赤い記憶~リーナが魔王を倒して彼の隣を手に入れるまで~

鏡田りりか

第1話  兄妹

 温かい、っていうよりも、暑いに近い、そんな日差しは、青々と茂った木に遮られている。
 御蔭で、もう夏真っ盛り、七月後半だって言うのに、結構涼しい。


 僕は静かに、剣に付いた血を拭った。真っ白だった布が赤く染まる。魔力を解くと、真っ赤な光を放っていた剣が、普通の、何処にでもある剣へと変わる。
 にしても、この辺りの敵じゃもうつまらないかな。この森なら、強い魔物と戦えるって聞いたから来たのに……。
 まあ、だからって、今戦ってた魔物も『弱い』って訳じゃない。普通の人が迷い込んだりでもしたら……。ちょっと恐ろしい結果が待ってるかな。けど、僕、いや、僕達にとっては、其処まで強くない、かな。
 そんな風に思っていたら、何処からだか、僕を呼ぶ声が聞こえてくる。振り向いてみると、あれは、ミレ?


「ラザール! あっ、いた! ねえ!」
「ミレ。何があったの?」
「いいから、こっちに来て!」


 彼女は何の躊躇も無く僕の手を掴んで走り出す。あまりに急だったから、バランスを崩して転びかける。もう、ちょっとくらい待ってくれたっていいじゃん。まぁ、彼女の性格上、そこまで気にはしてくれるはずもなかったけど。
 ぐっと足に力を込めて体勢を立て直す。足は僕の方が早いから、案内して貰うより、場所を聞いて向かった方が早いかな。置いてくことになっちゃうけど。どうやらやたらと慌ててるから、一刻を争う状況みたいだし。
 ミレに言ってみると、すぐに場所を教えてくれた。……やっぱり、何かあったんだ。ミレ、普段だったら意地でもついてくる。
 向かった先には、よくよく見なれた、僕の侍女メイド。僕の顔を見て、あからさまに安心したような顔をする。


「アンジェラ、一体何が……」
「! ラザール様。此方なのですが」


 その状況を見て。普通の人とは絶対に違うであろうところに、僕はドキリとさせられる。


「っ?! え、あ、リア、ナ……?」
「お、お気持ちは分かりますが……」
「わ、分かってるよ!」


 そんなはずないって分かってる。でも、ちょっと期待した僕が馬鹿らしい。ふるふると首を振り、目線を前に固定、状況確認。なるほど、これ、侍女メイド戦わせたら全部巻き込むな。だから、僕が。
 距離、強さ……。うん、大丈夫、これなら問題ない。向こうも僕に気付いたみたいで、殺気をむき出しにしてくるけど、それじゃ甘いな。攻撃、手に取るように分かる。だから弱いんだ、この辺りの魔物は。
 よし、じゃあ、いくか。


 魔物に捕らえられている少女を助ける。僕は、一気に剣を引き抜いた。










「あ、起きた」


 目を開けて、まず、一番最初に目に入ったのは、染み一つ無い綺麗な天井。それから、声を辿って、クリーム色の髪の男の子を見つける。少しだけ、驚いた。クリーム色の髪と、淡い桃色の瞳。その色が、私に、あまりにも似ていたから。
 男の子に手伝って貰いながら、ゆっくり体を起こす。魔物に襲われたのに、何処も痛くない。治療までしてくれたんだ。
 ところで……。なんで、魔物に襲われたんだっけ。目を閉じて頭を働かせる。


(そうだ)


 村から逃げ出して、それで……。


「……。大丈夫?」


 その声で、はっと我に返った。いけない、心配させちゃったかな……。小さく首を振ると、「そう」と小さく呟いて、笑顔を作る。


「君、何処から来たのかな。名前は?」


 え、っと……。どうしていいのか分からなくて、きょろきょろとあたりを見回す。使えそうなものは、ええと……。あ。
 私は、男の子の顔を見てから、サイドテーブルを指さす。其処に、紙とペンを見つけたから。


「えっ? あ、使いたいの? いいよ」


 持ってみて、あまりに高そうなものだったから驚いて、ちょっと緊張しながら、紙に文字を書く。


<リーナです。声が、でなくて>


「あっ、そう、なんだ」


 唇を噛んで、俯く。こうやって、心配させたくなんて、ないのに。男の子の顔を覗うと、そっと微笑みかけてくれた。それだけで随分安心した。


「そんな事、気にしないよ? 痛いところはない?」


 軽く頷くと、「よかった」と、安心したような顔をする。ころころと子供みたいに変わる表情。なのに、何処か大人っぽい雰囲気を感じるのはどうして?


「僕はラザール。大丈夫そうだし、家まで送るよ」


 いや、そういう訳にはいかない。今逃げて来たのに、送り返されたら堪らない……。大体、何処にも、居場所なんてないんだし。
 急に悲しくなって……。でも、泣けない。


「あ、あれ? 僕、まずい事言っちゃった……?」
「もう、ラザール! 起きたなら呼んでくれたっていいじゃん!」
「わっ、ミレ」
「女の子のことなんだから、女の子に任せなさい?」


 あまりに大きな音を立てて扉が開くものだから、何が来るのかと身構える。
 声を聞く限り、ラザールさんの、お友達、かな。恐る恐る顔を上げてみると、女の子がニコッと笑いかけてくれた。


「ミレ・エージー。よろしくね!」
「この子、喋れないって。リーナちゃんだって」
「ふーん、そうなんだ!」
<よ、よろしくお願い、します>


 この明るさには、ちょっと、ついていける自信がないかな……。
 どうしよう、と思っていると、二人が同時に私を見るものだから、ちょっと怖かったんだけど……。ラザールさんが、優しく話しかけてくれた。


「ごめんね、怖がらないで大丈夫」
「で、結局どうするの?」
「いや、だから……。どうするも何も……」
「?」
「え、ちょっと待って、分かってないの? だから……」


 そっと俯く。私なんかは、何処に行っても、きっと、迷惑でしかないんだろうなぁ。
 でも、この足じゃ、遠くまではいけない。昔から、かな? 足が悪くて……。歩くだけも、長距離は辛い。あんな歩き辛い森の道を逃げるの、本当に大変だった。
 良く此処まで逃げられたなぁ。でも、これ以上遠くは、多分行けない。


 あぁ、どうすればいいんだろう。


「え、っと、ね。リーナちゃんが嫌じゃなければ、だけど。此処に居る?」


 突然の事だったから、驚いて、もう一度よく考えて、間違いがない事に驚いた。でも、流石に悪いよ……。私、何もできない。ただで泊めて貰うなんて、そんなこと……。


「僕が寂しいのも、あるし。出来れば、居て欲しいんだけどね……」
(え?)


 寂しいって……? 一体、どういうこと……?私は、何があったのか知らない。知るわけがない。だから、良く分からないけど……。ラザールさんがあまりに暗い表情をするから、言ってる事が本音だってことは、分かる。
 此処に居させて貰えるなら、そうしたい。これ以上、何が起こるかも分からない所を一人、うろうろするのは嫌。街に居れば安全ってわけじゃない。確かに魔物は居ないけど、いろんな怖い人がいる。何されるか分からない。
 だから……。良いんだよね、此処に居ても。本当に、良いん、だよね?


<甘えさせてもらっても、良い、ですか?>
「もちろん。よろしくね、リーナちゃん」










「あ。アンジェラ。ミレなら帰ったよ」
「そうですか。で、この子は……」


 アンジェラは眠っているリーナちゃんをちらっと見た。セミロングくらいのクリーム色の髪。淡い桃色の瞳。全部が。


「似てるん、だもん」
「です、ね……」


 アンジェラは小さく息を吐く。彼女は、僕の家の侍女メイド長。ちょっとだけ、訳有り。長い茶髪に、青い切れ長の目。背が高くて、この辺りの人と雰囲気が違うのは、異国の親を持つから。結構長く此処に居るから、僕の事はみんな分かってる。


「どこから、来たのかな」
「そうですねぇ。白魔族ヴァイスである事はほぼ間違いないのですが」


 そう言うと、リーナちゃんの髪をちょっとだけ持ち上げた。現れる木の葉型の大きな耳。白魔族ヴァイスの特徴。薄い髪の色と白っぽい肌もそう。
 嗚呼、似ている。


「大丈夫ですか? リアナ様の事、まだ……」
「分かってる、分かってるよ! でも、忘れられるはずなんて、ない」
「ですよね、知っていますよ。本当、リーナ様は、よく似ていらっしゃる」
「うん……。代わりって言ったら、悪いけどね。でも……」


 そっと目を閉じる。ごめんね、リーナちゃん。僕はやっぱり、リアナの事が、頭から離れないんだ。だから……。


「ねえ、アンジェラ、例えば、リーナちゃんを……」


 利用するみたいで、ごめん……。








 私は目を覚まして、ぼんやりと時計を眺めた。もうすく十二時。昼食の時間。
 良く考えてみれば、もう三日以上、まともに食事をした覚えがない。いや、もっと……? ん、よく分かんないな。


「あ、リーナちゃん。良かった、起きてて。昼食、食べられる?」


 ラザールさんが部屋に入ってくるところだった。私が頷くと、ラザールさんは手を取り、立たせてくれた。
 廊下に出ると、キラキラと綺麗な舗装が施されていて驚いた。こんな家に住んでいるなんて……。お金持ち、なのかな。私……。大丈夫かな。作法とか、分からない。
 ラザールさんが扉を開けると、ふわりと良い香りが漂う。食事の準備は整っているみたい。
 部屋に立っていた、十名程度の侍女メイドが一斉に頭を下げる。侍女メイドさんなんて、初めて見た……。
 大きな部屋には、随分と長いテーブルがある。ラザールさんと私が座ると、少し離れたところに侍女メイドたちも座る。あ、一緒に食べるんだ……。
 この辺りだと、昼食は軽いものが多い。家具や食器があまりに綺麗だから緊張したんだけど、食べた物はサンドイッチとサラダ。でも、凄く美味しかった。


「喜んでもらえたみたいで良かった」


 ラザールさんは微笑みながらそういう。頷くと、誰かの名前を呼んでから私に言う。


「洋服は準備しておいたし、お風呂入っておいで」


 あまりに広くて、口で伝えるだけだと迷うかもしれない。と言う事で、アンジェラさんと言う侍女メイドに案内して貰った。
 替えの服は、脱衣所のロッカーにあるって言ってた……。確認してみると、すぐ見つかった。着ていたものを脱いで、まあ、もうボロボロなんだけど、とりあえず畳んで置いて。一緒に会ったタオルを持って中に入った。






 柔かく触り心地のいいタオルで髪を拭きながら、私は扉を押し開けた。廊下にアンジェラさんが待っていてくれて、私を見ると、少し目を細めた。


「良く、お似合いです」


 ワンピース、とっても綺麗だから……。似合うなんて言ってくれると嬉しい。
 歩きながら、アンジェラさんは私に問う。


「リーナ様って、何歳です?」


 少し迷って、指の本数で伝えようと試みる。これ位しか出来る事ない。


「十四歳なんですか? なら、ラザール様と一緒ですね」
(え……?)


 もっと大きいのかと……。同い年だなんて、思いもしなかった。なんでだろう、凄く、大人びた印象を受けて……。
 なんで、だろう。あんなに大人っぽい印象を受けるの。ラザールさんの事、何も知らないから。分からない。でも、知りたい。


「なんだか、双子みたいですね。よく似ていらっしゃいますし」
「……!」
「あら、嬉しいですか?」


 言葉に反応して顔を上げた私を見て、アンジェラさんは微笑ましげに表情を和らげる。ちょっと子供扱いされてる気がしないでもないけど……。子供だし……。
 アンジェラさんは私の頭を撫でてから、扉を開き、中に入るよう促した。さっきの部屋だ。


「ラザール様」
「! わあっ! リーナちゃん、可愛い。よく似合ってるよ」


 私がラザールさんの近くに行くと、アンジェラさんは一礼をして出て行ってしまった。ラザールさんと、二人きり。どうしたらいいのか分からないし、何処に目をやっていいのかも分からないし。
 何となくラザール様を見ると、迷ったような、困ったような、悲しそうな、そんな表情をしていて……。ちょっとドキッとした。
 暫くして、ラザールさんは静かに息を吸って、口を開く。


「ねえ、リーナちゃん」
「?」
「もし、良ければなんだけどね……。僕、妹ほしいんだよね」
(妹……?)
「なってくれたら、嬉しいかな」
「!」


 驚いて、ラザール様の顔を見つめる。愛しいものを見るような、優しい瞳。
 家族が居なくなってから。誰かと居たとしても、独りぼっち見たいな、そんな寂しさを抱えたままだった。家族って、特別。だから……。もし、家族になれるなら、それは嬉しい。
 それに、ちょっと気になった。さっきの、『僕が寂しい』って言葉。昼食の時も見てないし、もしかしたら、ラザールさんも、家族が居ないのかもしれない。
 私は此処に居させて貰う訳だし、ラザールさんが望むなら。私はそれに従う。その方が良いはずだ。
 返事をしようと、ラザールさんからペンを受け取る。


<私も、お兄ちゃん、欲しいです>
「じゃあ、良いんだね……?」
<はい、ラザールお兄様>


 ぱあっと輝くラザールお兄様のその顔に、何か、感じた事のない不思議なものを感じたんだけど、これは……? 






 その後のアンジェラとラザール。
「え、リーナ様、ラザール様と同い年ですよ?」
「嘘ぉ!」

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