ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

先逝く不穏

 ギルドの中に入った所で、先ほど浴びた注目が無くなるという事は無かった。足を踏み入れた瞬間、『闇衲』達は僅かばかりの殺気と警戒を持って迎えられた。未だ外で叫んでいるあの男のせいだろうか、本当に害ばかりしか生まないから困ってしまう。適当に周囲を見回してから、空いている席に腰を下ろすと、近くの席に座っていた男達が露骨にこちらを避けるように立ち上がった。
「なーんか雰囲気悪いね」
「そりゃそうだろう。街中で揉め事を起こしたんだ。お前が欠片も悪くなかったって、こっちでの扱いがおかしくなるのは当然。言い方もそうだが、アイツは知名度があるみたいだしな」
 あの大斧から察するに、もしかしたら強大な魔物でも討伐した事があるのかもしれない。確かにあれだけの重量があるのなら魔物の一人や二人軽く葬る事が出来るだろう。殺気も言った通り、人間様への使用は適さないが。
 警戒されている以上下手な動きは出来ない。二人がのんびりしていると、程なくして案内役の少女と共にシルビア達が入ってきた。こちらの気遣いを察してくれたのか、同じ席に座る事は無く、彼女達は反対側の席に座ってくれた。丁度、『闇衲』達と背中合わせになる形である。
「何してるんですかッ? 街中で揉め事を起こすなんて……」
「リアにぶつかってきたアイツが悪い。所でお嬢さん。あの男の詳細は知っているのか?」
 最初こそ警戒されていたが、二人が何もしない事が分かると、やがてギルド内の人間から自分達への興味が消えた。お蔭で大分話しやすくなって、『闇衲』が不自然に何処かへ話しかけても、彼女達との関係性を疑う者は居なかった。時間差で入ってきただけなのに、思った以上の効果である。
「あの人は……グレイオンさん。グレイオン・ドラコルゴさんです。一年前に出現した赤龍を討伐した事で有名な冒険者で、ちょっと性格には難がありますけど、ギルドからしたら貴重な戦力なので―――」
 成程。だから多少の横暴は目を瞑ってしまうと。分かり切っている事だが、人間の社会というモノは何と腐っている事か。戦力になるから放っておくなんて、損得を天秤に掛けた結果でしかない。害悪は害悪だ。だからグレイオンとやらは指を壊されて、暫くは冒険者としての仕事を失う事になってしまった。それは『闇衲』のせいではないか、という声もあるだろうが、短気な人間は何も自分だけじゃない。遅かれ早かれ彼はああなっていただろう。全てはあのような無法者を放置したギルドの責任であり、そんな集団には絶対にリアを預けたくないモノだ。
「……あの、一つ聞きたいんですけど。貴方はいつもあんな感じなんですか?」
「あんな感じ。さっきの行動の事かな。別に、俺だって何もしてこなきゃ何もしない。アイツは悪さをした訳でも無いのにリアに危害を加えようとした、だから攻撃した。それだけだ」
「それでも……あれは、やり過ぎです」
「何がやり過ぎなのかさっぱり理解出来ないな。分からない奴には体に刻み付けてやるしかないだろ。暴力は良くないってな」
「パパが言っちゃ駄目でしょ―――痛ッ!」
 話の腰を折る様に割り込んできたリアに拳骨を落としつつ、話を続ける。
「己の価値を知る事は重要だが、それに溺れて好き放題するのは愚かでしかない―――学生身分のお嬢ちゃんには早すぎた価値観かもしれないな。忘れてくれ」
 本当はギルドマスターにでも挨拶するべきだったのだろうが、ついさっき起こした面倒事を無かった事には出来ない。挨拶はまた別の機会にでもするとして、今は一刻も早くこの場所を出るとしよう。
「なあ知ってるか? また『吸血姫』の被害者が出たらしいぞ―――」
 『闇衲』はリアの手を取って、足早にギルドを去っていった。










 出発前に散々傷つけてしまったシルビアの為にも、途中で離脱する事だけはしなかった。が、ギルド以降のエリアについてはよく覚えていない。確か上流階級の者達が暮らす高等エリアと、咎人が暮らす監獄エリアだったような気がするのだが、まあどうでもいい。
 一通りの案内が終わった後、自由時間という事になったらリア達が案内役の少女を連れて町中を駆け抜け始めて、やがて行方不明になって。急いで探したら、何故か野良犬と戯れている所を発見したが、そのせいで外はすっかり日が暮れてしまった。
「気づいたんだが、お前学校に戻らなくてよかったのか? 始業時間と言わず、何なら就業時間を過ぎても学校に戻らなかった訳だけど」
「…………あ」
 その声が出るという事は、どうやら本当に忘れていたらしい。あの学校長の性格を考慮したら怒られなさそうだが、それと遅れた事は別の話である。全く不幸な事だが、リア達に振り回された結果、彼女は丸一日を無駄に潰してしまった様だ。『闇衲』は申し訳程度に目を伏せるが、その事について忘れていた彼女も、顔を赤くして俯いていた。
「まあまあいいじゃない! 一日中遊んで、楽しかったしッ」
「てめえがそもそもの元凶なんだよ。一番に反省するのはお前だ!」
 『闇衲』は素早い身のこなしでリアの背後に回り込み、彼女の両脇を擽った。
「あはははははは! ちょっとパパやめぁははははははは!」
 これはこれで中々面白い。最近は彼女への攻撃にも飽きてきたので、たまにはこういうのもいいかもしれない。笑わせ続ければ人は殺せるし、手段としてはアリだ。
「ははははははは! くるひぃぁはははははははは!」
 全くしょうもない。学校に入学する一日前から学校側に迷惑を掛けるクソガキが何処にいると言うのだ。これから宿屋に行くというのに、これではあっちでも問題を起こし………………あ。
 とんでもない事に気付いて、『闇衲』の手から力が抜けた。笑い続けてすっかり警戒心の無くなっていたリアは、着地も碌に出来ず地面に叩きつけられる。
「う~突然落とさないでよぉ……パパ? どうしたの?」
「……重大な事を忘れていた。ちょっと不味い事になりそうだな。お嬢さん、俺達の荷物って、宿屋に運ばれていたりするのか?」
「え? あ、はい。フィー先生が送っていた所を見たので、恐らくは」
 よりにもよってあの男に荷物を送られたか、それは猶更不味い事になってしまった。あの荷物の中には荷物という体で狂犬が入っているので、万が一にもあれを他人に見られたら街の中で動く事が非常に困難な事になってしまう。最悪監獄エリアに放り込まれる事だってあり得るだろう。記憶が曖昧なのもそうだが、わざわざエリアを分けるくらいだからその要塞ぶりはこちらの想像を遥かに超えているだろう。簡単に言えば、一度入れば出られないと考えた方が良いという事だ。彼女に『パパになって』とお願いされた以上、彼女の隣から離れる訳にはいかないので、それだけは何としてでも避けたい事態。
 場合によっては既に不可避の運命になっている事を思うと、動かない訳にはいかなかった。
「俺は先に宿屋に行くから、お前達も直ぐに来い。『赤ずきん』、俺の代わりにリアを制御しろ」
「簡単な事ですね。任せてください」
 今は祈るしかない。少しでも荷物がチェックされていない事を。












 宿屋に入るや否や部屋を確認。二階の階段を駆け上がって部屋に飛び込むと、部屋の中では狂犬が呑気にも体を伸ばしてくつろいでいた。
「…………」
 視線が交錯。少年は喋れないが、それでもその顔には『ヤバい奴に見つかった』と書かれている。『闇衲』は暫しの硬直の後、無言で背後の扉を閉める。まだだ、まだ事実は確定していない。喋れずともコミュニケーションは取れるのだから、それで事実を確認しよう。
「お前、誰かに見られたか?」
 少年は頭を振った。その反応を見た瞬間、『闇衲』の中からすっと力が抜けて、気づけば彼と同じベッドに腰掛けていた。中を見られていたらどうしたモノかと考えていたのに……本当に良かった。少年が喋れないのでは正確な事実は知りようが無いが、どうせ荷物扱いでこの部屋に送り込まれて、どうにか袋から出てきて、それでずっと部屋に籠っていたのだ。この狂犬が本物の狂犬で、袋から出るや外に飛び出していたら取り返しがつかなかったが、その辺りは自分達と交流して学んだらしい。
「幼女共は別の部屋だからな。お前も今日はゆっくり休んでいいぞ。俺も今日は何もしない」
 きっとリア達はこの後、下で食事を摂り、水浴びを済ませて、寝たのだろう。こちらの部屋に近づく気配は無かったので、そう信じるしかない。『闇衲』は目を瞑って、その意識を翌日の朝まで眠らせる事に―――しなかった。




 『闇衲』が動き出したのは、日が暮れてから六時間後の事。貧民すらも眠りに就いているであろう、深夜時の事だった。

















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