ダークフォビア ~世界終焉奇譚
χクラス集合 一限目
「もうリア、貴方ったら描くの早すぎですわ! 何かコツがあるのなら教えていただけると助かるのだけど」
「コツ何か無いってッ。これが所謂『実力の差』って奴なの! ふふ、まさか私、アイジスより才能があるなんて思わなかったわ」
「な! ……貴方って人はッ、もう許しませんわよ! 次の実技でぎゃふんと言わせてみせますから、首を洗って待っている事ね!」
喧嘩しているように見えるが、両者の表情は共に柔らかく、一片の敵意や殺意、或いは憎悪が見えないので、じゃれ合っているだけだという事が分かる。仲の良い事は結構だが。アイジスも外してくれたとはいえ、殺傷能力の高い魔術を使ったリアをよく許せるモノだ。その器量の大きさには敬意を表すしかないだろう。
「お前等、もう授業も終わったんだが、いつまで学校の中で言い合いしてるつもりなんだ?」
「え、嘘ッ?」
リアが外を見遣ると既に日は沈み始めており、もう数時間も経てば再び外が闇に包まれる事は、何度も繰り返しているのだから流石にリアも良く分かっていた。
「一日って早いのね。私も年を取っちゃったのかしら」
「爺婆みたいな事言うなよ。お前まだ弱冠も超えてないだろ」
むしろそんな年齢でその発言をしようモノなら、耳順になった際にはどうなってしまう事やら。数秒で一日が終わると言い出しても、全く不思議が無い辺りが怖い。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。私もパパを待たせちゃうと怒られるし。アイジスはどうするの?」
彼女は何気なく尋ねたつもりなのだろうが、直前の言葉とタイミングが悪かった。アイジスは先程のまでの様子とは一転。何度も目を瞬かせて、言葉を詰まらせて、露骨な動揺を見せた。彼女の父親はついこの前、『吸血姫』によって無残に殺されたばかりだ。フィーから貰った情報では、あまり良い父親では無かったそうだが、それでもアイジスからすればたった一人の父親だ。良かれ悪かれその唯一性は永久不変。その存在が失われれば、余程強い憎悪を抱いていない限りはその関係者に多大な悲しみを与える事になる。
何度も言うが悪気が無いのは分かっている。分かっているのだが……空気が読めていない。ギリークは彼女を慰めるように口を挟んだ。
「あーお前、あれじゃないか? 今日はほら、剣術の稽古だって言ってただろ」
「……え?」
この情報は彼女が父親を失う前―――つまりギリークが今よりもずっと蔑ろにされていた時期に彼女自ら発した情報故、この時点で虐められっ子が自分を虐めていた子を助けるという構図が成立してしまうが、自分にそんなつもりは無かった。今は虐められている訳じゃ無いし、それに……
そもそも『死刑囚』である自分には、明るい未来など用意されていない。虐められていようが虐められていまいが、飽くまでギリーク・ブライドスは『死刑囚』だ。多少誰かと交流を取る事になる変化はあったものの、それだけは忘れちゃいけない。
流石に発信源が自分という事もあってアイジスは直ぐに思い出したが、口にしたのはこちらを一瞥してからだった。
「そ、そうだったわね! 貴方、予定を覚えているなんてやるじゃない。私のけ、家来にしてあげるのも吝かでは無くてよ!」
「断る。俺とお前は友人だろうが。ほら、早く行けよ。俺はリアに少しだけ話がある」
因みにクヌーリは刃物をちらつかせて脅したら直ぐに帰った。ちょろいモノだ。こちらからの後押しに今しかないと確信したアイジスは、これ以上心を傷つけない為にもそそくさと教室を退出。顔をひょいと出して歩いた方向を覗き込んでみたが、既にその姿は無くなっていた。ライデンベルは教員室に行ってしまったので、この教室に居る学生は遂に自分とリアだけになった。
「お前、空気を読めよな。アイツは『吸血姫』に親を殺されてるんだぞ?」
「『吸血姫』……?」
間抜け面を浮かべて上空に目を遣るリアの反応は、何も知らない人が良く取る行動に酷似……というよりまんまである。この街で生きていてここまで情報が無いのは彼女くらいのモノだろう。そのせいでいつか『吸血姫』に襲われて死なれても困るので、ここは彼女の為にもこの街に潜む怪物について教えてやらねば。
「『吸血姫』。被害者の血液が決まって半分以上無くなっている事からそう呼ばれてる。出現時刻は夜と推測されてて、その日捕まった奴は男女拘らず酷い目に遭って、翌日に惨殺死体となって捨てられるんだ」
「アイジスのパパはどんな死に方をしたの?」
「局部に左目から取られた眼球を捻じ込まれていて、鼻からは遅効性の毒薬、そんでもって口の部分に弧を描くみたいに釘が打ち込まれてた。後は太腿に何かを深く刺したような痕、髪の毛が頭皮ごと引き千切られて、指も何本か消えてたらしい。俺が知ってるのはこのくらいだが、ひょっとしたらまだ損傷があったかもな」
気味が悪いとは正にこの事だ。局部に眼球が捻じ込まれている光景なんて見たくも無い。実際、回収に回った騎士は何人か吐いたという話だし、言葉以上にえげつない死体になっていたのは想像に難くない。『死刑囚』にその自由は無いものの、そんな死に方は避けたいモノだ。
「ひどーい。そんなおもし……重苦しい死体を作るなんて、『吸血姫』って言葉通りの悪党なのね」
「重苦しい? どういう事だ」
「いやあ、だって。そんな気味の悪い死体見たら、重苦しい気分になるでしょ? 何の関係も無くたってさ」
一瞬発言を疑ったが、そういう事だったか。流石に初対面で奇行を繰り広げた彼女が、死体を相手に面白いとまで言い出したら流石に笑えない方向で気が狂っているとしか言えなかったが、噛んだだけなようだ。突っ込むのは野暮と言えるだろう。
「あ、それで何か用なんだっけ。私に」
そうだった。そうでなかったら、この行動は先程のアイジスと何ら変わりなくなってしまう。ギリークは徐にリアの手を掴んで、廊下へと飛び出した。
「フィー先生の所に行くぞ。お前も連れてこいって言われたからな」
「フィー先生が? 何で」
面倒な説明は全て彼に丸投げだ。自分ばかり面倒を背負うなんてどう考えてもおかしいだろう。
「コツ何か無いってッ。これが所謂『実力の差』って奴なの! ふふ、まさか私、アイジスより才能があるなんて思わなかったわ」
「な! ……貴方って人はッ、もう許しませんわよ! 次の実技でぎゃふんと言わせてみせますから、首を洗って待っている事ね!」
喧嘩しているように見えるが、両者の表情は共に柔らかく、一片の敵意や殺意、或いは憎悪が見えないので、じゃれ合っているだけだという事が分かる。仲の良い事は結構だが。アイジスも外してくれたとはいえ、殺傷能力の高い魔術を使ったリアをよく許せるモノだ。その器量の大きさには敬意を表すしかないだろう。
「お前等、もう授業も終わったんだが、いつまで学校の中で言い合いしてるつもりなんだ?」
「え、嘘ッ?」
リアが外を見遣ると既に日は沈み始めており、もう数時間も経てば再び外が闇に包まれる事は、何度も繰り返しているのだから流石にリアも良く分かっていた。
「一日って早いのね。私も年を取っちゃったのかしら」
「爺婆みたいな事言うなよ。お前まだ弱冠も超えてないだろ」
むしろそんな年齢でその発言をしようモノなら、耳順になった際にはどうなってしまう事やら。数秒で一日が終わると言い出しても、全く不思議が無い辺りが怖い。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。私もパパを待たせちゃうと怒られるし。アイジスはどうするの?」
彼女は何気なく尋ねたつもりなのだろうが、直前の言葉とタイミングが悪かった。アイジスは先程のまでの様子とは一転。何度も目を瞬かせて、言葉を詰まらせて、露骨な動揺を見せた。彼女の父親はついこの前、『吸血姫』によって無残に殺されたばかりだ。フィーから貰った情報では、あまり良い父親では無かったそうだが、それでもアイジスからすればたった一人の父親だ。良かれ悪かれその唯一性は永久不変。その存在が失われれば、余程強い憎悪を抱いていない限りはその関係者に多大な悲しみを与える事になる。
何度も言うが悪気が無いのは分かっている。分かっているのだが……空気が読めていない。ギリークは彼女を慰めるように口を挟んだ。
「あーお前、あれじゃないか? 今日はほら、剣術の稽古だって言ってただろ」
「……え?」
この情報は彼女が父親を失う前―――つまりギリークが今よりもずっと蔑ろにされていた時期に彼女自ら発した情報故、この時点で虐められっ子が自分を虐めていた子を助けるという構図が成立してしまうが、自分にそんなつもりは無かった。今は虐められている訳じゃ無いし、それに……
そもそも『死刑囚』である自分には、明るい未来など用意されていない。虐められていようが虐められていまいが、飽くまでギリーク・ブライドスは『死刑囚』だ。多少誰かと交流を取る事になる変化はあったものの、それだけは忘れちゃいけない。
流石に発信源が自分という事もあってアイジスは直ぐに思い出したが、口にしたのはこちらを一瞥してからだった。
「そ、そうだったわね! 貴方、予定を覚えているなんてやるじゃない。私のけ、家来にしてあげるのも吝かでは無くてよ!」
「断る。俺とお前は友人だろうが。ほら、早く行けよ。俺はリアに少しだけ話がある」
因みにクヌーリは刃物をちらつかせて脅したら直ぐに帰った。ちょろいモノだ。こちらからの後押しに今しかないと確信したアイジスは、これ以上心を傷つけない為にもそそくさと教室を退出。顔をひょいと出して歩いた方向を覗き込んでみたが、既にその姿は無くなっていた。ライデンベルは教員室に行ってしまったので、この教室に居る学生は遂に自分とリアだけになった。
「お前、空気を読めよな。アイツは『吸血姫』に親を殺されてるんだぞ?」
「『吸血姫』……?」
間抜け面を浮かべて上空に目を遣るリアの反応は、何も知らない人が良く取る行動に酷似……というよりまんまである。この街で生きていてここまで情報が無いのは彼女くらいのモノだろう。そのせいでいつか『吸血姫』に襲われて死なれても困るので、ここは彼女の為にもこの街に潜む怪物について教えてやらねば。
「『吸血姫』。被害者の血液が決まって半分以上無くなっている事からそう呼ばれてる。出現時刻は夜と推測されてて、その日捕まった奴は男女拘らず酷い目に遭って、翌日に惨殺死体となって捨てられるんだ」
「アイジスのパパはどんな死に方をしたの?」
「局部に左目から取られた眼球を捻じ込まれていて、鼻からは遅効性の毒薬、そんでもって口の部分に弧を描くみたいに釘が打ち込まれてた。後は太腿に何かを深く刺したような痕、髪の毛が頭皮ごと引き千切られて、指も何本か消えてたらしい。俺が知ってるのはこのくらいだが、ひょっとしたらまだ損傷があったかもな」
気味が悪いとは正にこの事だ。局部に眼球が捻じ込まれている光景なんて見たくも無い。実際、回収に回った騎士は何人か吐いたという話だし、言葉以上にえげつない死体になっていたのは想像に難くない。『死刑囚』にその自由は無いものの、そんな死に方は避けたいモノだ。
「ひどーい。そんなおもし……重苦しい死体を作るなんて、『吸血姫』って言葉通りの悪党なのね」
「重苦しい? どういう事だ」
「いやあ、だって。そんな気味の悪い死体見たら、重苦しい気分になるでしょ? 何の関係も無くたってさ」
一瞬発言を疑ったが、そういう事だったか。流石に初対面で奇行を繰り広げた彼女が、死体を相手に面白いとまで言い出したら流石に笑えない方向で気が狂っているとしか言えなかったが、噛んだだけなようだ。突っ込むのは野暮と言えるだろう。
「あ、それで何か用なんだっけ。私に」
そうだった。そうでなかったら、この行動は先程のアイジスと何ら変わりなくなってしまう。ギリークは徐にリアの手を掴んで、廊下へと飛び出した。
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