幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について
50話目 シャル、考える
両親との生活は最早おぼろげな記憶となり、二人と過ごした時間よりも師匠やドラ助と過ごした時間の方が長いくらいです。でも、それでも見間違えようがない。今目の前にいる、二人の奴隷のエルフは、私の両親だ。
「奴隷一人につき本来ならば金貨四十枚は頂くところなのですが、先程見せて頂いたアクセサリーを作った方を紹介して頂ければ金貨五枚で……。おや、どうなさいましたか? ご気分が優れないようですが……」
そこでようやく店員さんは私の状態に気が付いたのか説明をやめました。店員さんの説明はほとんど聞いていなかったのですが、それよりも早くこの場を離れたいという気持ちで一杯です。
「すいません、少し気分が悪いのでまた後日来てもいいですが?」
「かしこまりました。宿泊なさっている宿までお送り致しましょうか?」
恐らく私は相当にひどい顔をしているのでしょう。事実、私は今にも崩れ落ちてしまいそうな程です。しかし私はこの街で宿を取る予定はありません。むしろ街の人に転移魔法を見られる方が都合が悪いので断る必要があります。
「いえ、大丈夫です」
「……かしこましりました。エルフの奴隷をお買いになるお客様は頻繁にはお越しになりませんので、しばらくは彼らを置いておけますかと」
「わかりました。それでは今日は失礼しますね」
「お気をつけて」
そう言って店員さんは深く腰を折って私を見送ります。私は店を出るや否や人気のない裏路地まで駆け出し、誰にも見られていないことを魔法で確かめ即座に転移魔法を使い、師匠の家に戻りました。
周りの景色は一変し、建物だらけの見慣れないものから、見慣れた魔の森へと姿を変えます。そして目の前には私が十年もの時間を過ごした家がそこにあり、私は安心感を覚え、それと同時に足から力が抜けてその場にしゃがみこんでしまいました。
私は……、一体どうすれば……、どうしたら……。
何も知らずに、いや、何も知ろうともせずに、自分だけ幸せに過ごしていたことに罪悪感が沸き上がり、息が詰まり、思考が止まる。どうしたらいいかわからず、涙がこみ上げてくる。
「シャル! どうしたんだ!」
体が揺すられることでようやく師匠がそこにいることに気が付きました。
「あ……、師匠……」
師匠を見た瞬間、口から勝手に言葉が出てきた。私は師匠に絶対の信頼を置いています。師匠だったら、師匠なら何だって出来る。師匠なら皆を助けてくれる。師匠なら…………。
それでいいの?
師匠に泣きつきそうになる直前、そう頭に響いた。私は、これ以上師匠に迷惑をかけるの? 私は、また何もしないの? 私は…………。
「シャル、早く部屋に行け。ともかく休め」
またその場で考え込みそうになりますが、師匠の言葉でそれは中断されます。今更になって気付きましたが、私はまだ家の前にいて、そのことに気付かないほどに追い詰められていたのです。
師匠の言葉に従い部屋に行くために立ち上がろうとしますが、腰が抜けてしまったのか立ち上がることが出来ませんでした。そんな私を心配した師匠が肩を貸してくれましたが、師匠と触れ合ってることを喜ぶような余裕は無く、部屋へ向かう間もずっと同じことばかり考え続けました。
「ごめんなさい。師匠、一人で考えさせて」
もしかしたら私以上に顔を青くしているかもしれない師匠は私のことを看病しようとしますが、それはやめてもらいました。師匠の顔を見ていると、すぐにでも師匠を頼ってしまいそうになる。だけど、それは駄目。師匠に頼るにしても、ちゃんと考えてから頼らなきゃ駄目。
師匠は私の言葉を聞いて部屋から出ていこうとしますが、扉に向かうまでに何度もこちらを振り返り、その表情からは『出たくない』という思いがありありと伝わります。思わず師匠を引き留めてしまいそうになりますが、なんとか自制して師匠が出るのを待つことが出来ました。
師匠の姿が見えなくなり、私はこれからのことを考えます。もしも私が弱いままだったら、もしも私が彼らのことを、両親のことを知らなければ、私はこのまま過ごしていたでしょう。でも、私は弱いままではなかった。私は彼らのことを知ってしまった。
力があるのに、知ってしまったのに、何もしないで過ごすことは、私には出来ません。ふとした瞬間にこのことが胸をよぎり、罪悪感に苦しむことになるでしょう。そしてその時に彼らは私より深い苦しみを味わっているのでしょう。
わかってます。本当はわかっています。何をしなければいけないのかも、私は何をしたいのかも。必要なのは考えることではなく行動すること。彼らのことを想うのではなく覚悟すること。この甘くて優しい夢から、覚める覚悟を。
いくじのない私が夢から目を覚ます覚悟は中々できず、心の中で言い訳ばかりして、どれくらい時間が経ったかわからなくなった頃、ようやく覚悟することができ、ベッドから体を起こし扉へと向かいます。
こんな時間まで普通は待っていないですが、心配性な師匠なら私のことを心配して待っているという確信があります。そして扉を開けるとそこにはやっぱり師匠が居て、私のことを待っていました。
そのことを嬉しく思い決意が揺らぎます。本当ならずっとここにいたい。師匠に助けてもらいたい。でも、師匠は人を助けるのを怖がっていることを私は知っています。ずっと前に師匠が話してくれた昔話を私は覚えています。
ドラ助と遊んでいるとき、師匠は本当に楽しそうです。私が成長することを、自分の事以上に喜んでくれました。構ってあげないと、すごく寂しそうな顔をしてまいます。それくらい、本当は師匠は人と関わることが好きなんです。だからこそ師匠は深く傷つき、人を助けることが怖くなったんだと思います。
師匠が私を助けてくれたのは本当に運が良かっただけ。恩を全然返せていない私が、師匠をこれ以上苦しめるわけにはいかない。だから、私は一人でやらなくちゃいけない。
そして私は、決意が消えてしまわない内に、言葉にします。
「師匠、私は、この森を出ます」
「奴隷一人につき本来ならば金貨四十枚は頂くところなのですが、先程見せて頂いたアクセサリーを作った方を紹介して頂ければ金貨五枚で……。おや、どうなさいましたか? ご気分が優れないようですが……」
そこでようやく店員さんは私の状態に気が付いたのか説明をやめました。店員さんの説明はほとんど聞いていなかったのですが、それよりも早くこの場を離れたいという気持ちで一杯です。
「すいません、少し気分が悪いのでまた後日来てもいいですが?」
「かしこまりました。宿泊なさっている宿までお送り致しましょうか?」
恐らく私は相当にひどい顔をしているのでしょう。事実、私は今にも崩れ落ちてしまいそうな程です。しかし私はこの街で宿を取る予定はありません。むしろ街の人に転移魔法を見られる方が都合が悪いので断る必要があります。
「いえ、大丈夫です」
「……かしこましりました。エルフの奴隷をお買いになるお客様は頻繁にはお越しになりませんので、しばらくは彼らを置いておけますかと」
「わかりました。それでは今日は失礼しますね」
「お気をつけて」
そう言って店員さんは深く腰を折って私を見送ります。私は店を出るや否や人気のない裏路地まで駆け出し、誰にも見られていないことを魔法で確かめ即座に転移魔法を使い、師匠の家に戻りました。
周りの景色は一変し、建物だらけの見慣れないものから、見慣れた魔の森へと姿を変えます。そして目の前には私が十年もの時間を過ごした家がそこにあり、私は安心感を覚え、それと同時に足から力が抜けてその場にしゃがみこんでしまいました。
私は……、一体どうすれば……、どうしたら……。
何も知らずに、いや、何も知ろうともせずに、自分だけ幸せに過ごしていたことに罪悪感が沸き上がり、息が詰まり、思考が止まる。どうしたらいいかわからず、涙がこみ上げてくる。
「シャル! どうしたんだ!」
体が揺すられることでようやく師匠がそこにいることに気が付きました。
「あ……、師匠……」
師匠を見た瞬間、口から勝手に言葉が出てきた。私は師匠に絶対の信頼を置いています。師匠だったら、師匠なら何だって出来る。師匠なら皆を助けてくれる。師匠なら…………。
それでいいの?
師匠に泣きつきそうになる直前、そう頭に響いた。私は、これ以上師匠に迷惑をかけるの? 私は、また何もしないの? 私は…………。
「シャル、早く部屋に行け。ともかく休め」
またその場で考え込みそうになりますが、師匠の言葉でそれは中断されます。今更になって気付きましたが、私はまだ家の前にいて、そのことに気付かないほどに追い詰められていたのです。
師匠の言葉に従い部屋に行くために立ち上がろうとしますが、腰が抜けてしまったのか立ち上がることが出来ませんでした。そんな私を心配した師匠が肩を貸してくれましたが、師匠と触れ合ってることを喜ぶような余裕は無く、部屋へ向かう間もずっと同じことばかり考え続けました。
「ごめんなさい。師匠、一人で考えさせて」
もしかしたら私以上に顔を青くしているかもしれない師匠は私のことを看病しようとしますが、それはやめてもらいました。師匠の顔を見ていると、すぐにでも師匠を頼ってしまいそうになる。だけど、それは駄目。師匠に頼るにしても、ちゃんと考えてから頼らなきゃ駄目。
師匠は私の言葉を聞いて部屋から出ていこうとしますが、扉に向かうまでに何度もこちらを振り返り、その表情からは『出たくない』という思いがありありと伝わります。思わず師匠を引き留めてしまいそうになりますが、なんとか自制して師匠が出るのを待つことが出来ました。
師匠の姿が見えなくなり、私はこれからのことを考えます。もしも私が弱いままだったら、もしも私が彼らのことを、両親のことを知らなければ、私はこのまま過ごしていたでしょう。でも、私は弱いままではなかった。私は彼らのことを知ってしまった。
力があるのに、知ってしまったのに、何もしないで過ごすことは、私には出来ません。ふとした瞬間にこのことが胸をよぎり、罪悪感に苦しむことになるでしょう。そしてその時に彼らは私より深い苦しみを味わっているのでしょう。
わかってます。本当はわかっています。何をしなければいけないのかも、私は何をしたいのかも。必要なのは考えることではなく行動すること。彼らのことを想うのではなく覚悟すること。この甘くて優しい夢から、覚める覚悟を。
いくじのない私が夢から目を覚ます覚悟は中々できず、心の中で言い訳ばかりして、どれくらい時間が経ったかわからなくなった頃、ようやく覚悟することができ、ベッドから体を起こし扉へと向かいます。
こんな時間まで普通は待っていないですが、心配性な師匠なら私のことを心配して待っているという確信があります。そして扉を開けるとそこにはやっぱり師匠が居て、私のことを待っていました。
そのことを嬉しく思い決意が揺らぎます。本当ならずっとここにいたい。師匠に助けてもらいたい。でも、師匠は人を助けるのを怖がっていることを私は知っています。ずっと前に師匠が話してくれた昔話を私は覚えています。
ドラ助と遊んでいるとき、師匠は本当に楽しそうです。私が成長することを、自分の事以上に喜んでくれました。構ってあげないと、すごく寂しそうな顔をしてまいます。それくらい、本当は師匠は人と関わることが好きなんです。だからこそ師匠は深く傷つき、人を助けることが怖くなったんだと思います。
師匠が私を助けてくれたのは本当に運が良かっただけ。恩を全然返せていない私が、師匠をこれ以上苦しめるわけにはいかない。だから、私は一人でやらなくちゃいけない。
そして私は、決意が消えてしまわない内に、言葉にします。
「師匠、私は、この森を出ます」
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