ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

刻を回せ

 昼休みも終わって、五時限目。次の授業は実技であり、アイジスは『魔術をぶつけ合ってみる授業』等と柔らかい表現を使ったが、実技はそんな温い授業では無い。あれはお互いに魔術のみで勝負をして気を失った方が負けという危険極まりない授業だ。流石にナナシとフィーの魔術戦は一年生では起きようも無いが、中には相手の腕を切断してしまうような事故まで起きるそうな。だからアイジスはああ言ったが、そんな事故にでも巻き込まれた場合、幾らフィーが治療してくれるとはいえ凄まじい痛みを感じる事になるので、実技というモノは存外でも何でもなく、最大限の警戒をもって行わなければならない。
 ギリークは見学なので、以上の心構えは全く何の意味もなさないが。
「それではペアを―――」
「はーい先生ッ! もう出来てまーす!」
 彼女が来てからは、ライデンベルも中々騒がしくなった。無論、リアは事前に自習でもしていたのかとても優秀なので、良い意味で、騒がしい。良い意味というと更に言っている意味が分からないが、要はリアの明るさに振り回されているだけだと思ってくれればそれで間違いはない。
「……予め組んでおく事は良い事です。それでは皆さんも、リアに倣ってペアを組んでください」
「はーい!」
「貴方はもう組んでいるでしょう」
 それはきっとライデンベルなりの洒落、ダブルミーニングなツッコミだ。彼女なりの応用が入っているのか、その陣形は教科書の中では見た事のないモノだったが、そんな事を気にするより前に彼女の魔法陣の掻き方がおかしかった事は特筆すべきだろうか。
 魔法陣は、まず最初に外周となる円を描き、それから魔術を発現する為の線形を繋いで形を作るのだが、彼女は何故か中の形を作ってから円を描いている。それでは中の形が上手く円に繋がらなくて暴発するのが大抵だが、その書き方に慣れきっている為か、リアの魔法陣はきっちり全てが繋がっていた。恐るべき才能である。教科書通りには動かないという訳か。他の者達が教科書通りに動くのと対比すると、如何に彼女が外れた存在なのかが良く分かる。
 尤も、それは飽くまで一年生の中でというだけであり、上級生の授業を見学した事もある自分からしたら何でもない風景である。自分が見た中で一番おかしい魔法陣は線一本という最早陣と呼んでいいのかすら分からない代物。それに比べたらリアのなんか、健常者も良い所だ。
 炙れた人が居ないのを確認してから、ライデンベルは大きく両手を広げて全員の視線を集めた。
「はい。それではペアの人以外に攻撃の当たらぬよう気を付けてからやってください。上級生から強力な魔術を教えてもらっている人はそれをしてもらっても構いませんが、陣形にきちんと書き足さねば暴発を生むので注意してください!」
 はーい! という全員の声が聞こえると同時に、各自が魔術戦を開始した。
氷矛アイシクルスピア!」
颶玉フウ・ジン!」
 流石にこの学校に入ってから一年も経過していない者は使う魔術も相応だ。小規模低威力の魔術が校庭で飛び交い、ぶつかり、相殺される。ナナシのように重ねていなければ魔法陣は一つの魔術しか使えないので、相殺された場合、両者は共に改めて魔法陣を書き直さなければならない。これがBクラスとAクラスの違いだ。Aクラスではナナシの戦い以降、魔術自体に陣を描かせる技術が研究されている。もう半年もすれば全てのクラスメイトが己の技術としてあれを習得するだろう。
 一方でこちらは発動、相殺、書き直しを延々と廻っているだけで成長が見込めない。何かしらの戦闘になった際、魔術班は隊列を組んで一斉に魔術を放つので、こういった個人戦の形で焦点を当てられると酷く滑稽に見えてくる。
 再びリアに目を移すと、何故かまだ戦いを始めていなかった。
「アイジス、終わった?」
「ま、まだですわ。少しお待ちになって下さるッ?」
 本気ではないとはいえ、これは実技だ。相手が待ってくれるなんてそんな生易しい展開がある筈も―――
「いいよー」
 良いのか。アイジスが陣形を書き終わるまで退屈だろうに、一体どうして承諾をしたのか。その答えはリアの行動にあった。彼女はアイジスが視線を下に落としているのを良い事に、何かを呟きながら手の甲を擦っている。それだけを見れば手が痒いだけかもしれないが、彼女の口元が何かを詠唱しているかのように見えてくると、そう思う訳にはいかない。
「刻まれし時の螺旋よ 今一度その針を廻し 我が調律を乱せ 『刻創クロックアップ』」
 その魔術に聞き覚えは無い。詠唱の終わった彼女の見た目にも変化はない。ハッタリだろうか。出鱈目を言って相手を動揺させる目的でもあったのなら頷けるが、アイジスが下を向いているならば効果は薄いだろう。そんな無意味な事をするとも思えないので、尚の事分からない。
「出来ましたわ! それじゃ、行きますわよッ」
「ふふん。軽く突破して見せようぞ―――」


「「唸れ 天の雷よ 雷撃ブリストサンダー!」」


 二人の描いた魔法陣が起動。魔力の光輝を散らしながら現象を形作り放出する。作られた魔術は雷属性の下位魔術『雷撃』。雷の槍を形成して相手にぶつける初歩的な魔術だ。その属性故か、金属を持った相手にめっぽう強く、例えば武器なんかを持っていた場合はそれに当てて感電殺する事も……おっと、一年生にはそれ程の火力は出せなかったか。全く同じタイミングで放たれた雷撃は全く同じ軌道を描き、全く同じ威力で相殺。光となって虚空に消えた。
「リア……貴方という人は趣味が悪いですわねッ。私と同じ魔術適性なんて、知りもしませんでしたわ!」
 同じ適性であった事を知ったアイジスは心なしか嬉しそうに微笑んでいた。リアも同じ思いを抱いているのか、目を見開いて露骨に喜んでいる。
「私も知らなかったわッ。まさか同じ適性だったなんて……これって運命なのかしら♪」
「い、嫌ですわリア。冗談きつくてよ。同じ女性同士で運命何てそんな……恥ずかしいですわ」
「お揃いなの、嫌?」
「嬉しくてよ! ……あ、違う。違いますの今のは―――」
 今は親が死んでしまった事で態度も低くなっているが、仮に元のままの態度で同じ反応をしたのなら、ギリークはこの場で腹を抱えて転げ回っていた事だろう。それくらいアイジスの行動は間抜けで、優秀なのは血統だけと言われても文句は言えない。下ばかり見ていたとはいえ、どうして気付けない。何故不思議に思わなかった。
 どうして同じ属性を使っているにも拘らず、使っている魔術が同じであるにも拘らず、二人の魔法陣が著しく違っている事に気付かないのか。これが分からない。
 同じ属性で違う魔術であれば話も分かったが、今回は全く同じ魔術を使って、だからこそ二人は女子特有の仲間づくりな雰囲気を醸している訳だが、それであればおかしいだろう。リアの描いた魔法陣は複雑だ。教科書には―――少なくとも一年生の教科書には乗っていないので、まずここで何かがおかしい。アイジスの描いた魔法陣は綺麗だが、それは教わった通りに描いたから至極当然の事である。この時点で通常は断言出来る。この二人の魔術が全く同じになる事はあり得ないと。しかし事実として二人の属性は一致していた。
 気になるのはこの魔術戦が始まる前にリアが詠唱していた魔術だ。今尚、リアに変わった様子は見られないが、あれは一体―――
 その答えは、書き直し中に分かる事となった。
「次は同じ魔術を使いませんわ! 覚悟しなさい!」
「それはこっちだって同じよッ! 気絶するのはアイジスの方なんだからねーだ」
 書き直しに移った二人の動き。注目するべきはリアの方だ。
―――早ッ。
 先程は数分かかっていたと思われるのに、次の陣形が完成するのに要した時間は十三秒。アイジスが円を描いている頃には、とうの昔に詠唱を済ませていた。
「壁を貫け 雷衝バーティクルサンダー!」
「え、ちょリアお待ちになきゃあああああああああ!」
 目に見えてアイジスが狼狽したのは、『雷衝』が相手を刺し貫く魔術だと認識していたからだ。実際にそれは間違っていないが、リアが彼女の足元にわざと外して放電させたので、死ぬような心配はない。
 どうやら最初に倒れたらしく、彼女達の勝負が終わってからも授業は続いたが、特に興味を惹く魔術を使う者は居なかった。
 学校で習った事を体にしみこませるのが実技の目的だから、当然だが。



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