ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

狩る者と駆る者

 どうして『闇衲』の動きが露骨に止まったのか、教えない限りリアが知る事は無いだろう。共通点らしき共通点も正体不明の殺人鬼というだけで、余程こじつけるのが好きな者でなければこの二人に関係性があるとは考えない。そしてその手の行為が好きな者は一般に愚か者と言われるが、今回に限っては賢者である。一体そんな賢者を除いて誰が考えるのか、『吸血姫』と『闇衲』は知り合いで、しかもここ最近は一緒に殺しを愉しんでいる仲だなんて。知っているとしてもそれは被害者であり、被害者は一人残らず葬っている。つまり誰もこんな発想は思いつかない。特に自分の事を『闇衲』と分かっていない人間は、殺人鬼という共通点すら導き出せないので猶更思いつく訳が無い。
「……パパ、どうしたの?」
 さて、自分はどちらに回るべきなのか。リアですら自分の関与に気付いていないので、ここで彼女側に回った所で―――彼女の情報を売った所で吸血姫以外は傷つかないし疑問にすら思わないだろう。ここで大事なのは、吸血姫が傷ついてしまうという事。彼女は自分の数少ない大切な友人だ。性格面だけを言わせてもらえるならばミコトよりも上質な、最高の友人。そんな友人を明るみに出ていないからと言って裏切るのは、筋が通っているのかどうかという話だ。
 『闇衲』はあの国で、異世界より攫われた少女リアの父親となった。まだ出会って一年も経っていないのは置いといて、その間に数々の破滅を引き起こし愉しんできた。『闇衲』という存在は今、男性嫌いのリアにとって唯一心の底から全てを許せる異性ちちおやとなっている。そんな自分がここで敵対……情報を流さなかったら彼女はどう思う? 裏切りとまでは思わないまでも、戻ってきたら物凄く怒られるだろう。彼女は底抜けに明るいように思えるが、あれは自分が傍に居る事と、道具兼友人としてシルビアが居るからそうなっているだけだ。実際はあの少女の心は非常に脆く、本当にちょっとした事で崩れてしまいかねない。合流したら怒られる、と先程は言ったが、それはまだ良い方だ。それなら全然構わない。それなら構わないが……最悪の場合はその場で大泣きされて収拾が付けられなくなる。それだけは避けたい。
 ……こんな思いを抱いている時点で不思議だが、『闇衲』は彼女の泣き顔を見たくない。彼女には、願わくはずっと笑顔で居て欲しい。
 そう考えれば敵対する訳にはいかないのだが、そうしたら今度は『吸血姫』への筋が通らない。殺人鬼である自分が筋を通す何ておかしな話だと思うかもしれないが、自分だって生まれた時から殺人鬼だった訳じゃ無い。かつての名残だ。そしてその名残が時に自分を救う事も有るので、捨てるつもりは今後も無い。
「……『吸血姫』? いや、知らないな。何でだ?」
「えー…………本当ッ? パパ嘘吐いてない?」
 嘘を見抜く技術何て教えた覚えが無いのだが、これが女の勘という奴なのか。全身の力を抜いて、『闇衲』は首を振った。
「俺はトストリスの殺人鬼だ。他都市の殺人鬼の事なんざ知りもしない。新参じゃないのか?」
「ふ~ん。ま、パパがそう言うならそうなのね。じゃあ協力してくれる? 吸血姫狩りに」
 吸血姫狩り……ああ、そういう事か。少々度合いが大きかった。自分は裏切ると言っても『吸血姫』の情報を渡す程度の前提で考えていたが、彼女をこの手で攻撃するとなると逡巡の余地はない。今までの殺しには自分も関与していたのだ、にも拘らず知らんぷりを決め込んで彼女を攻撃する何て出来ない。出来やしない。
「―――悪いな。殺人鬼の癖が何かの拍子に出るとも限らない。どういう経緯でお前が参加するのかは知らないが、詳しくは聞かん。行ってこい。そして存分に暴れてこい」
 悪い気分でしかないが、敵側に回るとしようか。リアを裏切る事になるのは分かっているが、『狩り』という事であれば何の心配もない。守る事ばかりが守護では無い、時には刃を向ける事も重要であろう。
 殺人鬼の娘であれば刃で語れ。自分との絆は、血と臓物の底に沈みし暗き愛情よ。
























 今回ばかりは本気で逃げる必要がある。広場に集まる人間の動きを見る限り、決行は深夜と見た。何故か集団の中にはリアの姿が見えなかったが、彼女は制服を着た状態で再び外出をした。つまり、彼女にとって『吸血姫』狩りとは授業の一環である可能性が非常に高い。詳しい状況の想定は出来ないが、差し詰めフィーにでも呼び出されて、参加を誘われたのだろう。根拠は無いが、あの男なら突然『吸血姫狩りをやろう』と言い出してもおかしくないと思えてしまう。本当に根拠は無いが。
 そして広場にリアの姿が見えないという事は、彼女達の集合場所はまた別の場所という事でもある。その位置さえ掴めていれば安全に『吸血姫』の下へ行けたのだが、掴めていない以上は下手に動く事も…………いや、待って欲しい。一般に『吸血姫』の根城とされているのは、貧民街の端にある廃屋だ。彼女の家は今の所、協力者たる自分しか知らない。廃屋では無く、彼女の家の方へ行けば、もしかしたら安全に合流できるかもしれない。
 熟考している暇は無い。『闇衲』は貴族の虚像を他人の意識に刷り込ませて、さも当然の様に高等エリアへ足を踏み入れて、周囲の視線が切れたと感じるや、全力で彼女の家へと直行した。壁跳び上等、屋根越し上等。力を加減する必要は無い。彼女の家まで辿り着く頃にはすっかり息も弾んでいたが、とにかく到着した。勢いよく開いた扉に驚いたらしい『吸血姫』は、珍しく焦燥感を露わにする『闇衲』を見て首を傾げていた。
「『吸血姫』!」
「一体どうした―――きゃあッ」
 両肩を力強く掴まれて、『吸血姫』はすっかり委縮。鼻先が触れ合う程の距離で二人は暫し見つめ合い、硬直する。
「…………『吸血姫』」
「な――――――何?」
「俺達の娯楽を見かねた奴らが、遂に討伐隊を組んで身を乗り出した。数は冒険者を含めて六〇人。その他を含めて推定七〇人。対するこちらはたった二人。数的不利は明らかであり、こちらの勝算は限りなくゼロ。さあ、どうする?」
 威圧感の強い言葉に『吸血姫』は終始圧されていたが、こちらの言いたい事をようやく察した様子。鏡合わせであるかのようにニッコリと笑い、「決まってるでしょ」と言った。
「冒険者狩りの始まりよ♪ 真に狩る者はどっちなのかハッキリさせなくちゃ」
「……その通りだ。数さえ揃えれば良いという訳でも無い。無能が何人集まった所で烏合の衆と大差ない事を教えてやらねばな。そうと分かれば早速準備だ。支度するぞ」
 こちらが持ち出せたのは対魔術コートとナイフ。そして片刃の剣。あまり持ち出すとたとえ影だけでもリアに見破られる可能性があった故に仕方ない。持ち出した事に変わりはないのでバレる可能性はあるが、限界まで抑えた、そしてそれ以外に不安が生まれないように工夫したつもりだ。後は大急ぎで自分の部屋へと戻っていった彼女を待つのみだが、こうなったらとことん馬鹿騒ぎしてやろう。
 『闇衲』は階段を無視して二階へ。進行形で着替えている彼女を無視し、タンスの中にある液体型の媚薬を飲み干した。
「ちょッ―――急にどうしたのッ?」
「お前も飲め」
 碌に説明もせずに投げると、まだ服を着替えている途中だった『吸血姫』は体勢を崩して転倒。液体型の媚薬は摂取される事もなく地面にぶちまけられる予定だったが、落下する寸前に『闇衲』が瓶の口を掴み取り……勢いのまま彼女の口へと差し込んだ。
「んッ―――んんんッ、んん…………んッ♪」
 仰向けになっている彼女は口内での抵抗も許されず、残された容量の全てをその身体に吸い込んだ。その量は気道を塞ぐには十分過ぎた様で、途中かなり呼吸が苦しかったらしい。その双眸からは涙が出ており、飲み干した後の硬直まで考えると、強姦された後にしか見えないのは気のせいという事にしておこう。
 別にどうせ死ぬのだから死ぬ前にぐっちゃぐちゃに愛し合おうという名目ではない。殺人によって得られる快楽と性的快楽はとても良く似ている。媚薬によって発情した状態になれば、自分を含めて『吸血姫』はより一層その力を引き出せるだろう。その時に得られる快楽まで計算すれば、冒険者達を撃退する頃には効果が切れていると考えているが、もしもまだ治まらないという事になれば、責任を取って自分が彼女を鎮めるとしよう。彼女を発情状態に追い込んだのは自分なのだから、それくらいの責任は取らねば。
 空になった瓶が床に転がる。『吸血姫』は大の字になって硬直を続けたが、程なくして『闇衲』の首に手を回して、彼の顔を豊満な胸で抱きしめた。発情状態にそんな事をすれば、一般的男性がどうするかは想像に難くないが、そこは性欲の存在しない『闇衲』。苦しそうに呼吸をするだけで暴れる様子は見せない。
「……やってくれたわね、『闇衲』♪ 私にこれを飲ませた責任、ちゃんと取ってもらうわよ?」
「俺が何もせずとも冒険者共から血を啜れば治まるだろう。悪かったな、無理やり飲ませたみたいで」
「気にしないで♪ こんなに気分が高揚したのは久々なの。冒険者狩り、すっごく楽しいモノになりそうッ♪」
 自らを掴む腕力が緩んだので、いつも通り『闇衲』は顔を持ち上げて彼女の瞳を見据える。媚薬は自分にさえ刺激として知覚出来る程度には強力。効果は絶大なようで、次に交錯した視線の先―――彼女の瞳の奥には、とめどなく溢れる劣情が形となって浮かんでいた。



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