ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

明日は刹那の風が吹く

 トストリスの時も状況に応じて計画を変えてきたが、流石に今回のような事で変えるのはこれっきりにしたいものだ。あの時は国殺しを邪魔しようとしていた人物が居たので多少致し方ない部分もあったが、今回のこれにそのような部分は存在しない。単純に、自分がやらかしただけ。本当はまだ様子見の姿勢を貫いておきたかった。
 しかし、やってしまったモノは仕方ない。あの死体を起点にして、この町を殺そうではないか。
「え……と? パパ?」
「何だ」
「シュタイン・クロイツは殺したの?」
「殺したならもう少し嬉しそうな顔をするだろうな」
 というより、シュタイン・クロイツを殺していた場合は、別に何の問題は無い。わざわざこのような形で伝える必要は無かったし、此度の行動は失敗などではなく大成功である。平淡な調子で『闇衲』がそっぽを向くと、リアの額に青筋が浮かんだ。
「……ねえ、パパ。パパって記憶障害でもあったの? 私がレイプされかけて、それで守ってやるって言ったのパパじゃない!」
「分かっている。俺も失敗してしまったよ。まさか押し入った家が女性だけだとは思わなかった。どんな低確率を引き当てたんだと言いたいが、事前に調査をしていればこんな事には成らなかったし、単純に俺の怠慢だな」
 それこそ『イクスナ』でも使って調べれば良い話である。あれを使えばついでに周辺の家族構成や家の構造等も全て分かるのに、どうして使わなかったのやら。果たしてこんな間抜けな殺人鬼が居るのかどうか甚だ疑問であり、『闇衲』はいよいよ殺人鬼の名前を返上する事になりそうである。尤も、そんな悠長な事をしている暇は、今は無いのだが。
「しかし考えてもみろ。ここ一週間はシュタイン。クロイツの『シュ』の字も見ていない。確かにアイツ等は脅威だが、そんな脅威に恐れていて町殺しが捗るか? 毎日の様に、或いは非常に高い頻度でアイツ等が外をうろついているならいざ知らず、ここ一週間の間に一度でもアイツ等の姿を見た奴は居るか? 居ないだろう? これは作戦なんだよ、アイツ等のな」
「作戦?」
「居ると思わせる事で俺達の動きを縛って、確実に裏から居場所を割り出す作戦だ。つまり、俺達が動かない事はアイツ等にとっては都合の良い事だ。確かに俺はアイツ等が来てもお前等を守れるように外で寝ていたが、こうなったとすれば話は別だ。動かない方がアイツ等にとって好都合だってんなら、思う存分に動いてやるべきだ―――とまあ、色々建前を言ったが、そうだな」
 『闇衲』は俯いて声の出方を数回試してから、話を続ける。
「俺は失敗してしまったが、やってしまったモノは仕方ない。色々心配するべき要素はあるが、気にするな! 自由にぶっ殺そうぜ、いええええええええええええええい!」
 尚、実際彼らがそんな作戦を取っているかは知らない。知らないが、今はリアを何としてでもやる気にしなければならない。そうでもしなければ自分は一体何のために彼女達を殺したのかが分からなくなってしまう。
 もう切っ掛けは作ってしまったのだ。彼女が殺る気になってくれなければ作り損も甚だしい。
「パパ……どうしたの?」
 存外に冷めた目線をぶつけてくるリアに、『闇衲』の雰囲気がいつもの高さに戻る。
「―――今のは忘れろ。お前が乗っかってくれるかと思ってやっただけだ」
 こんな事を言い出した理由は自分の失敗が原因だが、良く考えてみれば、これはあの集団を殺せず終いになってしまったリアの為でもある。彼女には健やかなる殺人を愉しんで、至極健全に育っていただきたい。
 もしも『闇衲』が素直に白状せず、理由を伏せていたのであれば、リアはそんな(ありもしない)親心を感じ取る……のかもしれない。
「まあどっちにしてもお前に拒否権は無い。もう切っ掛けは作ったし、時間が経てば必然的に引き金トリガーは引かれる。どれだけ拒否した所で結局殺すしかないんだよ。お前が駄々をこねて動く事を拒んだ所で、それは俺達の状態を悪化させるだけだ。諦めなさい」
 リアは数分以上もじっと『闇衲』を見据えていたが、一向に視線すらも譲る気のない『闇衲』に、やがて諦めたように視線を逸らした。
「分かったわよ。でも……シュタイン・クロイツが来たらどうするの?」
「そういう事も考えて、町殺しは俺とお前の一組でやる。言っておくが、トストリスの時のような競争はやらないぞ? 今回は事態が事態だからな、そんな余裕は存在しない。本当に俺とお前の共同だ。いいか、リア。一本の矢では直ぐに折れるが、その矢も三本だと折れないんだ」
「二本でも折れないの?」
「割と簡単に折れるぞ」
「駄目じゃない!」
 声を荒げてこちらに詰め寄ってくる彼女に、『闇衲』は両手を挙げた。
「まあまあ。シルビアや『赤ずきん』は全てミコトに管理を任せる。お前が心配する要素は何も無い。お前は今度こそ本当に、自由に殺せるんだ」
 本当は、トストリス大帝国からそうするべきだったのだが、様々な事情によりそれは出来なかった。あの集団の時もそう。『暗誘』のせいで碌に殺す事は出来なかった。おまけにあの集団に関しては本物の『暗誘』に横取りされてしまったし、思い返せばリアが自由に何かを殺した時何て一度も無かった。
 今度こそ……今度こそ。
 殺るしかない。
 殺らせなければならない。
 今殺らずしていつやるのだ。
 多少のリスクがどうしたというのだ。そんなモノを気にしては気持ちの良い殺しは出来ない。そんな事を気にしていては、立派な殺人鬼には慣れない。『好きこそものの上手なれ』という言葉がある様に、まずはその行為に楽しみを見出し、好きにならなければ何事も上手くなる事は出来ないのだ。
「……信じていいのね、パパの事」
「―――娘の為であれば、父親は世界だって敵に回す。お前の幸せは俺の幸せ、そしてお前の目的は俺の目的。信じてくれて損は無いぞ」
 『闇衲』は懐からナイフを取り出すと逆手に持ち替えて、リアの手に無理やり握り込ませた。それから彼女の手を自らの心臓まで持ち上げて、彼女の頭を優しく撫で始める。
「―――だから、お前が望むなら、今ここで刺してくれたっていい」
 傍から見れば意味の分からない行動に、ざわついたのはシルビア只一人だけである。ミコトは眉一つ動かさずその光景を観察しており、赤ずきんに関しては無関心。そして当のリアは―――目を輝かせながら、『闇衲』の事を見上げていた。
「いいの?」
「それで信用が貰えるなら安いものだ」
 視線と意思が交錯した後、リアはナイフを振り上げて、『闇衲』に密着した。
 

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