ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

光を喰らい殲した男

 フィーという存在がどれ程の力を持っているのか、それはこの学校に入る以上、知らなければならない事……語弊があった。知りたくなくても知ってしまうのだが、χクラスの自分に言わせれば、周りに見せるような力は彼の極一部に過ぎない。彼がその力を普段以上に見せる時があるのは、不定期に集合するχクラスの中のみ。そこで見せる力は上級生すら見た事がないようなものばかりであり、自分を含めたχクラスのクラスメイトは、彼に感謝こそしているとはいえ、それ以上に畏怖している筈だ。そうでもなければ、こんなおちゃらけた雰囲気の男を先生と呼ぶ訳がない。
「勝負ですか? 別に構いませんがまたどうしてそんな事を」
「はい! 私思ったんです。強くなきゃ生きられないような世界で、同年代の存在と共に切磋琢磨して成長する……それは素晴らしい事なのかもしれませんが、しかしその前に、ここは自分達に相応しい場所なのか確認すると必要があると思うんです」
「つまり?」
「強いって聞いたので戦って下さい!」
 要はそれだけ。結局どんなに言葉を取り繕ったって、言いたい事はそれだけ。大人ぶってる『赤ずきん』の数少ない子供っぽさが見える一面だが、扉越しに聞いているギリークも、面と向かって言われたフィーも、その一面に胸をほっこりさせる事は無かった。
「…………今日から初めての実践授業、実技ですよね。それすらも待たずに勝負とは、些か順序がなっていませんね」
「だって退屈なんですもの。クラスの支配者? みたいな人も大した事ありませんでしたし、後は貴方だけかなと思って」
「Aクラスに妙な格差がある事は知っていましたが、成程。貴方が壊した訳ですか。それは感謝せざるを得ないようですね……よろしい。そのお礼という事で承諾しましょう」
 フィーは徐に席を立ち上がると、廊下に転移。ギリークを背後から捕らえると同時に、中に居る赤ずきんへ声を掛けた。
「ただし授業という体裁は保たせて頂きます。たとえうっかりでも殺意を抱く事があってはならないのでね」
 Aクラスの実践授業は確か三時間目だったか。今日は幸運にも誰かと公的に会うような約束が存在しないので、授業開始時にでも乱入すれば間に合うだろう。いい加減生徒を一方的に痛めつけるのも飽きてきたので、ここらで強さを見せておいて黙らせるという手段も悪くはない。その相手がAクラスの格差をぶち壊した『赤ずきん』なのは、悪くない処か都合が良い。彼女を適当に打ち倒せばもう二度と自分に勝とう等と思考する生徒は居なくなるだろうから……恐らくギリークは変わらないが……一回くらいは全力で戦ってやってもいいかもしれない。
 まあそれはそれとして。
「ギリーク。関わらないでくれと言った筈なんだけど、どうして盗み聞きをしているのかな」
「……まさか俺以外にお前をぶっ殺そうとしてる奴が居るなんて思わなかった。だって、皆アンタの事を尊敬してる」
「だから聞き耳を立てずには居られなかったと。―――まあ、今回は不問にしよう。久しぶりに身体を動かすんだから、精一杯楽しまなきゃね」
 世界を渡り歩いて幾星霜、久しくこの時が訪れた事を感謝せずには居られない。実力至上主義なこの世界では、強いモノに歯向かわない事こそ弱者の生きる道。にも拘らず、自分に挑もうとする馬鹿が居るなんて思いもしなかった。不満点なんて一つくらいしか存在しない。そしてその不満点は、誰に言った所で直るようなモノでも無いので直させようとは思わない。
「ああ、そうだ。ギリーク君、君にも見学を許そうじゃないか」
「……本当かッ? しかし、何でまた」
「私の事を知っておけば何かしらの作戦くらいは立てられるだろう。敢えて情報を開示するんだから感謝しなさい。ま、タダじゃ出さないよ。ちょっとした条件を付けさせてもらう」
「条件……? 言ってみろ、お前の情報を手に入れる為だったらどんな条件だって飲んでやる」
「ん、嬉しい事を言ってくれるじゃないですか。駄々をこねられたらどうしようかとも思ったんですが、そう言ってくれるなら話が早い―――」
















 …………そう言ったのはいいが、こんな事になるんだと分かっていたなら拒否しても良かったかもしれない。
「ギリー! 誘ってくれてありがとねッ!」
 次のテストで百点を取れだとか、そういう条件を突きつけられると思っていた。それであれば特に苦難な事は無かったのだが、まさか条件が『リアを誘え』だったとは。今までであれば自分の誘いに付いてくるような人間が果たして居るとは思わなかったが、初対面の時点で自分を恐れなかった彼女が今更戦慄するような理由も無く、声を掛けるなり彼女は喜んで来てくれた。勝手に愛称まで付けられてしまったが、仮に怒った所で怖がるような少女で無い事は初対面の時点で良く分かっている。むしろそんな彼女の事をギリーがは怖がっているのだが、フィーの情報を手に入れる為には仕方のない事。
 一応同じχクラスの生徒という事らしいので、交流くらいは別に。
「気にするな。それよりもお前は大丈夫なのか? 授業サボってるようなもんだから、知識が置いてかれるとか」
「んー特に難しい事も無いから大丈夫よ。というか授業退出は先生も知ってたみたいだし、シルビアを残すのがちょっと心配だけど……何も心配ないわッ。そういうギリーはどうなのかしら」
「俺も問題ない。クラスに居ようが居まいが変わらないからな」
 死刑囚何かと交流を図りたがるモノ好きはごく少数を除けば存在しない。これは例え話だが、仮に数百人を殺した殺人鬼と共に生活しなければならなくなったら、極力殺人鬼を無視して生活しようとするだろう。それと同じで『親殺し』の重罪を犯した自分と交流を取りたがるような奴は居ない。担任の教師でさえも、自分からは提出物さえ受け取ろうとしない。
 だから別の授業に乱入したって、誰も何も言わない。こんな風にAクラスの授業を眺めていても、隣のリア以外は、誰も。
「あ、始まるみたいだよ! 前前ッ」
 そう言われてギリークが前を向こうとした瞬間、久しく感じた事のない柔らかな温もりが彼の手を包み込んだ。慌ててその方を見遣ると、何とリアの手が自分に重なる様に置いてあるではないか。それも僅かだが、こちらを掴むかのように第一関節が少し曲がっている。
「お、おい! 一体何のつもり―――」
「あ、フィー先生が来たよ!」
 どうやらあちらとしても無意識の様だ。気にした様子は微塵も感じられない。ここでもう一度彼女を呼んで意識をその手に向けさせようモノなら、まるで自分が彼女を好意的に見ているかのように捉えられてしまうので、あちらにその気が無いのならこちらも無視を決め込む事にしよう。彼女の体温が自らの冷たい手にしっとりと溶け込んでいくような気分を覚えるが、無視だ無視。
























「はーい♪ それでは授業を始めます……と言いたい所ですが、何と今日はフィー先生が来てくれました♪ きゃー」
 担任であるノーヴィアが脇へ避けると、暇を持て余して少々気まずそうにしていたフィーが、漸くの出番で嬉しそうに飛び出してきた。が、そんな事よりもフィーが出てきた事による他の女子共の喚き声が煩かった。
「フィー先生!」
「キャーワーーーー!」
「ヒュー♪」
 最後のはおかしい気もするが、どちらにしても騒がしい。幾らフィー自身の性格が良くたって大衆がこれじゃあ他の反応が芳しい筈が無く、男子達は不愉快そうな、それでいて一刻も早く終わらせたいような表情で後ろ手を組んでいた。その表情の何が面白いって、自分が返り討ちにしてしまった男達まで同じ表情をしているのが面白い。ついこの前まで己の実力に絶対の自信を持っていたのに、まるで今は……待てよ。どうやら彼だけは違うらしい。事情は分からないが、良く見たら彼は不愉快とか面倒とかそう言った軽い感情を超越していた。一体何があったのだろうか。
「さて、私が来た理由は他でもない。そこに居るナナシが勝負を申し込んできたからだ。しかし私闘をする訳にも行かないから、今日の実践授業は見学という名目で、私とナナシの戦いをどうか見届けてもらいたい。構いませんか?」
 ナナシとは自分―――『赤ずきん』の事らしい。流れ的にそうとしか考えられないのでそういう事にしてある。フィーの言葉に「俺だって戦いたかった」等と言っている者を除けば、特に不満らしき不満は上がらなかった。数分間の沈黙の後、締め切る様にフィーが手を叩く。
「オーケー。それじゃあナナシ。準備はいいですね?」
「はいッ! いつでもどうぞ!」
「そうですか……それでは別世界へご案内」
 彼が指を力強く鳴らすと同時に、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。
 

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