ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

勝利の美酒に酔い惑え

 確か、あの少女と出会うのは三日に一度だった筈。だから今回は宿屋に戻らなくても良い。リアがどれだけ喚こうが、泣こうが……いや、流石にそうなったら困るが。彼女は強いので大丈夫だろう。自分は安心して、彼女と祝勝会を挙げる事にする。まだまだ一日目を乗り越えただけなので気が早い気もするが、今回は想像以上に上手く事が運んだ。まさか、あのような人物に遭遇する事が出来るだなんて、現世で殺人を行っている存在とはとても思えない幸運ぶりだ。何処かでミコトが何かをしたのか、そう勘繰らずには居られない。
 幾ら彼女と言えど誰かにここまでの幸運を与えられるとは思わないので、これはまさしく『闇衲』が最初から持ち合わせていた運。殺人鬼であり、この世の全てから忌み嫌われている筈の自分が持っていた、最強の運である。
「それじゃあ」
「ええ」
 今日は良い日だ。あの忌々しき冒険者共を僅かに葬れた。その事実だけでも『闇衲』にしてみれば嬉しい所があり、だからこそ自分は、ここに居る。この喜びを分かってくれるのは彼女とミコトだけ。そしてどちらの方が表情豊かかと言われれば前者だ。リアとそれなりに過ごしてきて、ようやく自覚できた。『闇衲』は表情豊かな存在が好きである事に。だから彼女の事も、なんやかんや言いつつ、見捨てるつもりは無いのだ。表情が豊かな人間と一緒に居ると、それだけで心が洗われる様な気がする。その程度で落ちる程『闇衲』が背負う罪は軽くないが、気持ちの上でも軽くなるのならそれに越した事はない。
「国殺しの第一歩を祝って―――」
「乾杯ッ!」
 国殺し、という体でやるのなら、やはりリアも誘った方が良かっただろうか。いや、しかし彼女を誘うと『吸血姫狩り』の件で話が拗れてしまうだろうし、何よりも……あの下りをまた繰り返す事になるのは面倒だ。一体いつになったら巨乳好きでないという事が分かってくれるのか。だからと言って貧乳好きでも無いのだが……何と言えばいいのだろう。この微妙な感覚は。安易な記号化はやめないで欲しいとでも言えばいいのだろうか。
 人の好き嫌いはそいつとの付き合いによって変わるモノであり、例えばリアやシルビアの事は好きである。二人の前でこんな発言をする事は未来永劫無いだろうが、少なくとも間違って刃物が出る様な事はない。つまり、それなりに好意的なのは事実である。だがそれは、決して自分が幼女に性愛を感じているとの結論に達するモノじゃない。『闇衲』が見るのは人柄であって、身体的要素ではない。つまり巨乳好きでも無ければ貧乳好きでもない。見るのは飽くまで人柄で、それが好ましいか否かだ。だから極論を言えば、丸っこい岩石のような体型でも、好ましい人間であれば友人関係を構築する。性愛については……どうだろう。『闇衲』にとって性愛とは、殺意と非常に近い感情だ。媚薬を飲んで活性化したのが殺意という事からも分かるが、その辺りの違いはもう自分にも何が何だか。それが性愛なのか殺意なのか、普段はどうでもいいから殺意促進剤とでも考えているが、よく考えてみればおかしな話である。
 殺したい人間には全て性愛を抱いているというのならば、『闇衲』はあらゆる生物に対して欲情している変態という事になる。が、それに関しては己自身の誇りを以て違うと断言しよう。だからと言って尋常な性愛を持っているかと言われればそれも違う。飢えていればリアを襲っているし、そうでなくても『吸血姫』やミコトに手を出していない時点で尋常な性愛は皆無である。
 性愛とは……一体何なのだろうか。
 考えても分かりそうもない。注がれた酒を媚薬で割り、口を付けた。またも体の芯が焼け付くような感覚を感じたが、どれだけ飲んでも本来の効果が表れない。彼女は既に酔ってしまっているらしく、その瞳には既にいつか見た劣情が形となって現れていた。
「まさかここまで上手くいくとはな。お前も良く、あんな依頼を見つけて来たモノだ」
「ふふふ♪ 凄いでしょッ。―――の為に、頑張ったんだから♪」
「……おい」
 低い声で警告する様に言い放つも、媚薬に脳みそをやられてしまった彼女は、上機嫌な様子で首を傾げるだけだった。あまり本名は言ってほしくないのだが……まあ、今はいいか。今回は無礼講という事で大目に見よう。
「これからもこんな感じで上手くいくといいわね♪ そうしたら時間が出来て、また一緒に狩りが出来るかもしれないし!」
「狩り……まあ、程々に頼む。娘の学校生活を壊すのは気が引けるからな」
 せっかく彼女が学校を楽しんでいるのだ。わざわざそれをぶち壊して、自分の負担を増やす必要は無い。こっちはこっちで勝手に楽しんでいればいいのだ。いつの間にか隣に座りなおしていた『吸血姫』を優しく抱き寄せると、彼女の体は驚くほど軽く近づけられた。
「もう……強引なんだから♪」
「隣に来たんだから、こんな事をされても文句は言うな」
 柔らかいモノは好きだ。特に人肌何か、一日中触れていても飽きない。自分に抱きしめられてすっかり警戒心の無くなった今、たとえ彼女の胸を触ろうと、はたまた性行為に及ぼうと、彼女は抵抗すらしてこないだろう。二人は共に媚薬で割った酒を飲んでいる。一線を越える事になったとしても、誰も何も言わない。
 『闇衲』がそんな気分じゃないので、一線を越える事はあり得ないが。ただ本当に、何となく彼女を抱きしめたくなっただけだ。これが所謂悪酔いなのかもしれない。宿屋に帰ったら酒臭い事をリアにでも突っ込まれそうである。
「ねえ……レスポルカを滅ぼせたら、―――達は別の場所に行くんでしょ?」
「ああ」
「またいつ出会えるとも分からないから、受け取って欲しいものがあるのッ。受け取ってくれるかしら♪」
 こちらの返事も聞かぬ内に『吸血姫』が出し抜けに起き上がり、二階へと姿を消していった。こんな時に言い出す辺り、余程重要なモノなのだろう。此度の祝勝会が開かれたのは、そもそもあの依頼を持ってきた彼女の御蔭でもあるので、『闇衲』にはどんなモノでも受け取る覚悟があった。それこそリアに無理やり渡されたファーストキスだって、彼女が望むのなら受け取ろう。或いはネグリジェ姿の彼女が戻ってきて『自分の処女を貰って欲しい』とでも言って来れば、喜んで受け取ろう。それが対価というモノだ。
 彼女が戻ってくるまでの一時を酒と共に潰していると、やがて小さな箱を持った彼女が、先程までの酔いを感じさせない綺麗な動きで『闇衲』の前まで近づき、その場で跪いた。明らかに様子の違う彼女を前に、『闇衲』も少しばかり酔いが醒めた。楽しい祝勝会が台無しとまではいかないまでも、雰囲気を仕切り直したのだ。今までの酔いがすっかり冷めるくらいの衝撃は欲しい所だ―――
「私と、結婚してください!」


 ……………………………………………え?


「え。え、え、え、え? は? ん、え?」
 その時の表情がおかしい事ったら、『吸血姫』以外に知る由は無い。それくらい、『闇衲』が今浮かべた表情は、普段冷静な彼が浮かべるとは思えないくらいおかしい表情だった。
「え、ん…………ああっ? それは、つまり…………求婚?」
 それ以外に何があり得ようか。彼女は自分の目の前で指輪を差し出している。純銀製の、緻密な装飾が施された指輪だ。最高級の仕事である事は間違いない。
「そうよ! 返事を…………聞かせてくれる?」
 今までの酔いがすっかり冷めるくらいの衝撃はあったが、過ぎたるは猶及ばざるが如しとも言う。こんな事なら酔っていた方がマシだった。いやはや、確かに仕切り直した意味はあったとはいえ、求婚とは予想の斜め上の事をしてくれる。リアであれば鼻で笑う所だが、彼女はどうやら真面目に頼み込んでいるらしいので、自分も真面目に答えなければならないだろう。












「………………返事は」















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