幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

45話目 あれから……

 朝日が窓から差し込み、俺は眠りから覚める。段々と覚醒していく意識の中、『こんこん』と優しくノックする音が聞こえた。


「師匠ー、朝ごはんの用意が出来たから起きてー」


 その後、シャルが俺を呼び起こすために扉越しに声をかける。その声に俺は『起きてるよー』と適当な返事を行い、のそのそとベッドから這い出した。


 二度寝したがる体を無理矢理動かして身だしなみを整え、シャルが待つリビングへと向かう。そこには既にシャルが用意した朝食が置かれており、食欲を誘う香りが俺の鼻をくすぐる。


 俺が部屋から出てきたことに気付いたシャルは俺の方を向くと改めて朝の挨拶をした。


「おはよう、師匠」


 柔らかな微笑みと共に迎えられ、俺の意識は嫌でもハッキリとする。毎朝この微笑みを見ているため、どうやら俺の体は彼女の顔を見ると覚醒するようになってしまったようだ。


「ああ、おはよう。今朝も美味そうだな」


 お世辞抜きで心から賞賛を行う。彼女はあれからも研究を続け、ついには日本の料理に慣れた俺でさえ『美味い』と言わざるを得ない程の出来となったのだ。


 それからというものの、俺は料理を彼女に任せっきりにしてしまったのだ。そもそも料理をしていたのも暇つぶしの一環なので、彼女と一緒にいることでめっきり暇を感じることの無くなった今、料理をしようという気が起きないのだ。


「いつも通り師匠が中々起きないせいで時間はたっぷりあったからね」


 俺の声を聞いた彼女は満面の笑みでそう嫌味を述べる。体だけでなく精神的にも成長した彼女はたまにこうして嫌味を言うようになってしまった。ただ、慣れあいの延長のものであることは互いにわかっているため、俺はわざとらしく顔を歪めて謝罪をする。


「へーへー、駄目な師匠ですいませんでしたー、っと」


 そう言いながら俺は席に着く。


「それじゃあ、冷めない内に食べよ? 頂きます」
「頂きます」


 そして俺とシャルは朝食を食べ始める。彼女の研究によりこの森の食材は見た目も味も素晴らしいものへと変貌しており、今では食卓に乗っている料理は全て魔の森でとれた食材によって作られているくらいだ。特に、毒性のある食材の毒抜きに成功したことは彼女の執念やら何やらに驚愕したものだ。


 その方法がどうにも気になるが、何度聞いても『これは私の仕事だからヒミツ!』と言って譲らない。無論知識魔法を使えば知ることが出来るが、それは彼女に失礼というものだろう。


 そんなわけで彼女の研究結果の集大成とも言える朝食を終えた頃、最近ではお馴染みとなったうるさい羽音が庭から聞こえてくる。それを聞いた彼女はキッチンから大量の料理を持ち出して庭へと向かった。


 そこには体が一回り程大きくなったように思えるドラ助が鎮座しており、シャルの姿が見えるのを今か今かと待ち受けていた。シャルが姿を現すとドラ助は興奮をあらわにして尻尾をぶんぶんと振り回す。


 シャルがドラ助の前に料理を置くと、ドラ助は我慢できずに口の端からよだれを垂らしながらシャルの言葉を待った。


「それじゃあ、食べていいよ」
「グアアア!」


 シャルがそう言った途端にドラ助は料理を貪り食う。こいつは普段は森の食材をそのまま食べていたので、美味い料理と言うものに目が無い。俺が作った料理もそれなりに気に入ってはいるが、森の食材から作ったシャルの料理は何やら色々と衝撃的だったらしく、初めて食べた時などは感動のあまりドラゴンブレスを辺りに乱射して、俺にシメられる有様であった。


 それ以来、シャルの料理がいたく気に入ったドラ助は毎食と言っていい程にシャルに飯をたかりに来るようになったのだ。


 ガツガツと料理を食べるその様は非常に情けない物であるが、すっかりお馴染みの風景となってしまった。シャルはドラ助の頭を撫で続け、俺はそんな様子を欠伸をしながら窓から眺める。


 俺がシャルにイヤリングを渡してから十年が経ち、そんなやり取りが生活の一部となっていた。


 食後、ドラ助はシャルにお腹を見せてわしゃわしゃと撫でてもらって満面の笑みで身悶えており、トカゲと犬の中間的生物へとなってしまっている。日を追うごとに、元々無いも同然だったが、ドラ助の尊厳はぼろぼろになっていっているが、そのことについて注意する者はここにはいない。


「シャル、そろそろ準備しなくていいのか?」


 だが本日はちょっとした用事があるため、ドラ助に構うのを止めるよう進言する。その声にドラ助は不満そうな顔をするが知ったことではない。


「そういえばそうだったね。準備してくる!」


 そう言うとシャルはドラ助に『またね』と挨拶をして自室へと向かう。ドラ助は去りゆくシャルの背中を名残惜しそうに見つめるが、そうしていても無駄と悟ったのかどこかへ飛んで行ってしまった。


 シャルがこの十年で上達したのは料理の腕だけというわけではない。魔法の方も相当に上達しており、大抵の事ならば彼女の身一つで行うことが出来るようになった。とはいえ、知識魔法や創造魔法を行使できる程の魔力はまだ持っていないので、これからも要修行といったところだろう。


 それに比べて純粋な近接戦闘能力の方はそれ程成長しなかった。元々膂力が低いという種族的特性のためか、短剣などを持たせてもどこか動きがぎこちなく、まともに使えたのは弓くらいな物だが、それなら魔法を使った方が威力も正確性も上という結論に落ち着いた。


 単純に体が大きくなったのでその分リーチなどが伸び、保有する魔力の量が大幅に増えたことで大抵は身体強化の魔法のパワーでゴリ押せるが、それならやはり普通に魔法で焼き払う方が早いため、それをメインウエポンとして使う機会は無いだろう。


 また、肉体的に成長した彼女の見た目は人間でいうところの十八歳程度のものである。エルフという種族は他種族よりも長寿であるにもかかわらず、一定の年齢になるまではほとんど人間と変わらないスピードで成長し、肉体が最盛期を保ったまま寿命の数年前まで過ごすのだ。それもまた、財産として相続しやすい等の理由から奴隷として狙われる要因となっているが……。


 閑話休題。


 本日の用事とは十年経った街の様子を伺うことである。俺自身どうにも人が多い場所、特にシャルがこれから向かう街はが前身なので余計に苦手であり、シャルが一人でその街まで向かうこととなった。


 俺としては最早魔の森の外の様子などどうでもよいのだが、元々魔の森の外で暮らしていたシャルはある時ふとそのことが気になってしまい、どうしても街に行かせてほしいと俺に頼み込んできたのだ。


 俺は外に行きたくないので、シャルが育つのはまだまだ先のことだと思い『一人で行けるくらい強くなったら行ってもいい』と約束してしまったのだが、それから早数年で外見の操作やら自身の肉体年齢を弄ったりやらと、寿命が意味を成さなくなる程度には育ってしまったため、本日街へ行くことを許可せざるを得なかったのだ。




 シャルが自室に行ってからしばらくして、準備が終わったシャルは部屋から出てきて俺に出発を告げる。


「それじゃあ行ってくるね」
「おう、いってらっしゃい」


 笑顔で家から出ていくシャルを、俺もまた笑顔で送り出すが正直凄く心配である。いつか使った魔法で監視すればいいと思うかもしれないが、シャルは事前に『私が街で何をしているかぜーったい見ないで!』と念押ししており、しかもこちらがその魔法を使えばそのことを察知できる程に成長してしまっている。


 危険度で言えば、子供の時に魔の森で食糧調達をさせた時の方が余程上である。街にいる冒険者は恐らくシャルを浚った冒険者程度の力しかない奴がほとんどだろうから、例え街の人間全てがシャルの敵に回った所で難なく逃げてこられるだろう。


 いつもの護衛もちゃんと腕輪として待機しているので、身の危険は絶対にないと理性は俺に訴える。それでも心配が尽きない俺は、やっぱり過保護なんだろうなあ。シャルの居なくなった我が家にて、俺は自分自身に呆れてため息を吐きながらかぶりを振るのであった。

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