ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

反省会

「それでは、これより第一回『吸血姫』狩り反省会を始める!」
 校長室にフィーの声が広がると、真っ先に来ていた少年、ギリークが手を挙げた。「リアが居ないぞ」
「え?」
 言われてみれば確かにいない。生徒が居ないのに何かを始めようとする何て、自分は先生失格じゃないか。
 昨夜の傷は三人纏めて完治させたから、休んでいる可能性は無い。それどころか元気に登校していたと記憶しているので、この行動については擁護のしようがない。居ないのは単純に、反省会の時間帯―――一限目の途中に呼び出した―――が不味かったと考えれば自然だろう。気づいてしまった以上は反省会を始める訳にいかないので、フィーは机を叩いた姿勢で完全に硬直。彼女が来るまで数十分以上、その姿勢を維持した。常人であれば辛さのあまり体を震わせてしまうが、そこは学校長たるフィー。その規格外ぶりを非常にどうでもいい所で発揮していく。
「やっほー! 呼ばれてきたよーッ」
 校長室を訪れたとは思えない様な挨拶と共に、リアが入ってきた。学校は己の力を高める場所でもあるが、同時に礼節を学ぶ場所でもある。χクラスと言えどそこは例外ではないので、後で礼儀について教えておく必要がありそうだ。尤も、焦る必要は無い。彼女が入学してきてまだ一年目だ。今はまだこれくらい無作法な方が、むしろ可愛いまである。リアはどうしてか嬉しそうに頭を揺らしながら自分の席へ。こうして教壇から見ると分かりやすいが、彼女だけ放っている雰囲気が大分違う。
「何かあったのか?」
「んー教えない! 私とパパだけの秘密だもの♪」
 教えないと言いつつ完全にバラしているが、彼女の言う『パパ』については彼女よりも詳しい情報を持っているので言及する事は無い。どうやら彼女の事が気になって仕方がないらしいギリークが複雑な表情で彼女を見ていたが、その様子を観察するのも一興だろう。彼の人生は、この学校に在籍する限りである故。このまま暫く二人を放置するのも面白いが、それではイジナが退屈するだろう。彼女が来た事でようやく全員揃った様だし、ここは改めて。
 フィーは先程と全く同じ動作を再現して、高らかに告げる。
「それでは、これより第一回『吸血姫』狩り反省会を始める!」
「ドンドンパフパフ! ドンドンパフパフ!」
「良く分からない合いの手をどうも。誰に教わった?」
「パパ。誰かが何かを重要そうに切り出したら言ってやれって」
 彼女はその言葉が何を意味するか分かっていないらしい。分からなくても当然の音だが、一体何を教えてくれやがったのか。これからの面倒を先に見据えて溜息を吐くも、フィーは目を背けてから話を続ける事に決めた。
「……まず、俺達の反省すべき所は『吸血姫』に協力者がいた事を想定しなかった事だ」
 あれさえなければ『吸血姫』の事件はとうの昔に終幕していたと言っても過言ではない。そもそも今まで正体が特定出来なかった時点で単独ではない事を考慮しておくべきだった。いや、それ以前に―――正体が分からないのに、どうして『吸血姫』等と皆呼んでいたのだ。男なのか女なのか、今回の件でハッキリ女性と分かったが、それ以前はそれすらも分かっていなかった筈。なのにどうして、と考える必要は無い。理由は単純明快だ。『吸血姫』の存在を広めたのが彼女自身だったとしたら、全てに納得がいく。彼女はこの国を相手に遊んでいたのだ。敢えて自らの存在を『正体不明』とせずに打ち明ける事で、この国が如何に脆弱なのかを示すつもりだったのだ。それが意味する所は即ち国王の権威失墜であり、これ以上彼女に好き放題動かれたらいよいよ王は玉座から引き剥がされこの都市は混乱する。
 何としても次は成功させなければ。
「それが間抜けであったのなら気にする必要は無いのだろうが、協力者たる正体不明のあの男が一番厄介だと言わざるを得ない。俺が一番厄介だと知っても尚挑んだあの度胸といい、お互いに傷一つ負わなかったとはいえ俺から逃げてみせたり、只者じゃない。まずお前達だけでは無様に殺されてしまうだろうよ
「でも、そうなったらフィー先生が蘇生させてくれるんでしょ?」
「死体…………持ってかれたら」
 滅多に会話をしないイジナに先を越された。もしかしたら、同性が入ってきてくれた事で少しは心も和らいだのかもしれない。生徒の僅かな成長に心を温めつつ、フィーは同調するように頷いた。「その通りだ。自分で言うのもなんだが、俺はこの都市の中でも特に有名な人間の一人。表向きには見せてないが、俺が蘇生能……魔術を使える事を知ってたらどうするつもりだ? 幾ら俺でも、死体が目の前になきゃ蘇生は出来ないぞ」
「えー……」
「万能な魔術は存在しない、これ常識。どうしても生き返りたかったら確実に自分の死体を残す方法でも考えておくんだな」
生き返らせる事自体、生命の法則に反している為、あまり踏み躙るするような真似はしたくないのだが、やむを得ないようならば容赦なく踏み躙る。これ以上あの二人に好き勝手動かれたら、自分以前に色々な人が困る。


 ……せっかく見逃してやってんだから、分かってもらいたいね。


「次の反省点。ギルドの連中と仲が悪かった事。あの中に居たらもしかすれば全滅は防げたかもしれないのに、俺達があそこと仲が悪かったばっかりに別動隊という形に。不幸中の幸いか、俺達を嫌ってた奴等は全滅したから、ここから改めて関係を築いていこうと思う。お前達も……特にイジナ。無愛想はやめて、出来るだけ笑顔を見せてくれ」
「無理」
「即答かい……」
 フィーは派手に頭頂部を教壇に叩き付けてから、改めて話を続ける。
「最後の反省点。こっちに落ち度は無いが、準備期間が全く無かった事だな。あっちの居場所も掴めてないから仕方ない事なんだが、万全の準備が出来てたら介入されたとしても終わったと思う。先述の通りこちらに落ち度は無いから根本的に反省は出来ないんだが、次からはいつ第二回が始まっても良い様に、万全の準備を整えてくれ。質問は?」
 ギリークが手を挙げた。
「元々あの話をするつもりだったんなら、あの殺し合い必要だったか?」
「必要だったな。お前達を治療した後、俺は回収される前に死体を調べたんだが……武器にこびり付いている血、肉片。その他諸々。『吸血姫』ないしはあの男、または二人だけでやったとは思えないんだよ。まるで同士討ちをしたような……そんな風に思えるんだ」
「何が言いたいんだよ」
「アイツ等は人心掌握に長けてると思われる。つまりだな、お互いの事を良く知りもしないでアイツ等に立ち向かえば、上手い事掌握されて同士討ちをする可能性があるんだよ。そこで一度殺しあわせる事で魂の底からお互いを信じられるようになり、心理掌握を回避出来るって訳だ。お前だってリアと殺し合いたくないだろ?」
 言いつつリアの方を一瞥すると、彼女は机で頬杖を突きながら、満更でも無い表情でギリークの方を見つめていた。彼は直ぐにそちらへ振り向いたが、彼がリアに視線を向ける頃には彼女は明後日の方向へ視線を変えていた。
「そういう事だ。次からはするつもりも無いから安心してくれ。他には?」
 次に手を挙げたのはイジナ。感情の衰退してしまった彼女には珍しく、その瞳には光が宿っている。
「何だ?」
「情報、ください」
 彼女の言う情報とは、内容によってはリアも知るべき情報だが、彼女が全てを知るにはまだ早いだろう。切っ掛けくらいはあげても良いかもしれないが、イジナを満足させるには切っ掛けよりもずっと深い情報を話す事になる。
「―――後でな。他に質問は?」
 今度こそ誰も居ない様なので、フィーは改めて机を叩き、高らかに告げた。
「何も無い様なら、これにて反省会を終了する。本当は時間ピッタリに終わらせるつもりだったんだが、まあ簡潔に話せばこれくらい余るか。鐘が鳴るまで暇だろうから、ここで好きに過ごして、時間が来たら戻れ。俺はちょっと用事がある」
 そう締めるや、フィーはいつの間にか手に持っていた麻袋を下げて、足早に校長室を出て行った。




































 シルビアの戦慄わななきは未だに止まらなかった。
 朝起きた時の『闇衲』と来たら、今までにないくらい不機嫌で、殺意を放っていて。彼は気付かなかっただろうが、周りの人間も露骨に距離を取っていた。リアだけはそんな『闇衲』にも構わずくっついていたけど、その度に『闇衲』の機嫌が悪くなって、もうどうしていいか分からなかった。その証拠に、朝食はかなり美味しかった筈なのだが全然味が思い出せない。美味しかった筈という、最早一種の思い込みの様な感覚しか残っていない。
 何で機嫌が悪かったんだろう?
 自分を労ってくれる時の『闇衲』は一番態度が柔らかくて、リアに言うとまた『パパは私のモノだからあげない!』とか言われそうだが、それでも自分はあの瞬間が大好きだ。言っている側としても妙な話だが、あの瞬間だけは彼の事を本当に父親に思える。それと比べると今朝の彼は……まんま殺人鬼だ。もしくは三日連続で不運に見舞われた不幸体質な男性だ。対照的にリアは今までにないくらい機嫌が良かったが、何か関係があるのだろうか。そう言えば朝起きた時、隣にリアが居た記憶が無い。まさか、『闇衲』の部屋に? あの少年は軽くあしらえるだろうからあり得ない話じゃないが、まさかその時に。
 チラリと教室の端を見遣ると、リアがここで知り合った友達と向かい合って、楽しそうに会話していた。自分も全く話し相手が居ない訳ではないが、あそこまで笑顔で話せる相手が居るかと言われると……
「ねえ聞いてアイジス! 私ね、昨日すっごく良い事があったのッ」
「へえ。リアがそこまで仰るなんて、余程良い事があったのねッ、何があったのかしら?」
「ファーストキスあげちゃった!」




 …………ああ、そういう事か。




 何となく分かった気がする。そして理解した今言わせてもらえば、彼があそこまで不機嫌だったのも無理はない事だ。誰だって、急に『ファーストキス』を押し付けられたら、気分は良くないだろう。



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