ダークフォビア ~世界終焉奇譚
見捨てられた都市
「―――こうしてここで話しているのも、時間の無駄になりそうだ。積もる話もありそうなものだが、今は一先ず片づけるか。遠慮なく頼らせてもらうぞ」
瓦礫を片付ける、というだけなら既に事は終了した。『闇衲』が一々砕くまでも無く、或は瓦礫を何処かに運ぶまでもなく、アルドが木っ端微塵に切断してしまった。文面だけでその事実を理解する事は困難だろうが、ならば目の前の光景を見れば、理解せざるを得ないだろう。
目の前に広がる砂(文字通りの砂という訳ではない)。その規模こそ半端なものではないが、こんな薄っぺらい砂の膜が、幾百もの瓦礫であったと誰が思うだろう。そう思う者はきっと彼の実力を知っているか、目の前でそうなる光景を見たものくらいだ。
「…………………す、すごーい」
一瞬で岩が溶けていく様は、リアをして素に戻らせるものであった。流石の『闇衲』も、こんな芸当は出来ない。事実のみを描写するなら瓦礫を切り刻んだだけだが、それによって生み出された物が粒子ならば、彼の技巧たるや神の領域に達していると言える。
「助かった」
「気にするな。私はこの為に来たんだ。役に立てたなら本望。ここの区画は終わったし、私は別の所に助けに向かうよ」
「ああ、そうしてくれ。また何かあったら頼む」
アルドは剣を収めて、そそくさと退散してしまった。『闇衲』が言うのもおかしな話だが、人間とは思えない芸当だった。リアは目を輝かせていたが、一方でシルビアは、怖がってこちらの身体にぴったりと張り付いた。『赤ずきん』は仇でも見る様な目で見送っていた。
「何だお前等」
「え?」
「え?」
「…………」
「いや、反応がおかしいだろ。リアはまあいいとして、『赤ずきん』。お前の反応が特におかしい」
「私ですか?」
「アイツに親でも殺されたのかってくらい憎悪を向けていたぞ。何かあったのか?」
彼女との出会いは、シルビアやリアの様に、自分が直接関わっていない。彼女の過去など知る由もないし、もしも彼が関わっているのなら、是非とも聞き出しておきたい。もしかしたら彼の弱点が判明するかもしれないし。
一番の理由は、また頭がおかしくなってリア達を怖がらせてしまうのを避ける為だが。
「いえ……何だか、気に入らないと言いますか」
「気に入らない?」
「だって、あの人が居たら……私は『狼』さんに必要とされないんじゃないかって」
本人の表情から、その発言が至って大真面目にされていた事が分かる。が、そんな理由ッ?
拍子抜けしたと言わずして、この脱力を何と言い表そうか。同時に、彼の弱点を探る事も馬鹿らしく思うようになった。そう言えばフィーは彼の弟子ではないか。彼の弱点が分かった所で、それがフィーにとっても弱点とは限らない。そう考えれば探った所で、意味など無い。
『赤ずきん』らしくもない可愛らしい理由に、リアは調子のよい声音で彼女に絡んだ。これが俗にいうウザ絡みという奴であろう。
「ぷー! アンタも可愛い所あるじゃん! パパに必要とされない事が不安だって、おかしーの!」
「……リア。貴方、私を弄って楽しいですか」
「さいっこう! 大体いっつも何かにつけて私を罵ってくるんだし、たまにはこっちが罵倒したって構わないでしょ? お互い様よッ」
「子供ですね。そんなだから『狼』さんに相手してもらえないんですよ」
一理ある。心を入れ替えて相手しようと思えばこんな調子なので、リアは面倒なのだ。だが……もう見捨てる様な真似はしない。奴隷王に楯突いてまで自分の事を必要としてくれたのだ。それは彼女自身が『闇衲』の『娘』のままで居たいと強く渇望した事の表れでもある。
「何よッ。アンタもそんなんだからフィー先生に負けるのよ!」
「は?」
「ああんッ?」
くだらない口喧嘩を始めた二人の間に割って入ると、『闇衲』は両者の頭を撫でた。
「喧嘩するな、全く。普段は見逃すが今は復興中だぞ。手を取り合え」
「パパ! やっぱりコイツ捨てましょッ。私コイツ嫌い!」
「それはこっちの台詞ですよ。『狼』さん、今すぐこいつ追放して、私だけの『狼』さんに―――」
「前にその賭けやっただろ。てかうるせえ。二人でキンキンキンキン騒ぐな。耳がおかしくなる」
どうして女児の声とやらはこうも甲高くやかましいのだろうか。かといって低過ぎるのもそれはそれで愛嬌が無いが……中間くらいある筈だ。ゼロか百かで考える考え方など古臭い。時には半端も必要である。
「とにかく、ここの作業は終わったんだ。俺達も他の所をやりに行くぞ……ああ、そうだ『赤ずきん』」
「はい?」
「たとえお前がアイツに劣ったとしても、俺はお前を道具として買ったんだ。お前の役目が消えるなんて事はあり得ないから、安心してくれ」
「…………はい♪」
子供はこれだから簡単だが、一々やる必要があるのかと思うと気が滅入る。少しは情緒の安定性というものを勝手に養ってもらいたいが、まあ無理だろう。付き合いこそ短いが、今までの経験から言って『闇衲』が教育しないと身に着く事はない。気長に教えていくとしよう。まだまだ幼い子供だから、幾らでも吸収はしてくれる筈だ。
幾らか歩いた所で、『闇衲』はひとりでに足を止める
「……とは言ってもな、奴の後を追う様に動くんじゃ、結局作業が終わった後の現場に行くだけだ。そんな無意味な事をしてしまうと、復興後の俺達の立場も危うい……か」
権力に固執する性質ではないが、復興後の都市を再び崩壊させる事を視野に入れるならば、ある程度英雄視される必要がある。所がここで役立たずを晒してしまうと、英雄視処か、下手するとゴミ扱いである。
「……リア、一度は滅びた都市が復興する為には、何が必要だと思う?」
「え…………答えられたら何かくれる?」
「たかいたかいでもくれてやる」
「約束だからね? うーん……ちょっと待ってね」
滅びたという事を語る前に、一先ずはここを成立させていた要素を考えるとしよう。基本的に都市を成立させる為にはヒト、土地、カネ、秩序が必要だ。そして最低限人が生きる為には、食料、及び飲料が必要だ。住居も居るが、今回はその住居が崩壊している。『闇衲』の懸念まで加味するなら、その住居を立て直そうとするのは無意味。ここで『住居』とほざくのは阿呆だけで、リアには違うと分かっていた。
更に言えば、カネが自分達に用意出来るとは思えないのでそれも無し、土地も同様に無し。残るはヒトと食料及び飲料だが、ヒトが多く死んだから、この都市は滅んだと言われている。つまり外部から供給するしかない訳だが、その手段は…………
食料及び飲料も、単に魔物の肉なんかを調達するだけでは、自分達は良くても、都市の復興に繋がるかどうか…………
様々な事を自分なりに同時並行で考えた結果を、リアは自信を持って答えた。
「観光名所!」
「……ほう」
どうやら正解を言った様だ。『闇衲』はまさかそんな言葉が出るとは思わなかったとばかりに、リアの頭を撫でた。
「凄いな、お前」
「たかいたかいして!」
勝者からの褒美要求を断る権利は誰にもない。リアの矮躯は瞬く間に宙へ浮かび上がり、彼の顔を見下ろすくらいまで持ち上がった。
「……満足したか?」
「うん! もう下ろして宜しいッ」
こちらの言い方が気に障ったのか、突然リアの身体は制御を失い、地面に落下した。今の発言でそうなる事は元から予想していたので、大事には至っていない。
「ありがとッ!」
得意気にそう言うと、『闇衲』は苦虫を噛み潰したような表情でリアを見た。それから気を取り直して、都市の外へ向かって歩き出す。
「―――その通りだ。この滅んだ都市に外から呼び込む為にはとびきりの観光名所がなくちゃいけない。名所があればそこに収入が生まれる。財源も直に回復するだろう。問題は、人工物による名所では、それ程の効果が見込めないという事だ。この世には俺よりも、或はフィーよりも造形物を作るのが上手い職人が居る。そいつらを相手に凌ぐには、やはり自然の生み出した物体を使わなければならないんだが―――『赤ずきん』」
「何でしょうか」
「レスポルカ付近の洞窟及び迷宮についての情報を三時間で集めてこい。面白そうな所があったらそこに行く」
「分かりましたッ」
「パパ、何するの?」
足早に用件を済ませに行く『赤ずきん』を見送りつつ、『闇衲』は少しだけ楽しそうに口元を歪めた。
「トレジャーハントだよ。お前も好きだろ、そういうロマンを求める行為は」
瓦礫を片付ける、というだけなら既に事は終了した。『闇衲』が一々砕くまでも無く、或は瓦礫を何処かに運ぶまでもなく、アルドが木っ端微塵に切断してしまった。文面だけでその事実を理解する事は困難だろうが、ならば目の前の光景を見れば、理解せざるを得ないだろう。
目の前に広がる砂(文字通りの砂という訳ではない)。その規模こそ半端なものではないが、こんな薄っぺらい砂の膜が、幾百もの瓦礫であったと誰が思うだろう。そう思う者はきっと彼の実力を知っているか、目の前でそうなる光景を見たものくらいだ。
「…………………す、すごーい」
一瞬で岩が溶けていく様は、リアをして素に戻らせるものであった。流石の『闇衲』も、こんな芸当は出来ない。事実のみを描写するなら瓦礫を切り刻んだだけだが、それによって生み出された物が粒子ならば、彼の技巧たるや神の領域に達していると言える。
「助かった」
「気にするな。私はこの為に来たんだ。役に立てたなら本望。ここの区画は終わったし、私は別の所に助けに向かうよ」
「ああ、そうしてくれ。また何かあったら頼む」
アルドは剣を収めて、そそくさと退散してしまった。『闇衲』が言うのもおかしな話だが、人間とは思えない芸当だった。リアは目を輝かせていたが、一方でシルビアは、怖がってこちらの身体にぴったりと張り付いた。『赤ずきん』は仇でも見る様な目で見送っていた。
「何だお前等」
「え?」
「え?」
「…………」
「いや、反応がおかしいだろ。リアはまあいいとして、『赤ずきん』。お前の反応が特におかしい」
「私ですか?」
「アイツに親でも殺されたのかってくらい憎悪を向けていたぞ。何かあったのか?」
彼女との出会いは、シルビアやリアの様に、自分が直接関わっていない。彼女の過去など知る由もないし、もしも彼が関わっているのなら、是非とも聞き出しておきたい。もしかしたら彼の弱点が判明するかもしれないし。
一番の理由は、また頭がおかしくなってリア達を怖がらせてしまうのを避ける為だが。
「いえ……何だか、気に入らないと言いますか」
「気に入らない?」
「だって、あの人が居たら……私は『狼』さんに必要とされないんじゃないかって」
本人の表情から、その発言が至って大真面目にされていた事が分かる。が、そんな理由ッ?
拍子抜けしたと言わずして、この脱力を何と言い表そうか。同時に、彼の弱点を探る事も馬鹿らしく思うようになった。そう言えばフィーは彼の弟子ではないか。彼の弱点が分かった所で、それがフィーにとっても弱点とは限らない。そう考えれば探った所で、意味など無い。
『赤ずきん』らしくもない可愛らしい理由に、リアは調子のよい声音で彼女に絡んだ。これが俗にいうウザ絡みという奴であろう。
「ぷー! アンタも可愛い所あるじゃん! パパに必要とされない事が不安だって、おかしーの!」
「……リア。貴方、私を弄って楽しいですか」
「さいっこう! 大体いっつも何かにつけて私を罵ってくるんだし、たまにはこっちが罵倒したって構わないでしょ? お互い様よッ」
「子供ですね。そんなだから『狼』さんに相手してもらえないんですよ」
一理ある。心を入れ替えて相手しようと思えばこんな調子なので、リアは面倒なのだ。だが……もう見捨てる様な真似はしない。奴隷王に楯突いてまで自分の事を必要としてくれたのだ。それは彼女自身が『闇衲』の『娘』のままで居たいと強く渇望した事の表れでもある。
「何よッ。アンタもそんなんだからフィー先生に負けるのよ!」
「は?」
「ああんッ?」
くだらない口喧嘩を始めた二人の間に割って入ると、『闇衲』は両者の頭を撫でた。
「喧嘩するな、全く。普段は見逃すが今は復興中だぞ。手を取り合え」
「パパ! やっぱりコイツ捨てましょッ。私コイツ嫌い!」
「それはこっちの台詞ですよ。『狼』さん、今すぐこいつ追放して、私だけの『狼』さんに―――」
「前にその賭けやっただろ。てかうるせえ。二人でキンキンキンキン騒ぐな。耳がおかしくなる」
どうして女児の声とやらはこうも甲高くやかましいのだろうか。かといって低過ぎるのもそれはそれで愛嬌が無いが……中間くらいある筈だ。ゼロか百かで考える考え方など古臭い。時には半端も必要である。
「とにかく、ここの作業は終わったんだ。俺達も他の所をやりに行くぞ……ああ、そうだ『赤ずきん』」
「はい?」
「たとえお前がアイツに劣ったとしても、俺はお前を道具として買ったんだ。お前の役目が消えるなんて事はあり得ないから、安心してくれ」
「…………はい♪」
子供はこれだから簡単だが、一々やる必要があるのかと思うと気が滅入る。少しは情緒の安定性というものを勝手に養ってもらいたいが、まあ無理だろう。付き合いこそ短いが、今までの経験から言って『闇衲』が教育しないと身に着く事はない。気長に教えていくとしよう。まだまだ幼い子供だから、幾らでも吸収はしてくれる筈だ。
幾らか歩いた所で、『闇衲』はひとりでに足を止める
「……とは言ってもな、奴の後を追う様に動くんじゃ、結局作業が終わった後の現場に行くだけだ。そんな無意味な事をしてしまうと、復興後の俺達の立場も危うい……か」
権力に固執する性質ではないが、復興後の都市を再び崩壊させる事を視野に入れるならば、ある程度英雄視される必要がある。所がここで役立たずを晒してしまうと、英雄視処か、下手するとゴミ扱いである。
「……リア、一度は滅びた都市が復興する為には、何が必要だと思う?」
「え…………答えられたら何かくれる?」
「たかいたかいでもくれてやる」
「約束だからね? うーん……ちょっと待ってね」
滅びたという事を語る前に、一先ずはここを成立させていた要素を考えるとしよう。基本的に都市を成立させる為にはヒト、土地、カネ、秩序が必要だ。そして最低限人が生きる為には、食料、及び飲料が必要だ。住居も居るが、今回はその住居が崩壊している。『闇衲』の懸念まで加味するなら、その住居を立て直そうとするのは無意味。ここで『住居』とほざくのは阿呆だけで、リアには違うと分かっていた。
更に言えば、カネが自分達に用意出来るとは思えないのでそれも無し、土地も同様に無し。残るはヒトと食料及び飲料だが、ヒトが多く死んだから、この都市は滅んだと言われている。つまり外部から供給するしかない訳だが、その手段は…………
食料及び飲料も、単に魔物の肉なんかを調達するだけでは、自分達は良くても、都市の復興に繋がるかどうか…………
様々な事を自分なりに同時並行で考えた結果を、リアは自信を持って答えた。
「観光名所!」
「……ほう」
どうやら正解を言った様だ。『闇衲』はまさかそんな言葉が出るとは思わなかったとばかりに、リアの頭を撫でた。
「凄いな、お前」
「たかいたかいして!」
勝者からの褒美要求を断る権利は誰にもない。リアの矮躯は瞬く間に宙へ浮かび上がり、彼の顔を見下ろすくらいまで持ち上がった。
「……満足したか?」
「うん! もう下ろして宜しいッ」
こちらの言い方が気に障ったのか、突然リアの身体は制御を失い、地面に落下した。今の発言でそうなる事は元から予想していたので、大事には至っていない。
「ありがとッ!」
得意気にそう言うと、『闇衲』は苦虫を噛み潰したような表情でリアを見た。それから気を取り直して、都市の外へ向かって歩き出す。
「―――その通りだ。この滅んだ都市に外から呼び込む為にはとびきりの観光名所がなくちゃいけない。名所があればそこに収入が生まれる。財源も直に回復するだろう。問題は、人工物による名所では、それ程の効果が見込めないという事だ。この世には俺よりも、或はフィーよりも造形物を作るのが上手い職人が居る。そいつらを相手に凌ぐには、やはり自然の生み出した物体を使わなければならないんだが―――『赤ずきん』」
「何でしょうか」
「レスポルカ付近の洞窟及び迷宮についての情報を三時間で集めてこい。面白そうな所があったらそこに行く」
「分かりましたッ」
「パパ、何するの?」
足早に用件を済ませに行く『赤ずきん』を見送りつつ、『闇衲』は少しだけ楽しそうに口元を歪めた。
「トレジャーハントだよ。お前も好きだろ、そういうロマンを求める行為は」
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