ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

大好きで、愛おしい

 父親に取り合ってもらえなかった事に、リアは著しい不満を覚えていた。自分が目覚めた頃には既に『闇衲』の姿は無くなっていて、まるで見捨てられた様な感覚を覚えた。きちんと契約しているから、彼がそれをする事はあり得ない。そうと分かってはいるが、彼の取った行動に腹を立てずにはいられなかった。
「……で、お前はそんな事でそこまで怒ってるのか?」
「そんな事って! ギリーには分からないのッ? この私の悲しみが!」
「……学校を卒業したら、死刑が執行されるんだが」
「あ、そうだった。だったら分からないわねッ」
 あっさりと言葉を切り返されて、ギリークは仰け反った。半年も過ごしていればお互いに冗談で言っている事は理解出来るが、それにしても返しが軽すぎた。こっちだって自分の執行猶予をネタにした非はある。だがその返しで笑顔を出すのは違う筈だ。
 それが彼女の良い所で、実際に彼女と話していると楽しいから許せてしまう訳だが。
「イジナなら分かるでしょ? 私がどれだけ悲しいかって事」
「…………ハッキリ、言う」
「どうぞ!」
「どうでも、いい」
 下手すると嫌いとか、つまらないよりも酷い発言だ。嫌いやつまらないという発言は少なからず興味があっての感情だが、イジナのそれは興味すら無い。表情は元々無愛想だとは言っても、今回はそれに輪をかけて仏頂面である。そんな事よりも彼女は、リアが何処からか持ってきた複雑な構造の面体に興味があるようだった。また首を戻して、分解作業に集中する。
「うう~誰も分かってくれないよお……悲しい。悲しいよう―――フィー先生!」
「ん……それはいいんだけど。お前達なんで校長室に居るんだ? 集合を掛けた覚えは無いんだけどな」
 基本的に、χクラスは集合を呼び掛けて初めて一時的な成立をするクラスだ。このように集まられては他のクラスと何ら変わりないし、その内容もただの雑談となれば、いよいよ隠す意味のないクラスになってくる。リアは二人と顔を見合わせて、三人で首を傾げた。
「だってここって」
「俺達の」
「遊び場、じゃないの?」
「違う。ここは校長室だ。つーかこの半年で随分と仲良くなったじゃないか。これは……更なる関係の発展が見込めそうだなあ? ギリー君?」
 その答えについては知りつつも、敢えて尋ねるのはフィーの性格が滲み出ている。ギリークは瞬間的に頬を染めてリアの方を一瞥したが、彼女はどうして自分が見られているのか分かっていないようだった。
「どうかした?」
「い、いや。何でもない」
 その光景にフィーは愉快そうに微笑み、先程までの渋面を変容、すっかり上機嫌になっていた。他人の不幸に笑顔を浮かべる人間は決して少なくないが、彼のそれは笑顔の次元を遥かに超えた悦びに満ちていた。見ていると凄く腹立たしい。
 だが未だにリアをデートにすら誘えていない時点で、あんな風に笑われるのは自分の責任であると言われたら、どうしようもない。
「はっはっはこりゃ愉快だな。まあそれはともかく、校長室に入り浸る生徒なんてお前達くらいだ。まだ朝の鐘は鳴っていないから許容するが、ちゃんと教室には戻っているんだろうな?」
「勿論ッ。教室だってすっごく楽しいもの。ちゃーんと戻ってるわよ」
「アンタに怒られたくないし、秩序には従ってるさ」
「あんまり、変わらない」
 その言葉が聞けて何よりだ。この校内は全てフィーの視界内とはいえ、本人からその言葉が直接聞けて嬉しくない筈がない。死刑囚として人生の終わりを約束されている彼はともかく、二人にはまだまだ未来がある。将来に不良を拗らせてどうしようもなくなる可能性は、教師として危惧しなければならない道だったが、二人には関係のない話らしい。
 殺人鬼になる可能性は、考慮しないものとする。
「ああ、だったらいい。所でお前等、多分担任からも言われると思うがそろそろあれの時期だぞ」
「あれ?」
「他校との合同授業だ」
 この合同授業とやらは己の能力に劣等感を持つ子供が、親に実力を見せられる数少ない機会であり、この授業を経て親子関係が改善されたという子供も少なからずいる。ただしこれは飽くまで二次的効果で、本来の目的は多人数との交流による魔術の研鑽である。表向きは。既に自分から情報を得ているギリークが、経験も無い癖に嫌そうな表情を浮かべると、目敏くその変化に気付いたリアが、ポロリと零す。
「そんなに面倒なの?」
「いや、面倒って訳じゃないぞ。八百長取引が行われている場合はあるが、俺は権力に屈しない。どんな圧力を掛けられようとも応じないから、お前達は只普通に楽しんで授業を受ければ良い。ソイツが嫌な顔をしたのは、教師陣の事情を知っているからだよ」
「教師陣……って事は、ライデンベル先生は面倒なのかしら」
「面倒…………ああ、そうだな。かなり面倒だ。社会ってのは時代を経る事に複雑化していくが、何よりも厄介なのは立場なんだって思い知らされるな」
 奴隷と金持ち程の極端な身分差が無いからこそ、立場はより厄介なモノとなっている。例えば自分の家系が相手の家系より下だった場合、どんなに不服な事でも大概は受け入れなくてはいけない。それが金持ちどもの社会。長いものに巻かれ巻き合う社会だ。この学校に入学している生徒の全てが貴族とは言わないまでも(例えば、リアは別に金持ちではない)、過半数以上がそうである事は間違いないので、χクラスの生徒でもない限りは、きっとこの合同授業を嫌なモノだと認識する事になる。
 合同授業の表向きは技術の研鑽だが、その実態は金持ちどもが如何にしてより高位の金持ちに媚を売れるかの競争なのだ。親視点で言い換えれば、自分の息子ないしは娘を、誰とくっつかせるかを見極める場所である。自由意思もへったくれも無いが、学校に行っている生徒の大半は自由意思など持ち合わせていないか、自由という名の洗脳を受けてさも自分が最初から望んでこの道を選んだと思っているので、特に問題は無い。そして権力に屈する事のないフィーの性質上、そんな彼らに手を貸す事は出来ない。自分が出来るのは飽くまで学校範囲内まで。誰がどう思うかなんて、それこそ彼等の自由意思に任せている。
 確かに合同授業は疲れるが、正直な話をさせてくれるのなら、どうぞご勝手にといった感じだ。誰がどんな道を歩もうが、それがそいつの結末であると割り切って。助けを求めてきたのなら、話は別だが。
 そんな事を考えながらリアを見ていると、ふと天啓の如く舞い降りた予感が、フィーの思考を支配した。それは普通では考えられないくらい円滑に整理されて、言うべきかを逡巡する間もなく、彼の口を吐いて出た。
「ああでも、お前はかなり不味いかもしれないな」
「え、私?」
 社会上の立場なんてあってない様なモノだが、彼女には唯一無二の存在価値がある。まさか自分がそう言われるとは思っていなかったリアは、腕を組んで思考に意識を傾ける。
「……………どういう事?」
 この間僅か十秒。賢明な判断だ。当人が答えを考えても出る筈が無いのだから。
「お前が気付いているかどうか分からないが、お前はこの学校でトップを争えるくらいに美人だ。だから女は快楽を促進する物体としか見ていない野郎や、そもそもお前くらいの少女が大好きな貴族が、お前に目を付ける可能性は非常に高い」
「何だか凄く複雑な気分だけれど、それだったらイジナはどうなの? どうして対象に入らないのよ」
「俺が特別面倒を見てるからな。手を出そうと思う愚か者が居たら賞賛する」
「何それッ。だったら私も面倒見てよ、それで全て解決じゃん!」
 机越しに詰め寄ってくるも、フィーは視線を逸らして話を続ける。
「お前にはお父さんが居るだろう。あの人が居たら多分誰も寄って来ないから、守ってもらえ」
「ええーパパにぃ? そんな目には遭いたくないけど、だからって誰とも交流を取りたくない訳じゃ無いのよね…………ってあれ? フィー先生。これって学校行事の話だよね?」
「ああ」
「だったら何でパパの話が出てくるのよ」
 そういえば言い忘れていた。イジナとギリークには親なんていないモノだから、無意識の内にリアも同類であると思い込んでいたのかもしれない。
「この合同授業、保護者は見学しても良いんだよ。むしろこれの御蔭で親子関係が深まったって例もあるくらいだからな。お前の悲しみとやらは良く分からなかったが、そこまでお父さんの愛情を独占したいなら、呼ぶのも一興だろう」
 狂おしい程に愛おしく、愛おしい程に大好き。少女が父親に持つ感情は、既に一般を逸脱している。その証拠たるモノとして、彼女の髪に装飾されている花が挙げられる。


―――想うは貴方一人、か。




 

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