ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

最悪と不幸の渦巻く街

 ゼペットはとんでもないロクデナシだが、利害の一致から、最後まで約束は貫き通す男……少女だ。どっちで呼んでいいか分からないが、取り敢えず元々は男だったという事で、男と呼ぶ事にしようか。

 リアという余計な人物が纏わりついては来たが、こうして再び、碌でもない人形師と『殺人鬼』は組む事になった。こちらは死体もとい材料の調達と、人形師の警護。人形師は取引相手から情報を引き出し、それを『殺人鬼』に伝える。ついでに住居も貸し与える。『吸血姫』との関係が共闘関係にあったのならば、彼との関係は言うまでもなく利害関係である。彼女と違う点は、あれはお互いに馬が合ったから共闘関係にあるのであって、何かのきっかけで破綻しないとも限らない。一方、彼との利害関係は、彼が人形師である限り続くので、破綻するような事はあり得ないという事だ。

 更に言えば、どれ程仲良くたって『吸血姫』は異性だが、ゼペットは同性。それだけでも話しやすさは随分変わり、腹が立つ事はかなりあるが、彼は普通に殺す分には後で生き返らせればそれで良いので、怒りを抑える必要が無い。今だって腹が立ったので、首をへし折った所だ。面倒なのは生き返らせる為にキスをせねばならず、その度にリアが不機嫌そうにする事だが、彼女は一体何に不機嫌になっているのか。自分の事を好いてくれるのは嬉しいが、これは愛情表現でも何でもなく、蘇生処置に等しい行為なのだが。

「首、大丈夫か?」

「折った奴が言う事じゃねえだろう。まあいいや。早速製作活動に取り掛かりたいんだが、材料の調達をお願い出来るか?」

「分かった。今回はどんな死体をご要望か?」

「そうだなー。相棒との再会の記念に、成人男性いっとくか! 出来れば格好いい奴を頼むぜ、それと筋肉質で色白で、目の色が―――」









 家を出て、ここはレガルツィオ『中層』。表層よりも危険な人物が多く、下層よりは危険の無い場所と来ればここしかない。あそこはリアと一緒に歩くにはあまりに危険すぎるので、幾ら製作活動の材料を調達する為と言っても、歩く訳にはいかない。

 じゃあ『狂犬』を置いて行くのはいいのかという話だが、知りたいのは飽くまで彼の情報のみ。彼の過去さえ知れれば、最悪彼自体はどうなっても構わない。生きているに越した事はないのでアルラデウスの酒場に置いておいたが、恐らく今は従業員として働かされているのではないだろうか。

―――上手くやれよ、リア。

 男の癖に男の注文が煩かったが、運よく丁度いい人間を見つけた。やはり数万人も居れば易々と見つかる事だってあるらしい。居住者の割合も『中層』が一番多いし、それ程の幸運では無い。普通に襲っても良かったが、下手に身体を晒して奴隷王に自分が戻ってきた事を知られると不味い……主にリア的な意味合いで……ので、ここは彼女一人に行ってもらう。

 個人的にはあまり好きではないが、色仕掛けでこちらに連れてきてもらうのである。男性嫌いの振り切れている彼女にやらせるにはあまりに負担が大きいので、もしも文句なしに成功を収める事が出来たら……後で考えよう。今は路地裏に身を潜めて、彼女の足音を待つのみだ。

「あーパパだ―!」

 これは自分では無い。こんな媚びる様な声で呼ばれたら顔面を潰してしまうだろう。見ていないので分からないが、対象に近づく為の切っ掛けを作ったに違いない。妙な不安が背中を這いずり回る感覚に耐えられなくて、片目だけを外に出す。

 見ず知らずの少女にパパと呼ばれて、対象者は困惑していた。

「え、君は……」

「やだな~もう。私の事、忘れちゃったの? パパったら、忘れん坊なんだから♡」

 リアは対象者の局部付近を愛でる様に撫で回す。こちらからでも、男性の勃起は直ぐに確認出来た。彼女の手が既に震えているが、それが猶更快感を刺激する様で、数分程撫で回された男の股間は、既に染みが生まれていた。この時点で男は、少女が娼婦か何かだと勘違いするだろう。或いは男を転々と誘惑して日々を過ごしている者だと勘違いするだろう。

 だからこそ、彼女が即興で作った設定には、乗り気になる。

「あ、ああ。お父さんは探したんだぞお前の事! 全く、お父さんの傍から居なくなるなんて、悪い娘だな!」

「ごめんなさーい♪ でも私、また教えてほしいなあ? イケナイ事をしたらどうなるのか……じっくりと♡」

 素人でも実に分かりやすい誘いである。リアは対象者の手を取って、自らの胸に押し当てる。まだ未成熟な胸にしても、胸は胸。体質的な問題なのか、全体的に感じやすい少女は、艶っぽい声を出して、男の理性にナイフを押し当てる。次が、止めだ。リアは器用に対象へしがみつき、耳元で吐息を多分に含む、囁きを残した。

「私のお腹の中に……パパの事、たっくさん刻んで欲しいなあ……♡」

 腕力的な問題のみを見れば、少女が手を引っ張ろうとも、男は簡単に抗えた筈である。にも拘らず引っ張られたのは、偏にこの後の快楽を予想しての事であり、望むならば仕方ないと、年端もいかぬ少女を犯す事への背徳感を、精神的に防衛していたからである。体質的に一発で孕んでしまうとはいえ、彼女の子宮を己の劣情で満たす事は、男には造作もない事なのだろう。彼女の足音が近づいてきたので、顔を出すのをやめて、『闇衲』はただ息を潜める。彼女の足音が遂に路地裏へ入った時、興奮を抑えきれぬ男が、遂に彼女を押し倒した。

「キャッ!」

「ま、全くイケナイ娘だ! お父さんを、こ、困らせるなんて! そんな子にはオシオキしないとなあ!」

 ここを使う為だけに、反対側の入り口は適当に殺した死体を吊るしてミスディレクションを図っている。人が来たとしても男を殺すだけの時間は十分だと言えるだろう。『闇衲』は音もなく飛び出して、リアの唇を貪ろうとする男の耳を思い切り蹴飛ばした。

「…………ッ!」

 過剰な力で吹き飛ばされた男は壁に叩き付けられたが、この程度で気絶する程人間は脆くない。素早く首を絞め上げて、男の息が止まるのを待つ。首を折ってしまうと材料としての質が悪くなってしまうので、こればかりは仕方ない。

「リア。お前は反対側の出口からアイツの家に戻れ」

「え? どうして?」

「俺とお前が組んでいると知れたらお前が使いにくい。今日は直ぐにぴったりの材料を見つけられたし、丁度いい。さっさと帰れ。振り返るな」

 リアは背中に付着した砂埃も気にせず、華麗に飛び起きるや、言う通りに反対側の路地から抜けていった。まがりなりにも今まで人を殺していた訳では無い。幾ら一人にしたからと言っても、素人では彼女を捕まえられない。

 息の根が止まったのを確認。物言わぬ肉塊となった男を抱え上げて、『闇衲』もまた反対側の出口から出ていくのだった。

 仕事完了だ。ここでの殺人は教育でも無ければ快楽でも無いので、飽くまで義務的に行わせてもらう。面白くないと言われても、材料を調達するだけなのに面白おかしくする意味はないだろう。念の為に出口付近の角を警戒しつつ、ゆっくりとした足取りで路地裏を出ると、


「よう、フォビア。てめえここに帰って来てやがったのか」


 白銀の獣毛がこれでもかとちりばめられた大きめのマント。顔の全体に焼き付いた火傷に、無造作に咥える成人男性のモノと思わしき指の数々。総計五本にして一組。人の手の形に沿って、小指、薬指、中指、人差し指、親指と繋がっている。何故あれを咥えたまま喋る事が出来るのかは永遠の謎だが、今はそれを気にしている場合ではない。

 妙な覇気を身に纏う女性の手元には、リアが抱えられていた。気絶しているらしく、綺麗な黒髪をだらんと垂らして、背骨を内側に半ば以上も反っている。

「奴隷王……マグナス」

「クッハハハハハ! 覚えていてくれるなんて嬉しいじゃねえか?」

 こちらは全く嬉しくない。バレない様に気を払ったつもりなのに、どうして。何故ここに。こちらの動揺を見透かす様に、マグナスは「チッチッチ」と指を振った。

「俺はここの領主だ。出入りを把握してんのは当然だろ? まさか帰ってきてくれるとは思わなくてなあ、今みてえにわざわざ迎えに来てやったよ。で、このガキは何だ? テメエの臭いがするが、まさか女と盛ったってえのか?」

「返せ?」

「ああん?」

「そいつを返せ奴隷王。ソイツは俺と何の関係も無い」

 瞬間、『闇衲』が踏み込んだ。虚を突いた行動は、こちらのナイフをあと一歩の所まで近づけたが、何処からともなく現れた白服の者達に抑え込まれて、敢えなく失敗。持ち前の馬鹿力でどうにかしようにも、複数人に関節を極められては、動けなかった。

 それでも睨み殺さんとする『闇衲』と真っ向からにらみ合い、マグナスは脅迫する様にリアの喉元を掴んだ。

「テメエ、誰に口きいてやがんだ! このメスガキの顎、潰したっていいんだぜッ?」

「やめろ!」

「だったらあ、頼み方ってもんがあんじゃねえのか? このマグナス様に、なあ? なあ!」

 売られないだけマシ、とは思わない。むしろ売られた方が、こちらにしては都合が良い。売られてもそれを取り返せばいいだけなのだからまだ希望がある。しかしここであの少女を徹底的に破壊されてしまうと、彼女が人形だったという衝撃の展開でもない限り、彼女は至って普通に命を落としてしまう事になる。また、死体となっても価値は変質するので、放置すれば死体愛好家に売り飛ばされてしまうかもしれない。

 従うより他は、無かった。

「……お願いします。その子を、放してあげて下さい。俺とは、何の関係もありません」

「足、舐めろ」

 少しも拒絶してはならない。すればリアが死ぬ。『闇衲』は懸命に舌先を出して、突き出されたマグナスの靴を舐めていた。久しぶりに血と土の混じった味を感じていたが、気まぐれに突き上げられた爪先が鼻先に命中。鼻血が噴き出す。

「おっと、悪ぃな」

「……いや、気にしていない」

「そうかそうか。いやあ随分としおらしくなったじゃねえかフォビア。少し前のテメエなら、こんな時にも狂犬みてえに暴れてたってのに。何だ、そんなにこのガキが愛おしいか?」

「…………悪いのかよ。人を愛しちゃ駄目なのか?」

「いいやあ? テメエの弱点を知れて俺ァ良い気分だ。オメエ等、そいつを縛り上げろ。俺の城に連れて行くぞ」

 マントを翻して、奴隷王はご機嫌そうに部下を連れて歩き出した。こちらに行動の決定権は無い。仮にあったとしても、リアの為を思えば、失くしたままの方が良い。

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