ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

何を思ふ



 地下道の通じる先はゼペットの家だった。この家は中から見ても非常に分かりにくい位置に存在しており、奴隷王もこの家の存在には気が付いていないとの事。出口を開けた際、大量の本が流れ込んでくるなどのトラブルもあったが、それはご愛敬として流して欲しいらしい。何事もなくレガルツィオに侵入出来たリアは、改めてこの『闇衲』奪還メンバーを確認する。

 まずは最初に共同戦線を張る事になった人形師ゼペット。彼は己自身をも人形にした事で、きちんと処置さえすれば四肢をバラバラにされようが首を切断されようが、簡単に息を吹き返す。この特性を活かすとするならば、かなり無謀と思える作戦にも取り敢えず投入しておけば、間違いなく情報は持って帰る事が出来る。一つ懸念点があるとすれば、死体を持っていかれた場合にはどうしようもないという事だが、それはこちらが何とかする。少なくとも、この街に長く住み、一番情報を持っているのは彼だ。『闇衲』を奴隷王から奪還するうえで、何度もゼペットには動いてもらわなくてはなりそうだ。直接的戦闘能力は、リアに成す術なく殺された事から皆無なのも、また一つ問題である。

 次に、狂犬。ゼペットに一体何をされたのか分からないが、誘う様な甘い声で彼が狂犬を呼ぶと、狂犬は全身を震わせながら命令を聞くようになっている。何をしたのかは『秘密♡』との事だが、きっと碌でもない目に遭ったのだろう。元々説得に当たったのがゼペットという事もあってか、こちらの言葉など一語たりとも聞いてはくれないが、彼の言葉を聞いてくれるのならば問題ない。共同戦線を張った以上、二人は一心同体だ。同じ男を好く者として、彼との間には特に太い繋がりがある。

 次に、フェリス。『闇衲』のファンを公言する少女で、その実力は全くの未知数だが、爆弾魔と思わしき男を師と仰ぐくらいだ、それなりの戦闘力はあると思われる。自分同様、身体が小さいので、隠密行動をするのには非常に向いている。リアが動く際は、彼女と組む事が多くなりそうだ。同じ男を好く者として非常に気が合うが、彼女は『闇衲』の所業から、自分は『闇衲』と触れ合ってきて、彼の事を好いている。やはり自分の勝ちだ。彼に『闇衲』は譲れない。まあ、そういった最終的な奪い合いでは敵対する事になるだろうが、基本的には息も合うだろう。

 次に、イヴェノ。幾つもの火薬玉を体に括りつけた非常に危ない男で、隠密行動には一番向かないタイプと思われるが、同時に突破力に優れているのも彼なので、使い処を見極めれば一番役立ってくれるのではないかと思っている。使い処について会議するのは自分だけでなく、彼を含めた全員なので判断を間違えるという事も無いだろう。『闇衲』の同業者という事もあり、この心に潜んでいる恐怖症は鳴りを潜めているが、やはり嫌悪感が凄まじい。嫌悪だ何だと拘っている場合ではないから我慢しているが、彼のせいで男性の臭いが一層嫌いになりそうである。どうして男性というのは、こうも臭いがきついのだろうか。もう少し臭いを抑えて……いや、出来れば無臭で居て欲しいのだが。

 後は代わり映えのしないと言っては酷だが、シルビアと『赤ずきん』だ。二人の実力についてはリアも良く知っているので、今更どうこう言う気は無い。特にシルビアは、合同授業で妙な才能に目覚めているので、そこについても期待している。彼女は自分の数少ない友人だ。期待しなければ彼女に悪い。

 合計七人。これだけ集えば、如何に世界最大の奴隷商人相手と言えども勝ち目はある筈だ。それも一般人をただ寄せ集めただけではない。どれも『闇衲』という異常者を知る異常者だ。友は類を呼ぶ……いや、類は友を呼ぶだったか。彼が異常者だったお蔭で、随分頼りになる人物が集まってくれた。

 高望みをするならばミコトが居て欲しかったが、彼女は何処かへ行ってしまったので、当てにする訳にはいかない。彼女抜きでもやれるという事を示さなければ。

 いつまでも弱い子供のままじゃいられない。いつかは『闇衲』と肩を並べられる様にならないと。それをこれで証明するのだ。愛を叫んでいるだけでは証明にならない。『娘』として自分を愛している事を証明する為に、彼は己の身を差し出して自分を助けたのだ。ならば自分も、『娘』として彼を好いている事を証明しなければならない。即ち、彼を奴隷王から取り返す事で。

「それじゃあ、第一回というより、二度と訪れて欲しくないが、『闇衲』奪還作戦会議を始める。進行役はこの俺、ゼペット様だ。何か質問は?」

 彼の真の人格が男である事は道中に説明済みなので、誰も何も手を挙げようとしない。彼が少女の口調になるのはおどけている時で、今はその余裕がない以上、暫く彼は本来の口調を貫くらしい。何の質問もない事に口を尖らせながらも、ゼペットは本の山から地図と机を取り出して、家の中心に置いた。

「まず、それがこの街の地図だ。『最下層』が奴隷王の居住区として、入る方法は下層を経由するしかない訳だが、それでいても出入り口は一つだけ。奴の城も馬鹿でかいから、壁をよじ登る事も半端な難易度じゃねえ。何より、俺達の抱える問題はそれだけじゃねえってのが厄介だ」

「どういう事ですか?」

「ああ。リアから話は聞かせてもらったが、『闇衲』はこっちが動きを見せない限り手を出させねえ様にしたらしい。つまりだな。俺達の動きは欠片も知られちゃならねえって事だ。だが―――今、外は妙な事が起きてる」

「妙な事って?」

「戒厳令って訳でもねえが、入る事を許された奴も、今から一年間は家に閉じこもってなくちゃならねえんだよ。外出の際は外を歩いてる奴の部下を呼んで付いてきてもらわなきゃならない。店は例外的に開いているが、それもやはり監視下に入っている。そして基本的に外は奴隷王の配下が巡回してるから、バレたら一発だ。部下呼びつけて『今から闇衲を取り戻しに行くからついてきて』なんて言える訳ねえからな。……一年の期間の意味は、言わなくても分かるだろう?」

 『闇衲』を完全掌握するまでの時間。そう受け取っていいだろう。しかしイヴェノには、その言葉が妙に引っかかって仕方なかった。何が引っかかったって、あまりにも時機が出来過ぎている。レスポルカは戒厳令が敷かれ、こちらでもそれに類似した命令が敷かれるなんて、偶然とは思えない。仲の悪い街同士というのも更に違和感だ。

 やはり、俺達の知らない所で何かが繋がっている……・

 そうとしか考えられない。街同士では仲が悪くとも、個人同士までが仲が悪いかと言われるとそういう事ではない。きっと二つの街同士で繋がっている人間が居て、それが自分達の邪魔をしているとしか思えない。しかし、待って欲しい。この考えで行くと、既に自分達の動きは気付かれているという事になる。ならばもう勝ち目はないが、そうだとするとこの家に攻め込まれていない理由が……ううん。やはり不明瞭だ。情報が足りなさ過ぎる。

「なあ人形師。奴隷王が誰かと仲が良いって話は聞いた事があるか?」

「ん? いやあアイツはそもそも男性恐怖症だしなあ。『闇衲』を除けば対等な奴ってのは居ないと思うぜ?」

 …………やはり、情報が足りない。確実に見えない何かが動いている。

「え? じゃあパパは数少ない対等な人物って事?」

「今まではな。お前を守る為にアイツが奴隷王の所有物になったんなら、対等な人物はいないという事になる」

「本当か?」

「俺の知ってる限りじゃな。居たんだとしても俺は知らねえよ」

 ゼペットは改めて地図を見、不意に言った。

「まずは部下共の巡回ルートを知った方が良いだろう。表層、中層、下層、を三つのグループに分かれて、それぞれ見つからない様に探るんだ。そうしてまずは一か月。この地図にルートを書き込んで隙を見つけなくちゃな」

「待って。一か月ッ? どうしてそんなに時間を掛けるのよ! パパがどうなってもいいの?」

「一年も期間があるんだ。調査に時間を当てないのは損だろ。急ぐ気持ちは分かるが、俺達は一度バレたら終わりなんだ。慎重すぎて駄目って事はない」

「ねえゼペットさん。もしもフォビアさんを私達が取り戻そうとしてる事がバレたら、どうすんの?」

「そん時は……全面戦争だな。やるしかねえよ。幸い、俺は最終兵器を持ち合わせてる。それを使えば何とかって所だが、そうならない事を願うばかりだ。いや、そうならない為にも、調査はしっかりやらないとな」

「分担はどうするのですか?」

「ここに詳しい俺が下層を担当しよう。『赤ずきん』は俺に付いて来い。中層はリアとフェリス、表層は残りの奴等でやってくれ。繰り返し言う様だが、バレたら終わりだ。まずは第一段階だ、失敗したら困るぞ」


























 空しい。何もかも空しい。女がよがろうとも、男が悲鳴を上げようとも、何処までも虚ろな闇が感情を阻害する。何か忘れている様な気がするが、どうでも良い事だ。

 自分の仕事は至って簡単。アイするべき彼女からの命を受けて仕事をするだけ。仕事が終われば後は部屋に閉じ籠り、たまに出される白色の液体を呑み込むだけだ。彼女の部下全員がどうやら同性愛者らしく、アイするべき彼女とせっかく交流しようとしても、部下が邪魔をする。けれども構わない。この身体は彼女のものだ。アイするべき彼女に捧げられた身体なのだ。

「おう、フォビア。奴隷の出荷ごくろうさん。ちゃんと孕ませたかよ?」

「…………ああ」

 アイするべき彼女と過ごせる唯一の時間。殺風景な個室の中で、自分は安らぎの一時を彼女と過ごす。

「いやあ助かったぜ。やっぱオメエが居てくれると仕事が捗るなあ! あれから二か月の間に、売り上げも異様なくらいに伸びて、嬉しい限りだぜ!」

「『あれ』?」

「オメエが本格的にここで働き出した頃だよ! 分かるかあ、ん?」

 そういえばそうだった。自分は彼女との約束を果たすべくこの街に舞い戻り、そして彼女にこの魂を捧げたのだった。あまりにも仕事が淡白すぎて、そんな事もすっかり忘れていた。アイするべき彼女は呆れた様に葉巻代わりの指を捨てると、自分を押し倒し、馬乗りになった。

「そういやあ、俺も体が火照ってきた所だ。慰めちゃあくれねえか? フォビア」

「分かった」

 彼女の周りに男は一人だけ。こうして彼女の身体を慰めるのも自分の役割である。彼女の手によって自分も服を脱がされると、こちらに身体を傾ける彼女を抱き寄せ、そのまま行為を開始する事となった。   

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