ダークフォビア ~世界終焉奇譚
許されぬ休息 前編
また騎士達を欺かなければならないのかと思うと気が重かったが、レスポルカに辿りつくと、既に戒厳令は解除されており、またかつての平穏が戻ってきていた。二か月も登校しなかったから、皆心配しているのではないだろうか。しかもリアには定住している家が無い。アイジス達が仮に自分の様子を見に来ようと思っても、宿屋から通っているとは死んでも発想出来まい。Bクラスの同級生を抜きにしても、χクラスの二人―――ギリークとイジナが気になる。二人は心配してくれているのだろうか。いや、個人的には心配などしてくれない方が気負うものがなくて助かるが、二人が自分の事を友人だと思っていた場合、その精神を悪戯に疲労させた事になる。それは申し訳ない。更に言えば、貧民街で知り合った少女、テロルの事も気になる。
学校関連、特にχクラスはリアのみの問題なので、五人は一旦別れる事にした。再集合は城門の前で、夜になったら再び出発する予定だ。関連性を疑われない為、一番にメンバーから離れたリアは、城門を潜った瞬間、真横から不意に声を掛けられた。
「リア」
その際どい格好に、リアは見覚えがあった。具体的には校長室で、そしてその人物と、一度殺し合いをした事がある。イジナだった。相変わらず刺激的な恰好をしているので、二か月ぶりと言えども直ぐに思い至る。
歩み寄ると、彼女はゆっくりと貧民街へ向けて歩き出したので、歩幅を合わせて会話に久闊を叙する。
「ひ、久しぶりイジナ。学校の方はどう?」
二か月ぶりの同級生にどう会話したものかと悩んだが、相変わらず彼女の反応は無機質で淡白だった。それが冷たくも見えたが、同時に彼女が、特に自分を恨んでいたり怒っていたりしている訳でもなく一安心。
「リア。どうして、学校に来ないの?」
「……ちょっと事情があってね。ごめん。もう少ししたら解決するから!」
友人よりも父親。それがリアの中にある絶対の掟。彼女には申し訳ないが、本当の自分を見つめても尚、只の雌でも何でもない、普通の人間として見てくれる彼の存在は、リアの中で非常に大きな存在だった。この精神を存続させるにおいて、非常に多くの割合を占めていた。彼と契約を結んだ当初は、そんな事はなかった。変わったとすれば、あのクソッタレのレイプ野郎から助けられた瞬間。あの瞬間から彼の存在は、リアの正常な精神を保つ為に必要な存在となっていた。彼が隣に居なければ、まるで身体が半分離れてしまった様な寂しさを覚えた。心の中に大穴がぽっかりと開いた様な虚しさを覚えた。
決して、彼の顔が格好良くない。格好いい男を探すならば幾らでも見つかる。イヴェノの方が断然かっこいいし、何ならフィーは最上級にカッコイイ。
決して、彼がお金を持っている訳ではない。殺人鬼は一般的秩序に反する存在だ。幾らか持っている事は持っていても、それは略奪した金に過ぎない。お金を持っているとは言い難い。
見た目や地位に惹かれた訳ではない。彼だけが普通に自分を見てくれた。しかしそれは切っ掛けに過ぎない。彼と日々を共にする度、彼と会話を紡ぐ度、リアは彼という存在を好きになっていた。 これは只の好きではない。本当の父親にこんな感情は抱いた記憶がないからだ。その感情をきちんと理解出来るのは、きっと自分がもっと大人になった時。その時こそ、自分は彼に思いの丈を全て述べる事が出来る。だからそれまでは。いいや、これからもずっと。彼には離れて欲しくない。たとえ不老不死になる事があったとしても、彼と未来永劫過ごせるのならばそれでも良い。
けれど一瞬たりとも彼と離れる事は許容出来ない。イジナには申し訳ないが……この比率は、これからも変わる事はない。
「ううん、気にしてない。けど、もう少し。学校に来て欲しい」
「何かあったの?」
「……フィー先生、が、学校に来なくなった」
―――何?
規格外の能力を持つあの男が、学校に来ていない? 何か予定があるのかもしれないが、それでもイジナがわざわざ話題に出す辺り、只多忙という訳では無さそうだった。前のめりになって耳を傾けるが、イジナは断続的な調子を変えない。
「それと……ギリーク、も」
「ギリーも? 何で?」
彼が死刑囚という事は知っているが、それでも今までは問題なく学校に通えていたのだ。今更の様に監禁されるのは不自然だが、少し待って欲しい。もしも今までの生活がフィーによって保障されていた者だった場合、彼が居なくなれば、当然自分達の庇護は無くなる訳で。彼が担任である以上、彼が居なければχクラスは事実上の解体だ。それはあの学校の中にあった居場所が一つ消えたに等しい。
「分からない。けど、フィー先生の代わりに来た人が、最低」
「ていうと?」
「…………………………」
イジナは口ごもり、それきり何も言わなくなった。そのせいで肝心な部分が見えないが、大抵の物事に動じない彼女がここまでの変化を見せたとなると、やはり只事では無さそうだった。少し思案し、彼女が口ごもった理由について考察してみせたが、幾ら何でも情報が足りない。一度思考を切り替えて、リアはいよいよ本題を切り出した。
「それで、何で私を待ってたの?」
本来切り出される側である自分が言うのはおかしいが、話を逸らしたのは自分なので、それを戻すのも自分の仕事である。外を歩く人々の動きが何処かおかしいと思いながらも彼女の言葉を待っていると、長い沈黙を経て、イジナが言った。
「レスポルカが、変わっちゃったの。だから協力、してほしい」
「協力? 別にいいけど、何をすればいいの?」
「……ギリークを、助けようと思う。リア、付いてきて」
少し考えるまでもなく長引きそうなのは言うまでも無かったが、他でもない友人の頼みを引き受けない訳にもいかない。直ぐに用事を終わらせてしまうだろう者達に心の中で謝罪をしつつ、リアは彼女と共に歩き出した。貧民街を通って高等エリアへ……行く訳でもなく、向かう先は、彼女が変わったと言っていた学校。足を踏み入れた瞬間、彼女の言わんとした事をリアは理解した。この鼻につく不愉快な臭い。自分は何処かと言わず、色々な所で嗅いだ事がある。
「……ナイフ、持ってるでしょ。用意しておいた方が良いよ。今、誰かがリアを見たら、きっと襲ってくるから」
事実上、この学校の生徒でありながら秩序を護る気のない二人は、現時点で気の置けない仲間だった。どうしてイジナがナイフを持っているかについても、この際言及は無しだ。ひょっとすると自分がχクラスの招集に応じた瞬間から見抜いていたのかもしれないが、だとするならば今まで黙ってくれていた事への感謝も兼ねて、やはり言及はするべきではない。言われた通り袖からナイフを取り出して、二人は校舎へと足を踏み入れる。
学校関連、特にχクラスはリアのみの問題なので、五人は一旦別れる事にした。再集合は城門の前で、夜になったら再び出発する予定だ。関連性を疑われない為、一番にメンバーから離れたリアは、城門を潜った瞬間、真横から不意に声を掛けられた。
「リア」
その際どい格好に、リアは見覚えがあった。具体的には校長室で、そしてその人物と、一度殺し合いをした事がある。イジナだった。相変わらず刺激的な恰好をしているので、二か月ぶりと言えども直ぐに思い至る。
歩み寄ると、彼女はゆっくりと貧民街へ向けて歩き出したので、歩幅を合わせて会話に久闊を叙する。
「ひ、久しぶりイジナ。学校の方はどう?」
二か月ぶりの同級生にどう会話したものかと悩んだが、相変わらず彼女の反応は無機質で淡白だった。それが冷たくも見えたが、同時に彼女が、特に自分を恨んでいたり怒っていたりしている訳でもなく一安心。
「リア。どうして、学校に来ないの?」
「……ちょっと事情があってね。ごめん。もう少ししたら解決するから!」
友人よりも父親。それがリアの中にある絶対の掟。彼女には申し訳ないが、本当の自分を見つめても尚、只の雌でも何でもない、普通の人間として見てくれる彼の存在は、リアの中で非常に大きな存在だった。この精神を存続させるにおいて、非常に多くの割合を占めていた。彼と契約を結んだ当初は、そんな事はなかった。変わったとすれば、あのクソッタレのレイプ野郎から助けられた瞬間。あの瞬間から彼の存在は、リアの正常な精神を保つ為に必要な存在となっていた。彼が隣に居なければ、まるで身体が半分離れてしまった様な寂しさを覚えた。心の中に大穴がぽっかりと開いた様な虚しさを覚えた。
決して、彼の顔が格好良くない。格好いい男を探すならば幾らでも見つかる。イヴェノの方が断然かっこいいし、何ならフィーは最上級にカッコイイ。
決して、彼がお金を持っている訳ではない。殺人鬼は一般的秩序に反する存在だ。幾らか持っている事は持っていても、それは略奪した金に過ぎない。お金を持っているとは言い難い。
見た目や地位に惹かれた訳ではない。彼だけが普通に自分を見てくれた。しかしそれは切っ掛けに過ぎない。彼と日々を共にする度、彼と会話を紡ぐ度、リアは彼という存在を好きになっていた。 これは只の好きではない。本当の父親にこんな感情は抱いた記憶がないからだ。その感情をきちんと理解出来るのは、きっと自分がもっと大人になった時。その時こそ、自分は彼に思いの丈を全て述べる事が出来る。だからそれまでは。いいや、これからもずっと。彼には離れて欲しくない。たとえ不老不死になる事があったとしても、彼と未来永劫過ごせるのならばそれでも良い。
けれど一瞬たりとも彼と離れる事は許容出来ない。イジナには申し訳ないが……この比率は、これからも変わる事はない。
「ううん、気にしてない。けど、もう少し。学校に来て欲しい」
「何かあったの?」
「……フィー先生、が、学校に来なくなった」
―――何?
規格外の能力を持つあの男が、学校に来ていない? 何か予定があるのかもしれないが、それでもイジナがわざわざ話題に出す辺り、只多忙という訳では無さそうだった。前のめりになって耳を傾けるが、イジナは断続的な調子を変えない。
「それと……ギリーク、も」
「ギリーも? 何で?」
彼が死刑囚という事は知っているが、それでも今までは問題なく学校に通えていたのだ。今更の様に監禁されるのは不自然だが、少し待って欲しい。もしも今までの生活がフィーによって保障されていた者だった場合、彼が居なくなれば、当然自分達の庇護は無くなる訳で。彼が担任である以上、彼が居なければχクラスは事実上の解体だ。それはあの学校の中にあった居場所が一つ消えたに等しい。
「分からない。けど、フィー先生の代わりに来た人が、最低」
「ていうと?」
「…………………………」
イジナは口ごもり、それきり何も言わなくなった。そのせいで肝心な部分が見えないが、大抵の物事に動じない彼女がここまでの変化を見せたとなると、やはり只事では無さそうだった。少し思案し、彼女が口ごもった理由について考察してみせたが、幾ら何でも情報が足りない。一度思考を切り替えて、リアはいよいよ本題を切り出した。
「それで、何で私を待ってたの?」
本来切り出される側である自分が言うのはおかしいが、話を逸らしたのは自分なので、それを戻すのも自分の仕事である。外を歩く人々の動きが何処かおかしいと思いながらも彼女の言葉を待っていると、長い沈黙を経て、イジナが言った。
「レスポルカが、変わっちゃったの。だから協力、してほしい」
「協力? 別にいいけど、何をすればいいの?」
「……ギリークを、助けようと思う。リア、付いてきて」
少し考えるまでもなく長引きそうなのは言うまでも無かったが、他でもない友人の頼みを引き受けない訳にもいかない。直ぐに用事を終わらせてしまうだろう者達に心の中で謝罪をしつつ、リアは彼女と共に歩き出した。貧民街を通って高等エリアへ……行く訳でもなく、向かう先は、彼女が変わったと言っていた学校。足を踏み入れた瞬間、彼女の言わんとした事をリアは理解した。この鼻につく不愉快な臭い。自分は何処かと言わず、色々な所で嗅いだ事がある。
「……ナイフ、持ってるでしょ。用意しておいた方が良いよ。今、誰かがリアを見たら、きっと襲ってくるから」
事実上、この学校の生徒でありながら秩序を護る気のない二人は、現時点で気の置けない仲間だった。どうしてイジナがナイフを持っているかについても、この際言及は無しだ。ひょっとすると自分がχクラスの招集に応じた瞬間から見抜いていたのかもしれないが、だとするならば今まで黙ってくれていた事への感謝も兼ねて、やはり言及はするべきではない。言われた通り袖からナイフを取り出して、二人は校舎へと足を踏み入れる。
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