ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

冒険者との違い

 リリーが見つかった事がどれだけの奇跡だったかを思い知る。いや、そもそもあの男が大体の方向を指し示していなければ、全く見当違いの方向にすら行っていた可能性もある以上、自分達は想像以上に彼に助けられていたのだと実感してしまった。腹が立って腹が立って仕方ない。彼に助けられた事で自分達がどれだけたすかったのかを想像するだけで、憤死してしまいそうな勢いである。リアの頭でも撫でて落ち着かないとやってられない。今の発言の意味が分からなかった人間は正常だ。自分も、まさか彼女の頭を撫でる事で精神を落ち着かせる時が来るとは思わなかった。
 何の手掛かりも無いからに違いないが、依頼主の姿だけは何処を見回しても見当たらなかった。出鱈目に探して見つかるとは思っていなかったが、ではどうしろというのか。あの男は恐らくここから脱出してしまって、手掛かりは何も無い。出鱈目に探す以外、どうしようというのか。
「パパ~おんぶしてぇ~」
「疲れたのは分かるが、お断りだ。俺も疲れている」
 リアの発言の真意が疲労であれ甘えであれ、こちらの答えは変わらない。彼女を父親らしくおんぶしてやる余裕も、その体力も無い。漠然と体内を歩き回る退屈は、存外に『闇衲』の気を削ぎ落としていた。リリーも見つけて、リアとはとっくの昔に合流している。もう、脱出してしまっても構わないだろうかと、考えるくらいには。
「もうアイツを見つけなくて良いか? そもそも俺達は…………」
 途中まで言ってから、この魔物の体内が反響している事に気付いた『闇衲』は、声の調子をかなり抑えて続ける。
「他の冒険者とは違う。どうにかして依頼を完了した事にすれば、別に見捨てたって問題ない筈だ」
「具体的な案が思いついたの?」
「……いや。お前に任せきりだが」
「いつの間に私が参謀になったのッ? ていうか私、パパの作戦とか知らないし!」
 ご尤もな意見を返されてまた腹が立った。真理なので言い返せないのも、腹が立つ要因の一つである。
「ねえフォビア。こういう案があるんだけど」
「ほう、言ってみろ。リリー参謀。内容次第では採用だ」
「随分簡単になれるのね……パパの参謀って」
 普段はリアが暴れているだけに、彼女が冷静に突っ込みへ回るのは中々に珍しい光景だ。そんな突っ込みも空しく、リリーはご機嫌そうに頷いて、虚空に工程を書き上げた。
「まず、どうにかしてここを脱出する」
「その方法は?」
「フォビアが考えて♪」


 ……………………………


 暫しの沈黙の後、工程は再び書き上げられる。
「この依頼、内容的に、本人からの証明か、それに類似するモノがあれば完了と認められると思うのよ。類似ってのは例えば、親族からの証明とかね?」
「何が言いたいんだ?」
「だ・か・ら♪ 私達は本来行こうとしていた場所で依頼主の親族を探し出して、連れて行けばいいのよ。言う事なんて、拷問でもすれば普通の人間は聞いちゃうわ」
「成程。しかし依頼主の親族なんて俺達は知らない―――ああ、そうか」
 ようやく彼女の言わんとしている事を理解した『闇衲』は、お互いの顔を指さして、天啓が舞い降りたが如く目を見開いた。
「「違ったなら殺せばいいんだな/のよ!」」
 何という名案、何という自分向けの作戦か。冗談半分で彼女の事を参謀呼びしたのに、彼女は本物の知将だった。自分の中で、彼女の好感度がかなり上がった気がする。あの時のプロポーズを受けたのは、若干酒の影響もあったと今では思っているが、彼女のそれを受けて損は無かった。これが二人きりであれば感謝のあまり彼女を押し倒してキスの一つでもしたかもしれないが、リアが居る手前、それをする訳にはいかない。
「本当に名案なのは正直驚いた。成程な、よしその案で行くか。見つからなかったらな」
「ええ、見つからなかったらね」
「パパもリリーも……探す気ないでしょ」
 失礼な小娘だ。こちらはちゃんと依頼主を探す気概くらいは持ち合わせている。確かに、もしかしたら何処かに依頼主が居るかもしれない状況で、依頼主が居ない前提の話をしているとそう思われるかもしれないが、自分達は冒険者だ。最初から諦めるなんて真似はしない。ただ、依頼主よりも突破口を見つけたらそれを優先するだけだ。
 探す気が無いなどとは人聞きが悪い。
「良し。本当は手分けするべきなんだろうが、魔物が徘徊している手前、下手な事はしたくない。こいつはまだ戦力外だし、リリーは事実上の全裸だからな。うん」
「何よッ、私だって魔術なんか使わなくても一匹や二匹くらい倒せるし! あんまり舐めないでよね?」
「一匹や二匹じゃあやっぱり戦力外だな。ふーむ…………良し、こうしようか」
 『闇衲』は懐から投擲用の短剣を取り出して、空高く放り投げた。自由落下で地面に叩きつけられた短剣は、その刃先を『闇衲』の方へと向け、それこそが導きである事を三人に錯覚させた。次に向かうべき方向は、これで決めるのだ。
「良し、じゃあこっちだな」
「えッ、ちょっとパパ? それは流石にいい加減すぎると言うか……」
「何言ってんだよ。気の向くまま刃の向くまま。殺人鬼の旅なんてそんなもんだし、武器は殺人鬼の商売道具みたいなものだ。そんな武器が指示した方向なんだから、正しいに決まってる」
「そうなの?」
「知らないけどな」
 行動理由なんてそれくらいで十分だ。どの道手掛かりは無いのだから、出鱈目に動くしかない。ならば武器に頼ったとしても、方針なく動くのと結果は変わらない。双方の違いは、まとまりがあるか否か、くらいである。
「運が良ければ見つかるだろうし、悪ければ全然何も進展しない。危ない賭けと言えば危ないが、そういう刺激が人生を面白くするってものだ。という訳でさっさと行くぞ。立ち止まってちゃ景色せかいは変わらない。変えたいと思うのなら、歩かなきゃな」






























 同じ調子で一回、二回と気まぐれ行進。されど出口は見つからず、依頼主を見つける訳もなく。三人は奇跡的に一度も魔物と遭遇しないまま、洞窟に擬態していた存在の体内を、いつまでも徘徊していた。やっている事は、他の魔物と何の変わりも無い。
「パパ~まだ見つからないの~?」
 何処かで聞いたような間抜け具合だが、見つからないものは見つからないから仕方ない。『闇衲』は次の短剣を手渡して、緩やかに答える。
「見つからないからこうやって魔物で遊んでいるんだろうが。交戦するとなるとかなり面倒だから、しっかり一撃で倒してくれよ」
 魔物と遭遇しないというのは語弊がある言い方だった。正確に言えば、遭遇する前にリアが一撃で仕留めてしまうから、物理的に遭遇しないというのが真実である。意外とも言える彼女の才能に、思わず『闇衲』は舌を巻いてしまったが、これを殺人以外で活かす道を考えると、曲芸師くらいしか思い浮かばなかった。偶然だろうが、ここまで才能が偏っていると、彼女は自分に拾われるべくして拾われたのではないのかと邪推してしまう。全くの偶然だった事は分かっている。
 あの時に瀕死の重傷でなければ彼女の前に姿は現さなかったし、そもそも彼女があの方向の、あの場所に居なければ、出会う以前の問題だった。仕組まれていた運命ではないだろう。
「まっかせなさいッ。この短剣があれば私は無敵よ、アハハハハ!」
「もう予備は二本くらいしかないぞ」
「………………あ、後はパパ頑張って?」
「おい」
 暇つぶしのつもりで仕事を与えてやったのに、何たる言い草。リアの将来が微妙に不安である。自分といつまでもくっついている訳にはいかないだろうから、そんな時までにはこの性格も直してもらいたいモノである。『闇衲』は面倒くさくて面白い性格が大好きだから、これはこれで別に構わない。むしろ、半端に良い子を育てているより、ずっと子育てをしている感じがある。
 子育てが楽しいという訳ではない。それは断じて違う。自分は子供が大嫌いだ。子供なんてこの世から消えてしまえばいいとさえ思っている。
「良い案だと思ったんだけどな……ここを脱出さえ出来ればリリーの計画に沿えばいいだけなのにな。どうしてこう、上手くいかないんだろうか」
「パパがお馬鹿さんだからでしょ」
「それはある。俺に知略を練る頭は無い。だが、それにしてもこれだけ歩いて何の変化も見られないと言うのは、何だか微妙におかしな話だと思うんだが」
 第六感を研ぎ澄ませて気配でも探知してみるのだが、依頼主の気配と思わしきモノは何処にもない。
 彼は何処へ行ってしまったのだろうか。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品