ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

過去に遺された手掛かり

『リア。これを読んでいるという事は、多分きっと、この集団は滅ぼされているという事なんだろう。別に恨みも悲しみも無い、君と過ごした日々は非常に楽しかったからね。だから、これはプレゼントだ。君のお父さんには教えちゃ駄目だよ? 教えたら多分、君が娘だったとしても酷い目に遭うだろうからね―――』


 どうやらこの本は魔力を注ぐ事によって続きが読めるらしく、ヒンドが遺してくれた手紙の最後には『散らばってた紙を適当に綴じただけだから順番とかは分からないよ。それと俺の魔力じゃ最初のページを開放するのが精一杯だった。全てのページを総合すると相当量の魔力で封印されてるみたいだから、頑張って解いてね』と書かれていた。何処で手に入れたのかも分からないが、気になったのは開放された一ページ。


 天龍歴 七五二年


 見つからない。何処にもいない。一体どれだけやればいい。一体どれだけ犠牲にすればいい。何処にいる。何をすればいい。もうたくさんだ。




 記述者の情報が何一つ分からない文章だが、幸いにもこの筆跡、リアは見たことがある―――














 あれは確か、ラガーンを家に一日招き入れる前の事。もっと言えば、城に火を放つ前の事。
「俺も夜まで暇だ。せっかくだから、脅迫の仕方を教えよう」
「分かった! 刃物突き付ければいいんでしょ?」
「バーカ。違うわ阿呆。殺人鬼が刃物を出す時は殺す時だけだ。基本的にな。そういう事を抜きにしても、刃の届かない王族を相手にする時はどうするんだ? 俺達は外堀からどうにかしようとしているが、普通に武器持って突っ込んだら一発で極刑だ。分かるだろ? だからまあ……これは殺しの技術とはちょっと違うが、対象に恐怖を与える技の一つみたいなもんだと思ってくれ―――」




















 という流れから、軽く脅迫状の書き方を教わったのだが、その時『闇衲』が書いた文字が、この紙に書かれている文字とよく似ている。わざわざヒンドが『闇衲』に教えてはいけないという辺りからも、これはきっと、自分と出会う前の『闇衲』が記したモノなのだろう。何故か文字は全て血文字で書かれているが、自分の血だろうか。試しに魔力を注いでみるが、続きの紙はまだまだ全然開放されない。
―――これだけじゃ、全然分からないわね。
 まあ、いい。気長に魔力を注いで、ページを開放していけばいい。それでいつか『闇衲』の弱みを握れたら、今度はこっちが彼に好き勝手する番だ。それまでは大人しく従っておくことにしよう。自分で言った事も達成出来なかったし。
「おい、リア。本を読みながら歩くのは結構だが、流石に無警戒が過ぎる。次の標的は既に決まっているとはいえ、その無防備さはちょっと考え物だな」
「あ、ごめんなさい。でも無防備って言うんだったら、全く戦えないシルビアの方が無防備……じゃなかったわね」
 死体の中に埋もれていた事を余程気にしているようで、シルビアは全身を震わせながら『闇衲』にぴったりと張り付いていた。身体の片側に少女が密着している影響で、彼はとても歩きづらそうだ。
「酷いよ、リア……死体の中から出してくれたって、いいでしょ」
「……私が殺した訳でも無いのに死体が転がってたら、誰だって困惑するもの。私はね、アイツ等を殺したかっただけで、死んでほしい訳じゃ無かったのよ。だから失敗したら失敗したで、別に良かった。私が阿呆で愚かで愚図で見栄張ってただけの話だもん。でも何故か、皆殺しは成功しちゃった。私何もしてない。それが何よりも不快だったのよ。それがシルビアを放置した理由。ごめんね、シルビア」
「え? …………随分、素直だね」
 怯えながら訝るシルビアに、リアはぶっきらぼうに返す。
「あんな無様な姿晒しといて今まで通りに振舞える程、私は恥知らずじゃないわよ。ハッキリと自分の非力さを思い知った。だから暫くはパパの言う事も、シルビアの言葉も幾らか聞く事にする。一人で殺すのはそれからにする事にしたわ」
 どうしてだろう。一夜過ぎた今では、あの時どうして自分は一人で殺せるなんて戯言を言ってしまったのかが分からない。あの時考えていた事を出来る限り再現してみるが、それでもあそこまで『闇衲』に見栄を張る気分にはなれなかった。不思議な話だが、自らの強い意思で起こした行動なのに、どうしてそんな行動を取ったのかがまるで思いつかない。こんなおかしな気持ち、誰に言った所で分かってもらえる筈が無いので言わないが、もう自分でも自分を信じられなくなってしまいそうだ。
「そう思ってくれるなら何よりだ。今度からは調子に乗らないようにな」
「はーい」
「ついでにシルビアこいつ引っ張るの面倒だから、あまり雑に扱ってくれるなよ。同性同士仲良くしろ」
 殺意というより、本当に面倒なだけのようだ。『闇衲』はシルビアの頭を撫でながら、歩きづらそうに自分達に歩を合わせてくれている。普通に歩けばガルカなんて直ぐに辿り着くのに、自分達に言い聞かせたいが為にわざと足を遅らせていたとも言える。
「さて、本来は最初にここを対象にするべきだったんだろうが、まあいい。改めて、宿場町ガルカに到着だ」








 街並みも既に見慣れたモノ。十字に伸びる道も、中心に広がる広場も、もう既に見てしまったモノだ。変わった事と言えば、こちら側に向かおうとする商人が絶えた事。トストリス大帝国が滅んだ事実は、最早大衆の知る所となってしまったようだ。
「いやー来ました新天地! ここが今日から私達が暮らす場所なのねッ」
 突如として盛り上がるリアに、『闇衲』が珍しく露骨に困惑していた。
「どうしたんだ、急に」
「いやー吹っ切れたつもりでいたけど、私って結構引きずるみたいね。誰かに美味しい所を持ってかれて随分腹が立ってるみたい。無理にでも気分を上げないと、イライラしちゃって殺意が漏れちゃう」
 存外に自分が性格の悪い女だという事を知って、自己嫌悪の情に侵される。この性格ももう少し良くならないだろうか。忘れたい事を都合よく忘れられる性格の方が、こんな状況になってしまった時に苦しまなくて済むし。
「ほう。だったら拠点に到着次第、修行だな。お前の殺意とやらがどれ程のものか、気が済むまで付き合ってやる」
「……待って。拠点に到着次第って、もう決まってるの?」
 『闇衲』は無言で指をさした。



















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