ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

初めての吸血姫狩り 四限目

 リアが目覚めた時、既に他の二人は目を覚ましていた。上体を起こして周囲を見回すと、校長室のような青空教室。ここに入ってきた時と同じ光景が視界に広がっていた。どうやら床で眠っていたようだ。毛布が上下、挟み込むように自分を包んでいる。今は上体を起こしたので下半身しか掛かっていないが、毛布の柔らかさと来たら病みつきになりそうな程柔らかく、きっと心地よい時間が過ごせていたのだろうと思う。
「起きたか」
 話しかけてきたのはギリーク・ブライドス。同じχクラスの生徒にして、先程まで手を組んでいた少年だ。従者のような仕草で手を差し出してきたので、自分もそれに応じてお姫様らしく、お淑やかに手を取った。
「ありがとッ。ねえ、あの後一体何が起きたの?」
 刻創咒天を使用した後にこんな万全の状態になれる訳が無い。あの時は上半身やらを破壊された瞬間に時間を止める事で何のダメージも負っていないかのように動けただけで、実際は既に自分は死んでいた。そして首を折った手応えが今も手に残っている事からも、イジナは殺した。唯一あの時動けたのは、外から攻撃を仕掛けていたギリークだけである。だというのに、ギリークは両手を大袈裟に広げて頭を振った。
「残念ながら俺も分からん。俺も死んだからな」
「え?」
 聞いた所によると、あの時投げたイジナのナイフが喉に命中。急いで引き抜いたモノのそれが致命的となり死亡したらしい。生きているのだから死亡したというのはおかしな話だが、彼もまた自分が死ぬ瞬間を今も記憶している事から、表現に間違いはない。全く信じ難い話だが、自分達は生き返ったと見て間違いない様である。イジナは交流を取ろうとしないが、彼女を殺した事はこちらが明確に覚えているので、その犯人は実質一択まで絞られた。
「これで三人起きたか。体に異常がある奴は言ってくれ、直ぐに直すから」
 教団の下に地下室でも続いているのか、どう考えても大人が入れなさそうな教壇から、フィーがぬっと姿を現す。本人としては驚かせたかったと見えるが、少なくとも二人は今の状況を把握するのが精いっぱいで驚くどころじゃない。なので彼が姿を現したとしても、生まれたのは驚愕ではなく白け。数分間の静寂がそれを物語っている。
「……反応悪いな」
「私達を生き返らせたのって、フィー先生なの?」
 彼は露骨にギクッとしたが、ここはχクラス。特に隠す理由が見当たらなかったようで、早々に肯定する。誰にも言うなよ、と念を押して。
「まさか全員死ぬなんて思っても無かったんだ。一人くらい死んでたら事故で済ませようかと思ったが、全員を放置したらクラスが潰れる。仕方ないだろ」
 仕方ないだけで死者を蘇らせるフィーも正直どうなのかとは思う。魔法陣は一度発動されれば消えるのだが、見た所彼の手はおろか、校長室という名の青空教室に魔法陣を書く為の道具は無い。自分と同じで予め書いたモノを所持していたのだろうか。いやしかし、全員が死ぬとは思っていなかったと言っている時点で、彼にとっては想定外の事態であった事は明白。言い方だけ見れば、一つ二つは所持していたが足りないとしか聞こえない。
「その魔術、教えてください!」
 リアが前のめりになって尋ねると、その額を押し返しつつフィーは即答で首を振った。
「断る」
「何でッ!」
 死者を生き返らせる事が出来るのなら、ムカつく奴は殺して蘇生してまた殺して……という新しい殺し方も出来る。刻属性を持つのなら習得出来ない事はないだろうに、即答だった。フィーはこちらに着席を促しつつ教壇の後ろに移動する。
「ギリークとイジナは知っているだろうが、俺は魔法陣なんて時間のかかるモノは書かない。詠唱もしない。だから教えようと思ったって、詠唱も必要として魔法陣も必要なお前達には教えられないんだよ」
「それっておかしくない? だって、使わないって事はその過程を省略してるって事だから、教えられないなんて筋が通ってないんだけどッ! どう思いますか先生!」
「良い着眼点だな。俺も言葉が足りなかったからもう一つ付け加えよう。仮にそれを教えたとして、お前達に発動に要する魔力は無い。人の蘇生何て何百年と魔力を溜めた仙人しか出来ない事だ。お前達がこの学校に居る限りは少なからず絶対に行使出来ん」
「その理屈で行くなら先生だって使えないと思うんだけど」
「俺が特別たる所以だ。お前みたいな反応をされるから、俺はこの魔術を人前で見せたくない。あれを蘇らせろ、これを蘇らせろ―――死ってのはな、そんな簡単に覆せるもんじゃねえんだよ」
 ここに三人程、簡単に死を覆された人物が居るのだがそれは無視か。詠唱も無ければ魔法陣も使わない、かなりお手軽に蘇生魔術を行使した彼が言うべき事では無いだろうが、その言葉には賛成である。死は簡単に覆せないから美しく、素晴らしい。だって、そうでなければ人間の死に際にあんな表情は拝めない。絶望に染まり切ったあんな表情、死に絶対的価値が無い限りは生まれなかった。何よりは、死が簡単に覆せるのなら、誰も殺人鬼の事を恐れはしない。『闇衲』が伝説になる事も無く、リアがあんな存在に助けを求める事も無かった。
 しかし厄介だ。助けてもらった手前、たらればの話はしたくないが、彼が居る限りこの街を殺す事は不可能な予感がする。ここまでお手軽に蘇生したのだから、有り得ないだろうが数百人規模での蘇生もなし得る予感すらしてくる。
「生死はいつだって表裏一体。そして一方通行だ。俺はその法則を無理やり捻じ曲げている異端者。こんな力が世に知れ渡ったら生き辛くて仕方ないし、何より先生に迷惑が掛かる。だから俺はこのクラス以外では滅多に力は使わない。使いたくないんだよ。下手したら俺自身が戦争の引き金になりかねないからな」
「フィー先生。一つ気になったんだけど、アンタが『先生』って呼んでるソイツは誰だ? 俺もイジナも、結構な頻度で耳にしてるけどまるっきり言及されないし。お前も気になってるよな?」
 ギリークが彼女の方を一瞥すると、イジナは数秒の硬直を挟んでから首肯。リアも気になっていたが、二人は知っているモノかと思ってすっかり流していた。それでも後で聞く気だったが、せっかくなので便乗しておこう。
「私にも気になるわ。フィー先生が『先生』って慕う人って、一体どんな凄い人なのか!」
「…………先生は、先生だよ。大好きな先生。幼かった俺を唯一『見てくれた』先生だ。凄く優しくて、強いんだよ。今は多分別の大陸にでも行って旅してるんだろうけど、俺の中ではいつだって英雄ヒーローさ」
「へー。フィー先生がそう言うからには、よっぽど著名な人物なのね。フィー先生の他にその人を深く知ってるのは?」
「三人だな。今は多分、その三人と旅してる。校長をやめる事が出来たら俺も合流するつもりだけど、まあ暫くは無理だな。問題児が多いし」
 ハハハと笑って誤魔化しているが、フィーの表情には、微かに暗い感情が見えていた。同じような顔を見た事があるから良く分かる。あれは好意の裏返し。会えない寂しさから来る陰だ。そんな表情が彼の顔から見られるとは思っていなかった。或いはそんな感情が見えるくらい慕っていると考えた方がいいだろう。何であれ機会があるのなら、一度会ってみたいモノだ。フィー以上に殺し甲斐があるとなると、流石に自分では無く『闇衲』の出番になりそうだが。
「さて、無駄話はこれで終わりだ。改めてお前達に任務を与える事にする」
 フィーは改めて、今回の授業を開始した。
「まずお前達、『吸血姫』という存在を知っているか?」
 『吸血姫』。被害者の血が半分以上無くなっている事からそう呼ばれているらしい。正体も手掛かりも一切不明。分かる事は、血を吸っているだろうという事だけと謎が多い殺人鬼だ。と、さっきギリークから聞いている。
「こいつの被害は甚大でな。被害当初から累計三五五人が殺害されている。年齢層はバラバラで規則性は無く、死に方にも規則性は無い。あるのは精々血を吸われている事だけと謎が多い奴だが、今回。冒険者ギルドと手を組んで、こいつを捕縛する事になった。決行は今日の深夜だ。集合場所は貧民街の端、廃屋の手前。χクラスの名に懸けて、全力でイカれた殺人鬼を捕らえるぞ」
































 夜のお楽しみに『赤ずきん』を連れて行く事になった訳だが、驚くべき事にこれが中々筋が良い。流石にその才能の高さは失われていないと言うべきか、性格の豹変は恐ろしいが、それを抜きにすれば何も変わっていない。数日間、誰にも口外しないとの約束で連れ回したが、言えば直ぐに習得できる程度に呑み込みが早いので、暫くすれば彼女の言った通り、自分と彼女の子供として申し分ない技術をモノに出来ると思われる。
 狂犬と戯れながらそんな事を考えていると、直感的に『闇衲』はリアの帰りが若干遅い事に気が付いた。と言っても三十分程度で、過保護とからかわれても業腹なので迎えには行かない―――とも思ったが、シルビアと『赤ずきん』が帰宅済みであるにも拘らず彼女だけ帰って来ないのはおかしい。
 非常に業腹なのは先程も言った通りだが、心配になってきたので迎えに行ってやるとしよう。『闇衲』は狂犬に部屋の外出を禁じつつ、シルビア達の部屋に顔を出した。
「あ、殺人鬼さん」
「シルビア。俺はリアを迎えに行ってくるから、『赤ずきん』の相手よろしくな」
「……はいッ! 任せてください」
 ここ最近は彼女を優遇しているからか知らないが、かなり上機嫌である。笑顔には一切の悪意を感じられず、リアと比べると幾らか平和だ。少々美人過ぎて目立つのが難点だが、道具としては申し分ない。彼女の様な平和な人物が居るお蔭で、自分やリアは一切殺人鬼である事を疑われずに済むのだ。
 階段を下りて宿屋を出る。広場の方では何やら冒険者が集まっているようで、その中には案内の時にリアへ因縁をつけてきたあの男も集っていた。
「パパ! ただいま!」
 広場の方へ視線を取られていると、右側から一声。リアが息を切らしながらこちらまで走ってきた。何の傷も負っていないのは何もしていないから当然なのだが……どうしてだろう。何故か違和感を覚える。
「おおリア。遅いじゃないか」
「え、あ、うん。ごめんね、遅れちゃって。それで、パパ。私一つ聞きたい事があるんだけど」
「何だ?」
「『吸血姫』って知ってる?」
 思考が、止まった。 

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