幼女と遊ぼうとしたら異世界に飛ばされた件について

スプマリ

29話目 窮地に陥ったところに颯爽と現れるのはお約束

 その言葉を合図にジルは矢を放つ。万が一の場合は他の冒険者と合流することも考え、森の外へと釣り出すための挑発であり、傷を与えることを目的としてはいない。持前の聴力によりキラーウルフは迫りくる矢を察知し、俊敏にそれを回避して三人へと襲い掛かった。


――――ガアアアアア!!


「おおおおおおおお!!」


 敵を噛み殺すべく、咆哮と共に突進してくるそれをライオルは大盾を用いて受け止める。完全に受け止めることは出来ず、じりじりと後ろに押されたが初撃をいなすことには成功した。


「燃え盛る火炎よ、我が敵に罰を与えよ! 【ファイアボール】!」


 デイビスが魔力を込めて詠唱し、魔法を発動する。デイビスの前に拳大程の火球が現れ、キラーウルフの目へと飛んでいく。デイビスの使える魔法にはさらに強力な物もあるのだが、想定よりも二回りは大きいキラーウルフには有効打にならないと考え、目という生物共通の弱点を狙ったのだ。


 デイビスの魔法に合わせてジルも二撃目を発射し、デイビスとは反対側の目を狙う。そしてそれらが当たる直前、大盾ごとライオルを食いちぎろうとしていたキラーウルフは手負いとは思えぬ動きでそれを回避し、再度三人と距離を取った。


「ちぃ! あれで手負いかよ!」


 ジルがそう吐き捨て、矢を番えて次撃を放つ準備をする。


 激しく動いたためかキラーウルフの体からは絶え間なく血が吹き出しており、間もなく絶命することは見て取れるがそれまでに自分たちが死ぬ可能性が無いとも言えない。


 互いに緊張で張りつめる中、全く別方向からこの場に迫りくる影があった。それにいち早くキラーウルフが気付き唸り声をあげ、次いでジルがそれに気づき二人に警告する。


「不味い! 別のやつが来たぞ!」


 すぐそこまで迫った影は紛れもなくキラーウルフであった。多少の怪我をしているようだが今対立している個体程の深手ではなく、その動きもまたそれに比例する物であった。


「そうか! こいつはあれと戦ってたのか!」


 目の前にある脅威と功を焦る気持ちから失念していた、縄張り争いの相手。恐らくはこの敗北者に止めを刺すべく追って来たのだろうが、このままでは自分たちまで巻き添えになることは必至だ。


 運が悪ければ手負いのキラーウルフよりもこちらが与しやすいと考え、先にこちらへと襲い掛かってくる危険さえある。


 不幸中の幸いと言うべきか、挟み撃ちのような形にはなっていない。そのためすぐにでも逃げ出せばなんとか生き延びられる可能性もある。


「撤退だ!」


 デイビスの決断は早かった。ライオルを殿にして森の外へと向けて走り出す。しかし、それを見たもう一体のキラーウルフは獲物を逃すまいと三人へと進路を変更して襲い掛かった。


「おおおああああああ!!」


 先程よりも強烈な突進がライオルへと襲い掛かる。盾で受け止めはしたものの、余りの勢いにライオルは弾き飛ばされて木へと激突してしまう。恐らく骨折程の怪我はしていないだろうが、すぐには動けないだろう。


「くそ!」


 ライオルに止めを刺そうとするキラーウルフを邪魔すべくジルは矢を放つ。キラーウルフはそれを回避するものの、邪魔されたためかより苛立った様子を見せてジルへと標的を変えた。


――――どうするどうするどうする!


 デイビスの思考は空転する。ここでライオルを見捨てるという選択肢は無い。既に標的はジルへと変更されており、今逃げ出しても無事では済まないだろう。それ以上にライオルは自分の命と同じ程に大事な仲間であり、ここで逃げ出せば一生胸を張ることは出来ないだろう。


――――甘く見ていた


 どのような困難が待ち受けようと、三人ならばなんとかなるという自負があった。命の危機とて何度も乗り越えてきた。如何に魔物の森と言えど、逃げ出すくらいならば出来るはずと慢心していた。


 倒すことも、見捨てることも、逃げることも出来ず、ただ死を待つだけの三人の前にすたりと一つの影が舞い降り、その影がこう叫んだ。


「俺が足止めしている間に逃げろ!」

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