ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

全ての過ちは

 『吸血姫』の所へ行こうと思ったら書類目当てに襲われて、更にそれを返り討ちにしたら命乞いをされて、しかしその命乞いの中で禁句を言ったが為に寿命を縮ませてしまったと思いきや娘が登場して停止。だが己の状況を全く理解出来ていない男は娘の恥部を見ようとして興奮。またも寿命を縮める結果となり、最終的には拷問される事になった……と。今までの流れをざっとおさらいしてみたが、これを言って全てを理解出来る人間はどれくらい居るのだろう。まあそれでもいいか。自分達の活動が知られる頃には正常者が全て死滅している。誰にも理解出来なくても、別に問題は無い。
「ここなら誰も来ねえだろ」
 男のしてきた行動の全てに腹の立っているリアは、いつもと違って荒々しい口調を続けている。これが『闇衲』を見てきた結果かと思うと複雑な気分になるが、いつか『闇衲』を失った時、彼女が性奴隷以外の道で生きる為にはこれくらい乱暴な方がいいだろう。その方が女性としての魅力も少しは減って、下衆な男共の的には……いや、あれだけの美女でありながら怒ると口調が男っぽくなるという点は、世の男共は興奮しそうである。それを考慮すれば、やはりお淑やかな口調で育て上げるべきだったのだろうが、その為だけに自分も口調を抑えなければならないというのは話が違ってくるので、やはりこれで良かったのだろう。
「ゆ、赦してくれよお……頼むよお……」
「駄目だ。てめえは自分の意思で抗うべきモノに抗わず、促されるがままに事を為した。つまりお前には自分の意思がないって事だ。だったら俺に何をされてもてめえにそれをどうこう言う権利はねえ。そもそもな、自分で生きようと足掻きもしない癖に、一人前に命乞いして、それを受け入れてもらおうなんて都合が良すぎんだろ。てめえに生きる権利は無い。全ててめえ自身が選んだ事だ。受け入れろ」
「い、いやぐはッ!」
 少女とは思えぬ威力の拳が腹に叩き込まれ、男は嘔吐。頭が下がった所ですかさず膝蹴りを加えられて、背後の壁でその身体が跳ね返ると今度は喉に蹴りが。にわかに呼吸の止まった男は、その場で膝から崩れ落ちて気道の確保に入る。
「直ぐには殺さねえ。てめえにはてめえが犯した罪の重さって奴をたっぷり味わわせて殺してやる。その間に俺達を説得出来るような言葉が思いついたら、すぐに言え。聞いてやる」
「聞いてやるだけで解放してやるとは一言も言ってないがな。お前をここで殺すよりも大きな利益が得られるというのなら、喜んで従ってやろう。そんな状態が起こり得るとは思わないがな」
 今の所『闇衲』は何もしていない。だがそれだと後で悔やんでしまうような気がしたので、取り敢えず気道を確保している男の横腹でも蹴り飛ばす。体勢を崩された男は、また情けなく失禁したが、そんな事はお構いなしに再びリアが男を持ち上げる。襟首を掴んで持ち上げる事の馬鹿さ加減ったらないが、か弱いと思っていた少女からそんな仕打ちを受ければ、衝撃は相当のモノであろう。
「あ、そういえばパパに一つ聞きたかったんだけど」
「何だ?」
「あれって本当だったの? 娘を命乞いの材料に使えば見逃したって奴」
 またおかしなタイミングで聞いてくる娘もいたモノだ。ここでそれを言ったとして何を起こそうというのか知らないが、隠す理由もない。男が逃げられない様に片足を踏み潰してから、暫しの間を挟んで『闇衲』は言った。
「がああああああああああああああああ! ぎいいぃぃぃ…………うぐぁあがあああっぐッ」
「本当だったぞ。お前との約束ではこの世界全てに報いを受けさせる事だが、その時期までは定められていない。出会った瞬間に殺せという事なら嘘だったが、そうじゃないからな。一回や二回くらい見逃すさ。今回の場合は……そうだな。一日だけ猶予をくれてやるつもりだった」
 その一日で娘と何処かへ逃げるなり隠居するなりしてくれれば、『闇衲』も進んで手を出す事はなかった。更に言えばこの件で彼らが積極的に俗世へ関わる気を無くしてくれたのなら、自分だって彼等に関わろうとは思わないし、その気分を続ければ彼等は生き残れたかもしれない。しかしその可能性は、目の前の男が真っ当な父親をやっていた場合にのみ発生しうる『もしも』で、今の様に下衆な男ではまず起こり得ない可能性だ。
「まあ、父親がこんな有様じゃ、余計なお世話だったかもな。ああ、惨めな子羊よ。お前に一つ尋ねたい。お前の娘は何処だ?」
「おおおおおおおおおぅああああああああああ…………!」
「何処だって聞いてんだろ。人が聞いてんならちゃんと反応しろ。分かるか分からないくらい言えるだろ」
 もう片方の足も潰さんと足を持ち上げると、男は両手で待ったの合図を掛けながら、喘ぎ交じりに言う。
「た、樽を囲んでる奴らの…………後ろの、家ッ」
「……また教えるんだな。お前は」
 今度はあからさますぎたかなと思っていたのだが、この男に反省の情は無いのだろうか。多分無いのだろう。彼の娘が居る場所とやらも、今までの流れから言って性行為場所も兼ねているに違いない。あまり嗅覚に自信は無いのだが、精子特有の臭いは幾ら何でも嗅ぎ分けられる。この拷問が終わった後にでも行ってやろう。
「殺すの?」
「……そうしてやろうと思ったがな。時期的に面白い奴がそろそろ来そうだから、そいつへの手土産にでもしようと思ってな。人間馬車の時と同じだよ。あの時は普通に金で払ったが」
 これも彼女への教育の為と思えばやる気が出る。それに殺すのは……何だろう。ちょっと飽きてきた。だからと言って攻撃されたら容赦なく葬るが、どんな殺し方をしたって結局殺している事に変わりは無いのだ。何度もやっていたらそりゃ少しくらい飽きてくる。リアは全然飽きていない様だが、彼女とは今までに殺してきた人数の差があるから当然だ。
「ま、待ってくれ……! 娘を何処かに売る気なのかッ? それだけは……やめろ!」
「散々お前が売りに出しといて虫が良すぎるだろうが。売れるだけでもありがたいと思えよ、お前の娘は二つの意味でボロボロなんだろ? 少なくとも、実の父親や見ず知らずの男に下の穴掻きまわされるよりは幸せになれると思うぞ」
 その幸せに隠れた意味を男が知る事はないだろう。客観的に見れば全く幸せではない上、取り返しもつかなくなっているのだから。『闇衲』の言う幸せとは主観的な幸せの事、周りが見てどうか、ではなく、本人から見てどうなのか、という事だ。そして改めてその意味を前提に語らせてもらえば、彼の娘は極上の幸福に身を浸す事になる。それはきっと、普通に生活している上では誰も味わえない様な、生活に余裕のある貴族すらも味わえない様な極楽。その果てにあるモノを『闇衲』は知っているが、語らない方が良い事もある。一時期は自分も服用していたから、良く分かっているつもりだ。
「というかお前、娘の心配なんてしてる場合かよ。さっきまでは娘を売っぱらってまで生き抜こうとしたくせに、今度はどうした。自分の身を犠牲に娘を守ろうってか、いい父親だねえ……泣かすねえ…………もう無理だけどな」
 足を無造作に潰してしまった事は少し後悔。一本一本引き千切るべきだったか。でもそれじゃあ、この男の喘ぎぶりから言って出血多量による失血死か、それとも痛みの限界点を超えてショック死か。二つあるようで一つしかない未来に先行きが見えないので、多分判断は合っていた。この世の地獄を味わっている様な顔を浮かべる男を尻目に、リアは袖口からナイフを取り出す。
「俺はこれから、アンタを切り刻む。そんでもってその胸に刻んでやるよ。てめえが犯した罪過を全てな。そういう訳だから、今から尋ねる事には全て正直に答えろ。答えなかったら…………死ぬまでの時間が長くなり、苦しむ時間も長くなる。分かったな?」
「分からない! い、嫌だ!」
「…………嫌か?」
「―――ああ!」
「じゃあ聞いてやる。お前は娘に、具体的にどんな事をした」
 もう娘を守りたいんだか守りたくないんだかわからない。罪過なんて言い過ぎだろうと思ったが、過ぎているというよりかは遥か前の障害なので問題にすらなっていない。具体的には複数人の男の相手をさせたという事だが、その内容が酷かった。最初は二人で下二つを侵略、次に一人加わって口を使われるようになり、更には左目まで使ったらしい。聞いているだけで気分が悪くなってくるような嗜好の数々なのは言うまでもなく、途中から『闇衲』は聞き流した。最後の辺りは酷すぎて、序盤に発言された飲尿が全然可愛く思えるレベルだ。
 聞けば聞く程、この男は一体全体どうしたいのか分からない。娘を守りたいと言う割には既にぶっ壊れているのではないかと思える程に貪っているし、自分を守りたい割にはおかしな所で娘を庇うし、この男は一体何がしたいのだろう。もう何をした所で結末は変わらないのに、甚だ意味のない行動である。少しだけ気の毒に思わなくもないが、望んだ訳でもないのに体中の部位を性道具として使用された娘の方が大いに気の毒なので、同情する気はない。むしろこの男こそ、正真正銘のクズであると判明した。
「…………人間の屑だな。てめえ」
 リアは顔を真っ青にして今にも吐きそうなのをどうにか抑えながら、同じくらいの勢いを保っている殺意をありったけ放出している。彼女の気分を何よりも落ち込ませた原因は、恐らくこの男の……表情にある。この男、暫く痛めつけられていないのをいい事に、段々と笑顔を取り戻しているのだ。これはもう救いようがあるとかないとかそういう話ではなく、単純に頭のとち狂った奴である。リアも話を聞いていて、良く手を出さなかったモノだ。
 そう思った直後、今までの鬱憤を晴らすかのように、リアの拷問が始まった。急所を敢えて外す形で刃を突き立て、そこを技術もへったくれもない動きで抉り回す。その間にやる事も無かったので、『闇衲』が暴れまわる男の指へ器用に刃を入れて爪を剥がしてやると、男自身も、もう何処がどの程度に痛いのか分からなくなってしまった様だ。
「ぐああああくだならだかがあががががかだぁぁややかかまだだだがあああいいいいい!」
 滅茶苦茶に転げ回って、触れていない場所を擦って、それでもやまない痛みに悶え続ける。出血多量でさっさと逝ってしまえば楽なのに、男は中々それをしようとしない。いや、出来ない。リアが意図的にそうしているから。
「…………ああ、そういえば。こんなモノを拾ったんだった」
 独り言のままでは意味を為さないので、男の頭部を壁に蹴っ飛ばしてから、偶然そこで拾ったモノを目の前に見せてやる。丁度よい大きさの木の棒だ。正確な大きさは分からないが、普通の男性はこれくらいの局部ではなかろうか。軽く口に照準を合わせると、ぴったりだ。
「ほら、口開けろ。お前がお前の娘にどんな事をしてたのか、素材の違いは申し訳ないが、これで少しでも思い知ってもらいたい」
 痛くてそれ処じゃないのか、抵抗しているのか。大声を上げているのにこの時だけ口を噤んでいるのはおかしな話なので後者だ。これでは歯に邪魔されて棒を突っ込めない―――などという甘えはなく、前歯を押し退けて棒を突っ込んでやると、その双眸から直ぐに涙が出てきた。強引に歯を引っこ抜かれて出血している歯茎が棒の側面に当たり負傷。更に出血を増やし、その外側を赤色に染める。問題の歯は……押し込んだ先に喉しかないのなら、彼が全てのみ込んでしまったと考えるしかない。
「ほら、気持ちいいか? あまりこういう拷問は好きじゃないが、お前への罰にはお前がやった事をそのままやった方が良いと思ってな。下の方に突っ込んでやらないだけマシと思え。娘の視界を穢さない為だ」
 そのまま喉へ強引に圧し込もうとするが、尚も男がゲロを吐きながら抵抗してくるので、『闇衲』はここぞとばかりに彼の後頭部を掴み、無理やり棒を押し込んだ。
「ぐぉッが―――――げえ!」
「気持ちいいか? 俺は悪いね、こんなのみてても」
 前後運動を開始する。歯茎をゆっくり擦られる様は見ていて実に痛々しい。どうでもいいが、男にとってはどちらが痛いのだろうか。指を一刀両断ではなく、皮から何度も何度も薄切りにされる事と、口に無理やり棒を押し込まれる事。体を動かしてその怪我から逃れようと思うのは当然だが、足を潰されてる男はまともに動けないので、腹の真ん中を足で押さえれば全体の動きは殆ど封じ込められる。腕だけはどうにもならないが、リアはその辺りを上手い事やっているようだ。経過を見ると、彼の親指はもう従来の半分程まで薄切りにされている。
「このまま死ぬまでこうしてやっても良いんだが、面白みがないよな? という訳で、お前には生き地獄を味わってもらう。運が良ければすぐに死ねるかもな? という訳でリア、ちょっと手を止めろ」
 たった今思いついたばかりの新鮮な案だ。その前に男があらゆる死因で死に至る可能性はあるが、ここまで意識を保ってきた男ならきっと保てると信じている。死んでしまったらしまったで、やり方を変えて後日誰かで試せばいいので問題なし。
 『闇衲』は、まず男の両頬を貫いてから、喉に突っ込んでいた棒を穴の開いた頬から頬へ差し込んだ。これによって、男は両頬から棒の飛び出したビックリ人間に変化する。ためしに持ち上げてみると、ギリギリだ。これ以上重さが加わったら口の筋肉が千切れるだろう。そうなればこの案は失敗なので実に幸運。
「わあ、パパ凄い! それどうするの?」
 こういう時、直ぐに口調が戻る事にはもう突っ込まない。
「いい感じに間合いの開いた棒にでも引っ掛ける。そんで死ぬまで、風に身体を揺さぶられて苦しんでもらいたい。ここまで痛めつけたら直ぐに死ぬ可能性もあるが、それはそれで、な。吊り死体はその時点で通常の死体よりも衝撃を起こす。名案だと思わないか?」
 口に空気の溜まらなくなった男はまともに喋れなくなり、自己弁護すらも出来なくなってしまった。それで善い、それが正しい。己が命を守る為に娘まで売りにだした男の結末はそれが相応しい。『助けて』の一言も言えないまま、死ぬまで風に吹き曝されろ。こんな男には、殺人鬼が手を下す価値も無い。
 無様に朽ち果て、己の醜さを悔いるがいい。





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