ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

論理的に ~教師編

 自分が完璧な存在などとは思っていないが、こと魔術の領域に至っては自分の右に出る者は居ないと思われる。それ故に他者は、彼女が一体自分にどれだけの攻撃を仕掛けてきたかは分からないと思うので、回避した当人から直々にその全てを説明しよう。
 最初に別世界へ移動したときから、彼女の攻撃は始まっていた。しかしおかしいのは、彼女の魔術適性は『水』なのに、どうして空気を抜く事が出来たのかという事だ。が、そんな問題は『人工神』である事を知っていれば問題として成立しない。これに対してフィーは、自身の身体を空気が無くても生きていけるように作り替える事で対応して事なきを得た。喋る際は魔力を消費していた故に、空気は使っていない。これと同時並行で彼女は空気中に毒を撒いていたようだが、彼女の手によって空気の無い空間に置かれていた自分には少しも届かなかった。その行動に意味があるとは思えないので、単純なミスだろう。
 次の攻撃は勿論雷だが、あれは単純に自分の動きを縛りたかったからやっただけだと思われる。もしも効率重視で雷魔術を放つのなら、自分であれば脳を破壊できる程度の電流を放って殺す。彼女がそれをしなかったのは、自分に防がれる事を分かっていたからだ。だからあそこまで大袈裟に、隙だらけな魔術を……先手は譲ると言った手前動かなかったが、あの時点で勝敗は決していたようなモノである。肝心の雷も大した威力では無かったし。この攻撃の評価点は、彼女が片手に収束させた雷を引き絞った際の事。あの時にどうやら彼女は水滴を自分の身体に放っていたようで、お蔭で雷が乱反射していた際、避けるのが大変だった。だのに彼女と来たらこの世界に大雨まで降らせるものだから、雷が更に分裂と反射を繰り返して……誠に悔しいが、一発だけ手で弾いてしまった。両手を一切使わずに回避すればかっこいいと思ったのだが……何て、そう思ったのも束の間。
 彼女は次に周囲の地面を溶かし始めた。とっさに土中に隠れたから見つからなかったものの、そのせいでフィーは最後の攻撃をまともに受ける事となった。あれは傍から見れば発生させた水を消しただけだが、その実態はそんな温いモノじゃない。あれは周囲の水を全て抜き取って消滅させたのだ。空気中は勿論、土中も。その中に隠れていたフィーも当然その影響を受ける事になるので―――その結果、大人げなくも少し全力を出してしまった。まともに食らった所でミイラにしかならないので大した問題は無かったが、ある能力を見せたくなかったが故の仕方ない事。そして自分にそこまでの対処をさせた時点で彼女は上出来である。将来、この学校の生徒会長に選ばれたとしても誰も文句は言えない。このフィーに一瞬でも全力を使わせた事は、それくらい誇るべき事なのだから。
「やれやれ、手加減も何もあったもんじゃないな」
 魔術学校という事でそれ以外の手段は出来るだけ使いたくない。この想いは生徒たる彼女への情けであり、己の強さから来る絶対的な自信だった。裏を返せば、それ以外の手段を使いさえすれば容易に彼女に勝利する事が出来るという事なのだから。
 一方でこんな少女に魔術のみで勝てるのかと言われれば、自分は首を振らせていただく。何故ってこの少女、魔術学校に所属している癖に魔術以外の技術を使用しているから。具体的には、五重魔法陣はともかくとして、あれだけの高等魔術を連発できる程彼女に魔力量は無い。それなのに使えるという事は…………
 先程も言った通り、そんな彼女と同じ土俵で戦えば数秒程度で決着が付くが、それじゃあ面白くないし、授業時間が余る。仮にも勝負を受けて、更に授業という体裁を取ってしまった以上は、良い感じの勝負を演出して適当に終わらせなければならない。彼女からは良い玩具を見つけたと言わんばかりの感情が滲み出ているが、ハッキリと言わせてもらおう。
 最強の名を借り受けたモノである以上、自分はその名に泥を被せられない。だから誰にも……たとえ少女にも。
 今の自分を弱いと思う事は、許さない。
「『使うな』」
 彼女が使用していた世界の操作権を奪取。即座に上書きを完了させると同時にその権利を保護し、二度とその力を使えない様に図る。気づかれない様にこっそりとやったつもりも無いので、彼女は直ぐに彼女自身とフィーが似た存在である事に気が付いた。
「貴方……」
「……私を一般人と同等であると思わない方が良いだったか。ああ、確かにお前は一般人とは違う。けど……」
 フィーは片手を左に伸ばすと、五指の先に一陣の風を生成。それ以上は何もしないし、この試合が終わるまでそれが消える事も無い。
「俺からすればお前も一人の生徒だ。であるならば、校長たる俺が負ける道理は無い」
 風が飛ばされる。大して鋭くも無く、速度がある訳でも無い。それを手加減と感じた『赤ずきん』は不機嫌そうな表情でその風を消し飛ばした―――






「……え?」






 と思っていたのはフィー以外の全ての人間。消し飛ばされたのは風では無く中途半端な彼女の魔術だ。力比べになる事も無く通り過ぎた風は、彼女の髪をたった一本切り裂いた。
 はらりと地面に舞い落ちる綺麗な金髪。
 自らの魔術が破られた事に驚きを隠せない少女、
 そしてそんな戦いに……まるで理解が追いついていない生徒達。授業に倣わせてもらえば、魔術のぶつかり合いになった際、属性を抜きにすれば下位の魔術が上位の魔術に叶う道理は無い。そして『赤ずきん』の放った魔術は、その全てが上位に位置するモノだ。フィーが手元に作り上げた風は下位以下のクズみたいな魔術だったので、それが勝ったとなると、彼等からすれば常識の机をいきなりひっくり返されたみたいで嫌な思いをしている事だろう。
 だが、これが実力と努力の差だ。
「…………嘘よ。こんなのあり得ない。だって魔術には絶対的常識が……」
「嘘じゃない。これがお前と俺の差だ」
「嘘に決まってる!」
「もう一度やったって結果は変わらないぞ」
 こちらの言葉に耳を傾ける事もせず、今度は彼女が攻撃を放ってきた。
「天槍ッ!」
 極限まで薄くされた水の針は、殆ど音を立てる事も視界を犯す事も無くこちらへと飛び込んでくるが、フィーが目の前で大きな円を風と共に描いてやると、その円にぶつかった針は風に流されて消滅。流れを解放すると、少しばかりの水しぶきが地面を濡らす。
「……くッ! 水砲!」
 成程、量が少なかったせいと考えたらしい。今度は町一つを軽く呑み込みそうな大津波を発生させたが、その大きさに合わせて風を張ってやれば、先程と結果は変わらない。
「な、な…………な!」
「どれ程規模を大きくしたって何も変わらない―――」
 結界から声が漏れていない事を改めて確認してから、フィーは『少女』を定義するように言った。
「セルク・バレンシュタイン」
 それは彼女が保護者にすら教えなかった。彼女の名前。彼女自身が忌み嫌い、二度と名乗るつもりが無かった名前。
「――――どうして、その名を」
「お前は確かに特別な存在だ。だけどな、特別ってのは努力しない事への免罪符にはならない。特別だから何だ、特別だったら努力しなくても強くなれるのか? ……いいや、違うよな。現に俺と魔術を撃ち合ったらこの様だ、この醜態をお前はどう説明する。俺はお前の努力不足と説明しよう。お前が己の特別性を信じていたがばかりに、お前は俺と魔術を撃ち合って負けたんだ。ここは魔術学校、己が魔術を研鑽し高める場所にも拘らず、同じ土俵に頑として入ろうとしなかったお前はこうして常識を覆されて、Aクラスの生徒に無様を晒す―――」
 喋っている間も、フィーは風を飛ばして彼女の髪を切り裂いていく。一方の彼女は呼ばれたくも無かった名前を見ず知らずの他人に言われた事で激昂し、乱雑な魔術でこちらを殺しにかかってくる。彼女が寄りかかっていた力はフィーの手によって封じられている為、その威力はと言うと肩に虫が止まったようなモノ。防ぐ必要性も見当たらない。
「何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で当たらないの!」
 当たらないのではない。当たった所で効かないだけだ。そんな事も分からないとは、名前を言われた事が余程好かなかったと見える。それにしては少々過剰過ぎる気もするが、そこまで感情が乱れていて魔術がまともに唱えられる訳も無く、幾ら五重魔法陣を作っていると言ったって飛ばされるのは明らかに未完成の魔術ばかり。フィーの放っている魔術がかろうじて魔術として成立している状態と表すならば、彼女のそれは只魔力の塊を無駄にぶつけているだけである。
「…………記憶は大切だ。傷ついた時は枕になってくれる事もあるし、くじけそうな時は励ましてくれる。でもさ、俺は思うんだよ。思い出したくも無い記憶の癖にちらついて、現在を生き辛くするようならような記憶はさ……無くなってしまえばいいんじゃないかって」
 こんな事を言うのは教師として失格だ。教師とはどんな性格の生徒をも相手してそれを個性として受け入れなければならない。にも拘らず自分は、彼女を救済するが為にその個性を否定しなければならない。
 しかし彼女の理性をここまで揺るがす記憶を、彼女の幸せの為にも野放しにしておく訳にはいかない。


「古き世界に終焉来たりし時、世界は新たなる始まりを迎えるであろう。森羅織りなす宙の織、果てなき深淵に包まれて散れ。『悪闢エピックオブディナイ』」








 

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