ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

創始想愛

 イヴェノの発想は天才だと思う。半分以上の爆弾を使ってレスポルカの外壁を破壊し、騎士団が様子を見に行った所を堂々と正門を抜けて飛び出す。外壁を破壊して出たと思わせたので正門が閉まる事はないし、爆弾は時間差で爆破する様に調整したので、度重なる爆音に気を取られて、多少不審な動きをする人間が居たって、騎士団達の目に付く事はない。所謂ミスディレクションというらしく、安全に通り抜ける為に、城の外周に爆弾を置きつつ正門まで戻ってくるという、とんでもない遠回りをする事になったが、これで気付かれずに出られたのなら無問題だ。

 レガルツィオまでの距離がどれくらいかは分からない。只、無理を押してリアが走ればどうにか数時間程度で辿り着けるくらいの距離なので、早朝の今から走れば、昼か朝の終わる頃にはレガルツィオへと辿り着けるだろう。疲れたら背中に飛び乗っても良いと言われたので、リアは安心して走る事が出来る。

「あ。ねえイヴェノ。そういえばレガルツィオってどうやって入るの?」

「正門に爆弾放り込めばいいんじゃねえか?」

「お師匠! それしたら私達ジ・エンドだよ! 明らかにフォビアさんを取り戻しに来たってバレちゃうじゃん!」

 フェリスの言う通りだ。気づかれない様に、水面下で『闇衲』を取り戻そうというから、レスポルカであそこまで遠回りな事をしたのに、そんな事をすれば全て台無しである。正門を閉じられたらもう入れないというのに、どうしてそんな事をしようと思ったのか。

 そもそも、火薬玉の性質上、イヴェノは隠密行動に向いていない。ミスディレクションはさておき、迂闊に動けば自身の存在を暴露しながら歩いているに等しい。お願いだから、こういう時には何もしないでもらいたい。しかし、レガルツィオで馬鹿正直に行列に並ぶのもそれはそれで馬鹿らしい。更に言えば、渡すモノを持ち合わせていないので、仮に行列へ並んだとしても、自分達は通行する事が出来ない。『闇衲』は何らかのイカサマを使って無償で入ったが、そのイカサマが自分にまで適用されているとは考えにくい。

 リアは彼のフードを深く被り直した。

「因みに、私は特に案を持ってないわよ」

「私もッ!」

「お前は知ってる」

「何で!」

「今まで一緒に居たろ」

「あ、そっか」

 お馬鹿ここに極まれりである。イヴェノは長い事連れ添った少女の頭が突然心配になった。彼に対して異常なくらいに重い愛を持っているリアもリアだが、フェリスもフェリスだ。そんな少女も動機が同じく彼なのを見ると、『闇衲』は少女を誑かす才能に満ち満ちているらしい。ここまで美人な少女達に好かれるなんて早々ない。奴隷王の方が希少な例になるとは誰が想像しただろうか。

 これを幸せ者と呼ぶべきか、それとも災厄体質と呼ぶべきかは人に因る。彼は確か子供が嫌いだった筈だから、彼の視点にすれば後者か。こんな状況で考えるのも問題だし、彼に性欲が殆ど存在しないのも分かっているが、その気になれば花嫁には困らなそうである。朝まで彼への愛を語れる黒髪の少女は居るし、フェリスに至っては憧れの人物に迫られるというだけで陥落するだろうから、彼が娼館に行くような事は無いだろう。行く時があるとすれば、それは恐らく娼館の護衛か娼婦の教育係として…………

「ああああああああああああああああああ!」

「な、何?」

「どうしたのッ!」

 イヴェノは足を止めて、二人の少女を見遣る。気づいてはいけない事に気付いてしまったが、言うべきか、言わざるべきか。これを言うと、特にリアが正気を失ってしまいそうで怖いのだが……

「うんー。えっと、リア。特にリア。暴れないで聞いてくれよー」

「何?」

「えーとなあ。『闇衲』が奴隷王に奪われたって話だが、よく聞いてくれよ。奴隷王がアイツを手に入れた目的は、単純にアイツの事が好きだからって話もあるだろう、理由は知らんけどな。だけども男が居ればさ、捗る事があるんだよ」

 憐れ奴隷王。彼女は彼女の仕事を全うするが為に、彼を愛する少女の恨みを買う事になった。言わなければ爆発しない爆弾だが、それを爆発させる事こそイヴェノの生きがい。何もかも粉砕して、何もかも混沌とさせる事こそ、この世界に生きる唯一の意味だ。目の前の少女がどんな反応をするのかは不安だったが、言わない訳にはいかなかった。

「奴隷商人と言ってもな、商人である以上は客の要望に出来るだけ応えなきゃならないんだー。奴隷は男がいいとか女が良いとか。身長がどれくらいーとか。主な使用用途は性的奉仕か労働か。女性であれば孕んでいるか否か。男であれば局部の長さが…………もう分かったろ。アイツの周りには女性しか居なかった。だから一部要望には応えられない、または手間がかかる事が多かった筈だ」

「…………もしかして」

 それは推量ではなく、確信だった。

「ああ。そういう事だ」

 少女の瞳に光が宿る。それは希望の光か憤怒の灯か。果たしてそれは、憎悪の―――

「おう、リア。こんな所に居やがったか」

 リアの暴走を止めたのは、場違いも甚だしいくらいにのんびりとした少女の声だった。三人が振り返った先には、卑しく口元を歪める少女が、大きく足を開き、両腕を組んで立っていた。本来は威圧感を与える立ち方なのだが、少女の身長のせいで、全く威圧感を感じない。 

「ゼペット……」

 憎悪に囚われる寸前に来たのは意図的だったのか。リアは少女を見つけるや、親にでも甘えるみたいに抱き付いた。少女もらしくなく彼女を抱き留めて「おお、よしよし」と慰める。発言と容姿、その雰囲気が明らかに合致していないが、『闇衲』の周りには変わり者しか居ないのだろうか。

「ふむ……四人か。上出来だな。偉いぞリア。これだけ居たら、まあ十分とは言えねえが無理ではなくなった」

「え?」

 ゼペットの見据える先には、遅れる形で二人の少女が走ってきていた。それぞれ決して一般人とは思えず、鮮やかな金髪を赤いフードで隠す少女は、片腕が血塗れになっていた。もう片方の少女は容姿を除けば一般人の様に見えるが、ここまで来ると、もう一般人が来るとは思えない。『闇衲』自身が異端者だからか、寄ってくる者もおかしな奴ばかりなのは突っ込まない方が良いだろう。少女達がこちらまで辿り着くと、息も絶え絶えになっている片方を尻目に、金髪の少女がゼペットの片目に指を突っ込んだ。

 柔らかな眼球が潰れ、指の根元まで突き刺さっている。ゼペットはもう片方の目を何度も瞬かせながら、自分に起こった事態について心内で把握していた。

「急にどうしたんだ?」

「―――成程。貴方が彼の人形師ゼペットですか。まさか少女だったとは思いませんでしたが、奇妙な事もあるものですね」

「ああこれは別に……待て。その呼び方をするって事は、お前『赤ずきん』か。相棒も妙な奴を連れてんだな。童話シリーズの奴とは驚いたぜ」

 リアが顔を上げて、双方を交互に見遣る。

「え、何? 二人は知り合いなの?」

「詳しい話は後にしようぜ。相棒が完全に掌握されるまで時間の問題だ。どうせこんな所に突っ立ってたんだから、レガルツィオへの入り方が分からねえとでも思ってたんだろ?」

 バレてる。三人が目を逸らすと、ゼペットは歪に笑いながら、リアの手を引いた。

「付いて来い。こういう時の為に地下道が用意してあんだ。それを通りゃあ検問なんざ無意味。さあ、早速作戦会議と行こうか。戦略的に戦わなきゃ、取り戻すのは難しいぞ」



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