ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

最後の審判

 飲ませた薬は只の睡眠薬。只少しばかり催淫と暗示を促す効果を持っているだけで、主な効果は睡眠薬である。やはりあの家では気分が出ない。やはり完璧な調教は、もう少し閉塞感のある場所でやらなくては。こんな上物が手に入る事も中々ないので、今回は過去最高に時間を掛けて、彼女を一匹の雌に堕としてみせよう。
「……とまあそういう訳だから、俺は一旦離れていいかなあ? ルーサーきゅん!」
「―――気持ち悪い言い方だな。勝手にしろ。まさか本当に見つかるとは思ってなかったよ……で、主の娘は?」
 ヒースはニコニコと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、頭を振った。彼の抱きしめている少女が、余程気に入っているらしい。
「居ないない! この子だけしか居なかったぜえ? それにほら、アテもないし、一旦俺は休憩! 後はルーサー君が暫く頑張ってくれたまえよお」
 あまりにも不道徳な発言からは想像もつかないが、ヒースは仮にもシュタイン・クロイツ第三位。『天運』と呼ばれている自分でさえも、調教したくてしたくてたまらない彼とこんな所で相対すれば無事では済まない。頑張ってくれたまえよと、まるで二択があるかのように言っているが、実質は一択である。
「…………調教は素早く済ませろよ」
「話が分かるねえ! じゃあ、まあ、俺を追ってくる奴が居たら、ついでに相手宜しくねえ!」
 何だか面倒事を押し付けられたような気がするが、まあいい。あの少女一人の犠牲で彼がやる気を出してくれるのであればお安い御用だ。
 それに、ここ最近手応えの無い敵ばかりで退屈していた。もしも今の彼を見ても追跡しようと思っている人間が居るのであれば、是非お手合わせ願いたいものだ。






 全身の力が入らない。でも、意識は段々としっかりしていく。視界が十分に開けた時、ここが何処であるかを認識した。確かここは『暗誘』と相対した場所。『闇衲』が洞窟に入り、その後全然戻ってこなかったあの洞窟の内部である。
「おおう? 目覚めちゃったかあ! だったらそろそろ始めちゃううううう?」
「……貴方は、一体」
 両手を縛られている為、動けない。幸いなのか不幸なのか、服は脱がされていない。だが目の前の男が一歩、一歩と近づく度、身体が再び痺れていくのが分かる。しかし何だろう、この感覚は。
 何だか体が……熱いような。
「俺? 俺はシュタイン・クロイツ第三位だよん! でも気にしなくていいよなあ? 俺は雄、君は雌。濃密で最高の交尾をする事だけを考えて居れば良いんだ、そうは思わないかあ!」
「ふ、ふざけんな! 私の体の何処かに触れてみろ。てめえをぶっ殺―――んゅ!」
 リアの唇を塞いだのは、男の唇だった。それがリアの初めてのキスで、その上最悪のキスだという事は言うまでもない。元々優しくするつもりなどないからか、男は最初から口の中に舌を入れてきた。
「んちゅ……んぐ…………んッ!」
 男の長い舌がリアの口内を舐め回し、味わい尽くし、犯し倒す。舌を噛めばそれでいいのかもしれないが、今のリアにはどうやったって、舌が入っている間に何かを噛む事は出来なかった。それは外でもないこの男が飲ませた薬に、暗示にかかりやすくする効果があったからで、リアが眠っている間に男がしっかりとそういう暗示を掛けたからだが、そんな事を当人が知る由は無い。
―――何でッ! 噛めば重傷を負わせられる筈なのに。男も全然警戒していないし、あわよくば殺害まで狙えるのにッ!
 男の両手が胸部に伸びた。未成熟なのは間違いない。しかし男はお構いなし。服の中に手を突っ込み、存分にその具合を堪能していく。
「―――ぷはッ。ああ、そうそう。良い事を教えようかあ? その君を縛ってる縄、特別でねえ。俺に対する絶対的な服従を誓わないと、解けないんだよお。だからその拘束を解いて欲しかったら―――考えるのをやめて、堕ちた方が楽だと思うよお?」
「……嫌!」
「そう……」
 快感を支配する部位を良く知っている男は、リアの心を言葉で責めながらも、しかし確実に、その心を快楽に染め上げていく。今の彼女からすれば、それら全ては唾棄すべき感情だが、それでも一人の少女の心は、そう長く保てるモノではない。
 そのまま上半身を犯され続けて一時間。リアの精神は既に、限界に達していた。
「んッ……く、すん……やめ……やめて」
「んんー?」
「やめて……どうして……こんな事、するの」
 運よく逃げ出せたから、リアは尋常なる精神を保てていた。だがリアも、本来はこうなる筈だったのだ。子供教会の男達に犯し倒されて、泣き喚いて、暴れまくっても犯されて、やがて何も考えられなくなる機械となる定めだったのだ。そう考えると、今回の事は何でもない。単純に、その時の負債が返ってきただけの事である。
「ぐす……ひぐ……ふぇ…………やめてください…………何でも……する。する、から……」
「へえー。じゃあ俺の子供を孕んでくれるー?」
「いやあ! 絶対にいゃ……!」
 再び唇を塞がれた。気色悪い舌が、口内、入ってくる。気持ち悪い。離れ―――でも動けない。男の口、離れる。でも、身体、離れない。
「まだまだ前戯は終わらないよお? 君にもちゃあんと、俺の目の前で宣言させて見せるからねえ。『私はヒース様の専用性奴隷です。いつでもどこでもヒース様の為にご奉仕いたします』って……あれえ。泣いてる? 涙あ? ……俺ってねえ、そういうの見ると興奮するんだよねえ!」
「ひっ……!」
 あの時飲まされた薬のせいなのか、徐々に思考が喰われていく。最早まともな思考は維持できず、不本意ながらこの快楽に身を任せてしまいたいという諦めが思考を侵食する中、最後に考えたのは、あのクソッタレな殺人鬼の事だった。






 パパ………………………助けて……………






































「俺の娘を弄ぶのは、そこまでにしてもらおうか」
 洞窟の中に響く声。それはかつてない程に低く、鋭く。確かな怒りを交えながら、そこに男は立っていた。その手に、片刃の剣を握りしめながら。滴る血液を、引きずりながら。
 その男に只ならぬ何かを感じたヒースは、一旦少女に触るのをやめて立ち上がる。意識を失いかけているリアはその影響で地面に伏してしまったが、今のヒースにはそれを気にする余裕は無い。眼前の男に意識を注ぐのが精一杯だ。
「どうにか間に合ったか。キスの処女バージンまでは流石に間に合わなかったようだが、何にしても前戯に時間を掛けるタイプで助かったよ。いや、助かってないのかこの場合は」
「良く『天運』を突破したなあ? もしかしてその血は……彼のだったり?」
「いや……丁度俺の娘を助けたいっていう大馬鹿が居たんでな。そいつに『天運』は任せてきた。この血は俺のだから気にするな」
 そう言ってわざとらしく、男は乾いた笑いを上げた。一体どこの大馬鹿がルーサーに挑んだのだろうか。確かに彼はシュタイン・クロイツの中ではあまり強くないが……その運の強さを以てすれば、自分でさえも一歩遅れるかもしれないというのに。
 しかし、ある意味では都合が良い。その立ち振る舞い、重心の移動。自分を前にしても恐れぬ度胸と、殺意。久々の強敵の登場かもしれない。
「さて、お前は実に大変な事をやらかしてくれたな、ヒースとやら。俺の娘を辱めた事は、既に分かっている。俺の許可も取っていないのに、孕ませようとさえしているとか、居ないとか。その辺りに関しては言い分はあるか?」
「ある訳無いだろお! 可愛い雌を孕ませるのは男として当然。そうは思わないかあ?」
 さもそれが男性の共通認識だとばかりに言ってのけるその横暴さ。『闇衲』としても唾棄すべきモノであり、当然こんな男にリアが犯されている事には納得がいかない。
「………………賈異リバーチャス『  』」
 だから買い戻す。もう二度と使う事なんて無いと思っていた力を開放する。『闇衲』は金色のカードを取り出して、自らの右腕に押し当てた。
「こんなクソみたいな力、使いたくは無いが……娘の為に禁忌を犯すのであれば悪くない。ああ、良く分かったとも。お前はリアに触れていい人間じゃない。リアの事を見る事も、知る事も許されない、そういう人間だと良く分かった。故に……」
 外見に特筆すべき変化はない。だが『闇衲』の右腕は確かに買い戻された。かつての力を取り戻して、現世に顕現した。ヒースの抜刀に合わせるように、『闇衲』もまた剣を突き出して、その切っ先を眼前の男の喉元へと合わせる。




「通り名は『闇衲』。真名は―――。俺の娘に手を出したお前には、神に代わって俺が最後の審判を執り行おう」




「シュタイン・クロイツ第三位、ヒース・グレイシア。別名は『殱光』。この子は俺の雌だ。勝手に奪うんじゃねえ」

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