ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

友の仕事

 想定外の攻撃を加えなければまともに手傷も負わせられない。おまけに身代わりとしている部分は生身なので、タネが見破れていなければ攻撃の効いたフリをする事で相手を油断させる事も出来る。手段の無い相手であれば不死身に近い耐久力を発揮出来るので、見破れていないのならば、奴隷王は無敵に違いなかった。果たして誰が想像するのだろうか。流血し、彼女が苦悶に喘いでいる程、その攻撃は全く効いていないのだと。
 そんな彼女の耐久力に罅を入れたのは『闇衲』だった。如何なる怪力と言えども彼女のタネを知らなければ無力と変わらない。しかし、それは飽くまで理論上の話だ。現実にはそれ以外の様々な要素が絡み合い、時には有効となる事もある。
 結論から言うと、暴走した『闇衲』の力は、それこそ想定外だった。体の部品を引っこ抜かれる事などマグナスは想定していなかったし、普通の攻撃を想定しようにも、床や壁に叩き付けられた際に巻き起こる粉塵などで視界が遮られてしまって、それも叶わない。それすらも見越して対応する前に、マグナスの身体は木っ端微塵に分解されてしまった。それもこれも、この場に居る誰もが彼の怒った姿を見た事が無かったから。一切の抑止力を無くしてしまった彼の力を侮っていたから。
「あそこまで暴走したら、俺の『暗示』も通用するかどうか」
「アンタのそれ、理性が無い奴には効かないの?」
「効かない訳じゃないですけど……暗示って、理性ありきじゃないですか。あれだけ何もかも壊そうって感じだったら、無理ですね。理性さえあるなら神だって騙しますが、それが無いなら小型の魔物だろうと俺にはどうしようもない。だから勝つ戦いは苦手なんですよ」
 『暗誘』は意識の朦朧とした少女を膝におきながら、その頭を優しく撫でた。自分は彼女の中では死んだ事になっている亡霊だが、今は彼女の意識は殆どない。リアはずっと、譫言の様に『は……は……』と、恐らくは『パパ』と呼びたいのだと分からせる弱弱しい声を上げていた。
「リア。安心しろ。俺が必ず、お前のお父さんを助けるから」
 その声に反応は無い。それでも良かった。『暗誘』の恋は、その程度の儚いもので構わない。自分が願うのは彼女の独占ではなく、幸福だ。彼女が幸せならば、たとえ『闇衲』に取られようと構わない。自分と同じ洗脳や暗示の類であれば許さないが、今までの言動とこの譫言からリアが『闇衲』をあらゆる意味で好きなのは間違いない。ならば彼女の幸福の為に、軽々しくも自分は命を懸ける。
「困ったわね。これじゃあ殺さなくちゃいけなくなる」
「ミコトさんでも無理なんですか?」
「手加減は出来そうもないわね。あれだけ暴れてると、なりふり構わないって感じだし」
「成程…………」
「因みに、アンタに『暗示』以外の能力は?」
「あったらいいですね。それだったら俺も幸せでしたよ」
 今、物理的に『闇衲』を止められる人物は誰も居ない。マグナスはバラバラに引き裂かれてしまったし、実力的には上回っているミコトも、手加減は出来ない。目指すべきは無力化、それ故に求められるのは鎮圧能力だが、自分の力ではどうしようもない。彼がなりふり構わぬ暴走をしているのなら、同じ様になりふり構わず鎮圧してくれる様な、そんな人材が―――
「リアはどう?」
「あ、目覚めさせてって事ですか?」
「ええ」
「難しいと思いますよ。暴走のきっかけだから殺される事は無いと思いますけど、肝心のリアが重傷も良い所なんで、出すにしても暫く休ませないと。まあ、ミコトさんに致命傷の人間を一瞬で回復させられる手段があるなら別ですけど」
 それはまるで彼女がそれを持っていない事を確信している様な言い回しだった。それが気に食わなかったらしく、ミコトはじろりと『暗誘』を睨む。直ぐに外で暴れている『闇衲』を見つめた。
「これ以上暴れるなら私が出るけど、そうなったら多分アイツを殺しちゃうし、アイツが死ねばリアが壊れる。難しい状況なのは言うまでもないわね」
「おや、俺はミコトさんが『闇衲』一筋だと思っていたんですが、ちゃんとリアの事を気にかけてるんですね」
「アイツの娘だもの。それにその子が居ないと……『闇衲』は、腐ったままだから」
 その言葉の意味をミコト以外が知る由は無い。幼馴染の特権というか、彼の考えている事や状態が手に取る様に分かる。彼が自分を突き放したのは、それを分かっていて、情報を他の人に共有されたくなかったのだろう。特にリア。
 まさか彼がリアを元の世界に戻す方法を探しているとは夢にも思うまい。彼の心は腐り切っているが、それでも善悪の線引きは出来ている。まともな殺人者と言うと良く分からないが、彼は彼で善人ではないが、善人をすすんで悪の道に誘おうとしている外道ではないのだ。その事を少女が知る日はいつになるのか。
「―――ん?」
 自分達の持っていた悩みに解答策が出されたのは、遠くで暴れる『闇衲』を見つめていた時の事だった。

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