幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

番外6

 翌日、男はいつもより早くから狩りに出かけて無心で刀を振るい続けた。いや、正確には無心になろうと剣を振い続けた。彼の心から湧き出すどうしようもない不安、恐怖、焦り。そういった感情を消し去るべく狩りに精を出したがその成果は芳しくない。通常の成果という意味では午前の内にその日の目標数の狩りを終えたので順調とも言えたが、休憩を挟むことなく動き続けたにもかかわらず彼の思考には常に影がちらついていた。


 そして当然ながら、そのような無茶をしていれば普段ならば犯さない失敗をしてしまうものである。


「っ!」


 いつもならば見誤る事のないウォーバニーの間合いに半歩足を踏み込んでしまい、男は危うく首を刈り取られそうになった。直前で気付くことが出来たので咄嗟に上体を逸らすことでなんとか回避は出来たが、このような幸運が何度も続くと考える程に男は楽観的ではない。更に言えば普段よりも気配が上手く読めていないことにすら男は今ようやく気付き、己の注意散漫さに愕然とするのであった。


「先の心配よりも、まずは目の前の事か」


 そんなごく当たり前とも言える内容を溜息と共に独り言ちることで男は自分に言い聞かせた。こうなれば一日だけと言わず、何日と纏まった休息を取るべきかもしれない。幸いなことに金だけは十分以上に手元にあるのだから。


 休みを取ったとして、男にはすべき事もしたい事も無いため必然、街へと向かうその足取りは重い。強いて言えば『何もしない、考えないこと』がすべきことだろうか。男はその虚しさで余計に気落ちする。だがそのように考えに没頭はしていたものの、先程失敗したばかりであるため必要以上に周囲の警戒だけはしていた。そしてそれ故に男はある事に気づくことが出来た。


 自分が今辿っている帰路、正確に言えば今朝通ってきた道、その少し外れにある気配が妙であった。二つの気配がじっと動くことなくその場にとどまっているのだ。ウォーバニーであれば複数匹が固まって潜むことは無いし、人間も含めたそれ以外の生き物ならば例え休憩中であってももう少しは動きがあるはずだ。男には「そこに何かがいる」以上に気配が読める訳ではないので詳しい状況は分からない。もしかしたら危険が潜んでいるかもしれないが、距離が狭まれば詳しい情報が得られるだろう。


 男は逡巡し、進路を少しだけずらして目的地を変更した。これもまた、普段であればしなかったであろう選択。不具の身体ではいざという時に対処できない可能性が高く、街の中でならばいざ知らず、街の外で進んで危険に近づくのは愚か者の選択である。しかし何が起こっているのか知りたいという好奇心に、どうせやる事も無いのだからという自暴自棄が混じった衝動に負けた男はそこへ向かうことを選択したのだ。


 目を凝らしてみても男には何も分からず、ようやくそれが二人の人間の気配であると分かった頃、不意に吹いた風に乗ってきたのは濃い血の匂いであった。

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