ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

混じる事なき黒と闇 

 酒場では、既にアルド達が待っていた。しかし自分達が出会った時の格好では無く、アルドはその目立つ顔立ち……残念ながら悪い方向で……を隠すためにフードを被り、意図して注目を惹く為かクリヌスは白銀のサーコートを着装して……それはともかく、二人足りない。カシルマとドロシアは何処へ行ったのだろうか。
 少しでも疑い深い目で周囲を見回した事から見透かしたのか、こちらの発言を潰す形で、クリヌスが言った。
「二人は別用です。貴方達もあの小さな帽子を見たでしょう。二人はそれを返しに向かっただけですから、気になさらないでください」
「返し忘れてたんですか?」
「……まあ、クウィンツさんは少し抜けていますから」
 視線だけだが、凄まじい抗議の言葉を感じる。アルドの方を見ると、案の定、彼は敵対的な眼差しをこちらに向けていた。抜けていると言われるのが嫌いらしい。『吸血姫』の流儀では、男性が嫌いにしている言葉は出来るだけ吐くべきではない、というのがある。本来それは、相手に警戒心を抱かせない為の、いわば殺す為の技術だが、今回に限りそれは殺されない技術となる。直ちに口を噤んでから、リリーは向かい側の席に座った。
「私の方からも、一つ質問させてください。もう一人の彼は何処へ?」
「ちょっと、野暮用でね。物を売ってるだけだから、その内来る筈よ」
 幾ら彼らが『殺人鬼』という存在に寛容だったとしても、流石に人を攫って娼婦として売り捌いているとは言えない。大衆の面前であるから、殺される事は無いと思うが、悪い印象を与えない為の行動だ。生存戦略と言ってもいい。この発言後に、出来るだけ早く彼が来てくれれば、理想なのだが。
「それにしても、貴方は随分度胸がありますね。私達に声を掛けた時、私達がどんな状況だったかを知った上で、声を掛けたんですから」
 リリーがアルド達を見掛けた時、その全身には血飛沫の返った痕に穢れていた。人々が全く驚かなかった事も不思議(今思えば、常人が話しかけづらい雰囲気を醸していただけな気がする)だが、何よりも不思議なのは、彼等が一体何をしたのかという事である。今思えば、最初はそんな好奇心から話しかけるに至ったのだろう。自分から人を殺しに行っているのだ。今更血を見た所で、誰かに話しかけられなくなるような自分ではない。これでも、それなりに名前が知れた殺人鬼である。
「それで、結局あれは何をしてたのかしら」
「あれですか……特に不都合も無いから、いいでしょう。あれは、受けた襲撃を凌いだ結果ですよ」
 クリヌスが言うには、普通に歩いていただけなのに、謎の集団が自分達を包囲。女か金を寄越せとねだるも、最初から実力差を分かっていたアルド達はそれを拒否。そして勝利。殺す気は無かったそうだが、男達は自身の肉体に爆発魔術を仕掛けていた様で、その規模は優にこの魔術都市を覆い尽くす程と直感。止むを得ず半殺しにした結果が、あれになったそうな。
「基本的には俗世と離れて生活している以上、心当たりはありません。だからこそ、突然襲ってきた事が不思議なんです。狙いは、どうやらドロシアだったようですが」
 そこまで言った所で、不意にアルドが沈黙を破り、会話を継いだ。
「アイツがその気になれば誰も触れない。一定条件下ならば私が例外となれるが、そんな事を知る筈もない」
「成程……もしかしてその男達、催眠術なんか使って来なかった?」
「使ってきたが、誰にも掛からなかった。曰く、どんな女もこれで俺達のペットだとか言っていたから、強力な催眠術なんだろうが……ドロシアにはな」
「まあ、そうですね。私達には最初から通じませんし、クウィンツさんはそれよりもずっと強力なモノを知っている。あれが、集団が見せた最大の油断と言っても良いでしょう。所で……心当たりでも?」
「まあ、ね」
 殺人鬼である以上、必然的に裏社会の事情にはそれなりに詳しくなってくる。いや、詳しくならなければならない。下手な事をすれば自分が狩られてしまうかもしれないのだ、裏社会の端に居続ける気持ちで活動しないと、とてもじゃないが生きていけない。
 殺人鬼が自由である様に思うかもしれないが、表からも、裏からも歓迎されない存在が、自由である筈が無い。むしろ何よりも、どんな身分よりも肩身が狭い。
 だからこその知識だ。生きる為の知恵、即ち弱者の心得。それは社会形態を知り、出来る限りそれを侵さない様に生活する事である。
「多分そいつら、ヘヴン・ライフの連中ね。一般には裏ギルドって呼ばれてる集団で、本当に何でもやるの。どんな手段を使ってもね」
「……例えば?」
「殺人は当然として、強姦、孕ませ、出産直前状態の拉致、拷問、洗脳、開発調教、薬物売買……とにかく、色々。国はこれの存在を知らないけど、一部の貴族は彼等を良く利用してる。派閥闘争なんかで負けたくない時の、最終手段みたいな感じで使われてるわ」
「つまり何でも屋だと」
「それに違わぬ強さを持ってるから、裏ギルドは信頼されているのよ。まあ、アルドさん達は簡単に倒しちゃったみたいだけど」
 裏社会の実力者を容易に倒す事自体、常人には出来ない行為だが、あのギルドはどんな手段を使ってでも依頼を完遂する。そう、どんな手段を使ってでも。
「でも、油断しないで。一回目が失敗したとしても、次はどんな方法を使ってくるか分からない。もしかしたら貴方達の親族にまで被害が……」
「ああ、その事ならご心配なく。私達、全員親族が居ないんですよ」
 その発言の重さと、場の雰囲気と、彼の語調。どれか一つでも噛み合っていたなら、ここまで動揺する事は無かった。どれか一つすらも噛み合っていなかったから、リリーはその場で困惑し、動揺した。
「……どういう事?」
「そのまんまの意味です。これ以上語る必要性は感じないので、省略させて頂きます。どうやら、彼も来たみたいですから」
 クリヌスが立ち上がって、リリーの背後に手招きをした。振り返ると、店の入り口で息を切らした様子の『闇衲』が、その手招きに連れられて、丁度こちらへと歩き出した所だった。奥の椅子に移動しておくと、着席までの流れが円滑になる。
「遅くなって申し訳なかったな」
「いえいえ。お気になさらず。それで、私達に聞きたい事があるんでしょう? クウィンツさんは口を滑らせてしまいそうですから、代わりに私がお答えします。何が聞きたいのでしょうか」
 飽くまで重要な情報は、話すつもりは無いという事か。リリーはアルド含む弟子達の関係が少しばかり見えてきていた。中々どうして面白い関係だろう。ドロシアとアルドの関係だけが若干見えないが、かなりラブラブに見えたので、恋人に違いないという邪推を変えるつもりは無い。女性の勘という奴だ、良く当たるから自分も頼りにしている。
「じゃあ、早速本題を尋ねるわね。どうしてフィー校長と一緒に、学校に呼ばれたのかしら」
「その事ですか。まあいいでしょう。傍迷惑な裏組織を教えてくれた礼として、理由くらいはお教えしますよ。クウィンツさん、いいですね?」
「私の発言を縛っているのはお前だろうに……ああ、いいぞ」
「では。私達がフィー校長と共に呼ばれた理由はですね―――その前に、話しましょうか。ここ、レスポルカは、近いうちに戦争を起こそうとしています。私達が呼ばれた理由とは、即ち戦力の追加投入。私達を、いいように扱おうという訳です」



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