幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

81話目 小林サッカー

「右翼は陣形を崩さず持ちこたえろ! 左翼は橋頭保を確保!」
「させない!」


 コートの右側から反対に向けて突撃しようとするシャルの分隊をリーデイアは少数の部隊で巧みに足止めをし、その間に左側に魔法を使い砦を作成している。彼女自身はここまで魔法を使うことは出来ないが、シャルのチームだけが魔法を使えるのは不公平と考えた俺は魔法生物に魔法を使う機能を追加したのだ。彼らでは派手な魔法を使うことは出来ないが、シャル自身に強力な魔法を使わないように制限を加えたので釣り合いは取れているはずだ。


 火や水以外という馴染みの無い魔法にも拘わらずリーディアは的確な指示を行い、足止めから築城まで完璧にこなしている。逆にシャルは強力な魔法で単騎での突破を行うのが自身の基本的な戦闘スタイルであるため、それを制限された今かなりの劣勢に陥っている。


 雷や火が吹き荒れるなどといった事態にはなっていないが、あっというまに地面が盛り上がって陣地が出来上がり、それが瞬く間に消し飛んだりと目まぐるしい事この上ない。ゲームは最早サッカーというよりも何か別な陣取りゲームと言った方がしっくりと来るだろう。


 コート内はしっちゃかめっちゃかになっているが、二人ともルール違反を行うような事はしていない。どれだけ激しい試合内容になろうとも二人はただ純粋に全力を出しているだけであり、勝利の為にルール違反を犯すような人物ではない。


 それ故に俺の方も審判というよりはむしろ単なる観客の一人となっており、コート全体が見渡せる場所に座ってポップコーンをむしゃむしゃと口に放り込んでいる。ちなみにもう一人の観客はドラ助だ。非常に面白い試合内容とポップコーンの匂いに釣られてふらふらと地面に降りてきて、俺の横に座り込んだかと思うと開き直ってポップコーンを要求してきやがった。


 その態度にイラっと来たが目論見通りなので超ビッグサイズのポップコーンとコーラを用意してやったところ、ヤツは大喜びでポップコーンに顔を突っ込んで辺り一帯にポップコーンをぶちまけやがった。無論それに対して超スピードで反応した俺がポップコーンを元の位置に戻すことで事なきを得たが、まさかこんな事で軽く本気で動かされるとは思わなかったぞ。


 本来のサッカーよりも点が入らないため笛を鳴らす機会も……、と思っていたらリーディアのチームが放ったシュートがシャルの守りを抜いてネットに突き刺さる。慌てて笛を鳴らして同点になった事を知らせ、コートをまっさらな状態に戻してからボールをコートの中央に移動させる。


「大分試合も長引いちゃったし、次に得点が入ったら試合終了にするぞー」


 二人に対してそう告げるが、彼女らは一瞥することも無く互いの顔を睨み続けて試合に全神経を集中させている。あの、二人とも、これそんなマジになってやるものじゃないからね……?


 邪魔にならないようにコートから出た後に笛を鳴らして試合を再開する。先程はリーディアが点を入れたのでボールはシャルが確保している。


「全軍突撃ー!!」


 そして再開と同時にリーディアがゴールキーパー以外の全員でボール持ちに対して突撃を行う。今まではじっくりとした攻めが行われていたため、急に攻めの速度を変えることでシャルの意表を突こうとしたのだろう。だがシャルとてそれだけで崩れるようなことはない。慌てることなく密集したリーディア達から最も遠い場所にいる魔法生物にパスを行う。


「え?!」


 しかしそれこそがリーディアの狙いだったのだ。放ったパスの射線上にいたのは目の前で突撃をしているはずのリーディア達であった。シャルは驚きの声をあげ、突撃をしていたリーディアに目を向けると一匹の魔法生物を残して幻のように消え去っていく。驚くべきことにリーディアはなんと幻覚魔法を行使させたのだ。


 実はシャルは変装などは出来ても全くの幻を見せることは出来ずにいる。どうにもそういったイメージが出来ないかららしいが、リーディアはあっさりとそのイメージの壁を乗り越えてしまったのだ。


 ここまで完璧に抜かれてしまうと止めることはほぼ不可能だ。シャルとリーディアとの身体能力ではシャルがやや勝っているが、その差は僅かであるので距離を詰め切ることは出来ない。魔法生物達は全く差が無いので猶更だ。魔法を使って妨害するも、時に魔法生物を肉壁として使い、時に魔法で打ち破り、ほとんど足を止めることなくシュートを決めてしまった。


――――ピィーーーーー!!


 試合終了を告げる笛の音が高らかに響く。結果はまさかのリーディアの勝利であり、俺の予想は色々な意味で外れてしまった。シャルが勝つと予想していたのもそうだが、元々はもっとこう、試合の方も普通のサッカーみたいになって、二人とも慣れないルールや動きに悪戦苦闘しながら微笑ましい試合になると思っていたんだ。それがどうして手に汗握り、先の展開が全く予想できない試合になってしまったのか。


 二人はコートの中央に移動すると互いの健闘を讃えて握手をする。両者共その表情は笑顔ではあるものの、シャルの方はそれにやや苦い物が混じっている。まあ負けてしまったのだから悔しくて当然だろう。


「シャル殿! 此度の試合はとても有意義であった! 機会があればまた戦ってくれないか!」
「もちろんだよ。でも今度は私が勝たせてもらうからね」


 その言葉に偽りは無く、シャルの目には闘志がメラメラと燃え上がっているのがよくわかる。対してリーディアはその目に怯むことなく好戦的な笑みを浮かべている。それは『今度も私が勝たせてもらうがな』という思いを雄弁に語っており、許可を出せば今すぐにでも再戦を行うだろう。


 試合を通して友好を深めるという作戦は成功したものの、何でこんなスポ根物みたいなことになっているのか、これが分からない。分からない事と言えばもう一つ、何故リーディアは幻覚魔法を使うことが出来たのか。分からないことはちゃんと聞くべきと学んだ俺は早速とばかりにリーディアに質問した。


「なあリーディア、どうしてシャルに幻覚を見せることを思いついたんだ?」
「ああそれはだな、いくさの時は気迫によって相手が大きく見えたり、百の軍勢が万の軍勢に見えることがある。それをどうにか魔法で再現出来ないかと思ったのだ」


 その説明を聞いて俺は『成程』と納得する。実際に経験をしたことがある彼女だからこそああして使うことが出来たのだろう。逆に言えば一度体験したシャルも今後幻覚魔法を使えるようになる可能性が出たわけだが。


 そうして疑問も解けたため、さてそれでは夕飯をと言い出そうとしたその時俺の肩がちょいちょいと叩かれる。


「グルラアアア」


 その目を爛々と輝かせてドラ助が唸っている。自分にもやらせろということか。こいつの存在を忘れていたのか、ドラ助の姿を見たリーディアは顔をこわばらせてしまっているし、シャルではこいつに手加減をしてしまうだろう。というよりも、どう考えてもこいつは碌なことを考えていないはずだ。


「よし、良いだろう。その代り対戦相手は俺だ」
「グラアアアアア!!」


 俺の返事に怯えるどころか『望むところだ』とばかりに吠える始末であり、碌でもない事を考えている疑いが益々大きくなる。リーディアはそそくさとコートの外に出てしまい、それに合わせてシャルもコートの外に出ていく。


「それじゃあ試合開始!」


 シャルが試合開始の合図を告げる。ハンデとしてドラ助に先手を譲ってやったが、果たしてどう出て来るのか……。そう考えていたにも拘わらず、何とドラ助はボールも魔法生物の操作もほっぽり出して、一目散に自陣のゴールへと向かっていった。


 意味不明な事態にドラ助以外の全員が呆気に取られていると、ヤツはゴールネットの前にどっかりと寝転がり、ゴールをすっぽりと覆ってしまった。それを見てようやく理解した俺達は同時に『ああ』と声を出す。


 つまりあれだ、ヤツは自分の体を壁にすれば絶対に負けないと考えたわけだ。その証拠にヤツは勝利を確信した面持ちでこちらを見下ろしている。非常に得意げであり、もう少しばかり表情筋が柔軟であればニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていることだろう。


 成程、確かにそれならばゴールを絶対に守れるであろうし、強力な魔法が使えないためヤツをどかすことも出来ない。俺はヤツが放棄したボールを蹴りながらヤツのもとにツカツカと歩み寄る。俺が近くまで来たにもかかわらずヤツはその余裕の表情を一切崩しておらず、自身の勝利を全く疑っていない。


 確かにお前の勝ちかもしれないがね、うん、それでもね。


「この駄トカゲがああああぁぁぁぁぁ!!」
「ギュオアアアアアアア!!」


 ボールの耐久力が許す限りの力を込めてヤツの顔、正確には眼球目がけてボールを蹴る。瞼越しとはいえボールの痛みに耐えきれずヤツは苦悶の声をあげる。体を捩り顔を逸らしたため、今度は腹の柔らかい場所を目指してボールを蹴る。風魔法を使ってボールを足元に戻してはヤツの急所目がけてボールを蹴り続ける。ボールが壊れれば新たなボールを作り出してでも蹴り続ける。ヤツはその度に叫び声をあげるが、これは別にルール違反ではない。俺はボールを蹴っているだけだし、ヤツは体を張って守っているに過ぎない。


 ギャオンギャオンと泣き声をあげながら転げまわるドラ助を見ているリーディアの目からは、敬意だとか怯えだとかいったものはすっかりと消え去っていた。

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