ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

狂いし日々

 悉く予想が外れて、あまりいい気分では無い。だが、猶予があるのは良い事である。
 あれから一週間が経過したが、シュタイン・クロイツの姿を見る事は無かった。あちらで何らかの問題が発生したのだろうか。何にしてもそれだけ猶予を貰えれば成し遂げられない仕事など無い。彼等を誘導するのに丁度良い場所があった。数年前は無かったと思うが、いつの間にやら西に伸びている道から外れた所に底の見えない大きな穴が存在していたのだ。ミコトに情報を集めさせたが、ガルカに住む誰かしらも、その穴がいつから存在していたのか知るモノは居なかった。というより、全員が全員、『闇衲』と同じで『こんなモノは無かった』という認識を持っていた。
 先程は誘導に丁度良い場所と言ったが、何やら嫌な予感がしたので『イクスナ』を使って調べた所、どうやらこの穴はつい最近掘られたモノらしく、それはちょうどシュタイン・クロイツを退けてから数時間後に生まれている。ここまで分かれば当然だが、もしかしなくてもこの穴はシュタイン・クロイツが掘ったモノ。そして恐らく、彼らはこの穴を拠点にしてリアや『赤ずきん』を見つけ出そうとしている。
 仮に居なくても今まで通りに動けば良いので、『闇衲』は躊躇なく穴の入り口を買い取った。どうして一週間も動きを見せないのかは分からないが、まさか入り口を使えなくなるとは彼等も思っていないだろうから、これで後数日の猶予は保証された―――居ればの話だが。居なかった時の事を考えて、『暗誘』には引き続きガルカ周辺の調査を命じておいてある。勝てない戦いは得意だと自負している彼ならば、たとえ『殱光』を相手にしても命を落とす事は無い。彼の『暗示』はそれ程までに強力な能力であり、不意打ち以外の方法では自分でも彼を殺す事は出来ないと思っている。勝たなければならない戦いなのであれば、問題なく勝てるとは思うのだが。
 何にしてもシュタイン・クロイツの件は色々と想定外の動きがあるから読みづらい。今はまだ様子見の姿勢を貫いていた方が利口なので、これ以上この件を考えるのはやめておこう。一応、まだ考える事はあるのだから。
 狂犬しょうねんを家に放ってから、案の定、リアは朝も夜も満足に眠れなくなってしまった。あの少年もあの少年で、良く朝も夜も躊躇なく全力で襲うものだが、それに対応するリアは流石自分の娘と言った所か。
「ほらほら、その机を踏み台にすれば一気に追い詰められるわよ?」
少年がリア以外を狙えないという事を利用して、リアは食事を摂っている三人(赤ずきんは食事を摂らない)を中心に、ぐるぐると回っている。
「食事を邪魔したら今度は歯をぶっこ抜くぞ。ああ、シルビア、まだ味付けが雑だな」
「あ、済みません……やっぱりミコトさんが作った方が良いですかね」
「そいつは後でどうにかして帰すから、お前がそこで自信を無くす必要は無い。最終的に俺の代わりに料理を担当出来るようになったら、お前の価値は上がるからな。少なくとも、一生手元に置いても問題ないくらいには」
 外側で行われている命がけの遊び等知った事じゃない。こちらはこちらで会話を弾ませるだけだ。暫くは手元に居るだろうシルビアとは、出来れば交流しておきたいし。
「ちょっと、そういうのは本人が居ない所で話しなさいよ。それに、アンタを見つけた以上、私はもう離れるつもりは無いんだけど」
「知った事じゃねえんだよ。俺も見つけられてしまった以上無駄な足掻きはしないが、だとしてもお前を同行させるつもりは無い。俺はお前を利用するだけだよ」
 実際、ミコトが居るのであれば裏工作も簡単に出来るので、彼女を同行させない理由にはそれもある。尤も、一番は単純に邪魔なのだが―――クソガキ三人を手元に置いて、更には幼馴染一人を手元に? とてもでは無いが、面倒見切れない。いや、面倒を見切れたとしても、しない。タダでさえリアに振り回されているのに、ミコトまで加わるとか論外も論外。問題外。たとえ彼女が離れる事でどんな不利益を被る事になっても、『闇衲』は即座にそれを選択するだろう。
「まあ、何度も言うが、もう逃げるつもりは無い。同行させるつもりは無いが、利用している以上会う機会はある。俺を好きだと言ってくれるのは全くもって有難くないが、それで手を打ってくれ」
「殺人鬼さんは、ミコトさんが嫌いなんですか?」
 目の前にあった食物を全て平らげたのを確認してから、『闇衲』は少女の指の隙間にナイフを突き立てた。予測させる事もなく不意を突いたので、シルビアには当たっていない。もしも彼女が変に予測していたのであれば、今頃この刃は彼女の指を切断していた。
「嫌いかどうかで言えば、他の奴よりは好きだ。というより、嫌いじゃない奴は居ないだろう。殆どどんな命令でも聞いてくれて、好意という感情から裏切る事は無い。俺としては都合の良い道具だ。『赤ずきん』何かよりもよっぽど役に立つ道具……まあ、邪魔だが」
「…………私は」
「お前か? リアよりは好きかもな。たまーに足を引っ張ってくるが、基本的には無害だ。教え甲斐もある」
 外側の方で「私の悪口をどさくさに紛れて言ってんじゃないわよ!」等と喚く声が聞こえるが、悪口を言ったつもりは無い。人の好き嫌いは悪口ではなく、個人の意見と言う方が正しい。
「ああ、それにしても……本当に騒がしいな。私はそろそろ外の方に行く。後は各自勝手に過ごしてくれ」
 『闇衲』はそう言って立ち上がり、拠点の外へと姿を消した。








 拠点の中から騒がしい音が止んだ気がする。『闇衲』は無人の道を意味も無く眺めながら、内部の様子を推理していた。シュタイン・クロイツの動きが読めなくなったのは、きっと自分の推理力が落ちたからだと予想する。それ故に。敢えて外で内部の様子を探れば、自ずと推理力も戻ってくるだろう。
 まず、少年とリアが争っているにも拘らず、中の喧騒が止んだ理由は、リアが少年を気絶させたのだと思われる。最初こそ『殺しても良いか』どうかだけを聞いていたが、この一週間で彼女は命を狙われる事を愉しめる様になったらしい。現に、リアでも狙える明らかな隙でさえも、彼女は見逃した。少年の方は相変わらず暴れているだけだから、いつでも殺せると高をくくったのだろうか。そういう油断が『死』という決定的な敗北を招くのだが、今の彼女には殺人鬼たる自分が居るので、何があってもその『死』は彼女に届かない。彼女もそれを知っているから、きっとそんな事をしているのだろう。クソが。
 次に、大きな足音が卒然として二階に移動したのは、ミコトがどうにかして二階に渡ったのだと思われる。あそこの階段は壊れていて、リア達は使えない。彼女の性格上、二階に昇る所を見られたくは無いと思うので、きっとリア達からすれば先程まで居たミコトが急に消えたように見えるのだろう。最後にシルビアだが…………
「パーパッ!」
 推理を邪魔される事程、不愉快なものは無い。上半身を傾けながら挑発的に口元を歪めるリアを見て、『闇衲』は出し抜けに刺突する。しかしリアはその刺突を片手で軽く往なし、自分に抱き付いてきた。今までの彼女であれば馬鹿の一つ覚えで後ろに躱して文句の一つも言っていたものだが、今回は少し違うようだ。後ろに回されたナイフを取り上げつつ、『闇衲』は大きなため息を吐いた。
「寝ろよ。何だこの下り、またやるのか」
「この下り……? ちょっと分からないかな」
「無かった事にするなよ。キスが恥ずかしかった訳でも無いだろうに、一体何を言ってるんだか」
 この少女に恥じらいは無いだろう。レイプまでされかけたのなら、最早隙は無い。たかだかキス如きで動揺する純真さ何てある訳が無い。リアの表情が少し赤いのも……え?
「―――おいおい。まさか本気で恥ずかしいのか?」
「当たり前でしょッ! 他意のないキスは初めてなんだから、私だって少しくらい恥ずかしいわよッ。何、文句ある?」
 リアが声を震わせながらそれでも強がろうと逆に尋ねてきたが、目に見えて動揺している少女にビビる男は居ない。武器もこちらが取り上げてしまった以上、全ての利はこちらにある。
「文句はない。少し意外だっただけだ。で、お前は何をしに来たんだ? 答えによってはこの場でお前の関節をへし折るが」
 淡々とした口調で警告をすると、リアは先程の笑みをより一層深めて、抱きしめる力を強くした。
「パパと一緒に寝たい!」
「…………えーと。今の状況分かってるか? それとも、状況が分からなくなるくらい俺の事を殺したいのか?」
「確かに私はパパを殺したいわ。どうしようもないくらいパパを殺したい。この刃物がパパの胸に突き刺さった瞬間を考えるだけでぞくぞくしちゃう。けどまだ、私はパパを殺せないからそんな用件じゃないの。単純に一緒に寝たいってだけ―――駄目?」
「どうして駄目じゃないと思っているんだか。俺はお前達を守る為に外に居るんだぞ。お前がここで寝たら本末転倒も甚だしいだろうがボケ。性器に虫入れるぞこの野郎」
 女性を精神的にも犯す方法はそれなりに知っているつもりだ。レイプされる事に著しく抵抗感を持つリアには、効くと思ったのだが。
「嫌よ。私の体はパパだけのモノだもん! 虫でも人でも渡せないわ!」
 逆に返されたのは自分の様だ。リアのあまりにも乱暴な発言に、真面目に背筋が凍ってしまう。
「……お前は人を恐れさせる天才だな。今、俺の背筋にナイフで切り開かれたような衝撃が走ったぞ」
「他意は無いわよ。でもほら、こう言う言葉があるじゃない。パパのモノは私のモノ、私のモノはパパのモノ。ほら、パパだって私を殺すとか何とか言ってるでしょ。だから私だってパパを殺したい。パパを使うのは私の自由。だからパパも私を使うのはパパの自由。ね、ほら。私の体はパパのモノでしょ?」
 滅茶苦茶を超えた何か。意味の分からない理論は嫌いだが、ここまで意味が分からないといっそ清々しく、好ましい。詰まる所、互いが互いを占有する事で互いを守ろうという事だろうか。もしも違ったなら、教えてくれると助かったりするが。
「―――まあ、いいか。どうせ俺が守れば済む事だ。しかしお前を路上で寝かせるのは少々心配だな」
 意識を失っている間にシュタイン・クロイツか『人間馬車』が通りがかって彼女を攫う可能性は無きにしも非ず。自分が彼女を抱きしめた所でそれは変わらない。『闇衲』は「あー」と声を伸ばした後、徐に上半身の服を全て脱いで、リアの顔へと投げつけた。
「それ巻いて寝ろ。お前の身長だったら丁度隠れる筈だ」
「パパはどうするの?」
「俺は道端で裸になって寝る変態になる。非常に不名誉だが、お前を守れるならば安いものだ」
 念の為、服に包まっているリアと傍からは見えないように手を繋ぎながら、『闇衲』は意識を終了させた。
 この感触が翌朝、無くならない事を祈る。





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