ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

切っても切れぬ父娘

 忘れた事は一度もないが、念の為。『闇衲』とリアは親子である。親子とは一心同体であり、運命共同体であり、二人で一つである。今はこうして宿屋以外での生活を分けているが、根本の所は全く変わっておらず、彼女が学校を卒業したら再び二人は一緒になる。つまりどんなに道が分かたれたとしても結局は合流するのであり、そんな間柄にある彼女には、一応連絡だけでもしておいた方が良い。『私の知らない所で勝手に動いちゃ駄目!』と言われてしまうのも面倒だ。
 問題があるとすれば、彼女の交友関係が広がった事だ。休日には修行も兼ねて話せるだろうと思ったら、適当に修行した後、リアはさっさと何処かへ出かけてしまう。そして夜までは絶対に帰って来ない。これが続いている。じゃあ夜に話せば良いのかと言われると、リアは疲労しているのでまともに話を聞いてくれない。一体どうしろと言うのだ。至って常識的に考えて、疲労困憊している娘に何かを発言しようと思う父親が何処に居るだろう。たまに鬱陶しい絡み方をしてくる時は蹴っ飛ばすが、そうでなければ優しく頭でも撫でてやるのが父親ではないだろうか。
 そういう思いもあり、『闇衲』は待つ事にした。彼女が家に居続ける日を待った。当然ながら平日は学校に行かなければならないのでその日で無いのは言うに及ばず、月日の流れから言って数回しか訪れない休日の、その中で見つけ出さなければならない。次こそは、次こそはと、もう何度休日が過ぎただろうか。度々『吸血姫』と一緒に狩りをしているから退屈ではないにしても、時々自分が何を待っているのかが分からなくなってしまうくらい、長い月日が経った。具体的には、半年。特に数えてはいなかったが、リアとシルビアの会話からその程度だと判断する。そろそろ自分も我慢の限界だ。次こそは狂犬を捨て駒にしてでも無理やり彼女の動きを止めて伝えなければならない。あまりにも日の長い停滞は、精神を狂わせる。
 『闇衲』が決意した時、その時は唐突に訪れた。
























「パパッ!」
 食事も終えて現在は就寝時間。退屈凌ぎに部屋で狂犬とじゃれていたら、ノックも無くリアが入ってきた。すかさず狂犬の顔を壁に叩き付けて気絶させるが、彼女は気にした様子も無く隣に腰を下ろした。
「タイミングが悪すぎる。お前、狂犬は仮にも殺人の練習相手だぞ。雑に扱うんじゃない」
「それ、私の台詞。もうちょっと優しく気絶させなさいよ」
「加減はしたつもりだ」
 本気でやったら壁諸共木っ端微塵に出来る。そう思えば、壁にも罅が入っていないし、流血も……少しだ。かなり加減した事が分かるだろう。
「まあ、お前達が居ない間は俺の遊び相手だ。使い物にならなくなるまでは丁重に扱うさ。それで、何の用だ」
 彼女の顔が悩んでいる様には見えないので、何かしらの問題に巻き込まれたから相談しに来たという訳では無さそうだ。であればまたいつかみたいに一緒に寝たいとか? あれはリアに引っ付かれるわ、狂犬の暴走を抑える為に彼の身体を足で押さえ付けなければならないわで、かなり面倒だ。出来ればやりたくない。
 色々考えたが、納得出来るような理由が思い当たらない。いつもの様に彼女の毛根を梳く様に撫でると、気持ちよさそうに頭を近づけてきた。
「冒険者になってくれない? 一年だけで良いからッ」
「藪から棒にどうした。お金なら有り余っているだろう」
 まさか自分の冒険者嫌いを彼女に悟られている筈はないし、仮に知っていたら犯人はミコトだ。次出会ったらぶん殴る。知らずともぶん殴る、何だか腹が立ってきた。そんなこちらの思惑に反してリアは突如、表情を歪ませて説明する。
「懇親会……ッ?」
 聞き覚えの無い言葉に、しかしその言葉の危うさに『闇衲』は声を荒げた。
 懇親会。言葉だけを見れば、親同士が仲良くするというモノだ。この時点で言うまでもないが、かなり危ない。主に身分とか、服装とか、礼儀とか。
「行かないという選択肢は」
「無いッ。それでね、もしもパパの職業を聞かれたらって考えると、一旦でもいいからパパには冒険者になって欲しいかなって。ほら、技術的な勉強しなくても直ぐになれるし」
 間違っても職業『殺人鬼』とは言えない。倫理的には言わずもがな、文理的に考えても殺人で飯を食っている訳ではないから職業『殺人鬼』というのは適当ではない。趣味と言った方が的確だろう。だからと言って趣味『殺人』も倫理的には大いにあり得ないが、これが冒険者となれば話は別。身分による差別社会の中でも冒険者は特異性を持ち合わせており、実力さえあれば貴族にも見下されない。
 何が言いたいかというと、絶好の機会だ。この機を逃して彼女に何かを告げられるとは思えない。不自然に思われないよう、『闇衲』は慎重に言葉を選ぶ。
「待て。懇親会って、普通親だけが行くモノじゃないのか。どうしてお前が尋ねられる云々の想定をする」
「フィー先生に誘われたからッ。だから厳密にはパパと同伴してる訳じゃないけど、誰が親で何の仕事をしてますかって言われたら……答え辛いでしょ?」
 あの男、何て事をしてくれやがった。親同士が仲良くする会合には普通酒が出る。その会に子供を連れて行かせるなんて一体どんなとち狂った神経を持ち合わせているのか―――と言ってやりたいが、冒険者になる切っ掛けをくれたので今回は感謝しよう。酒が出る会合に子供が出席と言うのも、貴族の間柄では珍しい事ではないのだろう。常識的に考えて、飲みたくなければ飲まなければいい。飲ませたくなければ飲ませなければいい。ただそれだけの事。
「……駄目?」
 彼女の殺人的な上目遣いは自分には効かないが、今回に限っては効いたという事にしておこう。その方が彼女の機嫌も取れて一石二鳥だ。
「随分頼み方がらしくなってきたな。本当なら断る所だが、可愛い娘の為だ。なってやろうじゃないか、冒険者―――一年だけな」
 多分それ以上は『闇衲』の精神が持たない。そのせいで彼女の目前にて発狂したら格好がつかないので、渋々、といった感じを演出しておく。こちらの首肯を目にしたリアは一瞬目を見開いて、それからパッと顔を明るくした。
「ありがとッ! もしかしてパパも、遂に私の魅力で虜になっちゃった感じ?」
「ははは、お前が美人なのはいつもの事だ…………刻むぞクソガキ」
 言いつつ彼女をハグする様に引き寄せて締め上げると、背骨か腰の辺りから、奇妙な音が聞こえてきた。そのやけに硬質且つ耳障りな音は紛れもなく骨の音であり、リアも最初こそ何でも無かったが、直ぐに激痛で顔を歪めた。喘ぎ声は出すまいと、必死に歯を食いしばっている様は中々見物である。
「パパァッ! ……ったら、いけ…………ないんだあ。オンナアアッ! の子を抱きしめるなん、てッ!」
「減らず口は文字通り消えそうもないな。もう少し強くしてもいいんだぞ」
「い、いャァ……!」
 少し脅しただけなのに、ここまで簡単に屈服されるとちょっと物足りない。つまらなそうにリアを解放すると、すっかり力の抜けたリアは『闇衲』のベッドに倒れ込んだ。もう少し服が乱れていたら、強姦された後と言っても違和感はない。
「も、もう……パパったら、冗談が分からないのね。すっごく痛かったわ」
「つまらない冗談は命取りになるという事を覚えておけ。それと俺は、ちょっと色気づいた女に魅了される程安い男じゃない。ミコトくらい魅力的な女性になってから出直してくる事だな」
「ええ……? やっぱりパパって、巨乳が好きなんじゃない……! この変態ッ」
「まだその下りやるのか。ここまでくると胸しか見てないのはお前の方じゃないか」
 ここでぶん殴るとそれを肯定する様なモノなので、殴らない。またいつか彼女と遭遇した時、リアにそれを告げられたらどんな事を言われるか分かったモノじゃないから。それを抜きにしても自分がミコトに対して持っている評価に一切の虚偽は無いが。
「女性は胸じゃない。心だ……と言ってやりたいが、心まで見透かすような奴は一握り。大抵は全体のバランスだな。見た目もそうだし、戦闘能力とか、才能とか、血統とか、そういうのを総合するのが普通だ。つまり総合してミコトは良い女という訳だ。下衆な奴だったらここに抱き心地の良さとか、膣の締まり具合だとか入れるんだろうが、俺はミコトに手を出した事が無いのでそれは分からん」
「つまり……パパは私の事が好きって事?」
「刻むぞガキ。お前の事が好きだったらとっくに襲って孕ませてる。それをしないって事は察しろ。そして金輪際、ミコトが居ないならその流れを使うな。約束出来るか?」
「ぶー! 分かったわよ、約束すればいいんでしょけちんぼ! あーあ、せっかくパパを困らせる流れを手に入れたと思ったのになあ」
 やはり次に遭遇したらミコトをぶん殴ろう。多分殴り返されて終わるが、一発は入れないと気が済まない。リアは『闇衲』の娘であって、決してミコトの『娘』ではない。なので余計な事を色々仕込んでくれた彼女には、それくらいの罪がある。
「全く嘆かわしくないな。さ、痛みが消えたらさっさと戻れ。俺の勘だと、狂犬がそろそろ目を覚ます。撃退は簡単でも、それをされる事自体面倒だろ? 明日は休日だが、どうせ何処かに出かけるんだ、だったら早く寝ろ」
「パパが居ないと眠れない!」
「いつから俺は枕になった。いい加減戻らないとお前も狂犬と同じ運命を辿る事になる」
 それは最後の忠告だったが、一向にリアが離れる気配を見せなかったので、『闇衲』は躊躇なく彼女の頭を壁に叩き付けて気絶。本来の部屋へ雑に投げ込んで、無理やり眠らせた。穏やかに眠る『赤ずきん』の身体に覆いかぶさった気がするが、気のせいという事にしておこう。

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