赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第18話  冬休み

 冬休みになった。
 二学期の期末テストの成績は、まあ、前回と変わらなかったかな。御蔭で、心おきなく冬休みを満喫できそう。
 でも、あれ以来ノーラとは喋ってない。そのせいで、ユリアもノーラと関わらなくなって、ノーラは最近一人になってる。でも、自業自得と言えば、そうだけど……。
 まあ、それはともかく、休みだから少しだけゆっくり起きた私だけど、結局いつも、朝食前に本読んだりしてるから、いつも通りダイニングに向かう。


「おはよう、リーナちゃん」
「おはよぉ……」
「あは、リーナちゃん、大丈夫? ほらほら、座って」


 ちょっと眠い。椅子に座ると、向こうから、頭を左手で掻きながら欠伸をし、気だるそうに歩いてくる女性が見えた。長い白衣。左目の眼帯。それから、短い茶髪。でも、彼女が来るなんて、珍しいな。
 そう思っていると、後ろからひょっこりと別の女性が現れた。よく似た色の髪をポニーテールに纏め、いつも通り、ブラウスにタイトスカートと言う姿だ。赤縁眼鏡を通して私達の姿を確認すると、ちょっと微笑む。


「ミルヴィナ。おはよう。珍しいじゃん」
「ミネルヴァに叩き起こされたんだよ……。ったく」
「なによぉ。起こさないといつまでも寝てるんじゃない。偶に起こしたくらいで文句を言わないでよ」


 短い髪の方の女性がミルヴィナさん。いっつも朝食には来ない。けど、今日はそうもしてられなかったらしい。
 長い髪の方の女性がミネルヴァさん。ミルヴィナさんの姉で、私達の家庭教師。
 二人は結構仲が良い。言い合いをしたりはするけれど、適当なところで切り上げてる。大喧嘩に発展する事はまずない。其処が結構凄いと思う。
 結構珍しいメンツが揃ったな、なんて思っているうちに朝食の準備は整っていた。侍女メイド達の動きは本当に早い。
 朝食を食べてると、ラザールお兄様が不意に食事の手を止めて私を見る。それを見て、なんとなく、私も手を止めて、ラザールお兄様を見る。


「えーっとね……。これから冬休みになるじゃん」
「はい」
「それで、獣人族ベスティエ国に行く事になったんだよね……」
「……、っ?!」
「でね、明日王城に行く事になったんだけどさ、リーナちゃんに会いたいって言ってるから、一緒に来てくれる?」


 え? え? え?
 ちょっと待って、どういう事?
 獣人族べスティエ国って、海渡っていくんだよね?
 王城に行く? 私が? どうして……?


 でも。まず、一番最初に聞かなきゃいけない事って。


「ラザールお兄様は、何者ですか?」










 いつか、こう訊かれるって、分かってた。
 今日、これを伝えて、こう訊かれるであろうことも、分かってた。
 だから、驚きはしないけど、でも、なんで黙ってたんだろうね。


(でもまあ、言う必要も無かった、か)


 驚きを隠し切れていない、大きな淡い桃色の瞳を見てから、僕はそっと目を瞑る。


「そうだね……。僕のファミリーネーム、知ってるよね」
「グリフィン、です」
「うん、そう。ちょっと、考えてみてくれる? 『グリフィン』」
「え……?」


 きっと、あんまり考えないで流しちゃったよね、僕のファミリーネーム。しっかり考えてみれば、僕が何者なのかも分かる。
 リーナちゃんはちょこんと首を傾げる。その仕草が可愛くって、笑いそうになった。でも、笑っちゃ悪いから、そっと心の中にしまう。
 一生懸命考えて、急にはっとしたように目を開くと、自信に満ちた表情をする。それも可愛い。なんでこんなに可愛いんだろう、リーナちゃん。


「分かった?」
「はい! グリフィン。白魔族ヴァイス王国の、王様と、この国自体を守る、護衛の家」
「そう。僕の家は、代々魔法剣士として王国と国王様をお守りしているんだ」










 私はベッドに座り、風に揺れるカーテンの隙間から外を眺める。
 ラザールお兄様がこの国を守る為の家に生まれた人だと言うのなら、強いもの納得。外交に行くのも、まあ良い。
 でも、一体、なんで私が王城に行くの? それだけが良く分からない。
 色々と頭の中で巡らせていると、ベッドの中の、寝たと思っていたミアが目を開く。


「ご主人さま? どうしたの?」
(ちょっとね……。王城に行くの、不安なだけ)
「大丈夫ですよ。リーナ様。何も心配は要りません。なにせ、ラザール様が一緒なのですから」
(うん……。分かってるよ。大丈夫)


 もちろん、分かってる。ラザールお兄様が一緒なんだから、怖い事はないはず。
 ベッドから立ち上がり、窓を閉める。シャーっ、と音を立ててカーテンを閉めると、月明かりが入らなくなり、一気に部屋が暗くなる。そういえば、ランプの火も灯してなかったんだっけ。でも、もう寝るし、良いか。
 私がベッドに入ると、少し遠くの椅子に座っていたティアも一緒に来る。
 少し狭いくらいが良い。よく知っている人が両隣りに居るっていう事が、何よりも安心出来るの。






 ラザールお兄様の準備してくれたドレスは、私にピッタリの大きさだった。
 淡い桃色が基調で、フリルの多い可愛らしいドレス。でも、冬だから、寒くない様に長袖。こういう姿は、あんまり慣れてないし、ちょっと不安。
 メイクもしてるし、髪形も違う。ヒールも高いし、転んじゃったらどうしよう? ただでさえ、足、あんまりよくないんだもん……。歩き方も、大丈夫?


「よく似合ってるよ。全部僕に任せてくれればいいから。心配しないでね」
「……。はい」
「じゃあ、馬車に乗って。いや……」


 ラザールお兄様はトン、と軽く地面を蹴って馬車に飛び乗ると、跪いて手を出す。え、ちょっと待って、一体何を……。
 ちょっと迷いながら手を置くと、ニコッと笑って立ち上がり、私を引いてくれる。馬車に上る階段の段の幅が小さいから、ヒールだと危ないんだね。でも、ちょっと、今のは流石にびっくりしたよ。ドキドキ、止まんない。
 そんな、別の事を考えてたからかな、バランスを崩して後ろに傾く。


(え……っ!)


 ラザールお兄様の動きは、スムーズだった。
 開いていた方の手を私の後ろに回し、自分の方に抱き寄せる。一瞬の事だったけど……。
 気が付けば、私はラザールお兄様に抱き締められた形になってるわけで……。


 脳内、大パニック。


 バクバクと煩い心臓。落ちそうになった事と、今の状況の事と。両方含めて。
 ラザールお兄様はもう一度、強く私を抱き締める。ラザールお兄様の香り。とろけちゃいそう。
 それから、ラザールお兄様は私を離すと、扉を閉め、御者に声を掛ける。階段を外すのは、御者の役目。
 顔が熱い。まだ、心臓の音が大きく聞こえる。自分が何を考えてるのかもよく分かんないくらい混乱してる。
 ちょっとラザールお兄様の顔を覗ってみると真っ赤だったから……。


(ああ、なんか)


 嬉しい。ラザールお兄様も、私の事……。






 酔いが醒めてきた時、大きなお城が見えてきた。真っ白のお城。雪に覆われたみたいに見えるけど、そうじゃない。夏だって白いし。
 馬車は下げられた跳ね橋を渡り、白の前に停車する。降りるとき、ラザールお兄様はもっと慎重に降ろしてくれた。今、あのハプニングは嫌だ。真っ赤な顔で王城になんて行けない。
 降り終わると、使いの人がやって来て、中に通してくれる。


 謁見の間は派手とは言えない。それは全て、此処が白魔族ヴァイスだから。
 この国のイメージカラーは白。だから、この王城は白が基調。
 美しい純白の間。白だけなのに地味だと思わせないのは、施された装飾の繊細さによるものだと思う。


「いらっしゃい、ラザール。遅かったんじゃない?」
「道が、混んでおりまして」
「そう。まあいいや~」
「王女様、お言葉を」
「ああッ! そうだねッ! はぁ……。ようこそ、我が城へ。私の為、此処まで来てくれた事を嬉しく思います」


 そう言って、優美な笑みを浮かべた。ちょっと反抗的なの見えたけど。
 外に出ていない事が覗える陶器のように真っ白な肌。壁に掛けられたランプの光を受けて輝く白い髪。どこか神秘的な金に似た瞳。そして、ボリュームのある純白のドレス。長いまつ毛に、高い鼻。とにかく美しい少女だ。
 私とたった一つしか違わないはずなのに、ずっと大人びて見える。


「リーナちゃん、彼女こそが王国の第一女王、フランセット・ヴァイスだよ」
「えぇ。宜しくお願い致します、リーナ・ノーリッシュ……、いえ、リーナ・グリフィンさん」
「よ、よろしく、お願い、します、王女様」


 眩しい、なんて思っちゃった。
 この国の王族は、みんな、神の血を引く人々。神のと混血である、神秘的な白魔族ヴァイスが代々王を担っている。
 ちなみに、グリフィン家は王家の分家。相当薄まっているとはいえ、ラザールお兄様にも、神の血が流れてるんだ。


「可愛い妹ですね。とても……。お似合いです」
「そう言って頂けると光栄です」
「ふふ……。それより、早く本題に入らねば。何時までも喋っている訳にはいきませんからね」


 その途端、ラザールお兄様の雰囲気が変わる。さっきまでの、柔かい雰囲気は一瞬で消えさり、張り詰めたような、緊張したような、そんな空気を纏う。
 王女様の方も一緒だった。その様子に、びっくりするし、どうしていいのか分からないし……。


「ほんと、大変な事になったのですよ。二千年以上、何処の国とも繋がりを持ってませんでしたが、獣人族べスティエ王国から、開国の申請が入りました。ちょっと脅しにも近いような感じですし……」
「はい、聞きました」
「でしょうね……。それで、条約を結ぶ事になるわけですが、まあ、結ばなくても行かなくちゃいけないですし。ですが、生憎、お父上とお母上は此処に居ない」
「その為、私が獣人国べスティエ王国へ向かう、と」


 ピリピリとした雰囲気が漂う。『外国』。行くだけでお危ないと言うのに、其処で、条約を結ぶなんて、危険が多いよね。
 完全アウェーの状態で、ラザールお兄様は、大丈夫なの? 凄く、不安だ。


「本当は。ラザールに、このような事を頼みたいわけではないのです。ですが……。あなた以外に頼める人が居ないと言うのも、また事実」
「それは仕方ないですよ。大丈夫です、私が行きましょう。幸い、今は冬休み中ですしね」
「そう行ってくれると、嬉しいです。では……。出発は?」
「明後日で良いでしょう。今の技術の船なら、移動にそう時間は掛からないですよね?」
「明後日は良いです。でも……。船では、いきませんよ?」
「え?」


 驚いた様なラザールお兄様を見て、王女様は不思議そうに首を傾げる。


「改良したシルクトレーテに乗っていきますけれど……。あら、ご存じなかったです?」
「えっ?! シルクトレーテって、あの亀ですよね?」
「ええ、もちろん」


 海を渡る乗り物と言えば。
 今時は、シルクトレーテが一般的らしい。

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