幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

102話目 冒険者の朝は早い

 訓練が終わったのは六時頃であったので少々早い夕食を済ませ、明日に備えてさっさと就寝することとなった。夕食を食べている最中に『一緒に食事でもどうか』というボロスからの伝言をメイドさんが震え声で扉越しに伝えてくれたのだが、やんわりと拒否させてもらった。


 仮に本人がここに来ていたら容赦無く追い返していたところだが、メイドさんに罪は無いのでそういった対応になった次第だ。恐らくこうなることを見越した上で、一応の義理として食事を誘ったのだろう。断られるのを分かっていたのは先程の俺の態度と……、多分情報源リーディアから普段の食事の様子でも聞いたのだろう。責めるような視線を彼女に向けてみるが、彼女は何故そんな目で見られているのか分からないようで、口の中をモゴモゴとさせながらうろたえていた。そんな様子を見ていると何だかあほらしく思えたので、どれだけの情報が彼女から流出したのかは考えないことに決めた。


 そんなやり取りを朝から思い出して『はあ』とため息を一つ吐く。そして俺はベッドから這いずり出て……、ああ、念のために言っておくが俺たち三人は別々のベッドで寝たのでやましいことは何もない。リーディアの部屋は無駄に広く、それでいて特に家具が無いので追加のベッドを設置するのは余裕であった。


 とにかく俺はベッドから這いずり出るとシャルは既に起床しており、作ったばかりの朝食をテーブルに並べていた。


「師匠、おはよう!」
「ああ、おはよう」


 いつもと変わらぬ笑みを浮かべてシャルは俺に声をかける。彼女が俺の恋人となってからはほとんど毎日こうして起き抜けに挨拶を交わすが、数か月経った今でも慣れる気がしない。やっている事自体はそれよりも前と全く変わっていないのだが、気の持ちようで受ける印象はガラリと変わってしまうようだ。


 起きる度にドキリとさせられるのでなんとも心臓に悪い。こんなことよりももっと凄いことを大体毎日やっているにも拘わらず慣れそうにないのは不思議なものだが、まあ悪いことではないだろう。


「相変わらずシャル殿は気付くのが早いな」
「師匠の事で分からないことは無いからね」


 俺が起きた事の察知の速さに驚嘆するリーディアの言葉に対して、シャルは誇らしげに胸を張って答える。俺はそんなやり取りを聞き流しながらのそのそと食卓に着き、頂きますと小声で言ってから先んじて朝食を食べ始めた。あー美味しい。






「ここが冒険者ギルドか」


 建物の目の前で立ち止まって見上げるという田舎者丸出しなスタイルでそう呟く。


 手早く朝食を終えた俺達は足早に冒険者ギルドへと向かった。冒険者の仕事は大抵の場合丸一日かかるため朝早くから仕事を奪い合い、それに遅れれば割に合わない仕事しか残っていない、ということらしい。そんな風に熱弁するリーディアに感心しつつ、そんな詳しく調べる価値があるような崇高な仕事では無いだろうと半分呆れる。


 俺達の場合は暇潰しがメインなのでそう急ぐことも無いだろうと彼女に提言したのだが、『冒険者になるんだぞ?! こういった事も大事だろう?!』とよくわからない熱意をぶつけられたためやりたいようにやらせることにした。朝早くから行動開始するのは暇潰しては矛盾する気もするが……、目を輝かせるリーディアを誰が止められようか。


 そしてその建物の中に俺達は入ったのだが、予想に反して人影は非常に疎らである。その事に彼女も気付いたようで、不審に思いながらも数人程が眺めている掲示板へと向かった。仕事の張り紙が掲示板に張られ、それを多数の冒険者達が奪い合いをするのが通例なので『私が良い仕事を取ってくるから期待していてくれ!』と彼女は意気込んでいたのだが……。


「何か良い仕事は……、無さそうだな」


 彼女に遅れて俺とシャルも掲示板の前に行くが、思いっきりテンションの下がっているリーディアを見て大体察した。まあ当然と言えば当然だが、冒険者達も良い仕事を取るのに必死なのだ。大多数の冒険者は朝食を食べるよりも前にここで仕事を取り合うのだろう。いくら俺達基準では早くに動き出したとはいえ、悠長に朝食を食べている時点で駄目駄目だったというわけだ。


 もうなんでもいいからどれか適当に張り紙を受け付けに持って行っていいんじゃないかと考えるが、それをしたら只でさえ意気消沈しているリーディアをさらに落ち込ませることになりかねない。若干涙目になりながら、少しでも良い条件の仕事を、と必死に探している彼女が妥協できる仕事を見つけたのは凡そ五分後の事であった。

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