ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

対奴隷王攻略戦   scene2

 人を殺す際の基本的原則として、基本的には首を狙うべきだ。飛び道具であれば額などもありだが、頭というものは対象物としては小さいのでお勧めできない。一番対象物として大きい胴体は、心臓などの急所もあるとはいえ、鎧などで簡単に防御出来る以上、狙う際は相手を選ぶ事になる。鎧などを着込んでいない相手がベストだ。簡単に人の頭を握り潰せる様な馬鹿力があれば強引に胴体を狙う事も出来るが、自分には推奨される手段ではない。接近して狙うなら、やはり首だ。

 だが困った事に、シュタイン・クロイツよろしく、この世界には生命力を何らかの手段で増強している者が居る。そういう人間はインチキなので、首を狙おうが目を狙おうが心臓を狙おうが軽く再生してしまう事が多い。奴隷王マグナスが正にそういう人物だ。

 リアの足がマグナスの顎を蹴り上げ、動きを止める。彼女自身が筋肉の塊という事もあって、蹴ったこちら側が手傷を負った様な気さえしたが、構わず喉元にナイフを差し込み、力の限り縦に切り下ろした。

「ぎゃあああああああああ!」

 夥しい量の血液がリアの視界を赤く染めて奪い去る。人体から飛び出した血液にしては不自然な出方に違和感を覚えつつ両目を拭うと、その頃に奴隷王の身体は完治。恐ろしい程に満たされた筋肉の塊が、リアの腹を貫いた。直前に身体を曲げる事で減殺を図るが、まるで威力の減衰した様子がない。声を出す間もなく、壁に叩き付けられる。

「う…………ぐ!」

 いつもいつも『闇衲』に吹き飛ばされていたから慣れてしまったが、幾ら子供とはいえ、人一人を壁際まで吹き飛ばす芸当はおよそ人間の出来る事ではない。それは怪物の領域である。それに減衰できなかったのも……おかしい。拳を捻じ込まれた感覚だけがリアのお腹に残っていた。本来であれば肋骨粉砕、心臓破裂必至の凄まじい重撃だったが、刻創咒天によりダメージを止めているので、リアに残るものは感覚だけである。しかしこれで、戦闘可能時間に制限が生まれてしまった。

 何せこれは最後の刻創咒天。効果が切れた瞬間、今まで蓄積したダメージがこちらの肉体に還元されて、戦闘不能になってしまう。それまでに決着をつけなくてはいけないのに、奴の回復のカラクリが読めない事には、勝ち筋が無い。


―――何か。


 何かある筈だ。仕掛けが。この戦闘中にそれを見破れなければ……体感時間で十五分間。その間に見付けられなければこちらの敗北である。

 こちらの体勢が立て直されるよりも早く突っ込んできたマグナスの突進を、躱す事もままならず直撃を受ける。しかしカウンターのつもりでナイフを立てていた事が幸いし、彼女の肩に根元までナイフが突き刺さった。リアとの距離が空くとマグナスはすかさずそれを抜こうとするが、その瞬間に合わせてリアも接近して両耳を同時に叩き、彼女の鼓膜をぶち破る。ついでにナイフを引き抜いて、気に食わない双眸を横一文字に切り裂いた。目という、どうやっても鍛えようのない場所を突かれてマグナスの動きが止まったのをリアは見逃さない。下顎から垂直にナイフを突き刺すと、両手を組んで、その硬い頭に叩き付けた。

「ぐぎイ…………!」

 下あごには柄尻のみが飛び出ている。頭が下を向けば当然下顎は喉の方を向くので、それによって柄尻が押され、口内を縦に貫通した刃物が上顎すらも貫くという戦法である。

 基本的に外傷とは傷口が開けば悪くなるので、彼女は喋る為にも、一度強引に口を開けなければならない。しかし口を開けば傷口から出血し、角度が悪ければ喉の方に流れるだろう。一方で口を閉ざすと、再びナイフが突き刺さる。二つに一つ、どちらにしても致命傷だ。

 ここまでやると、通常であればオーバーキルも良い所だが、インチキな生命力を持っているマグナスに対してやり過ぎという事はない。彼女のこめかみを掴むと、躊躇なくその両目を親指で押し潰した。ドロリとした気持ち悪い感触がリアの親指を包み込む。特に指の腹が不快だ。マグナスの顔で拭きとり、ナイフを雑に引き抜いて距離を取る。

 ここまで乱暴に使用した事が祟り、既にナイフは既に折れ曲がっている。刃毀れも窺える。何で刃毀れしたのか気になる所だが、周囲にある硬いものと言えばマグナスの筋肉しかない。筋肉に刺さって刃毀れとは訳が分からないが、あの高密度な筋肉相手に何度も何度も根元まで突き刺しているのだ。曲がるのは当然として、刃毀れもあり得なくはないだろう。

 リアは彼女の両腕を鋼鉄の塊と称したが、それは比喩でも何でもないのではないかとすら思っている。実際にあの腕は無機質で冷たかった。腕力も相まってとても、人間と戦っている感じがしない。こんな事を考えている間にも、マグナスの傷は完治していた。

「へ…………いい加減諦めろよ! てめえのパパは、もう俺のモンなんだよ!」

「誰がてめえなんかにくれてやるかよ!」

 落ち着け。このまま怒りに呑まれれば相手の思うつぼだ。どうやらマグナスはこちらの使用する魔術について幾らか察しがついている様だ。そうでなければこんな長期戦を仕掛ける必要は……いや、あるか。そもそも自分達が出発したのは、戦争という名の挟み撃ちが始まってしまったからだ。勝たなければいい戦いを繰り広げていれば自ずと勝利出来るのなら、誰だってそうするだろう。

 しかし、そこに付け入る隙がある。相手が長期戦を望むのなら、挑発目的でもない限りあちらから仕掛けてくる事はない。一度距離を取って仕切り直せたのは幸いだった。あのまま近距離で肉弾戦を繰り広げていたらどうなっていた事やら。

 リアは深呼吸を挟んでから、こちらの動向を窺うマグナスを見遣る。身構えには少しの油断も見えない。攻撃しようとすれば、極限まで加速しようと対応される。それはこの戦闘の間に何度もあった事だ。曰く、『どれだけ早くても来る方向が分かってるのなら標準速と変わらない』らしい。

―――何を見る?

 この回復力と、この馬鹿力。明らかに人間の物ではないと自分は言ったが、もしかしたらそこに突破口があるのかもしれない。回復力はともかく、馬鹿力という事であれば、リアには心当たりがあった。

 そう、『闇衲』だ。彼は人とは思えぬ馬鹿力で度々リアを驚かせてきた。彼と一緒に寝る事もあったし、彼に抱きしめられながら眠った時もあったくらいだ、今でも鮮明に思い出せる。彼の体温を。人ではないと思わしき彼を人たらしめる証拠。それが体温。

 にも拘らず、奴隷王にはそれが存在しない。冷たいのだ。その過重搭載された筋肉も相まって、まさしく鋼鉄の塊なのだ。

 気になるのはそれだけではない。先程の出血だってそうだ。ナイフで乱暴に切り裂いたはいいが、リアの視界を全て奪うくらいの出血が勢いよく飛び散る程、切る速度が凄まじかった訳ではない。血が飛び散った事で反射的に目を瞑ったとかではなく、単純に血の量で視界が潰されたという事実は、人体の構造から考えて、あり得るものではない。つまり、彼女の身体は只の肉体ではないという事だ。

 では何か。それが思いつかないから戦闘に決着がつかない。決着がつかないと持久戦となり、最後の刻創咒天を発動した今となっては、持久戦はあまりにも露骨な負け筋である。ここで切っ掛けが掴めないと死ぬ。『闇衲』を取り戻せなくなる。

「…………アンタに、一つ聞いて良い?」

「何だあ?」

「アンタにとってパパに相応しい女って、どういうの?」

 急に何を聞くかと思って、マグナスは高らかに嗤った。ひょっとすると、目の前の少女は自らの負け筋にすら気づいていないのではないかとすら思ったのかもしれない。持久戦即ち少女の敗北。仮に魔術を使用したにしてもしなかったにしても、戦争という名の二大勢力による挟み撃ちが少女を蹂躙する。

 油断でも何でもなく、そんなことを聞いて戦闘を中断させた時点で、リアに勝ち目はない。そう考えたマグナスは異常なまでに口角を持ち上げて。

「永遠に強い女、だ。満足したか、クソガキ?」

「…………そう」

 リアがナイフを無造作に投げつけてきた。速度もなければ角度も悪い。攻撃とは思えない投擲だ。単にナイフの損傷具合が酷いから捨てたのだろう。せっかくなのでタイミングよく掴んでみる―――








 追撃が、来ない。








「やっぱ、そういう事だったんだ」  

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