ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

元気いっぱいの編入生

 二つのクラスは、今日に限って非常に騒めいていた。というのも話は実に簡単。Aクラスに一人、Bクラスに二人、新たな生徒が入学してくるからである。誰が流したか分からないが、入る生徒は全員女子、それも大層な美人という事で、特に男子が色めきだっているのが目に見えて分かる。女子は少しだけ不機嫌になっていた。
 と、そこまでは生徒を見た状況。これ以降は教師の立場として、こちらの状況を説明するとしよう。
「フィー先生、何だってまた勝手に入学許可を出してるんですかッ」
 朝、HRの始まる少し前。Bクラスの担任、ライデンベル・ヘルドスが、校長室に抗議に来ていた。見た目から推察するに彼の年齢は不惑を超えているが、そんな彼には似合わないくらい、今回は激昂している。
「いやあ、済みませんねライデンベル先生。貴方のクラスに勝手に割り振っちゃって」
 気の抜けた調子でそう言うと、彼はますます言葉の熱を上げて、目の前の机に拳を振り下ろした。それによって表面に大きな罅が入ってしまったので、後で直しておこう。
「そう思うなら少しくらい相談してくれたっていいじゃないですか!」
「少しくらい相談とは言ってもねえ、何せ突然な事ですから。文句だったらレグルス先生に言ってくださいよ、連れてきたのは彼です」
「許可を出したのは貴方でしょうッ?」
「そう気持ちを昂らせないで。Aクラスの担任であるノーヴィア先生は特に何も言わず承知してくれましたよ?」
「関係ありませんねッ。人は人、自分は自分です」
 おっしゃる通り。誰が何と言おうと自分は自分で、他人は他人だ。それを貫けた者はやがて英雄と呼ばれるのかもしれないし、はたまた魔王と呼ばれるのかもしれない。とかく自分を貫く事は大事で、この学校でもそれだけは重要であると全ての生徒に教えている。
 とはいえ、この言葉はあまりにも正論過ぎるが故に、口論の際の逃げ口上を全て潰してしまう欠点がある。彼が感情論に身を任せる人間であれば容易く追い払えたのだろうが、そうでない以上はそんな簡単に行く訳も無し。むしろこのままずるずると口論を続けていれば彼の機嫌が悪くなる事は確実で、暫くの間は非常に居心地が悪くなりそうだなとフィーは感じた。
「まあまあ、落ち着いてくださいよ。Bクラスの子の一人は、私が教鞭を取る特殊クラスの子でもあります。指導に不足、扱い方に問題があるようなら私が肩代わりしますので、なにとぞご理解を」
「ご理解する訳が無いでしょ…………ええッ! ふぃ、フィー先生のクラス、ですか? 現在まで三人しか籍を置いていないと言われるクラスに、その子が?」
「ええ。ちょっと事情が特別なモノですから。そういう訳なので、貴方には気楽に今まで通り授業をして欲しいモノですね。お会いした限り、彼女達は地頭は良さそうなので勉強面において指導に苦労する事は無いでしょう―――ああ、来たようですね。どうぞ、お入りください」
 フィーが扉の方に視線を向けると、小さな人影が扉の開く音と共に入ってきた。




















「なあ、聞いたか? うちのクラスに女の子が来るんだってよ。しかも超可愛いらしいぜ!」
「マジ? でもうちの女子って男子差別が激しいからなあ。その子までそんな感じだったら流石にへこんじまうよお」
「女子ねえ。私より可愛い女子何てこの世に存在しないから、ま、下僕として飼ってあげなくも無いわねえ。オーッホッホッホッホ!」
 馬鹿騒ぎが教室を超えて廊下にまで聞こえてくるとは。それも隣に校長が居るのに、全く以て嘆かわしい。Bクラスは元気こそ良いが、それ故に少々騒ぎすぎるのが問題点である。
「済みません、フィー先生。私の指導不足で」
「アハハ、別に気にしていませんよ。俺……じゃなかった私は、学生とはこのようにあるべきだと考えています。馬鹿をやらかすのが学生です。ここで失敗しなければいつか重要な局面で失敗するでしょうから、これくらいで目くじら立てるような事はしませんよ。それより君達は、大丈夫ですか?」
 視線を合わせてフィーが問うと、少女達は無言で素早く頷いた。彼女なりにどうやら緊張しているらしい、その経歴の割には年相応の部分もあるじゃないか。少女の一人が男性恐怖症(というより殺意すら生ぬるい男嫌い)という事は知っているので、思わず頭を撫でたくなった手をそっと下ろした。
「よろしい。それでは行きましょう。ライデンベル先生、扉を」
「はい―――皆さん、静かにして下さい! 校長先生が来てくださいましたよッ」
「フィー先生ッ?」
 生徒を統制するのにダシにされた時の気持ち、彼は考えた事があるのだろうか。とても気分が良く、優越感に浸れる。その前置きに応じるように自分が教室に姿を見せると、教室中の生徒が一斉に立ち上がった。特に女子は、血相まで変えてこちらを食い入るように見つめてくれている。有難い話だが、ちょっと視線が恐ろしい。
「はい、皆さんおはようございます。普段は校長室に引き籠っている先生がどうしてここに、と言いたい気持ちは分かりますが、その理由については幾らか察しが付いている者も居るでしょうね」
「新入生ですかッ?」
 何処からか上がった声に、フィーは頷く。
「ええ、その通り。誰が何処で入手したのかは知りませんが、編入生です。そして情報の通り、女の子です。これ以上詳しく語っても構いませんが、それは本人達に任せるとしましょう―――出てきてください」
 フィーが廊下の方向に手招きをすると、程なくして入ってきた少女達の美貌に、クラスメイト達は驚きを隠せなかった。それは最早『美しい』と言うより『尊い』領域に至っており、男子は絶句、女子は友人たちと価値観を共有するように話し合っていた。
「し、シルヴァリアです。シルビアと呼んでください。よろしくお願い……します」
「私、リア! 学校の事とか全然分からないけど、仲良くしてくれたら嬉しいな、よろしく!」
 一目ぼれという言葉をフィーは信じている。男子を見れば分かる通り、幾人かは彼女達の笑顔に卒倒してもおかしくない程度で魅了されていた。この大陸の女性が可愛くないという訳では無いが、それでも実際、彼女達の美しさは異次元の方向にあった。自分からすれば慣れた光景だが、世界を知らぬ生徒達がそうなるのは、当然の事である。
















 さして行く所も無かったので、『闇衲』は冒険者ギルドへと足を運び、何気なしに階段へと腰掛けた。視線を気にする訳では無いが、考え事をする上で誰かから見られている状態は最低である。なのでここに腰掛けたまでの事で、別に昨日の事を気にしている訳じゃない。
 実際、要注意人物として見られている節があるのは否めないが。
「…………しかし、一時はどうなるかと思ったな」
 独り言の趣味は無いが、わざわざ口に出すくらいは動揺を隠せなかった。校長室に行ってリア達を任せ、後はする事も無いから適当に街を散策でもしようかと考えて居た時に、まさか彼女―――『吸血姫』と出会うとは。
 確かに制服を無償で譲ってくれたのは彼女だが、それにしてもあそこで教師をしているとは予想外である。すれ違いざま、『昨日は楽しかったわ』と言われた瞬間、こちらの身体は一瞬の間凍り付いてしまった。お互いに正体を気付かれちゃいけないのに、彼女には隠す気が無いのだろうか。それとも―――考えるまでも無いか。隠す事において何が最も楽しいか。それはバレるかバレないかの境界線を進む事であり、そこに最高のスリルがある事を彼女は知っている。
 年月が過ぎ去り、気が付けば彼女の方が愉快犯としての自覚が高くなっていたようだ。ひょっとしたら何かの縁でリア達とも絡むかもしれないが、その時は容赦なく、ご指導いただきたい。

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