ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

押し付けられた災難

 アルファスはとても醜い容姿をしているが、これでも一応は商人。品物に対する扱い方はとても丁寧である。それ故に、馬車の中から出てきた『赤ずきん』は、みすぼらしい姿こそしているが、その体は最高状態に保たれていた。
 月光に照らされる綺麗な金髪や、彼女の為に調達した事が見て分かる服からも、それは明らかだった。一切の汚れが見受けられないので、もしかしたら高級品なのかもしれない。
「薄々分かってはいたが、やはり……少女か」
 一体どれだけ自分の周りに少女を侍らせれば気が済むのだろうか。自分は幼児性愛者ではないのだが、周りがこんな状態ではそんな言葉に説得力は無いだろう。そこの赤ずきんも含めて、皆美人なのも、それに拍車を掛けているから腹が立つ。
「うん……ああ、成程ねえ。『闇衲』さん。そんなに女の子連れてたらあ、流石に勘違いされますぜえ?」
「俺も連れたくて連れている訳じゃ無いが……まあ、そいつは俺が買ったし、もう一人は俺から目を付けたし、コイツは俺と契約しているし―――切り捨てられるヤツが居なくてな」
 しかしながら、ここまで少女を引き連れていれば、多くの人間は『闇衲』の事を殺人鬼などではなく、幼児性愛者か何かと勘違いする筈。そんな風に思い込んでくれれば人も殺しやすいから、実はあまりこの状態を解決しようとは思っていない。視線は別の意味で気になってしまうが、彼女達の存在がミスディレクションになってくれるのであれば、『闇衲』自身から漏れる殺意にも気付かれないだろう(自分では抑え込んでいるつもりでも、バレバレだという事が以前分かった)。
「それで、こいつは何なんだ? 特上品と言っていたが」
 何気なく尋ねたつもりだったのだが、アルファスは、それはもう大袈裟に驚いた。驚き過ぎて、後ろに三歩程後退した。
「もしかしてお分かりでないッ? 貴方ともあろう人がッ?」
「見た目であればこちらの側にも美人が揃っているからな、そこを強調しているんだとしたら、俺の目が慣れてしまったせいだと説明出来るが……外面に現れていないモノは分からないな。どうせこの感じだと、喋らないんだろう?」
「いや、喋りますよお。これは命令が無いと何も出来ないんでさあ。何せ『赤ずきん』、良い子なもんで」
 それを証明するように、アルファスが「逆立ちをしろ」と命じると、数秒後に、『赤ずきん』はその場で逆立ちをしてみせた。人に教える際にはとても参考になりそうなくらい、模範的な逆立ちである。
 何となしにリアに視線を送ると、リアはその期待に応えるように、その場で逆立ちをしてみせた。ただし『赤ずきん』の見よう見まねでやったらしく、少しだけ雑である。どうやら潜在能力自体はリアより……そうか。そういう事だったか。
「有難う。そういう事だったんだな。確かにそういう道具は求めていたとも」
「でしょう? そら特上品だあ。そういう訳だから早い所馬車の買戻しを―――」
「俺の命令は聞くのか? 俺に渡しておいて、俺の命令を聞かないなんて事が分かったら、草の根かき分けてでもお前を探し出して殺すが」
 一刻も早く逃げようとしていたアルファスはその動きを完全に硬直させて、目をあらゆる方向に逸らし始める。
「バレバレなんだよ」
 確かに商人の世界には『聞かれていない事には答えなくていいという暗黙のルールがあるが、そのルールは何も商人の間にだけ知られているモノではない。少し商人と仲良くなれば、誰だって知る事が出来る。アルファスは特上品という名の不良品を押し付けたかった様だが、残念ながらそれが出来たのは自分と知人関係を築く前の事。今となってはお互いの事情も心も知っている。通じる訳が無いのだ。
「……あー、じゃあこうしましょうかねえ。『赤ずきん』やあ、今この時から、この―――ああえっと、『闇衲」さん? 本名は言ってしまってもお?」
「構わん」
「じゃあこの時から、そこに馬鹿みたいに突っ立ってる『―――』の命令を何でも聞くんだ。分かったね」
 『赤ずきん』は表情一つ変えずに、こくりと頷いた。
「……全くもう。じゃあこれで今度こそ買戻しを―――」
 いつの間にか存在していた金色のカードに手が伸びるが、その速度と全く同じ速さで、カードはアルファスから離れていった。
「……まだ、何か?」
「お前、面倒事を押し付けるつもりだろ。例えば、さっきの話。お前は『お得意様の貴族に、国王のご子息を加工した商品を売りつけた事で何もかも失った』と言った。おまけに国に狙われているともな。急いでいる理由はそういう事だと思うが―――追っている奴の中には元お得意様の貴族も居るんじゃないか?」
「―――それがどうしたんですかあ」
「国に狙われているのは当然、子供を物にしたからだろうが、貴族が居るんだとしたらちょっと事情は変わるだろ。『アイツは俺に王様の子供を売りつけました』なんて理由で追い回すか? そもそもそんな状態だったら王様もまずは貴族の方を殺すか幽閉するかするだろう」
「え? 何でよ。王様には殺す理由なんて無いでしょ」
「分かってないな、リア。売り付けたという事は、言い換えれば買ったという事だ。たとえ買った時にその事情は知らなくても、そいつがそれを買った事に変わりは無い。そうであれば王様はやはりそいつを殺すか幽閉するかして、せめてもの慰めで物となった息子を手元に保管するだろうさ。だが、追っている奴に貴族が居る。これは一大事だ。何せ色々と話が変わってくるからなあ。所でリア、お前は『シュタイン・クロイツ』という名前を知っているか?」
「勿論よ!」
 嘘である。こんな時に聞いてくるという事は、きっとかなり有名な名前なのだろう。殺人鬼の娘として、知らないとは死んでも言えない。ここは一つ、推理で当てるとしよう。
 単語から察せるが、人の名前では無い事は確かだ。つまりそれは物か、集団か、全く別次元の存在か。そのどれかという事になるが、近いのは集団と見た。更に自分に聞いてきたという事は。自分はそれに近い集団を過去に見た事がある、という事。
 つまり……
「騎士団でしょッ!」
「……ほう」
 闇衲がニヤリと微笑んだのを見て、リアは胸の奥が躍ったような気分になった。外れる可能性はあったのだが、どうやら当たったらしい。
「中々上手い推理だ」
 ……知らないって事、バレてた。
『シュタイン・クロイツ』はバレンシュタイン家の専属騎士団。つまりこいつのお得意様が持ってる駒だ。これ以上詳しく説明しているといよいよ俺達もやばそうだから結論を言わせてもらう。アルファス。お前、バレンシュタイン家の娘を攫ってきやがったな」
「……さて、何の事だか」
「白を切るか、それもいいだろう。ただし権利は一生こっちが貰うから、そのつもりで―――」
「分かりましたあ! 分かりましたよおッ。全部事情は話しますからあ、お願いですから買い戻させてくださいなあッ」
















「で、つまりどういう事なのパパ」 
 アルファスに『移動』の権利を返してから、三人―――四人、もっと言えば男性一人と少女三人は無事に拠点に戻っていた。最後に彼が残した「お気をつけて」という言葉は、実に不安しか残さない嫌な言葉だった。
「分かってなかったのか、お前。つまりこの数日の内に、『シュタイン・クロイツ』が来るんだよ。その他大勢と共に、こいつを取り返しにな」
 あの異形の商人は逃げ足だけは速いらしいので、捕まえようと思ったら移動手段を封じる必要があるらしい。例えばこちらで言えば……『闇衲』が所持していた正体不明のカードとか。それ故に『シュタイン・クロイツ』が彼を捕まえる事は出来ないらしいが、現在『赤ずきん』を所有しているのはここを拠点としているこちら側。自分達は世界に対する復讐を完遂する為にも離れる訳にはいかない為、必然的にその騎士団とは衝突する訳で。
「俺は所詮殺人鬼。トストリス大陸の中でも最強と謳われる騎士団を相手するなんざまあ無理だ。正面から突っ込めば普通に死ぬだろう」
 彼にしては弱気すぎる発言に、リアは思わず目を瞬かせる。
「え……どうするの? というか何で買っちゃったの、その子」
「商人の領域に足を踏み入れると言っただろう。俺はお前達に人間馬車を見せる為にわざわざ止めてやったんだ。逃げてるアイツからしたら傍迷惑極まりないし、だったら何か買ってやるのは当然だと思うが」
 言いつつ、『闇衲』は暖炉の前でずっと座り込んでいる『赤ずきん』を見遣る。先程から一言も発さない彼女は、今も自分の命令で暖を取っている。
「……まあ、いいさ。面倒事はお前の成長にも繋がるし、ここは敢えて受け入れようじゃないか」
「ちょっとちょっと。パパが勝てないって言ってるのに、そんな風に適当にしちゃっていいの? パパが死んじゃったら私、誰を頼ればいいのよ!」
「まあ待て待て。一旦実力差は置いといてだな……良く考えてみろ」
 少しの間で言葉を溜めてから、『闇衲』は愉快そうな笑顔で言った。


「最強の騎士団を相手にするなんて機会、滅多に無いんだ。むしろこいつらを殺す事が出来たら、周りの人々はどんな反応をするんだろうなあ……気になるよなあ?」


「た、確かに……気になるわね!」
「その言葉が聞けて何よりだ。という訳でこれから俺達は宿場町ガルカをこわすが、それと同時に、シュタイン・クロイツも殺す事にしよう。構わないよな」
「ええッ!」
 邪道とは、王道を潰す為にあるモノである。王道とはつまり覇道で、覇道とは叶う筈も無い強力な力の事である。戦力を考慮してもこちらが不利なのは明白。しかしもし、潰す事が出来たら……それはどんなにか最高の殺し合いとなるだろうか。前回は対象が素人の集まりだった故に、正体不明の誰かに先を越されたが、今回はその強さから横取りされる事はあり得ない。
 手が疼く。人を刺した時の感触、切った時の感触。
 耳が疼く。あの悲鳴、あの喘ぎ声。
 目が疼く。絶望という言葉がとても似合う、間抜けな表情。
―――殺意が、滾る。世界に復讐をすると決めたその時から、自分達に逃げるという選択肢は残されていなかった。
「パパ……私も今回は良い子で居るから、絶対に殺しましょうね!」
「……ああ」
 その時、『赤ずきん』がこちらを向いていた事等、二人は知らなかった。










「んーッ! んんんんッ んー…………!」
 シルビアの拘束を解き忘れている事も、この時の二人には見えていなかった。






 

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