ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

世界再生

 私のパパが帰ってきてから、本当に色々な事がありました。

 レスポルカも壊れてて、中でも外でもたくさん人が死んでいて。レガルツィオはゼペット曰く『パパが壊しちゃった』らしくて、中に居た人々も八割がた死滅。生き残りは家で寝てた赤ずきんが目撃者を消す意味で片づけたので、不本意な形にはなるけれど、私達は二つの都市を殺す事に成功しました。

 でもそれは本当に不本意で。だから私は考えたのです。


「パパッ! レスポルカだけでも復興させようよ!」


 私はまだ学校を卒業してない。シルビアも、そして赤ずきんも。元々はシルビアの我儘から始まった入学だけど、これでも私は学校生活を楽しんでいたから。もう暫くは普通の学生として生活したかったから。私がパパにそう言うと、パパは凄く面倒くさそうな顔で言いました。

「過労死させる気か。少し休ませろ」

 パパは素直じゃありません。その言い回しから、本当の本当にパパが目の前に居る事を、私は何度も何度でも実感しました。

「じゃあ子守歌歌ってあげるッ」

「耳が腐る。それと俺の仕事を奪うな」

 やっぱりパパは素直じゃありません。でも、そんなパパが好きなの。








 レガルツィオが崩壊している件について、実行犯である『闇衲』に弁明の余地は無い。実際に自分がやったのだろうし、その記憶もぼんやりとだが存在する。苦しいのは、自分が暴れた事を証明してくれる存在―――主にミコトや『暗誘』が何処をどう探しても見つからない事だろうか。自分が正気に戻るきっかけを恐らく作ってくれた彼女達には今の所頭が上がらない。もしも次にミコトが連れていけと催促して来たら、『闇衲』に断る権利は無いだろう。

「あれ~? イヴェノは? フェリスは?」

「誰だ、それ―――っと待て。最初には聞き覚えがあるな? 会ったのか」

「うん。パパの奪還に協力してくれたの。でも何処にも居なくて」

 今の所目に見える範囲で居るのは、『赤ずきん』、狂犬、シルビア、リア、ゼペット。そして何故かあるマグナスの生首。それくらいだ。内、ゼペットと狂犬は凄まじい量の死体を家に運んでおり、『赤ずきん』は自分の奪還に参加できなかったらしく、目に見えて落胆した状態で意識不明のシルビアを看ていた。最早狂犬が完全に彼の助手となっている事については何も言うまい。何が起きたというのか尋ねたい気もあるが。

「お姉ちゃんも居ないし……帰っちゃったのかな?」

「ああ、やっぱり居たんだなアイツ。まあ、居ないなら居ないで都合が良いが―――」

 どうにも、人手が足りないという純然たる事実が、『闇衲』の中で重くのしかかった。レスポルカを復興などと我が娘は軽く言ってくれたが、作るのに七日、壊すのに一秒とは有名な創生録だ。人手が足りなければそれだけ時間が掛かる―――

「リア。お前、何故レスポルカが壊れてるって知っている」

「ふぇ? あ、そっか。パパ操られてたもんね。えっと―――」

 彼女の話を聞いていると、良くもまあ生き残れたものだと感心してしまった。協力者がいたとはいえ、自分という本来彼女を守る立場に居る存在が敵だったのだ。死んでいたり、男共の玩具にされていてもおかしくはなかった。頭を撫でると、リアはとても嬉しそうに笑う。

「『赤ずきん』、シルビアの容態はどうだ?」

 合流した時から彼女を看ている少女に話題を振ると、『赤ずきん』は首を振るだけで答えた。負傷加減を見る限り、意識不明が長時間続く程の重傷では無いと思うのだが、何が問題なのだろうか。心得の無い少女に見せるよりも自分が看れば原因が分かるかもしれないが、ちょっと待って欲しい。取り敢えずレスポルカに移動しない事には何も始まらない。

 何気なく入り口へ向かおうとすると、リアに袖を掴まれた。

「あ、パパ。入り口塞がれてるから、そっちからは出て行けないよ」

「は? 何で入り口塞がれてんだよ」

「パパが壊したんでしょ」

 …………ぼんやりと記憶があるとは言ったが、流石にそこまでは覚えていない。自分はなんて事をしてしまったのだろうか。正気でなくとも自分は自分だと、そう思っていたがどうやら違うらしい。もしも本来の『闇衲』ならば、破壊するにしても入り口を壊すなんて面倒な事はしないだろう。もう一つの入り口―――ゼペットの地下道があるから出られない事は無いが、今の所死体を家に運んでいるみたいなので、彼の家を通行する事も今は難しそうだ。

 シルビアを背負うと、『闇衲』は二人の幼女を手招きした。

「ゼペットの死体運びが終わるまでは、どう足掻いても復興なんぞには着手できん。暫く時間を潰すぞ」

「いいけど、何処で?」

「お前とゼペットが最初会った場所だ」

 自分がリアと戯れている間に、何やら『赤ずきん』がちょろちょろ動き回って生き残りを殺していたが、それは目撃者を消す為の行動に過ぎない。言い換えるならば目撃者でない生き残りは生存しているという事だ。ならばあそこはまだ開店しているだろう。果たしてお客が来るのかは分からないが。


「暫くぶりだな、アルラデウス」


 そう、下層にあるあの酒場だ。いつの間にか袋の中にリアが混入していたが、それが奇しくも自分が正気に戻れる切っ掛けになっていたと思うと(リアという存在が居なければ、恐らく元には戻っていなかった)、彼女には感謝した方が良いのだろうか。いや、今更感謝してもうざいだけなのでしない。癪に障る。

「いらっしゃいませ、フォビア様。それに……今回は、きちんとお連れ様も見えている様で」

 やはり生き残っていたか。死んでいてもそれはそれで仕方ないと割り切るつもりだったが、生きているのなら都合が良い。リアから強引に外套を奪いつつ席に座ると、頼みもしないのに、酒が出てきた。

「私にもちょーだいッ」

 リアには水が出てきた。

「何でよ!」

 何でも糞も無い。リアはまだ幼女だ、身体の作り終わらぬ内に酒を飲んでも良い事はないのだから、水が出るのは当然である。勢いよく酒を呷ると、懐かしい感覚が脳裏に染み込んでくる気がした。傍らのリアは何故か自分の真似をしたが、普通に蒸せていた。馬鹿である。

 因みに『赤ずきん』とシルビアはというと、酒場の長椅子で休んでいる。リアと違って自分達が酒を飲めないのを弁えている辺りが素晴らしい。単にシルビアを心配しているだけとも取れるが、ではリアが全く心配していないのかというと、そうではない。彼女にとっては自分に次ぐ理解者だ。頻繁に二人の方向を確認しては、彼女の覚醒をまだかまだかと待ちかねている様にも見える。

「お前はどうするんだ? ここは滅んでしまったし、もう店を構える意味は無いぞ」

「おや、そうなのですか。私はてっきりフォビア様が復興してくれるものかと」

「……お前の頼みを無碍にしたくはないが、俺でも出来る事と出来ない事がある。幾ら何でも人手が足りねえよ」

「ふむ。では人手があればしてくれるのですね」

「ああ。只、この付近に居る人間は大体死んだだろうから、集める事自体不可能に近いだろうけどな」

 一種の自虐に、『闇衲』は醜悪に笑ってみせた。傍から見ればそれは笑顔とは真逆の感情を浮かべているが、アルラデウスはこちらの想定通りの感情を受け取ってくれた。

「…………成程。それでは大人しく私も移転、と行きたい所ですが、まだここにはゼペット様がいらっしゃいます。彼が何処かへ移動するまで、私も暫くはここに残りたいと考えています」

「アイツの為だけにか?」

「お客様に寄り添う事こそ、店を構える人間にあるべき心構えと考えます」

 殺人鬼である自分にはよくわからぬプロ意識だ。彼がそう言うのならば強制はしないが、大丈夫だろうか。自分が心配した所で彼の今後を保障出来る訳でもないから、一言でも口を挟む気は無い。今は自分達の事だけで精一杯だ。酒を飲み干すと、『闇衲』は徐に席を立って意識の戻らぬ少女の下へ。

「『狼』さん?」

 あらゆる分野から見ても、彼女の意識が戻らぬ理由が分からない。『闇衲』は医者ではないので正確な処置を知らないが、意識が戻らぬ人間を元通りにする方法を一つだけ知っている。死んでさえいなければ、間違いなく目覚める方法を。

 少女の耳元に顔を近づけると、かつて何処かの少年にもやった様に、『闇衲』は囁いた。

「『圏紅』」








 何だろう。

 とても暖かい。恐怖が解ける。言いようのない温かさ、そっと包んでくれる様な優しさ。

 今の自分は夢か現か幻かも判別出来ぬ程度には意識が不明瞭だ。だからここが何なのかはまるで理解出来ていない。それでも、たった今感じているこの暖かさだけは確かなのだと、同時に実感している。その温かさを受けて、自分の本能が語っていた。ここに居てはいけない。ここに居たら、きっと自分は後悔する事になる。

 何故と聞いても答えは「目覚めよ」との一言に尽きる。だから私は、素直に意識を浮上させて目を開ける。そうすればきっと、この暖かさをくれた人物を、知る事が出来るから。









 僅かな間を挟み、シルビアの意識が回復した。その双眸に光が戻った時、傍らでずっと彼女の事を看ていた『赤ずきん』は、たまらず彼女に抱き付いていた。当人はその状況に理解が追いつかず、『赤ずきん』を受け止めつつも、困惑の表情で彼女を見下ろしていた。『闇衲』は敢えて何も言わずに身を翻し、元の席に座り直す。

「全員、無事で何よりだ」

 提供された二杯目の酒を呷る。酒の飲み過ぎは理性を壊すと言うが、どれだけ酒を飲んでも、素直に『安心』も告げられないらしい。アルラデウスだけが、自分の心境を察して微笑んでいた。

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