ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

少女の愛は重く暗く

 大体一時間か二時間くらい泣いて、泣きつかれてしまった様だ。今は穏やかに眠っており、起こすだけ喚いて煩いので、一時的に会議からは外す。それにしても、先程の二人のやり取りは『赤ずきん』にとっては違和感のあるものだった。具体的には、奴隷王の下りから。わざわざ起こすのも面倒だし、奴隷王に殺意を抱いてくれているのならばそれはそれで構わないので、リアは勘違いさせたままでもいいだろう。いや、勘違いでない可能性もあるが。

「一つ、いいかしら」

「うん。何だ?」

「奴隷王の部下って言うのは本当に女性だけなんですね?」

「ああ。奴は男性恐怖症というか、男嫌いだからな。相棒以外の男を傍に置いてるってのは無いと思うぞ」

 それはおかしい。あの座天使を名乗っていた者は、間違いなく男であった。仮に奴隷王の部下が女性ばかりというのならあの男が座天使を名乗る事に理由が通らない。見間違えたと言う事は十中八九無いだろう。どれだけ男性的な外見をしていても、女性は女性で男性は男性。こんな言い方をするのは人間としての品性を疑われかねないが、どんなに男性的でも女性には穴が……じゃない、女性の柔らかさというものがある。あれは間違いなく女性だった。

「どうかしたのか?」

 リアの発狂もあり、会議は事実上の中断を迎えていた。ゼペットは再び人形の制作に取り組んでいるので、こちらの顔も見ずに返してくる。

「…………人形師ゼペット。貴方と同じ芸当が出来る人間はこの世に何人いますか?」

「馬鹿げた事は聞くなよ。俺と同じ事が出来るのは俺一人だ。伊達に世界最高の人形師は名乗ってねえ」

「そうですか。だとしたら一つ、気になる事が」

 『赤ずきん』はレスポルカで遭遇した男の事を話した。座天使を名乗るあの男は、奴隷王の臣下でも無くそれを名乗っていたというのならば頭が狂っているという他は無い。それを聞いて、ゼペットは困った様に眉を顰めた。

「うん? …………そりゃあ、知らねえなあ。本当かよ」

「はい。それと、もう一つ。どうして貴方は、あそこまで詳しく語れたのですか? 奴隷商人という職業の知識のみならず、マグナスの販売戦略まで語れるなんて、只の人形師とは思えません。リアはまるで不思議に思わなかったようですが、私は誤魔化せませんよ? 貴方とマグナスには、何らかの因縁がありますね?」

 ゼペットに戦闘能力は無い。リアを差し引いても、この場に居るのは狂犬、『赤ずきん』、シルビア、イヴェノ、フェリス。勝てる道理も無ければ、一度突っ込まれた以上は隠し通せる道理も無かった。一度大きく息を吐いて、やがて降参を示す様に両手を挙げた。

「俺とアイツの関係が知りたいのか?」

「人形師としての側面を考えても、取引相手のみで終わる関係とは思えません。マグナスが男嫌いというのも、個人が知るにしては少々深い個人情報では? それを貴方は憶測ではなく断言している。特に『あいつが相棒以外の男を商売に絡めるとは考えられない』でしたか。『考えにくい』ではないんですね? ……何か関係があると考えるのが自然でしょう、実際の所、どうなんですか?」

 ゼペットは人形の制作を中断し、シルビアの胸の中ですやすや眠るリアの下へ。深淵を流したような黒髪を撫でながら、憂い気に語りだした。

「と言っても、あまり大した関係じゃないぞ。情報は盗み聞きしただけ、俺は一時期アイツの性奴隷だったからな」

「性奴……今何と?」


「性奴隷。人形の俺は死んでも傷の処置さえすれば……つまり、生きていても問題の無い状態まで体が回復したら復活するからな。劣情をぶつけるのにはこの上ない玩具で……俺は良く、餌にされていたよ」


 嫌な思い出は必然的に降り積もるもので、一度語りだしたゼペットは、それからまるごと愚痴を吐き出すみたいに今までの事を語ってくれた。幸か不幸か、リアが眠ってくれていたのは幸運だったのかもしれない。彼が語った被害の数々は、彼女の精神を刺激するには十分すぎる程に苛烈だった。

「男の奴隷に餌として出されて、文字通りぶっ壊れるまで犯された事もある。複数人だった事もあるな。この身体は処女だが、あの時の身体は膣に、お尻に、口に、眼に、脳に、乳房。あらゆる所に突っ込まれた。アイツの隣に居る時はいっつもひも付きの首輪をつけられて、下の穴が丸だしの下着穿かされて、その近くに『性器歓迎』だとか、『〇人目妊娠中』だとか書かれた。妊婦奴隷と違って俺は飽くまで性奴隷。腹が大きくなったらボコボコにお腹を叩かれたし、そのせいで子供がぐちゃぐちゃになれば俺が食べた。ああ……考えただけで気持ち悪くなってきた。ちょっと吐いてもいいか?」

「リアに吐いてください」

「相棒の娘に疵はつけられねえよ。とにかく、俺とアイツの関係はその程度だ。幸いにも体は替えが利いたしな。飽きてくれても俺は死なないから、捨てられるまで我慢したよ。それだけの関係性だが……満足してくれたか?」

 これ以上尋ねる事は、彼の精神を著しく傷つける事に他ならなかった。元は『良い子』の『赤ずきん』にだって人並みの良心は存在していたし、何よりこれ以上聞いた所で彼が受けた仕打ちが明らかになるばかりで得が無い。首肯して、早々にこの話を切り上げる。

 誰にとっても後味の悪い話だった。

「済みませんでした」

「いいさ、別に。気にしてねえよ。今は相棒の事を考えようぜ?」

 それもそうか。この集まりは元々『闇衲』を取り返す為だけに発足した組織だ。本来の目的を忘れて雑談に興じるなど愚の骨頂である。

 取り敢えず、今までの状況を整理してみようか。

 そもそもの事の発端は、『闇衲』がリアを守る為に奴隷王へ身を捧げた所から始まる。リアは彼を取り戻す為に人形師ゼペットと手を組み、そして自分達に協力を募って『闇衲奪還部隊』を編成した。奪還までの期間は一年、とされている。外出制限令が一年間適用される事実……現在も当然だが適用されている……からの推測だが、恐らくは合っていると思う。そうでもないと意味もなくこれを敷いた事になり、奴隷王の馬鹿が露呈する事になる。前後の出来事を考えても無理のない判断だと思う。

 その前提があって二か月。外出制限令を守る気などこちらには欠片も無いとはいえ、自分達が奴隷王に取れている有利は潜伏状態という事実のみ。それを捨てない為にも各層の巡回ルートを調べていたら、リアが『闇衲』と思わしき人物から最下層の地図を受け取る事に。主に出回っている地図との差異から動こうにも動けず、ゼペットの提案により自分達はレスポルカへ。

 しかしレスポルカに辿り着いた所、都市としての機能は街中に広がる催眠術によって停止しており、男は女を見つけ次第襲う獣に、女は喜んで股を開く発情期になっていた。リアの証言から学校も崩壊しているらしいので、恐らくフィーは不在。他のエリアと比べると(と言っても高等エリアには出向いていないが)貧民街が安全地帯の様になってしまったのは一種の皮肉か。自分達は『闇衲』を戻すきっかけになる首飾りを取って帰還。座天使の件は情報の食い違いがあるので一旦保留としているが、ともかく帰ってきた自分達はゼペットの家に戻って情報を共有。今に至る。

―――何処から手をつければいいやら。

 潜伏状態という有利を捨てた瞬間に勝ち目は無くなるが、突入する為には地図の真偽をはっきりさせておく必要がある。その為には外出しなければならないが、下手を打てば居場所がそれがバレる。安全策というものは存在しなかった。いや、存在していない訳ではないが…………

「ゼペット。心臓さえ持っておけば、器の身体は幾ら入れ替えても大丈夫なんですね?」

「うん? 心臓の事を何で知ってるんだ……まあいいや。それがどうかしたか?」

「いえ、最下層を危なげなく探る良い方法を思いつきまして。今から私が部下の天使を適当に殺してきますから、加工の準備を始めてくれませんか? そうすれば最下層に潜入出来る筈です。外に出ているのは恐らく末端でしょうから、奴隷王に接触出来ないとは思いますが」

 唯一怖いのは死体を回収されてしまう事だ。彼の心臓を回収する前にそれをされると、潜伏という有利を捨てた上に仲間を一人失う事になる。その際のリスクは敗北級に大きいが、これによって最下層の入り口の真偽が判明すれば突入も容易になる。催眠術によってトストリスが機能停止している為、戦争と同時に仕掛ける事は出来なさそうだが、それはもういい。

「取り敢えず、イヴェノ。付いてきてください。貴方の持つその武装は役立ちそうです。主に陽動にね」

「お、おうー。女の子に引っ張られるなんて新鮮だなー」

「お師匠! 私はどーすればいいですかッ!」

「シルビアと貴方はリアの面倒でも見ておいてください。今まで散々『狼』さんには迷惑を掛けましたから。こういう所でくらい役に立ちませんと。この中では私が一番強いですから」

 『赤ずきん』は意気揚々と家を出て、細い路地を抜けて大通りへ。遅れてやってきたイヴェノは部下達が見えていないのを知り、ほっとしていた。

「安堵している場合ですか。貴方は表層の方に行ってそれを投げてきてください。私はその間に最下層へ戻ろうとする女を仕留めます」

「……アイツは妙な奴ばっか連れてんだな」

 何とでもいうがいい。『赤ずきん』は彼の所有物であり、正式にお金で買われた『物』だ。隣を離れる筈がないという安心感からふざけた態度を取っていたが、今こそ彼の『物』として真面目に動く時だ。

 人形師は奴隷王を知っているが、飽くまで人形師は人形を作るだけの人間だ。それ故に、自身の技術をどう活かすかという発想が無い。

 リアは殺人鬼の卵だが、どうも『闇衲』に依存している節がある。最下層に突入する時以外はハッキリ言って当てにするだけ無駄であり、眠っている今が一番役立っているとも言い換えられる。

 シルビアは只の一般人。論外。犬も同様だ。

 残りは二人だが、どちらも参謀として動くには頭が足りない。つまり、これまでの状況から作戦を立案し、且つ的確な指示を下せる人物は自分しかいない。学校長によって掛けられた制約のせいで全力には制限が付くが、自分の全力は、ここで使う事になりそうである。奪還時には戦力外通告を受けるだろうが、それでも構わない。後は自分以外が何とかしてくれる筈だ。

 表層の方で爆発音がした。耳を澄ませてみると奴隷王の部下に加え、家に籠っていた住民の騒ぎ声まで聞こえてきた。どさくさに紛れて近くの住民を爆殺とは、流石は『闇衲』の知り合いと言った所か。下層の路地に身を潜めた『赤ずきん』は、一人でも部下が過ぎ去るのを待った。表層から最下層にかけては大通りが最短距離だ。事故や災害などの報告でわざわざややこしい路地を使う人間はいないだろう。想定通り、大通りを駆け抜ける人間が一人……仮面で分からなかったが、体つき的には女性である。

 その瞬間、素早く路地から飛び出した『赤ずきん』は女性の背後を取り、一瞬で首をへし折った。後続の者に気付かれても殺す手間が掛かるだけ困るので、物言わぬ肉となった女性を抱え上げ、再び奥の路地裏に身を潜めた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品