ダークフォビア ~世界終焉奇譚
残した糸を手繰り寄せて
予期せずして、心強い味方が手に入った。特にあのフェリスという少女は『闇衲』のファンというだけはあって、最初からこちらには好意的だった。「お師匠が面倒臭がったら私に任せて!」と言っていたので、彼が面倒くさがった際にはあの子を頼ればどうにかなりそうだ。
二人には宿屋の横で待機してもらうとして、問題はシルビアと『赤ずきん』。彼をおいて帰ってきたと知ったら、シルビアはともかく『赤ずきん』はどう反応するのだろうか。彼は自分と全く同じくらいとは言わないが、少なくとも過剰の類に入るくらいには好いていた。そんな彼女に、リアの犯した失態を、自分のせいで『闇衲』を失ったなんて教えた日にはどうなるか。その答えを、リアは身を以て知る事となった。
二人の寝室へ入った瞬間、強烈な掌底がリアの顎を捉え、彼女を昏倒させんと吹き飛ばした。開幕早々掌底を叩き込まれるとは夢にも思わず、掌底は避ける間もなく命中。そのまま倒れ込み、微かな意識で『赤ずきん』を捕らえるしか無かった。
金髪の少女は口を堅く引き締めながら、軽蔑する様な瞳で、こちらを見下ろしている。その背後では不安気な表情の少女が、事の成り行きを見守る様に両手を組んでいた。この様子だと、どういった経緯かは知らないが、何が起きたかを悟っている様だ。でなければリアに攻撃してきた意味が分からず、精神異常のなくなった『赤ずきん』が、そんな無意味な事をする筈がない。二人共、もう分かっているのだ。
自分だけがここに帰ってきた意味。そして『闇衲』が居ない意味。
「私は、貴方を許していません」
一言。絶対の拒絶を含んだその言葉に対して許しを請う言葉を、リアは知らなかった。知っていたとしても、その拒絶があまりにも強すぎて、使えるとは思えなかった。彼女の瞳には『良い子』の際には見えなかった怒りと殺意が入り混じっており、その矛先は勿論リア。更に言えば、もうその矛は半ばまで突き刺さっていた。反抗の余地はない。どう言い繕おうと、手遅れである。出来る事があるとすれば、この矛が背中まで貫通しない様に、進行を食い止める事だけである。
「私は、貴方を許していません」
もう一度言い切って、その意思を露わにする。リアは真っ向からその批難を受け止めて、弱点をさらけ出す様に頷いた。
「ごめんなさい」
それしか言えない。言える筈もない。付いてきたのが彼女であればこんな失態もしなかったろうに、自分が行ってしまったがばかりに、彼は戻って来なくなってしまった。彼を慕い、または彼に誘われた少女達にとって、それは何よりも避けるべき事態だった。その筈だったのに、避けられなかった。自分の感情を優先してしまったがばかりに、最悪の結末を迎えてしまった。
『赤ずきん』がゆっくりと腰を下ろして、リアの上を取る。胸倉が掴まれて、彼女の顔が急接近した。
「何をしたか分かっているんですか? 『狼』さんを何処の馬の骨とも知れぬ女に渡して! 貴方は自分のやった事が…………チッ!」
殴る価値すらないとばかりに解放されたが、飽くまでリアは冷静に、情報を共有する。今、感情的になって言い争ったり、変に仲違いをしている場合ではない。ぶん殴られようと蹴っ飛ばされようと
、抵抗をするだけ時間の無駄だ。
「どうして『赤ずきん』がそれを知ってるの?」
「知ってますよ! 私がその気になれば、状況を把握する事くらい容易いに決まっているでしょう。早朝に出発したと思ったらやけに遅くて、気になって調べたらこんな事になってるなんて! それでも貴方は娘ですかッ?」
「娘だよ。だから今、パパを連れ戻そうと努力してる」
「開き直るな! お前が馬鹿やらかしたせいで……狼さんは…………!」
「もうやめろっつってんだろ。今は真夜中だぞ、少しは声量考えたらどうだ」
その声が追い求めた彼のモノだったならばどれ程良かったか。歯を剥き出しに張り合っている二人の間へ割り込んだのは、合同授業の際に見せた、通称『黒いシルビア』だった。『赤ずきん』は見た事がないから戸惑っていたが、この『闇衲』に酷似した雰囲気は、紛れもなくそれだった。変わったのは雰囲気だけなので、リアにしても『赤ずきん』にしても殺ろうと思えば殺れる筈なのに、その圧倒的な殺意がそれを許さない。
「し、シルビア?」
「時間帯を考えてよ。ここ、私達じゃないの。他の人がたくさん寝てるの。迷惑だって思わないの?」
彼女の言う通りだった。耳を澄まして聞いてみると、かなりの人数が、先程の言い争いで眠りを浅くした様だ。寝返りを打ったり、うなされる声が聞こえる。彼女が止めてくれなければ、喧嘩の声量と共に火種もますます大きくなってしまって、彼が戻ってきたとしても、修復不可能な溝が生まれていた事だろう。
飽くまで平穏を望む一般人だからこそ、提案出来た案だった。
「それにさ。今はさつ……お父さんを取り戻すのが先でしょ。言い争いは後にするべきだと思うんだけど」
「……そうね。ごめんなさいリア。少し、頭に血が上り過ぎてたみたい」
「いいの。悪いのは私だし。それで、二人には協力してもらいたいんだけど」
リアは自身の持ちうる全ての情報を話した。現在協力を確約してくれている協力者についても全てを話し、その上で協力を仰いだ。全ては彼の為。自分の大好きな殺人鬼の為に。
「そこまで集めていたとは。勝算の無い戦いは好きではありませんが、そこまでの人物が集まっているのならいけるかもしれませんね。乗りましょう」
「私も乗ります。殺人鬼さんを取り戻したいですから」
二人には特別記せる様な逡巡も無ければ葛藤も無い。純粋に彼を助けたいという思いで団結していた。シルビアの介入もあって話が円滑に纏まると、リアは踵を返して、階段を降りていく。
「有難う。じゃ、明日の朝、ここの入り口で集合しましょ? 私は他の協力者に話をつけてくるから、今日は別の場所で寝るわ」
「お休みなさい」
「お休み」
「お休み、二人共」
一刻を騒がせた喧嘩は、竜頭蛇尾に終わった。
宿屋の横に回り込むと、イヴェノが六つの火薬玉を器用に投げて、両手の間で回転させていた。所謂曲芸に相当する芸当であり、素人がやろうものなら三つ程度で失敗する。彼は火薬玉でやっているので、落とせば漏れなく足元が吹っ飛ぶだろう。
何となく見入っていると、視線に気が付いたイヴェノが、これまた器用な方法で火薬玉を全て収納し、首を小気味よい音と共に回した。
「終わったみたいだなー」
「うん。ねえ、イヴェノ。まだ聞いてない事もあるし、出来れば貴方達の事、もっと知りたいんだけど……寝床に連れて行ってくれない?」
「ああ構わないぜ? ただ、フェリスの要求も聞いてやってくれよなー。さっきも言ったけどこいつ、ファンだからさ」
「そうなの! リア、フォビアさんの事色々教えてよ! 私の事で良ければ色々教えるからさ! ね、いいでしょ! え、やったーマジハッピー!」
まだ何も言っていないが、情報を共有する事は単純に結束力を強める。今日は日も落ちてしまったので、次の日までは彼等と過ごそうと思う。本当に信頼に足る人間か、それは一夜を共にすれば分かる事だ。
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