ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

騙したツケは高くつく 後編

 男は此度の事態について、何も把握していなかった。妻が病気になったと知らされたのも事実。本当に人手が欲しかったのも事実。全て事実で、男にはなんの罪もなかった。
 罪があるとすれば、それは知らなかった事、即ち無知の罪である。
 男が意識を取り戻した時、景色はものの見事に移り変わり、男にとって懐かしいモノへと変化した。洞窟が揺れた際は何事かと思ったが、どうやら無事に自分だけは洞窟の向こう側に出られた様だ。膝の砂を払って、男は村へと歩き出した。ここを抜ければもう目前だ。視界には懐かしい顔ぶれが見えている。冒険者達の姿が見えないが、彼等ならきっと遅れて到着するだろう。そう信じて、自分は村へと足を踏み入れた。
―――待てよ?
 別に危険は無かった。多少の震動はあったが、それは自然現象的な危険なので、冒険者にはどうしようもない。つまり、冒険者達は何もしなかったという事になる。言い換えれば、冒険者達は何も仕事をしていないという事だ。つまり……自分に依頼料を払う義務は、無いのではなかろうか。確かにギルドに掲示をお願いしたが、依頼を受けただけでこちらに報酬を支払う義務があるのなら、冒険者という存在は腐り切っている。やはりそういった報酬というものは、冒険者が仕事をして、初めて貰える権利を持つモノでは無いだろうか。彼らなりに全力で仕事をしようとしたのか知らないが、とにもかくにも自分は目的を果たした。彼らの助けを借りずに。
 散々悩んだ末、男は報酬を支払わない事を心に決めた。だって、何もしてもらっていない。それなのにお金を払うなんて、そんなのやっている事が強盗とそう変わりないではないか。冒険者だからって何をしてもいい訳じゃない。冒険者には依頼主へ、配慮しなければならない。
「貴方、お帰りなさい!」
「おお、ハイネス! ……ん? お前、病気じゃ無かったのか?」
 病気と聞かされたから飛んできたのに、自分の妻であるハイネスは、至って健康体の様子を醸していた。どういう事か分からずに首を傾げていると、ハイネスの背後から、嬉しそうな顔を浮かべた村人達が、続々と出現した。いつもは陰気な顔を浮かべていた村人がそんな表情で、じっとこちらを見つめてくるのだ。それがどうにも恐ろしくて、一時は密やかな恐怖すら感じた。
「貴方、そんな怖がらなくてもいいのよ。私達は、遂に救われたの!」
「救われたって……どういう事だ?」
 この村のしきたりとして、年に一人の女性が、村中の男性から子種を貰って子供を産むというモノがあるのだが、そのせいで村からは成人する前に女性が消えて、気が付けば女性はハイネスだけになっていた。そんな事情から、妻とは言っても、ハイネスとは子供を作れなかったのだが(子供を作る時は全員の相手をしなければならないし、それが嫌だった)。
「まさか……苗床が見つかったのかッ?」
「ええ、その通りよ! さっきね、村長さんが言ってたの。ワームサーペントの体内に、女性が入ったって! それもとびっきりの美人だそうよ!」
 とびっきりの美人……そう言えば、あの冒険者が連れていた少女が、そう表すに相応しい容姿だったような……程なくして、男は全てを理解した。苗床の正体と、冒険者達の身に、何があったのかを。
 そして魔物避けの薬を使う必要性も。
「……って事は、僕達は普通に結婚できるのかッ!」
「そうなのッ。苗床の子にはちょっと可哀想だけど、でも仕方ないわよね! 私達の生活の為ですもの」
 自分にも助けるつもりは毛頭なかった。あの少女は自分達の犠牲になってくれたのだ。幸せな生活を築く為の致し方ない犠牲。彼女がどうなったとしても、知った事じゃない。心残りがあるとすれば、あの少女の身体を一度くらい隅々まで堪能したかった事くらいだが、自分の性癖は普通だ。他の男が使用したモノを使う趣味は無い。
 それに、自分には自分だけの女性が居るではないか。目の前に、ハイネスという女性が。 
「ああ……そうだな! 僕達は遂に……結ばれるんだな! 結ばれるんですよね、村長!」
 立派に蓄えられた髭を撫でながら、村長は笑顔で頷き、杖を突いた。しきたりとはいえ、あのしきたりに彼まで参加するというのは少々意外だ。聞かされた当初は引いていた節すらある。あの年で、まだ盛っているという事実に。
「うむ。儂達もお主の意向は汲み取りたかったのでな。こうしてしきたりを先送りにし続けていた訳だが……遂にその時が来た訳じゃ。お主達は、もう好きに子作りしても良い。わしらは体内に入り、ブラックナーサリーが捕らえたと思われる少女を保護しに行くでな」
「分かりました! 村長達も、是非楽しんできてください!」
「ほっほっほ。あの気色悪い生物を飼い慣らすのは一苦労じゃったが、流石は調獣師たる儂じゃ。それでは、また後でな―――」
 村長を筆頭に、未婚の男達が列を組んで歩き出した。その男衆の数、およそ二百人。中には下半身に自信があるモノも居る為、あの少女も壊れる事は間違いないと思われるが―――自分には関係ない。 
 男衆が楽しんでいる間は、こちらも至福の一時を過ごさせてもらおう。村長達の後姿を見送る事もせず、会話が終了したと判断した男は、直ぐにハイネスを抱き寄せ、その唇にキスを―――
「こっちが必死の思いで脱出したってのに、随分とお気楽だな、依頼人」
 この世のモノとは思えない低い声が聞こえたのは、ハイネスの背後。直ぐに彼女を挟んで見つめると、そこにはワームサーペントに一緒に呑まれたと思われる冒険者が立っていた。大した声量でも無かったが、その冷たく鋭い一言には、男衆も騒ぐのをやめて、冒険者を見つめた。
「な…………ぼ、冒険者! 遅かったじゃないかッ。もう、僕だけで村に着いてしまったぞ。だから悪いけど、報酬の方は……」
「いらん」
 どうにか場の雰囲気を和ませようと努力したのに、冒険者はそんな男の努力を、たった一言で切り伏せた。鋼鉄よりも重い、言の刃だった。男が手を引くと、その手には既に血塗れた刃が握りしめられている。気づいた時にはもう遅かった。ハイネスの背中から胸にかけてを一突き。腕の中に抱きしめていた最愛の女性は、ぎょろりと目を見開いて、自身に起こった出来事を知る事もなく絶命した。そう理解した瞬間、何だか彼女の存在が、とても汚らしい様に思えた。
「う、うわああああ!」
 思わず手を離す。抱きかかえられていた死体は倒れ込み、下手な人形の様に手足を曲げたまま動かない。冒険者は暫く立ち尽くすのみだったが、やがて徐にハイネスだった物の服を捲りあげて乳房を引き出し、思い切りナイフを突き立てた。
「な、な、な。何してくれてるんだ! それは僕の妻だぞ!」
「それがどうした。その気にさせたのはお前達だ。何もしなければ、俺だってこんな事はしなかった」
「く、クソ。い、いいさそんな女! どうせ体しか取り柄の無い女だ、僕にはもっと相応しい女がいる! 村長、捕らえた少女をください。あれ程の美人なら、今度こそ愛せる自信が―――」
「ねえ、それって私の事?」
 男が振り返った時、村長の喉元にナイフを突き刺している少女の姿が目に入った。見間違える筈もない、レスポルカで彼等と出会った際に、見た顔だ。少女は死に腐った口調で尋ねつつ、返答が遅れていると知るや、暇潰しの様に目の前の死体を滅多切りにし始めた。立派に蓄えられていた髭も、今は見る影もない。
 数の上では勝っているのに、男衆はそんな少女を見て、全員腰を抜かしていた。
「あ、あ、あ」
「俺を騙したツケは高くつくぞ? 覚悟は良いな?」
「こ、こんな横暴が許されて良いと思っているのか! お前達の悪行は、ギルドにきっちり報告させてもらうぞ!」
 男は頭を振りつつ、こちらへゆっくりと歩みを進める。
「構わん。ここで全員殺せば良いだけの話だ。……しかし、それではつまらない……そうだな。そこの男衆、人を騙したらどういう事になるのかを、この男に教え込んでやれ。お前達が、俺の可愛い娘にやろうとしていた方法で、死ぬまでな」
 男衆は互いに顔を見合わせて、数十秒。冒険者の言っている事を理解し、途端に喧騒が辺りを埋め尽くした。そんな中でも、男と少女は、欠片も人間らしい表情を表に出さない。
「それをしたのなら、俺達はお前等に手は出さない。そこの男がつい先程まで抱いていた女も生き返らせよう。死ぬ直前に行ったものだから安い命だが、生殺与奪を『買い取って』あるんだ。よく考えろよ。お前達の行動次第で、そこの女は生きたり、死んだりする」
「……もし、やらなかったら?」
「舌を切り取って、男娼として売り払う。または、友人への土産にするのもいいかもな。さあ二択だ。それ以外に道は無い。或いは俺を殺すという手も無くはないが―――悪いな」
 冒険者が深く息を吸い込んでから、勢いよく目を開いた。その直後、自分を含めた男性の顔が恐怖に歪み、歯を震わせ始めた。分からない。何が起きたか分からない。直接触れた訳でも無く、凄惨な現場を目にした訳でもない。冒険者が何をしたのか、自分達には理解出来なかった。
「今の俺は少々気が立っている。殺気一つでお前達の意志をへし折る事くらい、訳ない。さあ選べ。一人の男を犯し殺して全員が助かるか、諸共舌を切り取られて男娼として生涯を過ごすか。早く選べ! いつ俺の気が変わって皆殺しにしないとも限らない。さっさと選べ!」
 男衆は暫く沈黙を貫いたが、これ以上の沈黙は悪化を招くと判断したらしく、全く同じ動作で立ち上がると、そのまま騎士団の行進を真似る様に、こちらへと近づいてきた。
―――まさか。
 まさか、まさか、まさか。やるというのか。まさかまさかまさか…………いやいや!
「ま、待てよ! お前達、本気でやるつもりなのか? 僕は男だぞ!」
「悪いな」
「お前を犯さないと死んじまうってんなら……」
「恨まないでくれ」
「俺達だって、死にたくねえんだよ」
 駄目だ。腰が抜けて、力が入らない。男衆だって抜けていた筈なのに、どうしてこうも簡単に立ち上がれる。彼らの行進に対して、自分は後ずさりでどうにか逃げるしか無かった。それが数秒、寿命を延ばすだけに過ぎなかったとしても、やらないよりはマシだった。
「や、やめろ! 殺すぞ!」
「うるせえ! 俺達だって男を犯さなきゃならねえんだ、辛いのは一緒だ!」
「そうだそうだ!」
 直ぐに追いつかれて、男は身体を抑え付けられた。暴れてどうにか解放される事を願うが、村の中には自分よりも屈強な男が何人も居る。全力の抵抗も直ぐに止められて、やがて服をビリビリに引き裂かれた。  
「やめろおおおおおおお! 離せええええええええ!」
「こいつうるせえなあ。まずは口を塞ごうぜ」
「ふざけるなよおおおおおおおおお! お前達、自分が何をしてんのか分かってんのかあああああごッ………………!」


























 男達のまぐわいを見ている事程辛いものは無い。悍ましい光景を尻目に、『闇衲』は直ぐにリアを抱き上げて、あの光景が見えない様に、彼女の顔を無理やり胸に埋める。
「リア、満足したか?」
「ぜーんぜん! もっと切り刻みたいわ!」
「そうか。だが、それはまた別の機会にしてくれ。アイツ等には然るべき裁きを与えなくちゃならない。良い子だから、顔を上げて景色を見ようとはするなよ?」
 『闇衲』は『イクスナ』を男達に向けると、断罪の刃を含んだ言葉を発した。
「贖異『死』。賈異『命』」
 女性の細やかな命と対価になる辺り、この女性にもそれなりの価値はあるらしい。胎盤だろうか、まあどうでもいい事だ。左手を挙げて合図を送ると、何処からともなく現れたリリーが、自身の服を裂いて作った魔法陣を押し当て、女性の傷に被せる。一突きで殺せたから出来る芸当だ。これが何度も傷口を持っていると、幾ら彼女と言えど死は欺けない。だがこれならば……消える寸前の命を戻したって、あのハイネスという女性が死ぬ事はない。
 怪我という道を断ったのだ、その先にある地点に辿り着く道理は無い。しかし、命が消えかけていた事は事実なので、暫くは意識朦朧の状態が続く事になる。
「趣味道楽でやってる殺人に、こんな物を使おうとは思わなかったんだがな。今回は運が悪すぎたと思え。対価になりそうなものばかりを持ち合わせているお前達が悪い。それさえなければ、俺自身で払うしか無いから、遠慮したというのに」
 消えかけだったとはいえ、『命』を買い取った代償は大きかった。目に見える代償でないとはいえ、個人的には痛い代償である。ああいう取引を何度もさせられる事になると分かったら、幾ら自分でも、普通に皆殺しの道を取っていただろう。全く運の無い。『イクスナ』の後押しで出来上がった楽園を見る限りでは、いっそ殺された方が幸せだっただろうに。
「パパー。何が起きてるの?」
「耳を澄ませろ。と言っても、美しい音が聞こえる訳じゃないからおススメはしない」
 先程から聞こえるのは口を塞がれた男の必死の叫び声と、犯される事で獲得する快感、それが付随された喘ぎ声くらいだ。聞いているこちらが耳を腐らせてしまいそうで、本当に推奨しない。これだけでも極めて有害なのに、視界まで重ねてしまうと、白濁に身を染める男達の醜い姿が見えてしまって、もう駄目だ。こちらにまで漂ってくる臭いは、リアが一番嫌いなモノである。顔を無理やり埋めたのは正解だったようだ。彼女の嗅覚は、『闇衲』の臭いが支配している。
「ほら、お前達! 何手加減してるんだ? そいつを犯し殺さなきゃ、助けてやらんぞ」
「わ、分かってる!」
 無理難題を吹っ掛けている事にも気づかず、男達は依頼人だった男を犯し続けた。彼の『死』は買い取られて、現在は事実上の不死であるというのに。何と愚かな人間達だろうか。生きる為ならばそれこそ何でもするといった姿勢は、嫌いじゃない。だが好きにはなれない。同年代ならばまだしも、こんな少女に欲情する大人に、そんな気持ちが抱ける筈もない。
「ねえパパ。今日は何をする日か忘れてないよね? あの女の子とさ……ほら」
「ああ。アルド達との交流を終わらせたら直ぐに向かう。しかし三日に一度とは言ったが、心なしか一週間か、それ以上の期日を経たように感じる。何でだろうな」
「別に、期日なんてどうでもいいでしょ。どうせパパ、暇だし」
「……事実だが、腹立つな」
 男達の方を見ると、見たくもない光景が目に入ったので、直ぐに目を逸らした。あの光景ばかりは、甚だ醜くてどうしようもない。せめて女性であったのなら、まだ気分を害さなかった。
「…………あー。目が腐りそうだ。眼まで使いだすとは流石に驚いた」
 そろそろ潮時だろうと考えた『闇衲』は、リアをリリーに預けて、男達に歩み寄る。自分に急かされたせいで、真後ろに近づいても、男達は自分の存在に気付く事なく、まぐわっていた。
「……時間切れだ、男衆」
 気まぐれに出された死の宣告に、男達の動きが止まった。
「俺の気が変わらない内に、お前達はそいつを犯し殺せなかった。命が危機に晒されているというのにそれが出来ないお前達の怠惰……その命を以て、償ってもらおう」


 

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