量産型ヤンデレが量産されました

スプマリ

昼食

 昼休みという時間は休みという言葉が付いているため心身共に休めて午後に備えるための時間という意味であろう。そうであるならば昼休みという時間は俺にとって昼休みたり得ない。何故ならば心身共に休む時間が一時も存在しないのだから。


「それじゃありんごジュース買ってくるよ!」


 授業終了の合図を先生がするや否や足早に購買部の自販機へと向かう田中。そして疑問なのはその日の気分によって買うジュースが違う俺の欲しいジュースを的確に把握して買いに行くこと。怖い。そして田中が教室から出て行った瞬間に俺の近くに寄る影が一つに教室に入ってくる影が一つ。


「雄太くんお弁当食べよ!」
「お兄ちゃんお弁当食べよ!」


 その影の主達がほぼ同時に口を開いて同じような言葉を言う。ちなみに俺は弁当を持ってきていない。今までは購買でパンを買っていたがあの日以降榛名と文美が俺の分の弁当を作ってくるようになった。ついでに田中も作ってきていたりする。
 初日など三人ともそれなりの量の弁当を作ってきたためそれはもう悲惨な目にあった。俺は大食漢ではないため3人前がデフォルトでは無い。必然的に俺が誰の弁当を食べるかが問題となり、彼女だからという理由で榛名の弁当だけを食べることになった。
 榛名は終始笑顔で、甲斐甲斐しく俺に「あーん」などしてきたりと非常に機嫌が良かった。田中は終始この世の終わりのような顔をして「やっぱり俺はもういらないんだぁ」と呟きつづけ俺の良心にダメージを加え続けた。文美は終始能面のような無表情でただただ俺と榛名のことを見つめて俺の胃壁君にダメージを加え続けた。


 「何なんだよこれ………」と思いつつやっとの思いで榛名の弁当を完食し、思わず「3人で1人分になるように作ってきてください」とお願いしてしまった。二度目は無理です。
 榛名は不機嫌そうであったが渋々、本当に渋々承諾してくれた。残りの二人はそもそも承諾せねば食べてもらえないので快諾してくれた。
 ついでに文美に「家出る時に弁当を俺に渡してもいいのよ?」と言ってみたが「お兄ちゃんの荷物が増えるから」だとか「お兄ちゃんが持っていくとお弁当の中身がぐちゃぐちゃになるから」だとかで却下された。渡したら渡したで結局こっちに来そうだからあまり意味の無い抵抗だったかもしれない。


 俺の近くの席でいそいそとお弁当を広げる二人、そしていつの間にか戻ってきた田中。早くないっすかね。「あ、田中君早かったね、もうちょっとゆっくり買ってきても大丈夫なのに」なんて声を掛ける榛名。裏の意味が隠せてませんよ。


「雄太が待ってるからね、ゆっくりなんて出来ないよ。
 あ、これ買ってきたやつね」
「おう、すまんな」


 機嫌が良いのか全く以て普通の返事をする田中。機嫌が良い理由はここ最近授業が楽しいからでしょうか。
 さて、皆さんはここから3人による怒涛の「あーん」ラッシュが発生するとお考えになるかもしれませんが、実はそれは発生しないのです。何故ならそれは2日目に既に通った道だからだ。3人が同時に「あーん」してくるものだから誰のを食べるとも食べないとも出来ない。え?逃げて一人でパンを食べる?ハハッ、逃げられるとでも?
 結局3人から弁当と箸を奪い取り一気に食べることで終了となった。それ以降3人は順繰りに「あーん」をするようになった。日毎に順番が違うので固定では無いようであり、また、その順番を決めるにあたりどのようなやり取りが3人で行われたのか俺は知らない。知りたくも無い。


「はい雄太くんあーん」
「あーん」
「にゅふふ、美味しい?美味しい?」
「おう美味い美味い」
「良かった~。このナポリタンね、頑張って作ったんだ~」


 彼女の弁当には毎回麺が使われた料理が入っており、何だか縄を彷彿とさせるが別に関係の無いことだと思いたい。


「じゃ次は俺だな、はいあーん」
「………あーん」
「どうだ?」
「………美味い」


 悔しいが田中の料理は滅茶苦茶美味い。今回の唐揚げもすっげえ美味い。だが何でここまで俺の好み直撃な味付けが出来るのか考えるのは怖い。いややめよう、料理に罪は無い。


「はいお兄ちゃんあーん」
「はぁ、あーん」
「もー、何で私の時だけそんな反応なのよー」


 仕方ないだろ。今まで避けていた妹からこんなことされるなど想定の範囲外だし、しかも愛人だとかなんだとか言っているとか何の冗談だよ。加えて今食わされている料理にコイツの血が混じっていないとも限らない。学校でそれを指摘するわけにもいかないため黙って食うしかないが、憂鬱になる程度で済んでいるのを褒めて欲しいくらいだ。


「だって、なぁ」


 とだけ返す。下手に反論して地雷は踏みたくない。


「文美ちゃんの料理は家で毎日出てるから舌が慣れちゃってるんだよ。
 家のごはんだけじゃなくてお弁当も作るのは大変だろうから、雄太くんのお弁当は私に任せてもいいんだよ?」


 ビキリ、と空気が軋んだ気がする。でも俺は気にしない。気にする気力が無い。


「大丈夫ですよ如月お姉ちゃん・・・・・
 お夕飯のついでに作っちゃえば大変じゃないですし、そもそもお兄ちゃんのためならこれくらいなんてこと無いですよ。
 『大変だと思うなんてあり得ないですよ』」


 言外に「お前大変だと思ってんの?ぷぷー」って言ってる気がする。いやいや、裏の読み過ぎだろう。気にしない。


「でも大変だって思ってなくても案外疲れが溜まってるかもしれないよ?
 文美ちゃんが倒れた時とか大変だと思うし、やっぱり俺たちも雄太の家で一緒に料理作った方がいいと思うんだよ」


 え?話が唐突過ぎるって?説明してなかったが実はここ数日前に俺、田中、榛名の両親が海外出張になった。神の悪意とかじゃなくて馬鹿の悪意を感じる。露骨すぎるわバカタレ!
 そんなわけで両親が居なくなって以降なにかと二人は家に泊まろうとする。泊まられたら最後な気がするから泊まらせない。合鍵とか勝手に作られそう。


 ちゃんと聞けば心配しているのは文美が倒れることでは無く俺のことだけだとわかる田中の言葉に「本当に大丈夫ですよ~」なんて返している妹をうつろな目で見る俺。結局今日も弁当を食べている間ずっと目の前で牽制のし合いを見せつけられた。






 ああ………昼休みって………何だっけ………。

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