ダークフォビア ~世界終焉奇譚
暇には命を、殺し合いに花を
今すぐ学校に行っても良かったのだが、そんな事をしても喜ぶのはリアくらいである。『赤ずきん』曰く、授業は六限目との事なので、それまで何をするか。有り体に言えば、暇になった。
彼女の発言の信憑性についてだが、それに関しては心配しなくてもいい。『赤ずきん』自体が自分に好意を持ってくれているお蔭で、嘘を吐く意味がないのだ。それと、彼女は自分との賭けに負けて、リアの手助けをする事になっている。リアの手助けとは、言葉の上では抽象的だが、簡単に考えればリアが泣かない様にするという事でもある。
ともすれば、正直者で居続けなければならない。嘘を吐けば、基本的には誰かが泣く。であれば嘘は吐かないに越した事はない。
今の問題は、六限目までどのように時間を潰すかという事である。悪戯に魔物を虐殺するのも面白いが、変に血の外装を纏ってしまえば、最悪出入り禁止である。自ら唯一の入り口を潰して、その前で入り口が塞がれたと喚くような間抜けな事をする訳にはいかないので、その案は却下。望みは程良く時間を忘れられて、且つ血腥くない何か。『吸血姫』は流石に本来の仕事に戻っているだろうから尋ねる訳にはいかないし、テロルには三日後と言っているので、会いに行くのは約束が違う。
「だったら『狼』さん。私と戦ってみませんか?」
「断る。お前、イカサマするからな」
『イクスナ』を持っている自分が言えた事ではないが、滅多な事では使わない。村での使用は特例として、あんまりにも有用な能力は、自分から緊張感というモノを無くしてしまうからだ。
森羅万象、刹那に起きる物事一つどれを取っても、それを楽しいと思えるのは緊張感があるから。それが無くなってしまえば、如何様に素晴らしい出来事であったとしても、無味乾燥なモノになってしまう。その理由から、『闇衲』は『イクスナ』を使わない。使いたくない。他にも理由はあるが、それは……別に、ついでという訳ではないが、比率としては、享楽を優先しているこちらの方が大きい。ただし、もう一つの理由は尊重しなければミコトみたいな邪魔者を引き寄せる要因になるので、決して蔑ろにしていいモノではない。
理解する必要はない。もう過去の事だ。『闇衲』が記憶に値する記憶とはリアと出会った瞬間から今までの記憶だけであり、それ以外は全てゴミみたいなモノだ。流石に言い過ぎた自覚はあっても、発言を後悔するつもりはない。彼女を愛するとは、要はそういう事だから。
「安心してください。本気の殺し合いをするつもりはありませんよ。そんな事をしたら、私だって勝てるかどうか分かりませんし」
「お前は俺の道具だ。壊すつもりはないさ」
「でも狂ったら壊すでしょう? 噛み合わなくなった歯車を残していても、仕方ありませんし」
「まあな」
「だから、そんな事はしません。その代わり『狼』さんも、あのカードは無しにしてくださいね?」
もとよりそのつもりだ、と。肯定を含んで言う前に、『赤ずきん』が話を続けた。
「それと、武器はナイフ一本だけ。こちらも、それだけで戦います。適当な時間になったら私が止めますから、やってみませんか?」
悪い話ではない。程々に殺し合うとでも言えばいいのか、『赤ずきん』はその年齢にして、この辺りの加減を良く分かっている少女だった。いい加減に戦えば死ぬ、全力で戦えば死なない。死は近く、されど遠く。その距離感を分かっている人物が自分以外に居るという事は、『闇衲』の気分を少しばかり回復させた。
やはり洗脳を解除して正解だったと思う。同じ事を考えたのはこれで二度目。そして三回も四回も同じ事を思うのは目に見えていた。彼女は少し背伸びをしてるくらいが一番似合っており、守りたくなるような弱い性格はシルビアにでも譲り渡しておけばいい。丁度、性格的には被らなくて済んでいる。
リアが活発な、それでいて甘えん坊な女の子。
シルビアが少し弱気な、大人しい女の子。
そして『赤ずきん』がひねくれた、背伸びしている女の子。
妹状態でも被ってはいないのだが、あれは控えめに言って気持ち悪いから却下である。仮に告白されたとしても、『闇衲』は人類が恋の概念を知って以降、最低の言葉で拒否したに違いない。結論から言ってどっちもあり得ないのだが、どちらを抱けばいいかと聞かれたら、迷わず『闇衲』は今の彼女を選ぶ。それくらい、あの妹状態は気持ち悪い気色悪い黙って欲しい声を出さないでほしい。彼女自身も不本意な性格という時点で、二度と出てくる事は無いだろうから言わせてもらう。あの声を一つ聞く度、『闇衲』は彼女の身体の部位を剥ぎ取りたくて仕方なかった。特に舌は、真っ先に切り落としたかった。
「……そこまで言うなら、やろうか。少し場所も変えよう」
言い忘れたが、ここはレスポルカから少し離れた草原の中。街路から離れているので目撃される事は少ないが、あり得ないという訳ではない。程々に殺し合いをする為には、そんな可能性を完全に潰す事が推奨される。
単純に、同じ人物にその事を尋ねられた際、返す言葉が思いつかないから。二人はルコルポカの反対……に行った所で、街路は都市を突き抜けて存在している。それは行き過ぎなので、丁度都市の真横まで、移動した。
「ここなら、二人きりですね」
「悪意の言い方はやめろ。準備は…………」
否。その問いすらも、殺し合いには不要である。殺し合いたければ、襲い掛かればいい。ただ、それだけの事。
先に動いたのは『赤ずきん』だった。ナイフを逆手に姿勢を低くし、猛然と襲い掛かってくる。突きか斬りか、それとも体術の方か。考えている暇はない。感覚的に動いたのは足だった。少女の頭部を蹴っ飛ばすつもりで振り抜くと、少女の身体が霧の様に歪み、容易くその蹴りを躱した。知っていた事だ。強引に筋力を反射させて蹴りを中断。軸足に切り込んできた少女の動きに合わせて蹴りを、今度は背後に振り抜けば、その矮躯をぶっ飛ばすくらいは容易い。距離にして十歩程吹き飛ばされた『赤ずきん』は、空中で何回転もして、地面との擦過を経て、受け身を成立させる。
遅い。
その受け身の取り方はあまりに無駄が多すぎる。曲芸として披露する分には合格だが、実戦ではあまりにも非効率的だ。『赤ずきん』が眼前を見据えた頃、既に『闇衲』のナイフが、彼女の耳を削ぎ落とさんと放たれていた。天性の反射神経とも呼ぶべき、最早理論では説明のつかない反応速度が無ければ、彼女の耳は横に二分されていただろう。実際には、伸びきった肘を瞬間的に極め、下から突き上げる様に掌底を叩き込まれたせいで、武器を捨てさせられた。痛手だが、片腕が機能停止するよりはマシである。脇腹に打ち込まれた肘打ちを後方に飛んで回避。攻撃が空振るのを見送るや、直ちに引き足から瞬発し、目の前の少女へ体当たりを叩き込んだ。あちら側では、急に視界を埋められて動揺している事だろう。となれば、後ろに下がるしかない。いや、吹っ飛ぶしかない。
大袈裟に吹き飛んだ『赤ずきん』を、『闇衲』は捉えて離さなかった。背後に転がって距離を取ろうとする彼女にピタリと張り付いて、起き上がった瞬間に一撃を叩き込まんとする準備を整える。一度体勢を整えれば、それで彼女の敗北だ。こちらは渾身の一撃を叩き込む予定で居る。
その予想は、意外な形で裏切られた。途中から悟ったのか、『赤ずきん』は幾らか転がった所で不意に動きを停止。立ち上がらなければ攻撃されないという訳ではないので、彼女がそうやっていつまでも寝転がっているのなら、踏み潰してやればいいだけだ―――
足先がこちらへ向けられているのを見て、気づくべきだった。『闇衲』が近づくと、彼女はバネの様に上半身を伸ばして、こちらの胴体に強烈な飛び蹴りを放った。余さず伝えられた衝撃に、『闇衲』の巨体も抗えない。二、三歩のたたらで済ませたが、その時にはもう、『赤ずきん』は体勢を立て直し、いつの間に奪ったのやら、隠していたもう一本のナイフが彼女の手に握られている。
「…………これは、厄介だな」
「駄目じゃないですか。武器を持ってちゃ」
考えるならば、体当たりの時。あの時、彼女は大袈裟に吹っ飛んだが、それはナイフを抜き取った事を隠す為の囮でもあったのだろう。事実、こうして目前にするまで『闇衲』は気が付かなかった。今度こそ武器は無く、取得の為には背後まで取りに行かなくてはならない。
けれども、この少女に背中を見せるのは、避けたい事態だ。何をしてくるか分かったモノじゃない。跳び起きるだけかと思いきや、一転してそれを蹴りとして利用してくるくらいの柔軟さだ。背中でも見せれば、首に関節技をかけて来ても不思議ではない。
『闇衲』は暫く考えた後、武器は不要と結論付けた。武器があれば有利という訳でもないし、逆も然り。『赤ずきん』が息を吐いた瞬間、彼我の間にあった距離が一瞬で詰められる。驚愕に満ちる少女の顔。必殺の拳を突き出すと、やはり驚異的な反射で彼女は回避し、その筋肉をナイフで切りあげた。その勢いは凄まじく、骨身に触れたにも拘らず、腕の半分が切り裂かれた。久方ぶりの激痛に声を荒げそうになるが、そんな人間らしい感性よりも先に、もう片方の腕が鞭のようにしなり、『赤ずきん』を叩いた。
完全なる脱力の果たされた腕は、鞭の持つ、所謂『柔の内に潜む剛』を獲得しており、少女の平衡感覚を崩すには十分な威力を誇っていた。顎を叩かれた少女は、その場にぺたんと座り込み…………首を傾げた。
「…………降参、です」
「認めん」
演技である事を見抜くのに時間は必要ない。彼女は『天運』を一人で屠った少女だ、この程度で降参という事はあり得ない。髪を掴んで、改めて地面に叩き付けようとすると、突然彼女の身体が浮かび、『闇衲』の身体が言う事を聞かなくなった。それが魔術によるモノだと理解する頃には、彼女の周囲から発せられる斥力により、吹き飛んでいた。
「『狼』さん相手に、馬鹿正直な戦闘では勝ち目がないと悟りました。別にイカサマではありませんよ?」
「……そうだ、なッ!」
内臓を壊された気分だ。今に感じる猛烈な吐き気は、気のせいなんかではない。目の前にぶちまけてやると、吐瀉物に紛れて、赤っぽい何かが一緒に出てきていた。確かに、イカサマではない。彼女は彼女の使える手段を有効活用しただけ。それだけの事。これをイカサマとは言わないし、元々二人の言っていたイカサマとは、これの事ではない。
もっと上の、理不尽なモノだ。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。まだまだ戦闘は始まったばかりだ。六限目までは、倒れられないさ」
十五分も掛かっていない戦闘でネを上げては、せっかく提案してくれた『赤ずきん』にも悪い。殺人鬼の誇り……なんてあるとは思えないが……にかけて、『闇衲』はこの戦いを悪戯に続ける事を心に決めた。
殺戮抜きに、こういった戦いも、悪くはない。自分の命が危機に脅かされていると分かるだけで、胸の内がぞくぞくする。背中に背負った罪が、産声を上げる。これだから殺し合いはやめられない。これだから戦いはやめられない。
特に強者との戦いは、好ましい。口元に付着した血液を拭いつつ、『闇衲』は再び動き出した。
彼女の発言の信憑性についてだが、それに関しては心配しなくてもいい。『赤ずきん』自体が自分に好意を持ってくれているお蔭で、嘘を吐く意味がないのだ。それと、彼女は自分との賭けに負けて、リアの手助けをする事になっている。リアの手助けとは、言葉の上では抽象的だが、簡単に考えればリアが泣かない様にするという事でもある。
ともすれば、正直者で居続けなければならない。嘘を吐けば、基本的には誰かが泣く。であれば嘘は吐かないに越した事はない。
今の問題は、六限目までどのように時間を潰すかという事である。悪戯に魔物を虐殺するのも面白いが、変に血の外装を纏ってしまえば、最悪出入り禁止である。自ら唯一の入り口を潰して、その前で入り口が塞がれたと喚くような間抜けな事をする訳にはいかないので、その案は却下。望みは程良く時間を忘れられて、且つ血腥くない何か。『吸血姫』は流石に本来の仕事に戻っているだろうから尋ねる訳にはいかないし、テロルには三日後と言っているので、会いに行くのは約束が違う。
「だったら『狼』さん。私と戦ってみませんか?」
「断る。お前、イカサマするからな」
『イクスナ』を持っている自分が言えた事ではないが、滅多な事では使わない。村での使用は特例として、あんまりにも有用な能力は、自分から緊張感というモノを無くしてしまうからだ。
森羅万象、刹那に起きる物事一つどれを取っても、それを楽しいと思えるのは緊張感があるから。それが無くなってしまえば、如何様に素晴らしい出来事であったとしても、無味乾燥なモノになってしまう。その理由から、『闇衲』は『イクスナ』を使わない。使いたくない。他にも理由はあるが、それは……別に、ついでという訳ではないが、比率としては、享楽を優先しているこちらの方が大きい。ただし、もう一つの理由は尊重しなければミコトみたいな邪魔者を引き寄せる要因になるので、決して蔑ろにしていいモノではない。
理解する必要はない。もう過去の事だ。『闇衲』が記憶に値する記憶とはリアと出会った瞬間から今までの記憶だけであり、それ以外は全てゴミみたいなモノだ。流石に言い過ぎた自覚はあっても、発言を後悔するつもりはない。彼女を愛するとは、要はそういう事だから。
「安心してください。本気の殺し合いをするつもりはありませんよ。そんな事をしたら、私だって勝てるかどうか分かりませんし」
「お前は俺の道具だ。壊すつもりはないさ」
「でも狂ったら壊すでしょう? 噛み合わなくなった歯車を残していても、仕方ありませんし」
「まあな」
「だから、そんな事はしません。その代わり『狼』さんも、あのカードは無しにしてくださいね?」
もとよりそのつもりだ、と。肯定を含んで言う前に、『赤ずきん』が話を続けた。
「それと、武器はナイフ一本だけ。こちらも、それだけで戦います。適当な時間になったら私が止めますから、やってみませんか?」
悪い話ではない。程々に殺し合うとでも言えばいいのか、『赤ずきん』はその年齢にして、この辺りの加減を良く分かっている少女だった。いい加減に戦えば死ぬ、全力で戦えば死なない。死は近く、されど遠く。その距離感を分かっている人物が自分以外に居るという事は、『闇衲』の気分を少しばかり回復させた。
やはり洗脳を解除して正解だったと思う。同じ事を考えたのはこれで二度目。そして三回も四回も同じ事を思うのは目に見えていた。彼女は少し背伸びをしてるくらいが一番似合っており、守りたくなるような弱い性格はシルビアにでも譲り渡しておけばいい。丁度、性格的には被らなくて済んでいる。
リアが活発な、それでいて甘えん坊な女の子。
シルビアが少し弱気な、大人しい女の子。
そして『赤ずきん』がひねくれた、背伸びしている女の子。
妹状態でも被ってはいないのだが、あれは控えめに言って気持ち悪いから却下である。仮に告白されたとしても、『闇衲』は人類が恋の概念を知って以降、最低の言葉で拒否したに違いない。結論から言ってどっちもあり得ないのだが、どちらを抱けばいいかと聞かれたら、迷わず『闇衲』は今の彼女を選ぶ。それくらい、あの妹状態は気持ち悪い気色悪い黙って欲しい声を出さないでほしい。彼女自身も不本意な性格という時点で、二度と出てくる事は無いだろうから言わせてもらう。あの声を一つ聞く度、『闇衲』は彼女の身体の部位を剥ぎ取りたくて仕方なかった。特に舌は、真っ先に切り落としたかった。
「……そこまで言うなら、やろうか。少し場所も変えよう」
言い忘れたが、ここはレスポルカから少し離れた草原の中。街路から離れているので目撃される事は少ないが、あり得ないという訳ではない。程々に殺し合いをする為には、そんな可能性を完全に潰す事が推奨される。
単純に、同じ人物にその事を尋ねられた際、返す言葉が思いつかないから。二人はルコルポカの反対……に行った所で、街路は都市を突き抜けて存在している。それは行き過ぎなので、丁度都市の真横まで、移動した。
「ここなら、二人きりですね」
「悪意の言い方はやめろ。準備は…………」
否。その問いすらも、殺し合いには不要である。殺し合いたければ、襲い掛かればいい。ただ、それだけの事。
先に動いたのは『赤ずきん』だった。ナイフを逆手に姿勢を低くし、猛然と襲い掛かってくる。突きか斬りか、それとも体術の方か。考えている暇はない。感覚的に動いたのは足だった。少女の頭部を蹴っ飛ばすつもりで振り抜くと、少女の身体が霧の様に歪み、容易くその蹴りを躱した。知っていた事だ。強引に筋力を反射させて蹴りを中断。軸足に切り込んできた少女の動きに合わせて蹴りを、今度は背後に振り抜けば、その矮躯をぶっ飛ばすくらいは容易い。距離にして十歩程吹き飛ばされた『赤ずきん』は、空中で何回転もして、地面との擦過を経て、受け身を成立させる。
遅い。
その受け身の取り方はあまりに無駄が多すぎる。曲芸として披露する分には合格だが、実戦ではあまりにも非効率的だ。『赤ずきん』が眼前を見据えた頃、既に『闇衲』のナイフが、彼女の耳を削ぎ落とさんと放たれていた。天性の反射神経とも呼ぶべき、最早理論では説明のつかない反応速度が無ければ、彼女の耳は横に二分されていただろう。実際には、伸びきった肘を瞬間的に極め、下から突き上げる様に掌底を叩き込まれたせいで、武器を捨てさせられた。痛手だが、片腕が機能停止するよりはマシである。脇腹に打ち込まれた肘打ちを後方に飛んで回避。攻撃が空振るのを見送るや、直ちに引き足から瞬発し、目の前の少女へ体当たりを叩き込んだ。あちら側では、急に視界を埋められて動揺している事だろう。となれば、後ろに下がるしかない。いや、吹っ飛ぶしかない。
大袈裟に吹き飛んだ『赤ずきん』を、『闇衲』は捉えて離さなかった。背後に転がって距離を取ろうとする彼女にピタリと張り付いて、起き上がった瞬間に一撃を叩き込まんとする準備を整える。一度体勢を整えれば、それで彼女の敗北だ。こちらは渾身の一撃を叩き込む予定で居る。
その予想は、意外な形で裏切られた。途中から悟ったのか、『赤ずきん』は幾らか転がった所で不意に動きを停止。立ち上がらなければ攻撃されないという訳ではないので、彼女がそうやっていつまでも寝転がっているのなら、踏み潰してやればいいだけだ―――
足先がこちらへ向けられているのを見て、気づくべきだった。『闇衲』が近づくと、彼女はバネの様に上半身を伸ばして、こちらの胴体に強烈な飛び蹴りを放った。余さず伝えられた衝撃に、『闇衲』の巨体も抗えない。二、三歩のたたらで済ませたが、その時にはもう、『赤ずきん』は体勢を立て直し、いつの間に奪ったのやら、隠していたもう一本のナイフが彼女の手に握られている。
「…………これは、厄介だな」
「駄目じゃないですか。武器を持ってちゃ」
考えるならば、体当たりの時。あの時、彼女は大袈裟に吹っ飛んだが、それはナイフを抜き取った事を隠す為の囮でもあったのだろう。事実、こうして目前にするまで『闇衲』は気が付かなかった。今度こそ武器は無く、取得の為には背後まで取りに行かなくてはならない。
けれども、この少女に背中を見せるのは、避けたい事態だ。何をしてくるか分かったモノじゃない。跳び起きるだけかと思いきや、一転してそれを蹴りとして利用してくるくらいの柔軟さだ。背中でも見せれば、首に関節技をかけて来ても不思議ではない。
『闇衲』は暫く考えた後、武器は不要と結論付けた。武器があれば有利という訳でもないし、逆も然り。『赤ずきん』が息を吐いた瞬間、彼我の間にあった距離が一瞬で詰められる。驚愕に満ちる少女の顔。必殺の拳を突き出すと、やはり驚異的な反射で彼女は回避し、その筋肉をナイフで切りあげた。その勢いは凄まじく、骨身に触れたにも拘らず、腕の半分が切り裂かれた。久方ぶりの激痛に声を荒げそうになるが、そんな人間らしい感性よりも先に、もう片方の腕が鞭のようにしなり、『赤ずきん』を叩いた。
完全なる脱力の果たされた腕は、鞭の持つ、所謂『柔の内に潜む剛』を獲得しており、少女の平衡感覚を崩すには十分な威力を誇っていた。顎を叩かれた少女は、その場にぺたんと座り込み…………首を傾げた。
「…………降参、です」
「認めん」
演技である事を見抜くのに時間は必要ない。彼女は『天運』を一人で屠った少女だ、この程度で降参という事はあり得ない。髪を掴んで、改めて地面に叩き付けようとすると、突然彼女の身体が浮かび、『闇衲』の身体が言う事を聞かなくなった。それが魔術によるモノだと理解する頃には、彼女の周囲から発せられる斥力により、吹き飛んでいた。
「『狼』さん相手に、馬鹿正直な戦闘では勝ち目がないと悟りました。別にイカサマではありませんよ?」
「……そうだ、なッ!」
内臓を壊された気分だ。今に感じる猛烈な吐き気は、気のせいなんかではない。目の前にぶちまけてやると、吐瀉物に紛れて、赤っぽい何かが一緒に出てきていた。確かに、イカサマではない。彼女は彼女の使える手段を有効活用しただけ。それだけの事。これをイカサマとは言わないし、元々二人の言っていたイカサマとは、これの事ではない。
もっと上の、理不尽なモノだ。
「大丈夫ですか?」
「問題ない。まだまだ戦闘は始まったばかりだ。六限目までは、倒れられないさ」
十五分も掛かっていない戦闘でネを上げては、せっかく提案してくれた『赤ずきん』にも悪い。殺人鬼の誇り……なんてあるとは思えないが……にかけて、『闇衲』はこの戦いを悪戯に続ける事を心に決めた。
殺戮抜きに、こういった戦いも、悪くはない。自分の命が危機に脅かされていると分かるだけで、胸の内がぞくぞくする。背中に背負った罪が、産声を上げる。これだから殺し合いはやめられない。これだから戦いはやめられない。
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