幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

105話目 初めての野営

「飽きた」


 目的の村へ向けて歩き始めて半日程が経った頃、早くも歩くのに飽きた俺がそう口にする。シャルとリーディアは俺の言動に慣れているので、こちらへと一度視線を向けただけで特にこれといった反応は示さなかったが、付き添いのライザは呆れて物も言えぬ、と言わんばかりの表情をしている。


「呆れたもんだな。お前一体今までどうやって旅をしてたんだよ」


 表情に出すだけでなく口にも出されてしまったでござる。しょうがないじゃーん。ここのところ移動は大体魔法で一瞬だったし、そうでなければドラ助に乗っての移動が主なのだ。とはいえそれを説明するわけにもいかないので曖昧な笑みを浮かべつつ『ほとんど乗り物かなー』と答えた。


 そもそもこの旅だって転移魔法か、もしくは車とかそこら辺の乗り物を創って移動する予定だったんだ。ライザが護衛になった時点でそういった移動手段は諦めていたが、それでも黙々と歩くのは暇すぎてどうにかなりそうだ。


 ここが森の中や近く、山岳地帯とかなら化け物や山賊の襲撃を警戒する必要も一応あるので暇とは言いにくいが、今歩いているのは見晴らしの良い草原地帯であるため、肉眼でも容易に相手を発見することが出来る。やることが限りなく少なく、毎日顔を突き合わせている二人とはそんなに話題が無いし、ライザとはどうにも相性が良くないのか会話が長く続かないので会話での暇潰しすら出来ないのだ。


「暇なのは分かるけど、そんな事を口に出すなんて冒険者失格だぞ?」


 そんでもってついでにライザは俺とシャルを下に見ている……、というよりは俺達二人をリーディアのお付きの人だと勘違いしているようだ。まあ普通に考えればそうなるし、下手に訂正を求めて『じゃあなんなんだよ』と聞かれてしまうと下手な言い訳を披露する羽目になりそうなのでやめておいた。


 あー、暇だ。何故暇潰しに依頼を受けたというのに暇潰しで苦労せねばならないのか。これがわからない。『貧乏暇なし』という言葉を思えば暇であることを喜ぶべきなのだろうが、この千年間のほとんどを暇に苦しんでいる身としてはそんな考えに迎合はできない。


 ただ只管に暇なだけなので出てくる文句も『暇だ』の一言に尽き、そのため頭の中で繰り返す言葉もその一言だけになる。そんな調子で頭の中で文句を言う事にも飽きてきた頃にライザはきょろきょろと辺りを見回すと進行方向を切り替えた。


「今日はあの森の近くで野営するぞ。それからリョウ、もう少しで休憩なんだからそんな顔をするな」


 どうやら俺は相当に酷い顔になっていたらしい。励ましとも取れる言葉を言うと彼女は今まで歩いていた道から離れて歩く速度を早め、今日の野営地への到着を急ぐ。彼女が指示した森は目算で四キロ程先にあったが、その甲斐もあり俺達は空が暗くなるよりも前に何とか到着することが出来た。


「よし、それじゃあリョウはあたしとテントの準備、二人は森で食べれそうな物を採ってきてくれ。アンタらの働きが儲けに直接繋がるんだから気合い入れて探してくるんだよ!」


 そして到着するなりすぐさま指示が出される。もうすぐ休憩とは一体何だったのか。ええい、本気を出せるならばすぐさまにでもここに家をぶっ建ててやるというのに、何故こんな面倒なテント設営なんぞしなければならんのか。……実は今までテントを設置したことが無いため、慣れない作業をライザに色々と指導されながらえっちらおっちらと何とかやり遂げ、『こんなことも手早く出来ないのか』と更に呆れられるのであった。


 さて、テントを設置してからしばらくして二人が戻ってきた。彼女らの手には大量の食材が多岐にわたり抱えられており、今日の晩御飯どころか明日の昼食分まで賄って余りある程だ。エルフであることに加えあの・・森で食材を集めていたシャルからすればこんな平和な森で食材を探すなど文字通り朝飯前であり、このような結果になるのは至極当然の結末とも言えるのだが、そんなことを知る由も無いライザは大層驚きながら『この調子ならかなり節約が出来るな!』と二人を褒めていた。


 一方俺は二人が帰ってくるまで冒険者のなんたるかをぐちぐちぐちぐちと説教されていたため、大量の食材よりも二人の帰還そのものが非常にありがたかったのであった。






「美味い! こんな料理を食べたのは生まれて初めてだ!」


 そんな感想を述べながらライザはシャルの料理をモリモリと食べている。二人が、主にシャルが採ってきた食材は当然ながら可食性であり、当然ながらあの森産の食材程強烈な味をしているわけでもない。長年の修行により料理の腕が凄いことになっている彼女の腕にかかれば、よくわからない調味料まみれの料理よりも格段に美味い物を作る事も容易であり、ライザの感想は過剰な物とは全く言えないわけだ。


 『ぷはー! 食った食った!』と色気も何もあったもんじゃない言葉と満面の笑みと共にライザは食事を終え、座り込んだまま幾分ぽっこりと膨らんだ自身の腹を撫でている。最後に二回パンパンと叩くと姿勢を正して彼女はシャルに声をかけた。


「シャル、アンタの料理すげえな! 帝国一、いや、全部の国で一番の料理人って言われてもアタシは信じるね!」
「あはは、師匠のためにずっと頑張ってたから」


 褒められたシャルの方も満更ではないようでにこやかに会話を続ける。食材を見つけるときのコツだとか料理で苦労した話だとかを披露し、そこに剣の腕についての補足がリーディアから行われることでライザのシャルへの評価はグイグイと上がっていっている。


「なあシャル、アンタ、ウチのチームに興味は無いか? アンタだったらすぐに有名になれるし、なんだったらアンタの代わりのメンバーの用意も――」


 その結果、ライザがシャルの勧誘を始めてしまった。仮に承諾すれば間違いなく連れていかれるだろうが、声の調子や表情から冗談交じりであることは明白である。そのためここぞとばかりに『おいおい、リーダーの前で引き抜きとかやめてくれよ』とでもツッコミを入れようとしたが……。


「興味無いかな。私の居場所は師匠の隣だけだから」


 ライザの言葉を遮り、表情こそ変わらないものの先程までとは打って変わった様子のシャルがそう答える。その言葉は無差別に放たれる殺気と魔力と共に放たれ、その重圧は常人にとって到底耐えきれる物ではない。事実、ライザは固まってしまいゴクリと息を飲むことしか出来ないでいる。リーディアはすぐさまそれに反応して一歩飛び出し、手を震えさせながらも剣を構え、そして今にも切り込まんと踏み込み――。


「はーい、落ち着いてー」
「きゃっ!」


 ばふっ、とシャルを後ろから抱きかかえる。ちょーっとばかし強めとはいえその程度の殺気じゃあ怯まないのよー。反省させる意味も込めて『し、ししょー! 恥ずかしいからやめてよー!』という声を無視し彼女の頭をぐりぐりと撫で、逃げ出せないようにガッシリと固定する。そうなれば当然まき散らされていた殺気も魔力も引っ込んでしまい、ライザとリーディアは助かったとばかりに肩をなでおろしていた。


「わ、悪かった。もうこの事は二度と言わねえよ」
「そうしとけそうしとけー」


 ライザは自身の失言を詫びるものの、最早シャルはライザの言葉には耳を傾けていないので代わりに俺が返事をする。言葉ばかりの抵抗をするシャルを抑えつけながら撫で繰り回している間、二人はせっせと後片付けをしてくれていた。その後すっかりと落ち着いたシャルを解放し、ライザが見張り番を買って出てくれたため就寝の準備をしているとライザから一言だけ声をかけられた。


「リョウ、お前凄かったんだな……」


 シャルの殺気に怯える事無く対応した事が評価され、今まで下がっていた俺の株が見直されたのだろう。だが見直される切っ掛けが切っ掛けだけになんとも釈然としないまま俺は眠りに就いたのであった。

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