今から身嗜みを整えて会議に行ってきますので、何かあったらラザール様です」
「整えてからでもよかったのに」
「いえ……。何かあってからでは遅いので、一応、急ぎました」
「そう、ですね。分かりました」
「はい。では、これで失礼致します」


 恭しくお辞儀をすると、下がって行った。
 部屋に戻って、時計を見ながら溜息を吐く。起きてからまだ三十分しか経ってないなんて。どうすれば良いの?
 何もしたくない気分だけど、だからってこのまま二時間もなんもしないなんてありえない。暇だ。


 ベッドの中には入れないから、ソファに転がる。でも寝れそうにはない。鞄の中から本を取り出し、ペラペラとページを捲る。けど、特に読んでるわけじゃなくって、捲ってるだけで。あんまり読む気分じゃない。
 ラザールお兄様、起きてるかな? そうだったら遊んで貰おうか。ミレは起きなそうだしね……。
 あーでも、わざわざ起こしちゃったら悪いし。うーん、一体二時間も何してればいいって言うんだ。ユリアめ……。と言っても、当の本人は一人でベッド占領してるわけだけど。


 しっかし、さっき起きてたっていうのに、ほんとぐっすり寝むってる。ずるいよ。私起きたらそうそうなれないんだから、もう……。
 とはいえ、寝顔が可愛いなぁ。怒る気失せる。……ん? 待って、これ逆じゃないっけ? だったらユリア、早く起きないとだったんじゃない? や、私の身が危ないからそんなこと言ってらんないけどさ。
 何となくユリアの手を握り、頬にそっと触れようとすると……。


 私の体が、宙を浮く。


 え、と。気付いた時には大きな衝撃が私を襲う。何が起きた?
 どうも、ユリアは私の手首を掴んで自分の上を通し、隣に放り投げた……? 待て待て、寝た状態でこれって、ユリア力あり過ぎでしょ?!
 やばいやばい、捕まっちゃった。あの時、体育館裏に連れて行かれた時の映像がフラッシュバック。無理無理、絶対逃げらんないって!
 起きてるのか起きてないのかわかんないけど、ユリアは私の手首を右手で掴んだまま、左の手で頭をぽふぽふと撫でる。


「リー、ナァ……。んん、だぁいすき……」
「ユ、ユリア……?」


 キュッと抱きしめられる。あぁ、もう、逃げらんないじゃん。どうすればいいの。アンジェラさんは行っちゃったし、ラザールお兄様はきっとまだ起きてない。
 寝ぼけてるのか寝ぼけた振りをしてるのか。どっちにしろ、何とかしないと危険な気がする。あの時、アンジェラさんと一緒にでもして貰えばよか……、いや、でも、私、ユリアと一緒に寝たいって思ったね。
 じゃあ私も悪いし。って言ってる場合じゃない。助けて、助けて、誰か! でも、パニックになって、魔力が上手く操れなくって、声が出せなくなっていく。


「ユリア、ユリア、ユリア! ねえ、起きて、ねえってばっ! っ、ね、ねえ……」


(ちょっと、どうすればいいの? ユリアがこういう趣味だって知ってたとはいえ、私はそうじゃないし、ああもう、わけわかんない!)


 ギュッと抱き締める力が強すぎて、身動き一つ取れない。ユリアは小さく吐息を洩らすと、私の唇とユリアのを重ねる。


 ……って、え?


(嘘だろ! ユリア、絶対起きてるでしょ?! ああもう、一体どうすればいいの!)


 初めてをユリアに取られるとかそりゃないでしょ! そうじゃなくっても困る。とにかく、何とかして脱出しないと……。でも、どうやって?
 唇を離したユリアは、婀娜っぽい吐息を溢す。熱い。もう、無理かも。このまま一緒に居たら、私、多分……。壊れる。


「リーナちゃ……、なんで、鍵開いてるの?」
「「?!」」


 慌てたようにユリアは私の口を塞ぐけど、私、口で喋ってるんじゃないんだけど。
 とはいえ、私は今魔力が動かせないから、どっち道声を出せないけど。
 ラザールお兄様は不思議に思ったようで、足音が此方に近づいてくる。


「「「……」」」


 ラザールお兄様は一瞬フリーズし、徐々に顔を赤くしていくと、拳を振り上げ叫び出す。


「ユリアっ! おま、一体リーナちゃんに何やってるんだ、早く離れろぉッ!」


「ちょ、ま、いやああっ!」






「酷いじゃい、痛いわ!」
「馬鹿! 一体リーナちゃんに何しようとしてたんだよ」
「そんなこと言われたって、私、覚えてないのよ、寝てたし。寧ろ、可愛いリーナ、見たかったわ……」
「もう一回殴ったほうが良いのかな」
「止めて頂戴、本当に痛かった。ご、ごめん、もうしないから、ね? ね?」


 偶々ラザールお兄様が来てくれて助かった。まあ、ミアかティアを召喚すればよかったんだけどね、なんか、あんなところ見られるのは嫌だし、あのパニック状態じゃ、きっと呼べないし。
 ともかく、助かった。


「もう……。これじゃ、明日はリーナちゃんと寝れないよ?」
「そ、そんなの嫌よ! もうし……、でも、寝てたわけだから、絶対しないとは言えないのだけれど」
「く……、まあそうだけど、でも、もうやらないでね!」


 私は頷いた。もう本当にあんな事はごめん。しばらくは止めて欲しい。トラウマになる。このままじゃ子供が作れなく……って何を考えてるの、私。
 あー、とにかく、あれはユリア、起きてたね。わざとやってたでしょ。もう……。


「それより、明日はちゃんと起きてね。リーナちゃんが困るんだから。頑張ってよ」
「そうね。明日はちゃんと起きるわ!」
「本当だね? じゃ、僕は帰るからね。まだ時間あるから大丈夫だと思うけど、七時半までには絶対準備終わらせてね?」
「分かってるわよ。じゃ、後で」


 ラザールお兄様が帰ると、ユリアはくるりと振り返って微笑んだ。


「じゃ、続きをしましょ?」
「いい加減にしてッ!」
「冗談だよ。そんなに怒鳴らないで」
「……わざとやってたでしょ、起きてたの、知ってるんだからね」


 そう言うと、ユリアは顔を赤らめた。笑っているような、泣きそうな顔をして俯く。


「そう。もう、我慢、出来なくなっちゃって」
「……」
「リーナのせいじゃないんだよ」


 でも……。こんな表情されると……。なんか、色々考えさせられる。
 辛いよね。でも、ユリアは一つ深呼吸をしただけでニコッと笑っていつも通り。なんで、こんなに強いんだろう。


「じゃあ、着替えようっと」
「え、此処で?」
「女の子しかいないし良いじゃん。それとも、何か問題でも?」
「……。わかった」


 何の躊躇も無く、普通に服を脱ぐ。それでいいの……?
 その後、私の怒鳴り声に驚いたラザールお兄様が戻って来て、大変な騒ぎになるのだった。






「着替えるなら鍵くらい確認して!」
「ごめんなさい、忘れてたわ」

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