ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

ハラハラ野宿

 野宿をする上で、貯蓄が無いのであれば狩りはとても重要な事である。魔物の肉が喰えないなんてのはデマで、むしろ食えない個所の方が少ない。加えてこの大陸に生息する魔物は全体を通して凶暴性の無い草食性が多く、狩りの難易度自体もそれ程高くはないので、確かに彼女の言っている事は正しいのだが…………それは、貯蓄が無かった場合の話である。
「シルビア。火を付けるから燃えそうなもん集めに行くぞ」
「は…………はい。ワカリマ―――うう」
 これ以上働かせるのは如何なモノかと思ったが(可哀想とかそういう事ではなく、効率が悪い)、『赤ずきん』はどうせ言ってもやらない、リアは全く必要のない事柄にやる気を出しているので、彼女しかまともに動いてくれそうな人間が居なかった。反省の気持ちは全くないが、どうか頑張って欲しい。
 本当はこの少女達に奴隷の如く働いてもらおうと思っていたのに、無能が二人いては全くもってどうしようもない。精々同じくらいの辛さを感じている彼女と、痛みを分け合いながら分担しようか。
「あれ、パパッ? 狩りに乗っからないの?」
 シルビアの手を引いて枝を探しに行こうとすると、狩りに尋常ならざるやる気を持っているリアが、不思議そうに声を掛けてきた。どうやら彼女は、未だに分かっていないらしい。最早身を翻す事すらも怠いので、理由は可能な限り省く事にする。
「……無益な殺生はしない訳じゃ無いが、殺したい訳でも無いのに何かを襲える訳が無いだろうが。したいなら勝手にしろ」
「えー。どうしてもやらないの?」
「くどい。貯蓄があるんだからやらないモノはやらないぞ。思ったよりガルカも貧民集団も、早く殺してしまったからな」
 これくらいのペースで殺していかなければ世界殺し何て到底成し得る事は出来ないだろうと考える一方で、『闇衲』は今までがあまりにも幸運過ぎたと考えている。ガルカはこちらのミスと『赤ずきん』の事情のせいだが、『暗誘』が率いていた集団は……アイツの偽物のせい、だったか。どうも自分が深く関わっていないと、それ程記憶に残らない。何にしても、今までは早すぎた。
 トストリスについては様々な事態が起こった結果とも言えるが、あれは厳密には自分達だけではなく、町民の流れを操って滅ぼしたので、殺したとは言えない。お蔭で食糧や衣類などの貯蓄が大分余ってしまって、このままの流れでいくと消費のしようが―――
「……あの、殺人鬼さん。こんな事言うのもなんですが、荷物の方から要らない衣類を積んで燃やしたら、荷物も軽くなるし、余計な手間もかからなくていいと思うんですけど」
 その時、己が体に電流が走ったような気がした。『闇衲』は彼女の後頭部を引き寄せて、その瞳の中心を至近距離で見据える。シルビアは突然の事に全身を硬直させて、瞬き一つせずこちらの方をじっと見据えている。
「……シルビア」
「は……はい」
 『闇衲』は手を離して、そのまま荷物の方へと歩き出した。「お前は天才のようだ。リアよりかはずっと役に立っている。その天才ぶりに免じて、お前は休んでいていいぞ」
「えッ。でも」
「疲れてるんだろう。なら休め。それとも湖に投げ込まれたいか?」
 こちらが不要な衣類を選び終わった頃には、シルビアは既に焚火―――落ち葉くらいは混ぜておいた方がいいだろう―――予定地の近くで、『赤ずきん』と共に膝を抱えて座り込んでいた。焼却すべき不要な衣類の選抜にそう時間は掛けた覚えはないので、彼女が先程の状態から今の状態に至るまでおよそ数秒。一般人とは思えない程素早い動きだ。その体がどれ程疲れていたか、今思い知る。
「私も手伝うわ」
 衣類を適当な形に積んでいると、視界の横から割り込んできたのは、無能人員筆頭。恥ずかしながら我が愛娘、リアだった。
「狩りに行くんじゃ無かったのか。別に止めはしないぞ」
「やめたの。パパもシルビアも大して動かないし、私だけ動いたら馬鹿みたいじゃない」
 狂犬はともかく、まるで『赤ずきん』が最初から動かないと分かり切っているような発言。無能が無能を無能扱いする様の、何と滑稽な事か。二人で手分けすれば服を積む事に時間はそう大してかからない。適当に落ち葉や湖の近くで拾った枝を混ぜれば、導燃材としてはこれ以上ないモノが完成した。後は火を起こすだけなので、もう自分に仕事は無い。
「リア。着火の魔術くらいは出来るよな。やれ」
 『闇衲』はシルビアと真向かいになるように座り込んだ。仕事を丸投げされたリアは、渋面を浮かべながら魔法陣を描き始める。
「パパったら娘扱いの悪い父親よね。これ書くのって、結構大変なのよ?」
「俺は魔術だけは素人だ。その大変さも理解出来なければ、お前がどんなに正当性のある発言をしようと仕事を肩代わり出来る訳じゃない。諦めてくれ」
 それ以外については全て何かしらの仕事をしているので、実は意外と釣り合いが取れているのだが、リアにそこまでの思慮深さは無い。
「もうだいぶ前から諦めてますよーだ。まあ、それって私の存在がパパにとって必要不可欠だって事だから、私としては全然良いんだけどねッ」
「ウザいな。やっぱり魔術を覚えてやろうか」
「駄目ッ! 魔術は私の領分なんだから、絶対不可侵ッ。パパは大人しく私の世話になってればいいんだから、余計な事しないで!」
 魔術を覚えれば殺し方の幅も広がるので、余計な事では確実に無いのだが。リアが現状の『闇衲』に満足しているのであれば、魔術を覚えるのはやめておこうか。どうせ訳の分からない言語に頭を悩まされて知恵熱で倒れる未来が見えている。そういう意味で言えば、リアの脳はまだまだ子供で、とても柔軟という事が分かる。
 魔法陣を書き終わったリアが詠唱すると、魔法陣は当然のように光り輝き、焔と引き換えにその姿を消失させた。魔術で発言した焔は、多少衣類が湿っていようと問題なく燃料にしていく。
「ねえ。気になったんだけど、どうして火を焚いたの? 食糧に火を通さなきゃいけないモノってあったっけ」
「夜は寒いだろ。何より、この付近に居る魔物に肉食性が居ないとも限らない。そいつらを遠ざける為にも、火は必要だ」
 実は周辺の『立ち入り』の権利を買い取るという方法もあるのだが、何事も気分は大事だ。もしかしたらこの焚火を見た人間が引っかかるかもしれないし、火を起こした事が全くの無意味という訳じゃない。火を起こす手順というモノを教える事にも、一応役立った。因みに魔術が無いのならば木々の摩擦熱で火を起こすか、或いは火打石を使う事を推奨する。
「明日になったらまた歩くんだよね。ひょっとして、背負ってくれちゃったりしない?」
「お前の疲労は明日になっても取れないのか? 『赤ずきん』みたいに存在自体に事情があるならともかく、トストリス大帝国を殺した時点で、お前の存在なんて何処の町にだっている人間と同じくらいだ。強いて言うなら美人である事が差別点だが、それは『赤ずきん』と比べれば、とても些細な差別点と言える」
「ふッ。これで私とリアの重要度合いがハッキリしてしまったようですね。私は確かに貴方の手助けをしますが……こればかりは、どうしようもありませんねッ」
 勝ち誇ったような笑みを浮かべる『赤ずきん』に、リアは我慢の限界が早々に訪れたらしく、全力で飛びかかった。殺意が無かったからか、彼女はそれを避けようともせず受け入れて、地面に押し倒される。
「パパは私だけのパパだから! 『赤ずきん』何かには絶対渡さないから! パパは私がこの手で絶ッッッッッッ対に殺すんだから!」
 口調が『闇衲』に寄っていないので、所謂マジ切れではないのだろう。しかしその言葉には、確かな意思が潜んでいた。『赤ずきん』はその言葉を聞いて、何かを察したように口元を歪めたが、それにリアが気付く事は生涯無いだろう。それに気づく事があるとしたらそれは誰かが教えた時か、或いは死ぬ間際か。後者だけは『闇衲』が全力を尽くすので有り得ない。前者も、まあ大丈夫だろう。今の所は。
「な、何よその笑み。すっごい腹立つんだけど! どうやらいっぺん、どっちが上かってのを分からせてやらないといけないようねッ」
 額に青筋を浮かべるリア。一方的に喧嘩を売られつつも、やはり笑みは絶やさない『赤ずきん』。
「あ。それはやめておけ。仮にも『天運』を殺したんだからお前一人じゃ―――」
 結果は見え透いていた。五分と経たずリアは『赤ずきん』の尻に敷かれて、喚き声を上げていた。
「うぎゃー! やめてやめてやめてッ! 痛い痛い痛い痛い降参降参降参降参ッ!」
 彼女が自分の『娘』になってから一年も経っていないので当然だが、何故だろうか。自分が育てている彼女が自分以外に無様にやられる姿を見ていると、非常に情けなく思えてくる。それからもう五分程二人の戦いを見ていたが、リアが状況をひっくり返すような事は無く、いつまでも『赤ずきん』の優勢が続いている。見かねたシルビアが何とか彼女を助け出そうとするが、『赤ずきん』の関節の極め方は完璧で、おかしな方向に力が入れば余計なダメージが入る様になっている。自分が介入しなければ、いつまで経ってもあの状態は続くだろう。
「……『赤ずきん』。リアの腕を一本でも折ったら殺すぞ。いい加減やめてやれ」
「狼さんがそう言うなら、分かりました。良かったわね、リア」
 そう言って尻を退けてくれたので、何とかリアは自由の身となったが、そうなるや直ぐに赤ずきんの首を絞めに技を掛けようとしたので、再び同じ状態に陥る事に。
「いやああああああああ! もうしないしないしないしないしないからやめやめやめやめッ!」
 一瞬だけその視線がこちらに向いてきたような気がしたが、馬鹿に差し伸べる手はない。救いを拒むというのなら、徹底的に地獄を味わえばいい。
「俺は今度こそ寝るから、起こしたら殺す。シルビア、そいつらをどうにかしとけ」












 










―――ど、どうにかしろって言われても。
「どうしろって―――あ」
 文句を言おうにも、殺人鬼さんはもう既に眠っていて、意識を閉ざしていました。起こせばきっと教えてくれると思いましたが、ガルカを出発する時から眠いと言っていたあの人を起こすのは凄く悪い気がしたので、私は結局聞けなかった。聞かずに、『赤ずきん』とリアをどうにかする事を選んだ。
 でも、どうすればいいんだろう。

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